3月30日13 分

革命の狼煙 <Montepulciano特集 2024年版>

モンテプルチアーノを訪れる度に、私はなんとも言えない複雑な感情を抱いてきた。

 

Vino Nobile di Montepulcianoという歴史的大銘醸が、品質においてChianti ClassicoやBrunello di Montalcinoと同じ領域にあることは疑いようもないと常々感じてきたが、人気、知名度、価格など、品質以外のあらゆる点で、三大サンジョヴェーゼの一角とは言い難い現実があった。

 

消費者目線から見れば、過小評価によって低止まりした価格にありがたさも感じる部分はあるが、一人のワインプロフェッショナルとしては、モンテプルチアーノの偉大なワインが真っ当な評価を受けていないことに、苛立ちにも似た感情を覚えてきた。

 

確かに、Vino Nobile di Montepulcianoには、Chianti Classicoのような「集の力」も、Brunello di Montalcinoのような「わかりやすさ」もない。

 

あまりの不人気ぶりに、三者を品質的に同列と考えている私自身のテイスティング能力を疑ったことさえある。

 

モンテプルチアーノを訪れるジャーナリストの数も少なく、立派な要塞で行われる展示会には、どこか陰鬱とした空気が漂っていた。

 

しかし、今年は違った。

 

おそらく、例年の倍近くのジャーナリストがモンテプルチアーノに集結していただろうか。

 

考え得る理由はただ一つ。

 

今回の展示会では、かねてから導入が予告されていた待望の最上位格付け兼サブゾーンとなる「Pievi」が、実際のワインと共に初めて公式にお披露目されると事前にアナウンスされていたからだ。

 

 

 

Pievi

英訳するとPerishという言葉になるPieviは、実質的にはChianti ClassicoにおけるGran Selezione(最上位格付け)及びUGAs(サブゾーン)と同様のものである。

 

地理的制約に基づいた同様の仕組みはUGAsの他にも、Barolo及びBarbarescoにおけるMGAs、EtnaにおけるContrade、SoaveにおけるCruが存在しているが、Pieviという名称は、中でも最も「詩的」なものだ。

 

「Perish」とは、大きく二つの意味合いをもつ言葉である。

 

一つ目の意味は「滅び」

 

二つ目の意味は「旅立ち」

 

Vino Nobile di Montepulcianoには、少しでも「売りやすく」するために、国際品種の力を大いに借りてきたという悪循環の歴史がある。

 

そして、詳しくは後述するが、Pieviの規定は、その逃げ道を完全に絶っている

 

つまり、Pieviという言葉に込められた意味を、あえて意訳するのであれば、「過去(国際品種)との訣別、そして新たな時代への旅たち」となるのではなかろうか。

 

私が推測する通りのダブルミーニングなのかも知れないし、どちらか片方の意味合いだけなのかも知れないが、どちらにしてもこの詩的な名称には、モンテプルチアーノのただならぬ覚悟と決意を感じる。

 

 

Pievi導入に向けてのリサーチは、Chianti ClassicoのGran Selezioneに先駆けて開始されていたが、2023年夏にようやく正式承認され、2025年1月から、2021年ヴィンテージでもって市場へリリースされることとなった。

 

サブゾーンの境界線は、1820年に作成された地図と、「マップマン」として知られるアレッサンドロ・マスナゲッティが新たに作成した地図を元にして定められた。(二つの地図は結果的に高い整合性を見せていたとのこと。)

 

なお、「土壌組成に基づいて境界線を定めたわけではない。」と明言されていたため、必然的に同じサブゾーン内には多様なテロワールのヴァリエーションが含まれることとなる。

 

あまりにも細かくテロワールを定義しようとした結果、170ものサブゾーンが誕生するという、愛好家はおろか専門家ですらも完全に置き去りにしてしまったBaroloの悪しき例(

Franciacortaでは、新たに134のサブゾーンを制定するそうだ!)を鑑みれば、Pieviのサブゾーンを12に留めたのは英断としか言いようがない。

 

では改めて、Pieviの主な規定を見ていこう。

 

1. Pieviに使用できる葡萄は単一のサブゾーン(UGA)産のみとなる。

2. Pieviに使用できる葡萄は自社畑、及び自社管理畑産のみとなる。

3. Pieviに使用できる葡萄樹は、最低樹齢15年とする。

4. サンジョヴェーゼ(プルニョーロ・ジェンティーレ)の比率は最低85%(従来のVino Nobleは70%)となり、ブレンドに使用できる葡萄は伝統的な地品種のみ(通常のVino Nobileは国際品種もブレンド可能)となる。

5. 最低3年間の熟成(現行のRiservaと同様)のうち、最低12ヶ月間の樽熟成、同12ヶ月間の瓶熟成が義務付けられる。なお、熟成に使用する樽の種類は問わない。

6. 収量の上限は70hl/haとする。

7. 規定と検査をクリアしたワインは、ラベル上に「Pieve」と表記することができる。

8. 検査においては、ブレタノミセス等の欠陥的特徴に対する厳しい審査が別項目として設けられる。

 

 

1、2、5〜7に関しては、最上位カテゴリーとして一般的な規定の範囲内と言えるが、Pieviならではの厳しい規定となったのはその他の項目。

 

3で定められた最低樹齢に関する規定はかなり画期的なもので、これまでは「自主的な格下げ」として造り手の良心に頼ってきた部分に、明確な規定でもってメスを入れた形となる。当然、品質の底上げ要因として、極めて重要な役割を果たす規定ともなっている。

 

4の葡萄品種規定では、明確な国際品種の排除と、サンジョヴェーゼ比率の増加が定められており、伝統的味わいの正当性、真実性を担保する上で、極めて重要なものとなる。このあたりは、Chianti Classicoにも追従して欲しいと個人的には願う部分だ。

 

8も非常にユニークな規定で、欠陥的特徴の過度な現出は、テロワールの正確な表現を著しく妨げる、というモンテプルチアーノの「意見」が強く反映されたものとなる。賛否両論ある規定かとは思うが、私は「賛」の立場をとる。(私の基準で)調和を決定的に壊さない範囲なら、私自身は欠陥的特徴に対して比較的寛容ではあるが、実質的にグラン・クリュ扱いとなるPieviにとって、テロワールをマスクするあらゆる欠陥的要素は不必要だと考える。例えば、強烈な馬小屋臭(ブレタノミセス)や焼けたゴムのようなアロマ(還元臭)、異常に鋭角な酸(揮発酸)がもし特級畑シャンベルタンのワインに出ていたら、大多数の人はその高価格に見合う価値を見出せないだろう。Pieviにとっても、それは同じことだ。

 

また、規定には定められていないものの、今回テイスティングしたPieviは一銘柄を除いて、単一畑となっていた。

 

このように、非常に厳しい規定でもってスタートしたPieviだが、何よりも大切なのは「結果」である。

 

厳しい規定は品質の土台を形作るが、それ自体が最終的な結果を保証するものではない

 

むしろ、このような規定によって最終的に問われるのは、テロワールのクオリティと造り手の実力だ。

 

だからこそPieviがお披露目されるまで、不安が拭いきれなかった。おそらく、造り手にとってもそうだろう。

 

場合によっては、「仮面を剥がす」ような規定になってしまうかも知れなかったからだ。

 

ただでさえ意味不明なDOCGが乱立し続けるイタリアには、愛好家も専門家もすっかり愛想を尽かしつつある中で、さらに「ハリボテ」のような最上位格付けが増えても、有象無象に埋もれるだけだ。ましてやトスカーナには、Chianti ClassicoにおけるGran Selezioneの導入という、その存在価値を最大化することに失敗した悪しき前例がある。

 

しかし、やっと実物を味わうことができた2021年ヴィンテージのPieviは、あらゆる憂を見事に吹き飛ばしてくれた

 

初お披露目されたワインの数々を堪能することができた私は今、こう断言しよう。

 

Vino Nobile di Montepulcianoは、偉大なPieviの登場によって、真にトスカーナ至高の銘醸地であり、紛うことなきサンジョヴェーゼの聖地であることを証明して見せた、と。

 

 

 

Pievi レヴュー

では、各サブゾーンの解説と共に、今回テイスティングしたPievi(ラベル上の表記は単一系の「Pieve」)のレヴューを行っていく。

 

なお、2024年2月にテイスティングした一連のPieviの中には、バレルサンプルだったワインも含まれている。ボトリングショック等によるコンディション不良の可能性も考慮し、公平を期すために本稿のレヴューにおいては、造り手の明言は避けることとする。

 

また、各サブゾーン内のテロワール的多様性も鑑みれば、今回テイスティングしたPieviが、そのサブゾーンの典型例であるとも断言はできない。

 

あくまでも、そのPievi格ワインに宿った個性と品質に焦点を当てたレヴューとなることをご了承いただきたい。

 

以上のことを踏まえた上で、暫定的ではあるものの、テロワールのクオリティをはかる目安として、以下のグレーディングを適用する。

 

S:最上位クラスの中でも、さらに優れたワイン

A:最上位格付けのワインとして、十分な品質に至っているワイン

B:平均よりも高い品質に至っているが、最上位格付けとしては疑問が残るワイン

 

12のサブゾーンは以下の通りとなる。

・Cervognano(チェルヴォナーノ)

・Caggiole(カッジョーレ)

・Cerliana(チェルリアーナ)

・San Biagio(サン・ビアッジョ)

・Sant’ Albino(サン・タルビノ)

・Gracciano(グラチアーノ)

・Argiano(アルジャーノ)

・Le Grazie(レ・グラツィエ)

・Valiano(ヴァリアーノ)

・Valardenga(ヴァラルデンガ)

・Ascianello(アシャネッロ)

・Badia(バディア)

 

 

なお、Valardenga、Ascianello、BadiaのPieviはお披露目がなかったため、レヴューの対象外とする。

 

 

Cervognano(チェルヴォナーノ)

暫定評価:A~S

モンテプルチアーノ屈指の銘醸エリアとして名高いCervognanoからは、合計4銘柄のPieviがお披露目された。

土壌にかなりの多様性が見られ、斜面も多方向を向いた起伏に富んだエリアとなるため、全てのPieviが明確に異なる個性を宿していた。

非常にフレッシュ感が強く、フィネスに溢れた優美なワインがあった一方で、重心が低く力強い味わいとなっていたワインもあったのは、テロワールの多様性と造り手のフィロソフィーに寄る部分が大きいだろう。

サブゾーン内で、テロワールの優劣とも考えられる差異は確認できたものの、総合的な実力はやはり銘醸地の名に恥じぬものだった。

 

 

 

Caggiole(カッジョーレ)

暫定評価:A~S

Caggioleは、Cervogananoと並び立つモンテプルチアーノの銘醸エリア。

全体的に標高が高く、貝殻石灰を含む砂質土壌となるトォーフォの影響で、極めてアロマティックでブライトなトーンの果実味、洗練された酸、高い重心が特徴となる、非常にエレガントなワインが生まれる。

比較的小さなサブゾーンであるため、お披露目された2種のPieviには、共通項が多々見受けられたが、共に品質は最上級評価。

サンジョヴェーゼのエレガントな側面を堪能したいのであれば、真っ先に探すべきPieviであることは間違いないだろう。

 

 

 

Cerliana(チェルリアーナ)

暫定評価:A~S

モンテプルチアーノ中央部に位置するCerlianaからお披露目された2種のPieviは、やや低めの標高と粘土質主体の土壌による影響から、濃い色調、濃厚なアロマ、黒ベリー系の濃縮したフルーツ、スパイシーな風味、分厚いタンニン、低い重心といった、明確な長熟パワフル型の性質となっていた。

共に非常に高品質なワインであり、個性の完成度も高い。隣接するCaggioleとの真逆とも言える個性の違いは、実に興味深いものだ。

なお、Cerlianaには歴史的な銘醸エリアの一つであるBossonaが含まれている。

 

 

 

San Biagio(サン・ビアッジョ)

暫定評価:B~A

モンテプルチアーノ西部を縦断するSan Biagioは、かなり広いサブゾーンとなる。モンテプルチアーノの街に近い東側は標高450m近辺となる一方で、西側は300mを下回るエリアも出てくるため、San Biagioにはかなりの多様性が含まれていると考えるべきだろう。

お披露目されたPieviは東側のワイン。

粘土とトゥーフォが混在する高標高エリアのワインらしく、軽やかさと複雑性が両立されつつ、バランス感に長け、ミネラリーな味わいが魅力的な素晴らしいワインだ。間違いなくAランク評価のエリアとなる。

西側のPieviは未試飲だが、同エリアのワインをテイスティングする限り、少々荒さが目立つようにも感じるため、サブゾーン全体としての暫定評価はB~Aとした。

 

 

 

Sant’ Albino(サン・タルビノ)

暫定評価:B~A

モンテプルチアーノ南西部に位置するSant’ Albinoは、サブゾーン内の東側と西側でかなり性質が異なる。標高がやや高く、細身な果実感とシャープな酸が特徴となる西側に対し、やや標高が低く粘度が多い東側はパワフルな酒質となる。

今回Sant’ Albinoからお披露目されたPieviは、重い粘土質土壌が主体となる東側のワイン。

まさに筋骨隆々といったストラクチャー、大柄だが鋭利な酸、非常に高い集中力、分厚いタンニンが宿った、極めてビッグなワインだが、その個性は非常に高い完成度でまとまっている。モンテプルチアーノの中でも、最もパワフルなワインを生むエリアと考えて良いだろう。このエリアの暫定評価はAランク。

一方の西側はかなり酒質の弱いエリアとなるため、サブゾーン全体としての暫定評価はB~Aとした。

 

 

 

Gracciano(グラチアーノ)

暫定評価:B~A

中央部から北東へ向かうとGraccianoのサブゾーンに入る。標高は300mとやや下がり、粘土質土壌が主体のエリアとなる。

お披露目されたPieviは一種。低めの重心、厚みのあるタンニン、丸みを帯びたテクスチャーなどは土壌由来のテロワールをはっきりと感じるが、赤ベリー主体でフレッシュ感が非常に強いのは、おそらく地勢的に風の通り道となっているからと考えられる。

Cervognanoのエレガントなタイプのワインに似た性質とも言えるが、複雑性とフィネスに一歩劣る。

 

 

 

Argiano(アルジャーノ)

暫定評価:B~A

モンテプルチアーノ南東部にあるArgianoは、かなりはっきりとした特徴をもつサブゾーンと言えるかも知れない。

お披露目されたPieviは標高150~180mと、かなり低いエリアにある砂質土壌の畑から。

この土壌タイプらしく、赤ベリー主体のフルーティーなアロマに、スミレのニュアンスが加わる。滑らかなタンニンも心地良いが、果実感には確かな集中力と濃縮感が見受けられる。低い標高と砂質土壌という興味深い組み合わせが放つ個性の完成度も、かなり高い。

 

 

 

Le Grazie(レ・グラツィエ)

暫定評価:B~A

北西部に位置する小さなサブゾーンがLe Grazie。

砂と粘度が程よく混じるエリアが多く、そのサイズもあってか、比較的統一感が強いサブゾーンと言えるだろう。

お披露目されたPieviは、標高370mの畑から。ブルーベリーを思わせるフレッシュ感の強いアロマ、縦方向に伸びやかで程よい丸みを帯びたテクスチャー、高めの酸、滑らかなタンニンが、高いバランス感覚でまとまっている。

その中庸的性質にはある種の「わかりにくさ」も含まれているが、総合評価としては優れた部類に入るだろう。

 

 

Valiano(ヴァリアーノ)

暫定評価:B

渓谷を挟んだ東端に飛地のように位置するValianoは、モンテプルチアーノの中でも最も特殊な部類のサブゾーンとなる。

地質年代が若く、砂の含有量が非常に多い。石灰質も多少含まれるが、モンテプルチアーノの中央部ほどではない。標高は400m近辺とやや高い部類に入る。

お披露目されたPieviは一種。標高380mの畑で、明るい色調、非常にフルーティーかつリフト感の強いアロマ、赤ベリー主体のチャーミングな果実味、ブライトな酸、引き締まったタンニンといった特徴は、まさにテロワール通りとなるが、ミネラルのバックボーンに乏しいため、ストラクチャーがややぼやけている印象も受ける。

味わい自体は、個人的には好きなのだが、総合評価としては他のサブゾーンよりも一段階下がるだろう。

 

 

 

革命の狼煙

今回お披露目されなかったPieviの中でも、Valardenga(ヴァラルデンガ)は銘醸エリアのMadonna della Querceを含んでいるため、(Pieviではないワインのテイスティング結果も含め)確実にA~Sの評価となるだろう。

 

結果的に最上クラスの評価となったのは、昨年の特集記事でも紹介した4つの銘醸エリアであるLe Caggiole(Caggiole)、Bossona(Cerliana)、Cervognano(Cervognano)、Madonna della Querce(Valardenga)を含む4つのサブゾーン。

 

その他のPievi格も公平にテイスティングした上での結果なのだから、やはりモンテプルチアーノにも相当程度明確なテロワールの「優劣」が存在することは間違いないと言える。

 

しかし、予測を優に超えた高品質ワインとなって登場したその他サブゾーンのPieviに、何よりも驚かされたことは、はっきりと書き記しておこうと思う。

 

その平均的な品質は、問題の多いChianti Classico Gran Selezioneの平均値を明確に上回っている。

 

つまり、Pieviの方がGran Selezioneよりもよっぽど信頼できる格付けであるということだ。

 

自ら定め、自らに課した厳しい規定。

 

所有する葡萄畑の中から、最上の区画を選び抜く観察眼と審美眼。

 

テロワールのポテンシャルを最大限に高めるための、努力と覚悟。

 

そして何よりも、Pieviというワインに宿った、最高の「結果」。

 

ジャーナリストとしてだけでなく、一人の愛好家として、モンテプルチアーノのファンとして、これほどまでに心が震えたのは初めてのことだった。

 

Pieviの正式リリースとなる2025年1月の後に開催されると思われる来年の展示会では、おそらく全てのPieviが出揃うだろう。

 

本当の意味でのモンテプルチアーノ探求が、Pieviの登場によって、今ようやく始まろうとしている。