2022年4月22日3 分

オニオン・グラタン・スープという強敵(後編)

前編でもNYでの思い出と共に語ったように、私にとってオニオン・グラタン・スープという料理は、ただのクラシックという枠に収まらない。それは、憩いの場にふさわしい料理であり、息抜きの瞬間にふさわしい料理であり、心の深いところが、じわじわと癒されていくような料理だ。

筆者が東京に来てから長らくの間、第二の家とも言えるような憩いの場にも、オニオン・グラタン・スープがある。しかも、絶品中の絶品だ。

東京都荒川区の町屋駅から徒歩7分ほどの閑静な住宅街の中、東京では絶滅危惧種となりつつある昔ながらの銭湯の真向かいに、一軒家レストラン「おーどぶるハウス」はある。

創業は1973年。家族経営の名店は、フランスに料理修行にも出た二代目マスターが引き継ぎ、私のようなローカル客と、区外からの訪問客で毎夜賑わっている。

二代目が引き継いで以降、「町の洋食屋」は、ナチュラルワインを豊富に揃えたレストランへと進化した。店の隅々には、過去に誰かが飲んだワインの空瓶が陳列され、まるでそれぞれのボトルに込められた瞬間瞬間のストーリーが、大切に保存されているかのようだ。

新型コロナ禍以降、あまり姿をお見かけすることは無くなったが、以前は先代マスターとお母様もお店で働き、心地よいサーヴィスを提供してくださっていた。

ドアを開けてお店に入ると、「おかえり」と言われる。

おーどぶるハウスは、最高にあたたかいお店だ。

そんな、おーどぶるハウスのオニオン・グラタン・スープは、一捻り効いた傑作。

そう、カジュアルフレンチの代表的料理の一つであるスープ・ド・ポワソン(魚介のアラと香味野菜を炒め、ハーブを入れて煮込み、しっかりと裏漉しをした、濃厚なスープ)と、オニオン・グラタン・スープが合体した料理なのだ。

普通に作っても最高に美味しいオニオン・グラタン・スープが、ポワソンの濃密な旨味によって、極上の料理へと昇華している。

カジュアルフレンチが好きな人なら、悶絶するような美味しさだ。

もちろん、ワインを合わせても抜群。おーどぶるハウスが厳選したナチュラルワインとなら、何もかもが染み渡ってくるような、至福の時間が味わえるだろう。

しかし、それ以上に凄いペアリングを、このお店では体験できる。

日本酒とのペアリングだ。

そう、おーどぶるハウスはナチュラルワインだけでなく、日本酒の燗にも、並々ならぬこだわりがある。

あえて常温管理をして熟度を高めた日本酒を、熱々のとびきり燗で提供する。

ここは下町、繊細さよりも、豪快さが似合う。

ほのかな琥珀色を帯びた酒が、旨味の塊となって、押し寄せてくるような燗は、本当にたまらない。

中でも、おーどぶるハウスのオニオン・グラタン・スープと、異次元の相性を見せたのは、島根県の桑原酒造(銘柄:扶桑鶴)が醸す、純米酒「高津川」。島根の酒らしく、厚みと勢いのある味わいが素晴らしい逸品だ。

ここで一つ、ペアリングの奥義をご紹介したい。

タマネギをしっかりと煮詰めた味わいと、熟成感が少し出てきたタイミングの純米酒は、筆者の経験してきた限りでは、至上の組み合わせの一つだ。

至上とはつまり、これ以上は考えられない、ということだ。

しかも、スープ・ド・ポワソンの濃厚な魚介エキスも、同じタイプの日本酒と抜群の相性となる。

こんがり焼けたチーズも、同様だ。

美味しいオニオン・グラタン・スープと、熟成した日本酒の両方が楽しめるお店はあまりないとは思うが、チャンスがあれば是非試してみていただきたい。

きっと生涯忘れられないほどの、感動的なペアリングになるはずだ。