2021年9月21日5 分

Advanced Académie <15> ビオディナミ・前編

最終更新: 2021年11月5日

SommeTimes Académie <16> 農法2でも簡潔に触れたが、本稿と次稿では、二回に渡って、ビオディナミ農法の詳細を追っていく。

理由は釈然としないが、結果だけを見る限り、ビオディナミ農法の効果は信じるに足る。現在、世界の最も優れたワインの多くがビオディナミ農法によって造られており、ビオディナミ採用以前と以後では、それらの偉大なワインの品質に、大きな変化が一貫して認められてきたからだ。その効果の理由がどこにあるのか、良く言われている「ビオディナミの真の効果は、畑仕事の厳格化にある」というのは真実と断定できるのか。なるべく丁寧におっていこう。

提唱者ルドルフ・シュタイナー

ルドルフ・シュタイナーは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、オーストリアとドイツで主に活動した人物である。彼の肩書は、哲学者、教育者、科学者、神秘思想家、人智学者と幅広く、一貫性にも欠けるように思えるが、「哲学的アプローチによって、物質世界と精神世界を繋ぎ合わせる」という神秘的思想を掲げ、ある種の精神科学とも言える「人智学」を提唱した。実は、シュタイナーが農業に関心をもったのは、晩年に差し掛かった頃だった。後に、ビオディナミ農法の礎となる、全8回に渡る講義「農業再生のための精神的基礎」を行ったのは、1924年シュタイナーの死からわずか一年前の出来事であった。つまり、シュタイナーは自らが提唱した新たな農業の在り方の行く末、その効果を見届けぬまま、この世を去ったということだ。

神秘か現実か

ビオディナミ農法は、一歩間違えると神秘的な話に終始してしまい、「宗教的」とすら揶揄されてしまう。本稿では、できる限り神秘的な内容は簡潔に述べ、現実的な範囲に留めるように努めていく。

実態としてのビオディナミ農法とは、極めて全体論的な農法である。有機物(生物)、無機物(土、ミネラルなど)問わず、農場が含むあらゆるものを単一の生命体系、つまり一つの「生命力」を宿した生命体とみなし、月の満ち欠けの周期や惑星の配列に基づいた「宇宙のリズム」とシンクロさせることによって、生命体の活動を活性化させることに重きをおく。しかし、シュタイナーは「生命力」の正体に関して言及しておらず、海を大きく動かすほどの力学的エネルギーをもった月の満ち欠けはまだしも、惑星の運行による物理的影響に関しては、物理学的測定が非常に難しい。

これだけでも、ビオディナミ農法がいかに容易に科学者たちに嘲笑われるかが、想像がつくだろう。実際に、ビオディナミ農法の効果を、科学的に検証、立証する研究は非常に少ない。研究とは、多額の原資が必要なものである。そして、実に非科学的に思えるビオディナミ農法の研究に投資する科学研究機関など、ほとんど無いのが現実だ。

しかし、この農法に関する最も名の知られたヴィニュロンであるニコラ・ジョリーの話は、難解極まりない、もしくは理解不可能とすら思える部分も少なからずあるが、その一端は、知っていて損は無い。

(興味と覚悟のある方は、ニコラ・ジョリー本人の文から詳細を。リンクはこちら

ジョリーは、植物が太陽の引力(上に引っ張る力)と地球の引力(下に引っ張る力)に受ける影響は、それぞれの種によって異なると説明する。簡単に解説すると、葉や上方向に伸び、多くの花を咲かせる植物は太陽の引力の影響を強く受け、葉が下方向に向き、僅かな花しか咲かせない植物は地球の引力の影響を強く受ける、ということだ。そして、何かしらの支柱なしには上方向に成長することが難しく、葉も下向きで花が少ない葡萄は、後者に該当する

ようやくここで、ビオディナミ農法における葡萄という植物の捉え方に、決定的に重要な理解が生まれる。地球の引力に強く引かれる葡萄は、その力の多くが地球に最も近いところにある「」に宿っているという理解だ。つまり、葡萄栽培におけるビオディナミ農法とは、根そのものと、根を取り巻く土壌環境に、明確な重点を置くということだ。別の視点から見ると、ビオディナミ農法が何に重点を置くかは、植物の種類によって大きく変わる、とも言える。

葡萄はビオディナミ農法が最も効果を発揮する植物の一つであるという、少々不確かな官能的評価に基づきがちな見解は、農場という生命体の「生命力」を高める手段として、「宇宙のリズム」と合致した最適なタイミング(ビオディナミカレンダー、詳しくは後編にて)で使用するビオディナミ農法特有の様々な「調合剤」(詳しくは後編にて)の多くが、土壌環境と根に作用する(と推察される)ものであることによって、裏付けることができるかも知れない。

有機農業の研究における世界的権威の一人である、米国・ワシントン州立大学プルマン校のジョン・レノガルド教授は、ビオディナミ農法に関する科学的研究を行なってきた、数少ない科学者の一人。

レガノルド教授は、ニュージーランドで慣行農法とビオディナミ農法の葡萄畑から土壌サンプルを採取し比較分析した結果を高名な科学雑誌「サイエンス」上で発表した。教授の報告によると、ビオディナミ農法の畑の土壌には、慣行農業の畑に比べて遥に多い有機物の含有量と微生物の活性化が確認できたという。

一方で、同教授がアメリカ・カリフォルニア州にあるメルローの畑で、ビオロジック農法とビオディナミ農法の効果を厳密な条件(ビオディナミ農法の区画に、ビオディナミの調合剤を用いる以外は、ビオロジックを含む全ての区画で完全に同様の栽培管理を行なった)の元に比較分析したところ、土壌の質を含む様々な尺度において、違いは認められなかった。ただし、いくつかの年では、タンニン、フェノール化合物、アントシアニンの含有量において、ビオディナミ区画の葡萄が上回っていたが、著しく多い場合も、僅かな差である場合もあった。

より明確な答えに近づくには、世界中のあらゆる場所や品種で、同様の比較実験が行われる必要があるものの、ビオディナミ調合材を用いてビオディナミ農法を行なった場合、ビオロジックと同程度、もしくは僅かに良好な結果を生む可能性は、確かに示されている

後編では、ビオディナミ調合剤(プレパレーション)やマリア・チューンのビオディナミカレンダーといった、ビオディナミ農法特有のものに関しての詳細を追っていく。