2021年8月24日5 分

Advanced Académie <13> リュット・レゾネ

最終更新: 2021年11月5日

SommeTimes Academie <15> 農法1でも簡潔に触れたが、本稿では近年ますます重要性を増している減農薬農法であるリュット・レゾネに関して、詳細を追っていく。

理想論で言えば、世界中の全ての葡萄畑がオーガニックに準じた農法に完全に転換した方が良いのは当然なのだが、ワイン産地の気候条件と生産体制によっては、オーガニック化があまり現実的とは言えないケースも多々ある。そこで、「科学的に農薬を減らす」ために発展してきたのが、リュット・レゾネだ。

オーガニック化が難しい気候条件

基本的には、温暖湿潤地はオーガニック栽培が難しくなる。湿気と高温によってカビ系病害が蔓延しやすいためだ。なお、湿気が問題になるのは、生育期の雨であるため、年間降水量が多くても、冬季に集中して降水する地域であれば、問題となることは少ない。

オーガニック化が難しい生産体制

簡単にいうと、低価格ワインを大量生産するタイプの生産体制では、オーガニック化が難しくなる。生産量が大きく減少するリスクと、栽培にかかるコスト(主に人件費)が重くのしかかるためだ。オーガニック栽培の低コスト化への取り組みは順調に進んできているものの、まだまだ完璧には程遠い。高価格ワインの場合は、大量生産型(ボルドー、シャンパーニュ型)でも少量生産型(ブルゴーニュ型)であっても、同様のリスクは間違いなくあるが、「より高価格で販売する」という逃げ道も一応はある。

リュット・レゾネを取り巻くもの

リュット・レゾネは、総合的有害生物管理(IPM)という考えに基づいて発展してきた。このことから、リュット・レゾネをIPM農法と呼ぶこともある。IPMは、オーガニック農法の考えを踏襲しながらも、オーガニックやビオディナミの認証で定められているような非常に厳しい制約を課すことはせず、人にとっての農薬の恩恵と、自然にとっての環境保全の恩恵の折衷点を科学的に見つけ出すことを重要視している。制約の少なさと緩さに対しては、オーガニック絶対主義者たちから批判の声が根強く、またIPMが透明性にもやや欠ける傾向があるのは事実だが、SDGsが掲げている17の目標の中には、「包摂的かつ持続可能な経済成長の促進」も含まれており、ワイナリーの経済的存続を無視するほどの無鉄砲なオーガニック化は、この目標に反する側面が強い。

IPM農法

植物、動物、菌類を問わず、自然界のあらゆる生物たちは、極めて複雑な共生関係の中で生きている。それは時に助け合い、時に奪い合い、時に攻撃し、時に守るという関係性が、数万ピースの壮大なパズルのように緻密に組み上げられたものとも言える。IPM農法の基本的な考えは、これらの複雑な共生関係を科学的に理解した上で、農法として利用していくものである。

IPM農法の第一段階は、モノカルチャーからの脱却だ。基本的に、一つの土地で一つの作物のみが栽培されている環境では、生存と繁殖の条件が害虫(ウィルス等も含む)にとって有利な方向に傾くことが非常に多い。農薬の大量散布によってモノカルチャー化してきた葡萄畑は、そのような害虫にとって、まさに理想的な住環境となってしまうのだ。当然、そこで殺虫剤や殺菌剤が登場するわけだが、自然界の驚異的な抵抗力は、必ず対抗メカニズムを生み出してしまうため、害虫やウィルスは瞬く間に殺虫剤と殺菌剤に対する耐性を突然変異によって獲得してしまう。また殺虫剤は、害虫の天敵も同時に駆逐してしまうため、負のサイクルに歯止めが効かなくなる。これらが、モノカルチャーからの脱却が、非常に大きな意味をもつ理由である。

IPM農法は、このようなカタストロフィを回避するために、5つの基本原則を打ち立てている。完全な科学的見地に基づいた、「知識」、「監視」、「予測」、「要防除水準」、「タイミング」である。IPM農法においては、害虫に対する知識をベースに、問題を起こしうる害虫を特定して監視し、危害を加えるレベルに達する時期を予測し、自然界のバランスを損なわない範囲でどの程度防除するのかを定め、必要最低限の農薬を散布するタイミングを慎重に計る。

また、IPM農法は、農薬の散布はあくまでも最終手段であって、対策をする際には同時進行で様々な方策が用いられる。害虫の天敵(益虫)を導入する生物学的防除、特定の害虫(菌類)にのみ効果を発揮する微生物を投入する生物農薬、益虫の隠れ家となる常緑樹やカバークロップの栽培、害虫の繁殖を阻害する効果のあるフェロモントラップの導入、そして害虫や病気の発生時期を予測するための天候の監視などである。

これらの多角的戦略でもって、IPM農法は病害虫への対策を行うため、それらが突然変異して耐性を獲得する確率を、大きく引き下げるのだ。

リュット・レゾネの実際

ここまでお読みいただければ、リュット・レゾネ(IPM農法)の導入と実施が、決して簡単ではないことが、お分かりいただけたと思う。科学的見地を強固なものとし、適切な判断を下していくために、各生産地域という小さな単位にまで詳細な検証が行えるだけの設備人的資源、そして資金力をもった機関が必要となる。つまり、国や産地全体を挙げての大掛かりな取り組みが必要ということだ。実際に、南アフリカ、ニュージーランド、そしてアメリカのカリフォルニア州などでは、IPMに基づいて化学農薬の投入量を削減したワイナリーに対して、「サステイナブル認証」を与える取り組みが成功している。完全なオーガニック化へのハードルの高さを考えれば、リュット・レゾネの広がりも、十分に大きな意味をもつと考えて、問題ないだろう。