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ジョージアの試練 <オレンジワイン特集後編>

イタリアとスロヴェニアの国境地帯に股がるゴリツィアの地から始まったオレンジワインの再興は、消滅寸前まで追い込まれていた、古代のワイン文化を発掘した。ジョージアと、ジョージアの伝統的なクヴェヴリ(*1)による醸造、そして白葡萄の果皮を漬け込んだまま発酵したオレンジワインである。大多数の現代的なワイン市場にとっては、ジョージア産オレンジワインは、まるで人類の前に突如姿を現したシーラカンスのような存在であった。しかし、そのショッキングな登場から10年以上が経過し、今改めてジョージアの古代ワイン文化は、問われている。骨董品として何も変わらない姿であり続けるのか、古代の文化を継承した現代のワインであるべきかを


*1:ジョージアで用いられる素焼きの土器。円錐形で地中に埋めて使用される。ジョージアの西側ではチュリとも呼ばれる。


ジョージアワイン文化の始まり

歴史の話を楽しめるかが、人それぞれなのは重々承知している。しかし、ジョージアの、そしてオレンジワインの理解を深めるためには、歴史を知ることは必須と考える。しばらく、お付き合いいただきたい。


ジョージアのワイン造りが、8,000年を越える歴史を誇っていることは、すでに広く知られていることだろう。Transcaucasia(コーカサスの向こう側)とも呼ばれる、コーカサス山脈南側のエリア(現在のアルメニアの全て、ジョージアとアゼルバイジャンのほぼ全て、イランとトルコの一部がTranscaucasiaに含まれる)は、20世紀初頭には、ロシアの植物学者ニコライ・イヴァノヴィッチ・ヴァヴィロフ博士によって、ヨーロッパ葡萄(ヴィティス・ヴィニフェラ)とワイン文化発祥の地である可能性が指摘されていた。しかし、謎に包まれたワインの起源が解き明かされ始めたのは、1990年代以降のこととなる。アメリカ・ペンシルヴァニア大学に所属し、古代の食物や飲料の解析を専門とする考古学者、パトリック・エドワード・マクガヴァン博士が、イラン北西部に位置するザグロス山脈にあった新石器時代の集落跡で発見された土器から、ワイン造りの痕跡と目される酒石酸塩と樹脂(現代まで続くギリシャのレッツィーナと同様に、ワインの保存性向上を目的として使用されたと推察される)を検出、紀元前5,400~5,000年の時代に使用されたものであるとの解析結果を発表したのだ。


マクガヴァン博士による、イランでの発見が公表された当時でも、ジョージアこそが世界最古のワイン産地であるという仮説(葡萄をモチーフにした装飾が施された、紀元前6,000~5,000年頃のものと目される土器がジョージアで発見されていた)を支持する考古学者は多かった。しかし、ジョージアの政治的不安定(詳しくは後述)が主因となり、本格的な調査が始まったのは2006年にまでずれ込んだ。この頃には、ワインに関する考古学調査は格段に精度を高めていた。酒石酸塩と樹脂だけではなく、炭素年代測定、遺伝子解析、超解像顕微鏡の使用に加え、生体分子考古学、植物考古学、葡萄遺伝子学、地質学といった分野からも「証拠」を積み上げることによって、仮説の立証をより強固なものにする体制が整えられていたのだ。


2014年に、National Wine Agency of Georgiaが、ジョージアと世界各国の考古学調査機関が協力する「Research Project for the Study of Georgian Grapes and Wine Culture」を立ち上げると、調査は一気に加速した。調査の中心地となったのは、ジョージアの首都トビリシから50kmほど南下したMarneuli(マルネウイ)という街の周辺にある、Shulaveri Gora(シュラヴェリ・ゴラ)、Gadachrili Gora(ガダチュリリ・ゴラ)、Imiri Gora(イミリ・ゴラ)という三箇所の密集した遺跡群。調査チームの中でも、特筆すべき発見をしたのは、ジョージアとカナダの共同調査プロジェクトである「The Gadachrili Gora Regional Archaeology Project Expedition」(通称GRAPEプロジェクト)だ。GRAPEプロジェクトは、2016年にシュラヴェリ・ゴラ遺跡で出土した土器から、紀元前6,000~5,800年と解析されたワイン造りの痕跡を発見した。また2019年には、ガダチュリリ・ゴラとシュラヴェリ・ゴラ遺跡で発掘された8つの土器に付着していた酒石酸、リンゴ酸、クエン酸等を解析し、他分野の解析も統合参照した結果、少なくとも紀元前6,000年にまで遡れることが発表された。現在でも、調査プロジェクトはさらなる発掘を進めており、より年代の古い証拠の発見に期待が寄せられている。

あくまでも、これらの調査結果から、「現時点では」ジョージアが世界最古のワイン産地とされているが、考古学というのは、新たな発見によって簡単に覆されるものである、ということを忘れるべきでは無い、とだけ記しておく。

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