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マサイアソン <カリフォルニアをリードする現代的自然農家>

まるで自然そのものの葡萄畑、という話は良く聞くが、そんなユートピアは本当にあるのだろうか。

 

私自身、数多くの「自然な」畑を訪ね歩いてきたが、エデンの園も、シャングリ=ラも、桃源郷も実在していないという現実だけを知った私が、今ここにいる。

 

葡萄畑が真に自然となりえない理由は、はっきりとしている。

 

そもそも、人が自然を切り崩し、最も都合の良い形に整え、葡萄樹を植える、という最初の段階が、何よりも自然ではない

 

そして、葡萄を育て、収穫し、ワインにして販売する、という目的がある以上、葡萄樹という生命は、その空間の中で唯一無二の大切に守られるべき存在となる

 

弱肉強食、食物連鎖。

 

本来の自然は、生命に優先順位など設けない

 

弱き者は強き者の糧となり、強き者が朽ちれば、回り回って弱き者の糧となる。

 

自然の調和と循環に定められた弱き者の役割とは、守られることではなく、糧となることなのだ。

 

この地球上で、人類のみがその循環を破壊できる力をもってしまっていることは言うまでもないだろうが、葡萄畑を開墾する、という環境破壊から、可能な限り自然へと近づけていく、という再生へと導くことができるのもまた、人類だけなのではないだろうか。

 

近年話題に挙がることが多くなってきた環境再生型農業の真髄は、そのプロセスによって形成された擬似的自然環境の精度にこそあると私は思う。

 

人と葡萄が中心にある以上、100%の自然には戻すことはできないという前提の元に、いかに80%、90%の精度を実現していくのか。

 

もちろん、簡単な道のりではなく、感覚だけでできることでも無いだろう。

 

そう、膨大な観察と検証によって導き出された知識と、その知識を有効化するための手段が、人には必要だ。

 

2024年3月6日、カリフォルニアから来日し、東京でセミナーを開いたスティーヴ・マサイアソンは、極めて優れたワインメーカーである以上に、極めて理知的なナチュラルファーマーである。

 

スティーヴがセミナーで語った内容はまさに、擬似的自然環境の精度を高めるための、様々な知識と手段に満ちていた。

 



 

Regenerative viticulture

以降はスティーヴが語った、環境再生型農業の内容となる。

 

環境再生型農業(環境再生型葡萄栽培とした方が正確なので、以降そのように表記する)は、オーガニック農法の全てとパーマカルチャー(自己維持型)の一部分を内包しつつも、その適用範囲は遥かに広い

 

環境再生型葡萄栽培には、微生物のマネージメントを含めた土の健康状態を高める、節水を徹底しつつ、排水される先も見据えた水の健全性を高める、カーボンフットプリントを削減する、農作業従事者の健康維持とステップアップを考える、葡萄畑とその周辺環境の中で、葡萄を対象外とした食物連鎖を確立させる、などの内容が含まれている。

 

SDGsとの関連性も多く見受けられるが、オーガニックかつ自己循環・維持型であるという意味で、明らかにより高度なものである。

 

そして、最終的に目指す方向は同じでも、ビオディナミ農法と部分的に異なるのは、環境再生型葡萄栽培が常に科学的根拠に基づいて行われるという点にあるだろう。

 

少し細かくテーマを分けて詳説していくが、それぞれの緻密な連動性にも着目していただきたい。

 

1.     土

土壌内の有機微生物を守り育てることによって、葡萄樹の健康も保ちやすくなる。そのためには、殺虫剤、除草剤、窒素化学肥料の不使用は必須条件となる。

 

堆肥は葡萄の搾りかすと牛糞を領地内で発酵させたものを用い、この堆肥は有機微生物の増加を促進させる力をもつ。

 

地中のミネラル分を、葡萄樹の根が吸収できる水溶性に変えている存在こそが、有機微生物であるため、その助けを得られない環境にある葡萄は、糖度が異常に高まり、単調で平面的な味わいになる。葡萄樹にとっての有機微生物に満ちた土壌環境を、人間に例えるなら、栄養バランスの良い食生活といったところだろうか。そして、まさに人間と同じように、バランス良く養分を得た葡萄樹は、病害虫への抵抗力を増加させることができる。

 

さらに、活性化した土壌は、保水力を高めつつも、適切な水はけの良さを保ち、土は柔らかくなり、微生物の活動を助ける空気を多く吸収できるようになる。二次的効果として、二酸化炭素を吸収する能力が上がることも見過ごせないだろう。

 

 

2.     植生

川辺の植物を再生させることによって、澄んだ水が川に戻る。また、これらの植物は様々な虫の棲家ともなる。

 

葡萄畑周辺に低木を植えることによって、こちらも様々な虫の棲家となる。

 

カヴァークロップスは15種類ほど使用し、その配合比率は土壌の肥沃さによって精緻にコントロールしている。樹勢が強い区画では、より競争力の高いカヴァークロップスを植えてバランスを取り、樹勢が弱い区画では、その逆のアプローチをとって葡萄樹が優位に立てる環境をつくる。樹勢に関してはグラフィックデータ化して把握している上に、季節労働ではなく通年雇用となっている農作業者たちも、細かな区画毎の特徴を把握しているため、非常に正確な種植えを行うことができる点でも、スティーヴらしい理知的な側面が光る。

 

また、カヴァークロップスは土壌及び地表の湿度を保つ重要な役割も果たす。

 

カヴァークロップスにはすでに周辺環境に適応している在来種を使用し、しっかりと地表に根を張らせることによって、土壌の浸出、流出をも防ぐ。土壌侵食を防ぐことは、河川の汚染防止にも繋がるため、土壌の改善、有機微生物の増加、適切な植生からの完璧な連動を感じずにはいられない。

 

さらに、益虫類は開花する植物に呼び寄せられるため、カヴァークロップスにはそれらが常に含まれている。

 

 

3.     水

旱魃が頻発するようになったカリフォルニアでは、豊水の国である日本に住む我々には想像もつかないほど、水は貴重な資源として扱われる。

 

土壌の有機微生物数が1%上昇すれば、1ha辺り約27万Lの節水に繋がる。(カリフォルニアのケース)

 

適切なカヴァークロップスの選択もまた、節水に繋がる。

 

そして何よりも、葡萄畑における節水・保水の徹底は、地表へと水を供給することによって根が地中深くまで伸びることを妨げてしまう灌漑への依存度を、大幅に下げることができる。

 

健康の土に深く根を張った葡萄樹は、バランス良く水分と養分を吸収し、より高品質な葡萄を実らせ、それは当然、最終的なワインの品質にも直結する。

 

全ては葡萄畑から始まり、葡萄畑に終わる。この言葉は、伊達では無いのだ。

 

 

4.     食物連鎖

川辺、葡萄畑周辺、そして畝間の植生は、虫類の棲家となり、畝間に生えた開花する植物が害虫類を糧とする益虫類を葡萄畑へと誘導する。虫類の間で自然発生する食物連鎖の関係性が、結果的に葡萄を守るのだ。

 

さらに、スティーヴの畑では、鳥害にも注意を払っている。

 

周辺に生息する鳥類の生態系を調べあげ、虫類を好んで食す上に、縄張り本能の強い鳥(ツグミとツバメ)を呼び寄せるための鳥箱を設置している。その鳥箱に開いた出入り口は、ツグミとツバメが丁度通れる大きさにカットされているため、もし他の鳥が入り込んだ場合は、出入り口の破損等によりすぐ判別できるようにしている。

 

虫類を糧とし、餌が潤沢にある限り葡萄には興味を示さず、他の鳥類を牽制する種を導入することによって、鳥による葡萄の食害を防いでいるのだ。

 

 

5.     温暖化対策

『ワイン造りにおいては、テロワールを感じられる伝統的な味わいを目指しているけど、葡萄栽培において30年前の常識が現代でも正しいとは限らない。』

 

スティーヴが繰り返し強調したこのフレーズに、彼のファーマーとしての矜がにじみでる。

 

葡萄樹は、耐熱のクロスアームを使用したY字型の特殊なVSP(Vertical Shoot Position)仕立てとなっている。

 

剪定は柔らかい朝日を浴びる方向に向けて行い、フルーツを朝日側に向けつつ、強すぎる西日側には日陰となる葉を誘導する。

 

地表熱の影響を緩和することと、農作業者のケアを併せて、フルーツゾーンは地表から1.5mの高さに設定している。

 

畝の向きを調整できない古樹の畑では、西日側を布で覆うこともある。

 

全ては、過剰な日照による日焼け、糖度上昇、アロマの喪失を防ぎ、ポリフェノール類と酸類のバランスに優れた葡萄を収穫するため(セミナーでは触れなかったが、西側と東側の葡萄におけるフェノール成分の違いに関する研究データに基づいている。)に行われている。

 

また、かつては樹勢がやや低く乾燥に耐性があまりない台木(パワーワインを造るのには向いている)が主流だったが、現在の温暖化した環境下では、樹勢が強く乾燥に耐性がある台木が適切だとも語っていた。

 

30年前の常識から、強固な科学的根拠でもって脱却するスティーヴの多角的かつ高度に連動したアプローチが、いつの日か新たな常識としてカリフォルニアの地に深く根を張ることを願うばかりだ。

 

 



Matthiasson

スティーヴが手がけるワインは、オーガニック農法を内包する厳格な環境再生型葡萄栽培、極少量の亜硫酸を除くあらゆる添加物の拒絶、という意味において、純然たるナチュラル・ワインだが、徹底してクリーンでもある。

 

そして何よりも、テロワールが鮮明に表現された、優美でたおやかなワインだ。

 

もう一度強調しておくが、スティーヴは極めて優れたワインメーカーである以上に、極めて理知的なナチュラルファーマーである。

 

彼のワイン造りの大部分は、葡萄畑で完結しているのだ。

 

では最後に、簡易的ではあるが、セミナーでテイスティングしたワインの解説もしていこう。(凄まじく美味だが、ヴェルモットのレヴューは割愛させていただく。)

 

 

Chardonnay Linda Vista Vyd. 2021 Napa Valley ¥7,000(税別)

長年に渡る慣行農法で活力を失った葡萄畑をスティーヴが買い取り、環境再生型葡萄栽培によって収量を3倍にまで高めた葡萄畑。海からの冷風が届き、霧がさらに冷却効果をもたらすNapa Valley南西部のOak Knollに位置し、海洋性の土壌が優勢となるエリアだ。かなりの早摘みを行なっているとのことだが、ポリフェノール類の熟度は高く、ミッドパレットが充実している。軽快な酸と、塩味を感じさせるミネラリティ、高い解像度を誇る見事なシャルドネであり、テロワールを余すことなく表現したワイン。

 

 

White Wine 2021. Napa Valley ¥7,700(税別)

イタリアのフリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州をスティーヴが訪れた時にテイスティングした、当地の伝統的ブレンド白ワインからインスピレーションを受けたキュヴェ。ソーヴィニヨン・ブランがフレッシュな酸を、セミヨンがボディを、リボッラ・ジャッラがミネラルを、フリウラーノがスパイス感を担い、驚異的なハーモニーを奏でる傑作ワイン。スティーヴのワインの中では珍しく部分的に新樽が使用されたワインだが、たくましく熟したポリフェノール類と見事に調和している。

 

 

Rosé 2022. California ¥4,300(税別)

赤ワイン用に育てた黒葡萄は、ロゼワイン用として必ずしも良いとは言えない、というアイデアのもとに、海からの距離が遠く、温暖で肥沃な場所で育てた多種多様な黒葡萄を用い、ダイレクトプレスでフレッシュに仕上げた逸品。軽快なボディ感の中に、多層的なフルーツフレイヴァーが詰め込まれており、爽快なメンソールのニュアンスと、優しいスパイス感、踊るような酸が彩りを添える。

 

 

Ribolla Gialla Matthiasson Vyd. 2020. Napa Valley ¥7,000(税別)

フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州(以降、省略してフリウリと表記)の名生産者であるGravnerの畑から得たリボッラ・ジャッラを、自社畑に植樹したのは2002年。果皮と共にパンチダウンを頻繁に行う当地の伝統製法通りの、オレンジワインとなる。

タンニンがソフトに感じられる理由としてスティーヴが語ったのは、フリウリとの土壌の違い。

ポンカ土壌(ミルフィーユ状の頁岩土壌)が主体のフリウリとは違い、ナパ・ヴァレーの畑は火山性のローム土壌(岩石が少ない)となるため、葡萄に宿るタンニン量が少ない。

花梨を思わせるアロマ、ソフトでしなやかなテクスチャー、充実した酸が、ナパ・ヴァレーらしさに満ちた豊かな個性を形作っている。

 

 

Schioppettino 2020. Napa Valley ¥10,000(税別)

フリウリの固有品種であるスキオペッティーノは、独特の荒々しい風味と酸が特徴的な品種(非常に起源が古い品種で、いわゆる山葡萄に近い)だが、Napa Valleyで育つと、また違った個性を宿すようだ。

 

糖度がそれほど上がらない品種であるため、軽快なボディ感のワインとなるが、野生のハーブやスパイス風味がアクセントなり、やや鋭角な酸が全体を引き締めている。

 

一般的なフリウリのスキオペッティーノは、もっとワイルドで、まるで暴走機関車のような酒質にもなりがちだが、スティーヴのワインにはフィネスが漂う。

 

 

Cabernet Sauvignon 2020. Napa Valley ¥16,000(税別)

クラシックなNapa Valley産カベルネ(正確にはパリの審判以前のスタイルを意味していると思われる)を目指して、栽培管理から葡萄畑の選抜にまで細心の注意(現代的なアイデアと共に)が払われた意欲的なキュヴェ。

 

ヒルサイドの葡萄を中心に、マウンテン・サイドとヴァレー・フロアの葡萄もブレンドしているが、全ての畑は岩石の多いスポットにある。

 

異なるマイクロ気候化で育った葡萄をアッサンブラージュするそのアイデアは、かつてのNapa Valleyにおける常套手段であると同時に、極めてボルドー左岸的な手法とも言える。

 

明白に長期熟成型となるワインだが、Napa Valleyらしい柔和なフルーツ感は健在。

いわゆる典型的なナパカベ味を求める人には向かないワインとも言えるが、その品質と完成度には驚かされるばかりだ。

 

 

Cabernet Sauvignon Phoenix Vineyard 2020. Napa Valley ¥26,000(税別)

2017年に老農家から買い取ったというこの畑もまた、長年に渡る慣行農法のダメージから、スティーヴが再生させた。

 

Napa Valleyの中では珍しく頁岩土壌の区画となることから、スティーヴはリボッラ・ジャッラも新たに植樹したそうだが、カベルネにも強烈な個性が宿っている。

 

芳醇で開放的なアロマ、引き締まった屈強なテクスチャー、凝縮された多層感が鮮明に感じられる味わい、奥深く長大な余韻。

 

まだ若く固い段階ではあるものの、その圧倒的なポテンシャルと約束された長期熟成能力から、Napa Valleyの偉大なテロワールがはっきりと見えてくるようだ。

 

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