【スティーヴン・スパリュア (1941-2021)】

2021年3月9日、レジェンドが旅立った。ワイン業界はまたひとり、偉大な人物を失った。 私は、彼此20数年になるワインキャリアの中で、多くのご縁に恵まれて現在に至るわけだが、中でも「大物」と呼べる人物がスティーヴン・スパリュア氏であった。 偉大な功績を残した人物と、同じ時代を生き、出会い、ほんの少しでも一緒に仕事が出来たことに、心の底から感謝したいと思う。私にとって、そして間違いなく世界中のワインを愛する多くの人々にとって、スティーヴン・スパリュアは、真の英国紳士であり、ワイン界のレジェンドであった。

1976年に行われた『Judgement of Paris パリスの審判』を主催し、その結果、当時全く無名だったカリフォルニアを世界のワイン地図に載せ、フランス以外でも優れたワインを生産することが可能であると世に知らしめた。カリフォルニアのみならず、全ての新世界ワイン生産地に希望の光を当てた重大なイベントとして、これから先もずっと語り継がれていくだろう。 レジェンドが現代ワイン史の中で果たした役割は大きく、枚挙に遑がないのだが、ここでは、私の個人的なスパリュア氏とのご縁を振り返りながら、レジェンドから学んだことを記し、追悼のコラムとさせていただきたいと思う。 「ワイン専門通訳」という業務を私は自分なりに模索・開拓してきたのだが、ある意味、そのきっかけとなった公式なデビューが、この「大物」のセミナーだった。 2014年、まだフリーランスになりたてで、WSET®Diplomaの受験中であった私に、この「大物」のセミナー通訳をオファーした当時のアカデミー・デュ・ヴァン取締役T氏。たいした実績もない、講師になりたての私に、大それたオファーをしたものだ、と、正直思うのだが・・。今となっては、それを無謀にも引き受けた自分の勇気を讃えたい。 それはもう、これまでに経験したことのないような緊張感だったことを、今でも鮮明に思い出す。 セミナーのテーマは、「イングリッシュ・スパークリングワイン」。この時、スパリュア氏は妻ベラさんの故郷イギリス南部のドーセットに、スパークリングワイン造りのための「ブライド・ヴァレー・ヴィンヤード」を設立し、最初のワインがリリースされるというタイミングであった。私はこのセミナーでテイスティングに用意された「Nytimber ナイティンバー」と「Ridgeview リッジヴュー」という素晴らしいイングリッシュ・スパークリングの存在を知っていたので、通訳としての緊張感はさておき、ワクワクするテーマだった。今でいう「Brit Fizz ブリット・フィズ」(イギリス産スパークリング・ワインに定着した俗称)の将来性を、日本で最初に伝えた先駆けのセミナーであった。 スパリュア氏が長年のワインキャリアの集大成として、故郷であるイギリスでスパークリングワイン造りに着手したことは、ある意味自然な流れのように感じられるかもしれない。だが、これは彼が紛れもないヴィジョナリーであったことを明確に物語っている。 それ以降、私は光栄なことに、スパリュア氏の来日時にアカデミー・デュ・ヴァンで開催されるセミナーやイベントの通訳を担当させて頂くようになった。回を重ねる毎に、あくまで自己評価ではあるが、多少は成長出来ていたかな・・。だが、実際にレジェンドと過ごす限られた時間で、一定の距離を縮められたということはなく、常に緊張感に包まれていた。彼以上に「英国紳士」という言葉がしっくりくる人に、私は出会ったことがない。

1973年、スパリュア氏はパリのマドレーヌ広場に、フランス初のプライベートワインスクール「アカデミー・デュ・ヴァン」を開校した。その門を開き日本に招聘したのが、日本初のワイン専門誌『ヴィノテーク』創業者の有坂芙美子氏であった。 2017年9月には、スパリュア氏も来日されてアカデミー・デュ・ヴァン東京校30周年を記念したイベントが行われた。そのメインセミナーのタイトルは、「Wines I have loved during 50 years in the trade. (ワインと共に歩んだ50年 私の愛するワイン)」。参考までに、その時のワインリストがこちら。(試飲順)

● Domaine de Chevalier Blanc 2011 ● Bonneau du Martray, Corton Charlemagne 2014 ● Domaine Tempier, Bandol Rosé 2015 ● Chanson Père & Fils, Beaune 1er cru Clos des Feves 2012 ● Château de Beaucastel, Châteauneuf-du-Pape 2012 ● Château Léoville Barton 2001 ● Domaine Weinbach, Alsace Grand cru Schlossberg Cuvée Ste Catherine L’Inédit 2015 ● Domaine Huet, Vouvray le Haut Lieu Demi Sec 2009

スパリュア氏は、それぞれのワインと造り手にまつわるエピソードをテイスティングと共に振り返り、懐かしみながら語った。通訳泣かせではあったが、レジェンドの記憶の世界に入り込んでいくような、例えようのない貴重な経験となった。その夜には、盛大なパーティが開催された。列席された有坂氏とも旧交を温められ、多くの関係者、受講生の方々との祝福の宴となった。


一夜明け、夕方には離日というタイトスケジュールの中で、翌日にはインドワインについての特別セミナーが開催された。「フラテッリ・ワイン」というイタリアとインドの兄弟のコラボレーションで設立されたワイナリーで、スパリュア氏はそこで自身がプロデュースするワインを紹介した。これもまた、私にとっては彼がヴィジョナリーであった象徴的なエピソードだ。1970年代のカリフォルニアも、現在のインドも、彼の目には同じ様にうつっていたのかもしれない。 70歳を越えても尚、世界各地のワイン産地を視察され、ほんの短い滞在でも来日時には独自の視点からワインの学びの機会を私たちに提供してくれた。次の来日では、奥様と一緒に京都へ旅行するのを楽しみにされていたことを思うと、コロナ禍でそれが叶わなかったことが悔やまれる。 個人的にフランスやイタリアなどメインストリームの産地よりも、南アフリカやカナダ、オーストラリアといった新世界産地とのご縁が深く、講師や通訳、執筆業というワインを伝える立場でこれからも活動をしていく上で、改めて振り返ってみても、スパリュア氏から得た経験や学びは、確実に自分の中で大きな糧となっている。私なりにバトンを繋ぎ、次の世代へと受け継いでいけるよう精進することを心に誓いつつ、天国のレジェンドに、献杯。


生産者:Bride Valley / ブライド・ヴァレー ワイン名:Rosé Bella (写真・右) 葡萄品種:Pinot Noir & Chardonnay 生産国:イギリス 生産地: ドーセット ヴィンテージ:2014 参考価格:¥6,960 お問い合わせ:アカデミー・デュ・ヴァン



<ライタープロフィール>

高橋 佳子 / Yoshiko Takahashi DipWSET

Y’n plus


兵庫県生まれ。

2000年、大阪北新地のワインバーでソムリエ見習いとしてワインの世界に足を踏み入れる。

2002〜2003年渡豪、ヴィクトリアとタスマニアのワイナリーで研修。帰国後、インポーター勤務時に上京。ワイン専門卸会社勤務を経て、2013年よりフリーランス。

ワインスクール講師、ワイン専門通訳&翻訳、ワインライター、ワインコンサルタントなど、ワイン業界でフレキシブルに活動する。

2016年、WSET® Level 4 Diploma取得*

2017年、PIWOSA Women in Wine Initiative 南アフリカワインのインターンシッププログラム参加

2018・2019年、Royal Hobart Wine Show International Judge

2019年より、WOSA Japan 南アフリカワイン協会 プロジェクトマネージャー


*WSET®は、イギリスロンドンを拠点に世界70カ国以上で提供されている世界最大のワイン教育プログラム。Level 4 Diplomaはその最高位資格。