こんにちは、Restaurant Re:苅田です。
前回の【糖分・酸度】に関する実験スタイルの記事は非常にやりがいがあったので、今回は違った実験を行っていきたいと思います。
今回は【温度】について考えたいと思います。ワインをはじめとした、飲料の世界では常に新しい常識が生まれ、その常識が打ち破られたとき、発見や素晴らしい体験を得たりできます。自分がワインを説明するときもやはり常識にとらわれない、周りに変わり者とされている生産者のお話をお客様にすることも多いです。そういう常識にとらわれない視点で作られたワインは、やはり新しい感動となることがあります。
そこで今回は皆さんがよく聞く提供温度の常識について、もう少し深く掘り下げて考えていくことで新しい発見をしたいと思いたったわけです。
提供温度
皆様聞いたこともあるかと思いますが、ワインにそれぞれそのキャラクターを存分に発揮できる温度帯があります。JSAソムリエ協会の教本に書かれている温度をまとめると、以下のようになります。
6~8℃ スパークリングワイン、甘口白、辛口白、ロゼ甘口
8~12℃ 上級シャンパーニュ、コクのある上級白、ロゼ辛口
12~14℃ 軽め赤
16~18℃ ブルゴーニュ赤
18~20℃ ボルドーやローヌ赤 (上級は高めの温度)ヴィンテージポート
白ワインや甘口などは低く、上級の複雑なものになれば温度が上がる。赤ワインでも軽めのものは低い提供温度、上級のものは温度を上げることでその複雑さを味わうことができると表記されています。
また、一般的には温度の変化によって、以下のような香りや味わいの変化があるといわれております。あくまで上記のような温度帯の中で範囲でということですが。
表➀ワインの温度変化における印象の変化
実際、味わいの変化はあるものの、温度を変化させることで液体中の成分量が変わるというわけではなく、香りの出方が変化しそれによって味覚が左右されたり、糖分や酸度の感じ方が変わることによって、全体の印象が変化していくためこのような現象が起こります。
当店もいくつかの冷蔵庫とワインセラーを使って適正に近い温度にて保管し、理想に近い温度で提供できるように管理しています。
温度の変化によってワインが変わっていくのもまたワインの楽しみの一つですし、提供温度が重要であることは周知の事実ですね。
さて、ここで考えたいのが、今理想とされている温度帯が本当にそうであるのか?という再検証です。日本酒とワインを比べたときに必ず言われるのが、提供温度の幅の広さです。日本酒の場合、かなり冷やした5度くらいの状態から、60度近い温度までさまざまですが、ワインではそうはいかないといわれています。本当にそうなのでしょうか?
レストランなどの食事に合うかは別として、ワインも日本酒と同じように、オンザロックで飲んだり、ホットワイン(ヴァンショー)といって温めて飲むこともあります。噂では甘口ワインを燗酒で出している店もあるとか?チリやアルゼンチンのアルコール濃度も高く、果実味がしっかりしたタイプのワインなどは、生産者もかなり温度は低めからスタートしてほしいと言っているのを聞いたことがあります。
つまり、これはもうやってみようということになったわけです!それでは実験開始です。
実験方法
対象酒類:前回の反省点もあり(多すぎてそのあとの消費が大変でした)、今回はキャラクターのはっきりした10種類に絞りました。
白ワイン:
①ドイツ リースリング ドライスタイル
Thörle / Riesling 2019
②ドイツ リースリング・カビネット 半甘口のスタイル
Thörle / Riesling Kabinett 2019
③ブルゴーニュ地方 樽のニュアンスのあるシャルドネ
Raymond Dupont-Fahn / Bourgogne Blanc Chames des Perrières 2019
赤ワイン:
④ブルゴーニュ地方 ピノノワール
David Duband / Bourgogne Hautes Côtes de Nuits Rouge Louis Auguste 2018
⑤イタリア タンニンが強靭な モンテファルコ・サグランティーノ
Tenute Lunelli / Carapace Montefalco Sagrantino 2015
⑥アメリカ 果実味をしっかり感じる ジンファンデル
Clos du Val / Zinfandel 2018
その他:
⑦オレンジワイン 醸し6か月 タンニンのしっかりしたジョージアのオレンジ
Makashvili Wine Cellar/ Mtsvane 2019
⑧甘口 ボルドー地方 熟成ソーテルヌ
Château Sigalas Rabaud 2005
⑨日本酒 燗酒用 愛知県 醸し人九平次
萬乗酒造 / 醸し人九平次 火と月の間に 雄町
⑩スペイン シェリー 熟成した辛口 アモンティリャード
Lustau / Almacenista Amontillado del puerto
検証方法:-5℃、10℃、15℃、20℃、40℃、55℃、合計6つの温度帯に分けてテイスティング(今回の実験における提供温度の概念については後述の余談をご覧ください。)
【香り】香りの出方やバランス
【味わい】酸味、甘み、渋みなどバランス
それぞれ2つ項目を主観にて0~5ポイントの6段階評価しその合計得点を0~10ポイントの【総合】とした。
急激な温度変化によるダメージを考えて一般的な提供温度帯である10℃、15℃、20℃はボトルのまま管理、それ以外は小瓶に小分けしー5℃は冷凍庫、40℃、55℃は熱燗の要領で温度を管理した。
テイスティングの際のグラスはすべてリーデル社のヴィノムシリーズ キャンティクラシコを使用。
今回は主観の計測だけになるので私と、弊社スタッフの栗原にも同時にテイスティングしてもらい点数のすり合わせを行った。
仮説
今回も行う前にいくつかの仮説を立てました。
①:繊細な白ワインは樽の効いたワインに比べて適正温度の幅が狭いのではないか?
②:赤ワインのほうが白ワインに比べて要素が多く、バランスがとれる温度帯の幅が狭いのではないか?
③:ジンファンデルのようにタンニン分よりも果実味などを多く感じるワインは冷えた温度帯でもバランスを保つのではないか?
④:③とは逆にタンニン量の多いワインは低い温度帯ではかなり収斂性を感じてしまうのではないか?
⑤:甘口のワインは幅広く温度に対応できるのではないか?
結果
以下の表②に結果を記します。
・白ワインではドライリースリングよりも、半甘口リースリングのほうが、多少幅が広く温度をとれる。
・また、樽のニュアンスからか、③のシャルドネは40℃、55℃においても味わいは落ちてしまうものの、ある程度の香ばしさや甘いニュアンスなどが好印象であった。
・低い温度帯でも樽のニュアンスが意外と出ていたが、味わい的には酸が突出してNG。
・白ワインは総じて40℃を超えるとアルコール感を香りに強く感じてしまうため、ワイングラスではなくおちょこなどのほうがまだ、可能性があると思われる。
・赤ワインは想像していた通り、温度帯の幅が狭く、40℃、55℃の温度帯ではもはや味わいのバランスは崩壊し香りも意味不明な方向へ、ホットワインははちみつやスパイスを入れて味わいを整えるがまさにその必要性を感じた。
・-5℃や10℃などの低い温度帯でもとにかくタンニンが突出して感じ、全く別物といった印象であった。
・ピノノワールは低い温度で提供するイメージがあったが、意外と20℃という少し高めの温度でもいいパフォーマンスを発揮。
・さらに、今回ではその温度帯は計測しなかったが、⑤⑥などのフルボティのワインは20℃より25℃くらい高い温度のほうが良いパフォーマンスを発揮しているように感じた。
・その他のジャンルでは、やはり⑧ソーテルヌの汎用性の高さに脱帽で、かなり低い温度から、40℃、55℃などの温度帯でもかなりいいパフォーマンスを発揮していた。
・オレンジワインはバランスが崩れやすいかと思われたが、極端なー5℃や55℃などの温度でなければ様々な顔を見せてくれるのも発見であった。
・⑨日本酒はー5℃では香りはほとんどなく、高いアルコール感と低い酸味からか、ねっとりとした質感は個人的に好み。ただし、その日本酒の個性が出ているかは不明。どれでもおなじになってしまいそう。それ以外での温度の汎用性はやはり高い。
・⑩シェリーにおいてはかなり幅の広い温度帯での提供が可能。40℃での提供にも可能性を感じた。今回は熟成したものを使ったがライトタイプであれば低い温度帯もいいかもしれない。
考察
今回の実験では、白ワインや赤ワインに関しては個人的には仮説を大きく超えるような発見はありませんでした。むしろ、低温での赤ワインのタンニンの強さはなかなかのものでした。仮説で考えていたジンファンデルも、低い温度帯でかなりタンニンが目立っていました。もっと、タンニンの少なく果実味を多いものであれば可能であったかもしれません。
一番の発見はやはり、甘口ワインや酒精強化ワインの高い温度帯での可能性。
甘口ワイン、酒精強化ワインは今回1種類ずつでしたが、タイプ別にいくつか試して、実践で使えるようなスタイルまでもっていければと思います。
店舗のオペレーションもあるかとは思いますが、現在当店の10月のメニューでは松茸のスープを使った魚料理に、日本酒をぬる燗40℃で合わせています。
今後は温かいお料理に温めた酒精強化ワインなどの組み合わせや、アイスと温かいデザードワインの対比のある組み合わせなど、お客様にも楽しんでいただきつつワインの新しい提供方法を模索していきます。また、最高の組み合わせが見つかりましたら追って報告させていただければと思います。
今回も苅田は何をやっているのかと思われるかもしれませんが、皆様の何かのこの実験が、皆様の(何かの)お役に立てれば幸いです。
余談
今回温度をテーマにすることで、2つの別の疑問がわいてきました。
まず、提供温度とは、どのタイミングのことを言うのだろうかと。調べてみましたが、提供温度がどのタイミングなのか明確に書かれているものはみつけられませんでした。
考えられるタイミングは以下の3つ。
①注ぐ前のボトルに入っている状態の温度
②グラスに注がれた後の温度
③口に入ってくるときの温度
推察になってしまうのですが、本当の意味では③の口に入ってくるときの温度というのがベストではあると思うのですが、自分で温度管理して飲むならまだしも、グラスに提供してから、スワリングしたり、雑談していたり口に含むまでの時間など、多くの外的要因は調整できません。なので③は難しい。
温度を測るタイミングで言えば➀が一番計測しやすいですが、これもそのあと、どんなグラスにどれくらいの量を注ぐか?グラスがそんな素材なのか?などによってある程度変わってきてしまいます。
よって今回の計測では、②のグラスに入っている状況でその温度帯であるかどうかで判別し、なるべく早くテイスティングをすることを心がけました。
ちなみに、実際に室温24℃の部屋においてある当店グラス(木村硝子社製ピーボオーソドックス 525cc)4.5℃の冷蔵庫に入れてあるワインを125cc注ぎ軽くスワリングして図るとその時点で7℃、50ccで注ぎ軽くスワリングして温度を測ると9℃。ペアリングなどで理想温度が狭いワイン提供する場合、多皿料理が多くなっている昨今の現状を考えると、1杯のペアリングの量も少なくなりがちです。
提供するグラスのサイズやグラスでの温度上昇を意識した提供が必要になってくると思われます。
もちろん、温度がもともと高い赤ワインを注ぐ際にはここまで大きな温度変化があるわけではありません。
そして、もう一つ気になること。
ワインを冷やす際に、どれくらいの時間を見ればいいのでしょうか?以前先輩ソムリエから氷水に付けておけば1分で1℃下がるといわれ、ソムリエ協会の教本に載っている資料にも近いデータがのっておりました。
ソムリエ教本には、クーラーを十分な氷と水で満たし18℃のワインを入れて冷やした場合との記述。
実際にはもっと時間がかかる印象があったので、こちらも実験してみました。よく見かける1本から2本入るこちらのワインクーラーに水道水24℃、氷をある程度入れてよく混ぜ氷が表面を覆うくらいでワインクーラーの下部の水温を図ると5.5℃から6℃くらい。
そこに室温(24℃)に置かれていたワインを想定して、空のシャンパーニュボトルに24℃の水を入れ7割程度つかるように入れ動かさずに置いた場合、5分ほどたってもネックのあたりの温度は20℃でした。
途中から攪拌して温度を測ると、
5分 20℃
10分 18℃
15分 15℃
20分 13℃
1分で1℃とは、かけ離れた結果になりました。
まず、ワインクーラー内の水温を氷に近い1℃にするにはかなり多い割合で氷を入れる必要があるようです。
よく攪拌した状態で、氷が5割程度入っていないと全体の水温は1℃までいきませんでした。
さらに温度をしっかり下げるには、ボトルネックの上のほうまで漬かるように入れないと1分で1℃下降には達しないことがわかりました。
意外としっかり上のほうまで漬かるワインクーラーってないですよね。
皆さんすでにご存じかもしれませんが、参考にしていただけたら幸いです。
<ソムリエプロフィール>
苅田 知昭 / Tomoaki Karita
Restaurant Re:
支配人兼シェフソムリエ
1982年栃木県日光生まれ。
臨床心理学を専攻するものの大学時代のアルバイト先の研修旅行でジュヴレシャンベルタンのドメーヌに連れていかれワインをはじめとした飲食、飲料の虜に。株式会社シャノアールにてコーヒー業界から飲食に入るが、カフェインに極端に弱いことが発覚しワインの道へ。イタリアンバル、カフェ、パティスリー、ビストロと様々な業態の立ち上げ。飲料を担当。
飲食以外のジャンルを経験する為、株式会社KDDIの常駐営業として人材育成を担当後、中目黒cuisine francaise NARITA YUTAKA 支配人兼シェフソムリエとして飲食業界に復帰。
現Restaurant Re: 支配人兼シェフソムリエ 。
2018年 JSA シニアソムリエ 取得
営業の傍ら、毎月、若手ソムリエや飲食人、インポーターを集めた勉強会を開催。近年はワインだけでなく、日本酒や焼酎の酒蔵の方も招き、情報提供、普及に尽力している。
<Restaurant Re:>東京中目黒、目黒川沿いにあるフレンチレストラン。八重桜の季節には満開の桜を見ながら食事を楽しむこともできる。
日本各地の和の食材を使い、昔ながらの食材や地方の食文化が再発見できるフレンチ。
シャンパーニュやブルゴーニュのボトルワインが充実していながら世界各国の豊富なグラスワインの数は都内屈指。ペアリングではワインはもちろん、日本酒、焼酎、紹興酒と幅の広さも定評がある。
Comments