私も随分と長い間、勘違いしていた。私が本格的なソムリエ修行を始めた2000年代は、まだまだロバート・パーカーJr(*1)が全盛期の頃で、今ではすっかり飲まなくなった濃厚でパワフルなスタイルのワインを、あれこれとテイスティングする日々を送っていた。
当時、大多数のワイナリーが最もハイエンドなキュヴェとしてリリースしていたワインは、決まって単一畑の古樹(本コラムでは、古樹=樹齢50年以上、としておきます)の区画から造られたものだった。
マッチョなワイン=高品質という図式に支配されていた当時の市場にあって、そういった特別な古樹のワインは、「古樹は自然と収量が落ちるため、味わいが濃縮する」という謳い文句の元、ほとんどが濃厚極まりないワインだったように思える。
当然、私の認識にもべったりとこびりついた。古樹=パワフル、というイメージが。
レストランでも、セミナーでも、私はそのこびりついたイメージに疑いの念を抱かず、長い間そのまま発信してきた。
その間違いに本当に気付いたのは、たった6~7年前の話だ。
私はプロとしてとても恥ずかしいことに、多くの人に嘘を語ってきたのだ。
本当に、申し訳ない。
現代は、高級ワインに必ずしもパワフルさが求められなくなった。ようやく見えてきた古樹ワインの本当の姿は、これまで私が信じてきたものとは、随分と違っていた。
相当な数の「現代的」な古樹ワインをテイスティングした結果、私は一つの確信に至っている。
これまで一般的に信じられてきた「古樹=パワフル」というスタイルは、明らかに人為的に創出されたものだと。
過熟をさせず、過度な抽出をせず、新樽も控え目にした古樹ワインが、パワフルなワインとなることは、非常に少ない。
濃密ではあっても、重さは無い。むしろ、その濃密さは、多層的と言った方が的確で、ワインの質感そのものは、全体的に頑強というよりも、しなやかでフワッとした表面のテクスチャーと強靭なミネラルのコアがコントラストを形成していることが多い。果実味も濃密ではなく、優しく滋味深く、少し枯れたニュアンスが入る(酸化という意味では無い)。
葡萄樹も生き物だ。歳月を重ねれば角が取れて丸くなるのは、よく考えれば当たり前のこと(角が立ち続けるケースもあるが)だった。
今となっては、不思議に思う。
私はなぜ、ステロイドで筋肉増強したムキムキマッチョのおじいちゃん、みたいなワインを好んで飲んでいたのかと。
古樹と言っても、様々なタイプがあるが、古樹であることの真価が発揮されるには、3つの条件があると思う。
1. 無灌漑(灌漑をしていたとしても、必要最小限の使用)
2. オーガニック栽培(減農薬であっても、除草剤は厳禁)
3. マッセル・セレクション
無灌漑とオーガニック栽培は、葡萄の根がより深く地中に張り巡りつつ、地中の微生物や地棲生物たちとの共生関係を維持していくための重要な要素。
マッセル・セレクション(葡萄畑の中から優良株を複数選び、新たに植樹していく手法)は、古樹の畑でこそ、より広範囲な多様性が形成される(多層的な味わいの実現に寄与する)という意味でも重要。
そんな3つの条件を全て兼ね備えた古樹の畑から造られる、極上の古樹ワインに出会った。
生産者:Alheit Vineyards / アルヘイト・ヴィンヤーズ
ワイン名:La Colline Vineyard / ラ・コリーヌ・ヴィンヤード
ブドウ品種:Semillon / セミヨン
ワインタイプ:白ワイン
生産国:南アフリカ
生産地域 : フランシュック
ヴィンテージ:2018
インポーター:ラフィネ
希望小売価格:10,000円
「私たちは、ワインの品質と美しさは、全て葡萄畑のみから来ると信じている。ワインの真髄は、あらゆる荒唐無稽な嘘を取り払った先に、ようやく明らかになる。」
そう語るのは、南アフリカを代表する白ワインの造り手となったクリス・アルヘイト。酵母無添加、酵素無添加、無濾過無清澄、補酸無し、新樽無し、MLF発酵(*2)は自然任せ、発酵前の亜硫酸添加無し、と人為的介入を極限まで削ぎ落としながら、極めてクリーンにテロワールをワインに転化させる、名手中の名手だ。
古樹のシュナン・ブランやセミヨンで注目が高まっているフランシュックにあるラ・コリーヌ・ヴィンヤードには、1936年植樹のセミヨンが残っている。しかもこの古樹は、300年以上に渡ってマッセル・セレクションでその遺伝子が受け継がれてきた樹だ。さらに、葡萄樹が畑の中で突然変異を繰り返してきた結果、白葡萄としてのセミヨンだけではなく、濃いピンク、淡いピンク、淡い緑といった様々な果皮の色をもつセミヨンの、自然変異集合体となっている。
【アルヘイトの葡萄畑はこちらのリンクから】
色調にも微かなピンク色が混じり、多層的で開放的なアロマがたまらない。
滑らかな球体のようなテクスチャーの中に、フルーツ、ミネラル、酸のレイヤーがこれでもかと折り重なっているのに、驚異的な軽やかさがある。
古樹の真価に想いを馳せながら、「これだよ、これ、これなんだよ」と唸った。
このワインの価格は10,000円。
古樹ワインとしてのこれ以上ない品質、葡萄畑そのものの特殊性と希少さ、クリーン・ナチュラルなワインが、いかに精緻なテロワール表現に至ることができるのか、その全てを体験できるワインなのだから、コストパフォーマンスは驚くほど高い。
数がとても少ないワインだが、血眼になってでも探し出す価値は十分にある。
(*1)ロバート・パーカーJr:80年代後半ごろから、世界のワイン市場に強力無比な影響力を及ぼした米国のワイン評論家。100点満点法という分かりやすい尺度が市場に与えた影響は甚大であり、彼が高得点を与えることが多かった濃醇でパワフルなワインは、相当程度技術による再現性が高かったため、世界中の数多くのワインがこのスタイルへと変化していった。
<ソムリエプロフィール>
梁 世柱 / Seju Yang
La Mer Inc. CEO
1983年大阪生まれ。2003年にNYに移住後、様々なレストランにてソムリエとして研鑽を積む。
2011年starchefs.comよりRising Star NYC Sommelier Award受賞。
2012年Zagat SurveyよりZagat 30 under 30 NYC Sommelier Award受賞。
同年、Wine Enthusiast紙より、America’s 100 Best Wine Restaurant Award受賞。
世界最大のソムリエ激戦地での連続受賞は日本出身のソムリエとして唯一の快挙となった。
2012年に日本帰国後は、ミシュランガイド三ッ星店も含め、都内のレストランでシェフ・ソムリエを歴任。
2017年、オーストラリアにて開催されたSomms of the Worldに、World’s 50 Best Sommeliersの一員として招聘。
2018年、La Mer Inc.設立。代表取締役社長兼CEOに就任。
ワインジャーナリストとしてワイン専門誌に多数寄稿。