2021年10月29日8 分
1498年にヴァスコ・ダ・ガマが開拓したヨーロッパからインドへ至る新たな通商海路の要所が、南アフリカの西ケープ州に位置する喜望峰だった。やがて、大航海時代が始まり、オランダ東インド会社の南アフリカ現地法人代表であったヤン・ファン・リーベックがケープタウンに葡萄を植えたのが1655年。ヨーロッパからも、他の主要なニューワールドワイン産出国からも遠く離れた南アフリカは、ヨーロッパのワイン文化とニューワールドのワイン文化が絶妙に入り混じりながらも独自の発展と遂げた、興味深いワイン産地だ。
聡明な南アフリカワイン協会(WOSA)も、南アフリカ特有の多様性のアピールに余念が無い。そして、この国に宿った数多の個性は、確かに独自の声を発している。
今回は、「南アフリカワイン ベンチマーク テイスティング」と題された、ブラインドテイスティングプログラムの内容を、筆者のブラインドテイスティングによる感想と共にレポートする。
「Syrah vs Shiraz」と題されたこのフライトには、南アフリカ特有のワイン文化が色濃く反映されている。Syrahはヨーロッパ的ワイン、Shirazはニューワールド的ワインを目指してデザインされた味わい。果たしてどれほどの違いが生まれるのだろうか。
Sample 1
透き通らないくらいの濃いパープル。
ヴァイオレット、ブルーベリー、黒胡椒の香り。
非常に滑らかなテクスチャー、こなれたタンニンと丸い酸。
中心は硬いが、程よく密度のあるボディ。
余韻は柔らかいが短い。
Shiraz 予想価格 3,500円
©︎WOSA
実際は、2,210円のShirazであった。価格に関しては公正にジャッジしたつもりだったので、まさかの2,000円代前半という結果には驚いた。スタイルとしては、分かりやすくニューワールド風。果実味が味わいの中核にしっかりと座っており、タンニンと酸の処理もスムーズなタイプ。
Sample 2
ルビーとパープルが入り混じった色合い。
ブラックベリー、枯葉、乾いたオーク、スパイスボックスのアロマ。
リラックスした柔らかい果実味と、じわりとくるドライなタンニンのコントラスト。
酸は穏やかだが、しっかりとバランサーとして機能している。
鉱物的な苦味が少し残る余韻には、酸化的なニュアンスも。
Syrah 予想価格 6,500円
©︎WOSA
実際の価格は、筆者の予測と大差無かった。ヨーロッパ的なニュアンスの目印とも言える、枯葉のアロマがあり、スパイスの表現も多様。タンニンの乾いたニュアンスもやはり、非常にヨーロッパ的。品種は違うが、どことなくボルドー的な味わいのする素晴らしい品質のワイン。
まとめ
同品種におけるスタイルの違いが、非常に明確に確認できた。ヨーロッパ的スタイルのワインがより高価格をマークするのは当たり前かも知れないが、ニューワールド的シラーズもポテンシャルが高く、もう少し評価されても良いのではと感じた。
「Cool Climate vs Warm Climate」と題されたこのフライト。具体的には、シャルドネをテーマとした、冷涼気候(Elgin)と温暖気候(Stellenbosch)のブラインド比較。シャルドネはテロワールの個性を鮮明に発揮できる葡萄だが、同時にワインメーキングの影響も強く受ける。テロワールの違いと共に、南アフリカの醸造トレンドも試されるフライトとなった。
Sample 1
りんご、桃、ほのかなヴァニラ。
滑らかで丸みのあるテクスチャーだが、全体的にはスマートな印象。
程よい果実味と酸のバランス。しっかりとしたミネラリーな余韻。
冷涼気候 予想価格 5,500円
©︎WOSA
緻密なミネラル感から、冷涼気候と予測したが正解。価格も予想と大差は無かった。冷涼気候、そして無灌漑という特徴をしっかりと活かした「引きのワインメイキング」が光る逸品。
品質が高く、ヨーロッパ的ニュアンスも強い。
Sample 2
りんご、ヘーゼルナッツ、蜂蜜、ヴァニラのアロマ。
ヴォリューム感のあるボディ。非常に大柄だが、密度が損なわれてはいない。
酸もパワフルで、果実味との良好なバランスを保っている。
酸がじわりと鋭角さを増していくフィニッシュだが、ミネラルの印象は少ない。
温暖気候 予想価格 6,000円
©︎WOSA
大柄な味わいから、温暖気候と予測したが、価格には大きなズレが生じた。パワフルなフルーツをしっかりと支える強めの新樽(56%)によるトリートメントは、やや前時代的とも言えなくはないが、スタイルの完成度は高い。正直なところ、このワインの正体を明かされた今でも、4,500円という価格は安いと感じる。時代が求める味わいの変化によって、こういうクラシックなニューワールド的ワインの評価が下がり気味なのは、少し残念だ。
まとめ
冷涼気候、温暖気候の違いは、両ワインに明確に反映されており、テロワールの個性に準じたワインメイキングの「塩梅」も楽しめる、素晴らしいフライトであった。さらに、Boschendal(1685年創設)とMeerlust Estate(1693年創設)という超老舗同士の比較であった点も素晴らしい。近年は、新世代を中心としたダイナミックな動きによって、古くからある実力派のワイナリーが軽視されがちだが、今回改めて、その確かな実力を示したと言えるだろう。
「Difference of WARD」と題されたこのフライトは、その言葉の通り、WARD(小地区)の違いを体験するフライトであった。題材となったのは高い標高と昼夜の寒暖差、水捌けの良い土壌からボルドー系品種に向く産地と言われるStellenbosch内にある2つの小地区(Jonkershoek ValleyとPolkadraai Hills)。葡萄は共にカベルネ・ソーヴィニヨン。この葡萄もまた、本来はテロワールの差異を克明に刻む品種であるが、南アフリカにおいて、どれほどの差異が出るのかは、興味深いテーマであった。筆者の南アフリカワインに対する知識レベルでは、小地区の違いをブラインドで看破するのは不可能であるため、割愛した。
Sample 1
ピラジンを感じさせるグリーンノート。カシスと黒こしょうのタッチ。
立体的かつ、非常に密度が高い。
果実味のピュアな表現が心地よく、グリップの効いた酸、腰の座ったタンニンは良バランス。
余韻はやや細く力強さに欠ける。
予想価格 6,500円
©︎WOSA
筆者の予想価格とかなり大きな差が出たワインとなった。同時に、やや古風な(回り回って新しいとも?)ピラジンの影響を隠さないスタイルの評価が、あまり高くないということも実感した。筆者はバランスの良いピラジンはむしろ好きなので、このワインを高く評価したのだが、まだまだこの品種に関しては、ピラジン無しの方が人気なのだろう。
Sample 2
閉じ気味な香りだが、ドライベリー、強いオーク、カシス、僅かなメンソールのニュアンス。
濃厚な味わいだが、不思議と重さは感じない。
タンニンは非常に強力で、口中を覆い尽くすほどだが、酸もしっかりとあるため、バランスは良い。
力強く、長い余韻だが、まだまだ硬いため、公正なジャッジは少し難しい。
予想価格 9,000円
©︎WOSA
今回、筆者の予想と最も大きな価格差が出たワイン。濃厚で力強いスタイルのカベルネからは、テロワールというよりも、収量等を含めた「お金の味」が少々漂ってくる。品質が高いワインであるのは間違いないが、前時代的な味わいであるし、Sample 1のカベルネよりも5倍の値段をつけているという事実は、筆者にはなかなか受け入れがたい。
まとめ
小地区違いというテーマではあったが、この2つのワインでは、あまりにもワインとしての方向性が違い過ぎており(価格も)、テロワールの比較をするための対象としては、残念ながら相応しくなかった組み合わせであると考える。正体がわかった後で、再度テインティングしたが、正直なところ、方向性の根本的な違いを超えた明確なテロワールの差は、筆者には感じ取れなかった。
「Stellenbosch vs Swartland」と題された最後のフライト。こちらはストレートな、シュナン・ブランの産地による違いを比べるテイスティングとなる。Stellenboschには名高い老舗がひしめいている一方で、Swartlandは新世代が中心となって、近年爆発的な人気を得ている産地だ。テロワールの差異もそうだが、世代によるスタイルの違いもまた、明確に見えてくるだろう。
Sample 1
白い花、ライム、青リンゴ、僅かな石灰的なミネラルノート。
非常にクリーンでピュアだが、極めて密度の高い果実味。
シャープな酸は心地良く、乾いたミネラルのニュアンスも強い。
余韻はライトで爽やかなだが、持続性が高い。
Stellenbosch 予想価格 3,500円
©︎WOSA 資料の価格が間違っており、正確には2,700円
こちらは、筆者の予想価格と大きな差は生じなかった。Stellenboschの古樹(1974年植樹)で無灌漑。確かにその特徴を示す密度とミネラル感が表現されており、価格を考えると非常にパフォーマンスが高い。品質は確かで、老舗(1689年創業)の高い実力を感じさせるワインではあるが、どちらかというと素朴さを感じるスタイル。
Sample 2
金木犀、ライム、青リンゴ、洋梨のアロマ。
立体的な果実味にキビキビとした酸が、はっきりとした凹凸をもたらしている。
非常に洗練されたスタイルで、バランスが極めて良い。
余韻も長く力強い。
Swartland 予想価格 7,500円
©︎WOSA
クリス・アルヘイトのワインと知って納得。価格も予想と大差無かった。新世代ならではの、圧倒的なスタイリッシュさが光るワイン。南アフリカワインをリードする、「積極的な引きの美学」がこのワインに象徴されている。
まとめ
正直なところ、個人的にはシュナン・ブランに限っていうのであれば、StellenboschよりもSwartlandに強い魅力を感じた結果となった。テロワールの違いも当然そこにはあるだろうが、やはり造り手のスタイルの違いが大きい。シュナン・ブランに関しては、筆者はコンテンポラリーなスタイルの方が、その価値と価格の釣り合いがしっかりと取れるのではと感じる。
近年の南アフリカワインの大躍進は、奇跡でもなんでもない。そこには明確な理由があり、南アフリカというワイン産出国が、スタイル、テロワール、葡萄品種において、いかに豊かな多様性を内包しているかは、今回のテイスティングでも見事に示されていた。
まだまだ「南アのシュナン」といったように一括りに語られることが多いが、今後はもう一歩二歩踏み込んだ内容で語られるようになるだろう。スワートランドのシュナンか、新世代のシャルドネか、シラーかシラーズか。南アフリカワインへの興味は、当分尽きなさそうだ。