2023年10月24日6 分

Vouette et Sorbée 前編 ~父から娘へ~

私がベルトラン・ゴトローと出会ったのは、遡ること11年前のこと。

飲料ディレクターを務めていたNYのレストランに、初渡米を果たしたベルトランがやってきた日のことは、今でも鮮明に覚えている。

歯に布を着せる、などという言葉とは無縁の、無慈悲なNYerたちの洗礼を浴びたのだろうか、6時間という微妙な時差がじわじわと効いていたのか、少し疲れた顔をしていたのも良く覚えている。

私もまた、日々の激務で疲れ果てていたタイミングだったが、ベルトランと話し、彼のワインを飲んだ瞬間、完全に目が覚めた。

ベルトランのワインを飲むと、不思議と元気が出る

細胞の隅々にまで染み渡る彼の魔法は、今も健在だ。

ベルトラン・ゴトローは、1993年に葡萄農家を継いだが、アンセロム・セロス(ジャック・セロス)の元で学びつつ、自身の畑から残留肥料と農薬が抜け、ビオディナミ農法の認証を得た2001年まで、シャンパーニュをリリースすることはなかった。

理想を実現するためなら、いかなる苦境にも真正面から立ち向かう。

ベルトランの高潔な精神、奥深い思慮、鋭い観察眼、豊かな感受性、そして無限のチャレンジ精神が、Vouette et Sorbéeというシャンパーニュを特別な存在へと成長させてきたのは間違いない。

4年ぶりとなる今回の来日は、2019年にボーヌの醸造学校を卒業してワイナリーに参画した娘のエロイーズ・ゴトローも同行していた。

父と娘、それぞれから聞いた話を、テーマ毎に分けつつ、前編後編に渡ってレポートさせていただく。

気候変動

フランスの銘醸地を蹂躙している気候変動だが、シャンパーニュも決して例外ではない。葡萄の熟度が上がったことで、Brut NatureやExtra Brutが造りやすくなったことに対して好意的な意見も少なからずあるが、シャンパーニュの味わいが、根本的なレベルで少しずつ「変化」している(全体的に、線が細くなっている)ことは見過ごせない事実だ。

今はまだ良いかも知れない。ただ、10年後、20年後はどうだろうか。

世界で最も多く飲まれている高級ワインの一つであるシャンパーニュが、「らしさ」を失っていくことは、只事では無い。

〜エロイーズの話〜

2021年は酷いヴィンテージだった。遅霜とベト病の影響で、収穫量は例年の約20%にまで落ち込んだ。2022年と2023年は良い年だったから、少し安心したけど、気候の激化は本当に厳しい。

毎日父と畑に出て、試行錯誤を繰り返しているけど、葡萄の場合は、すぐに結果が出るとは限らない。大きな変化として現れるまで、3年以上かかってしまうこともある。

気候変動も温暖化も、シャンパーニュ地方にとっては総合的に考えるとプラスでは無いと思う。

昔は10月に収穫していたけど、今では8月の後半には始めている。

確かにこの先に不安はあるけど、父から教わったことや、父の判断と行動の早さを間近で見てきたことは、最高の手本になっている。

〜ベルトランの話〜

今は、いかに成熟スピードを遅らせるかが重要になっている。地熱の影響を緩和するために、フルーツゾーンを高くし、カバークロップスの背丈はなるべく短く維持して、風通しを向上させたのは、良かったと感じている。剪定にも以前より遥かに気を使うようになった。

葡萄樹の植え替えや、今の気候に適応した新たな台木の模索などもしているが、結果が出るまで当然時間がかかるし、簡単なことではない。

現状では、今できることを最速でやるのが重要だ。

シャンパーニュ地方の葡萄畑では、これまで通りの栽培を行っているところも多いが、そんなことをしていると、遠くない将来、シャンパーニュの葡萄に補酸をする必要すら出てくるだろう。

補酸をするなんて、考えたくもない。味わいにも絶対に影響が出る。でも、葡萄農家が怠慢を続ければ、それは現実として襲いかかってくると思う。

ビオディナミ農法

当の本人は2000年代前半にはすでに独自の自然農法へと進んでいるが、アンセロム・セロスの影響からビオディナミ農法を採用してきた、高品質かつ比較的小規模なシャンパーニュ・ハウスは少なくない。

近年のルイ・ロデレールなど、ビオディナミ転換(とその他の改革)によって劇的な品質向上を果たした大手メゾンもあるため、ビオディナミ農法はシャンパーニュ地方において高品質の指標となってきた側面は確かにある。

しかし、私の経験上、ビオディナミ農法は、誰でも美味しい料理が作れる魔法のスパイス、といった類のものでは決してない

早期からビオディナミ農法に取り組んできたベルトラン・ゴトローからは、その難しさと真髄の両方が垣間見えた。

特に印象に残っているのは、「ビオディナミに取り組む人々のほとんどが、最初の2ページ(ルドルフ・シュタイナー著 農業講座 : 地球、鉱物・植物・動物・人間の霊的・宇宙的関連のことを忘れている。」というベルトランの言葉だ。

ベルトラン自身の言葉として意訳されていたため、正確かどうかは保証できないが、話の流れから判断する限り、最初の2ページ、というのはおそらく、Lecture Oneの冒頭部にある、「人智学を学ぶ上で、環境が我々の努力を主導していることを感じるのは重要だ。(英訳からの、筆者による意訳)という一節のことを指していると思われる。

〜ベルトランの話〜

最初の2ページを理解すると、ビオディナミ農法が固定されたものではなく、それぞれの環境に合わせて、変化させていくべきものだとわかるはずだ。

シュタイナーは、ビオディナミ農法の実験を行った畑(当時はドイツ領、現在はポーランド領のコビエジチェ)における、ビオディナミの効果は保証しているが、その他の場所についてはその限りでないことを明確に示唆している

私自身、ビオディナミを始めて最初の10年は信じることができなかったが、牛糞(調合剤500番に使用)を疑って、色々と試しながら最終的には鶏糞に変えたり、畑と日々向き合いながら変化をさせていった結果、その効果を今では実感している。

その土地にあったヴァリエーションの調合剤を使用すれば、地中の微生物、その中でも特に菌糸類を活性化させて地力を高めることができる。(菌糸類はある程度の湿度を必要とするため、極端に乾燥した場所ではビオディナミの効果がやや薄いという筆者の経験則とも一致する。)

ビオディナミ農法は完全では無いかも知れないと疑うこと、盲目的にただ追従するべきではないということは、ビオディナミ農法を正しく機能させ、大地と宙のエネルギーをワインへと転化させる上で、とても大切なことだと思う。

私のシャンパーニュを飲んだら元気が出る、と言ってくれてありがとう。私はいつも冗談で、「寝る前に飲まない方が良い。」と言うんだ。

後編では、コトー・シャンプノワに関するそれぞれの見解と、イベント当日にテイスティングしたシャンパーニュについてコメントしていく。