1月16日12 分

古くて新しい銘醸地 <ポルトガル特集:Vinho Verde前編>

最終更新: 1月30日

2ヶ月連続で同じ国を訪れる、というのは初めての経験だった。

 

Dãoの日差しと、Bairradaの海風がまだ肌の記憶に残ったまま、再びポルトに降り立った。

 

今回の目的地はVinho Verdeだ。

 

Vinho Verdeは、日本では最も知られているポルトガルの産地であると同時に、最も理解されていない地でもある。

 

長年に渡って安価なワインを超大量生産し続けた産地は、どこもかしこも同じような問題を抱えているが、Vinho Verdeが急ピッチで繰り返してきたアップデートに、世間が全く追いついていない

 

まるで、現地では最新のWindows 11を搭載しているのに、日本ではWindows 98のままで止まっているかのようにすら思える。

 

リアルタイムのVinho Verdeは、ポルトガル最高峰の白ワインが生まれる、紛れもない銘醸地なのだが、今でも過小評価のどん底から抜け出す気配すらない。

 

だからこそ、責任をもってお伝えしようと思う。

 

この特集記事が、Vinho Verdeが見直されるきっかけになることを切に願いながら。

 

古くて新しい銘醸地

Vinho Verdeというワイン産地は、古くは1世紀、全37巻にも及ぶ百科全書「博物誌」を著した古代ローマの博物学者、大プリニウス(ガイウス・プリニウス・セクンドゥス)、及び同時代を生きた高名な哲学者、小セネカ(ルキウス・アンナエウス・セネカ)によって言及されている。

 

その後12世紀頃までは、極小規模なワイン産地に留まり続けてきたが、ミーニョ地方からドウロ地方にかけての経済域が大きく発展し始めたことによって、ワイン産業も急速に成長していった。

 

確定的な証拠として残っている記録としては、(1788年の)イギリスのワイン商ジョン・クロフトによるものが最古となるが、12世紀にはすでに少量ながらイギリスやドイツへの輸出が始まっていた可能性が高い(ミーニョ地方北部のモンサオンとヴィアナ・ド・カステロはロンドンから最も近いポルトガルの港だった。)とされている。

 

しかし、薄く酸の強いVinho Verdeがロンドンの貴族たちに好まれることはなく、主な輸入先はすぐにポルトとドウロに取って代わられた。

 

16世紀に入ると、中南米から持ち帰られたトウモロコシが大流行し、時の権力者はその生産量を最大化するために、農家に対する圧力を強めた

 

その結果、限られた土地を最大限に活用するために、表土ではトウモロコシを中心とした穀物や野菜を育てつつ、葡萄樹は他の樹々に巻き付けながら頭上よりも高く伸ばしていくenforcado(*)という、極めて非効率的な仕立てで育てることを余儀なくされた。

 

(*)enforcadoは「吊り下げる」という意味。enforcadoの派生発展系として、最大6mの高さにまで及ぶarejão、棚仕立てのramadaなどがある。

 

1908年にVinho Verdeの正式なワイン産地としての境界線が認められ、1926年には製造規定の大部分が定められたものの、程なくして始まったサラザール体制(1932~1968年)においては、食物栽培への圧力はさらに強まった。

 

この時代、葡萄樹はあくまでも「装飾用」として残すことだけが認められたのだが、そもそも痩せた花崗岩土壌で穀物や野菜を育てながら、その上では葡萄の収量を可能な限り高めようとした結果、Vinho Verdeの品質向上には、強力なブレーキがかかり続けることとなる。

 

1970年代に入ると、サラザールが率いたエスタド・ノヴォによる圧政が弱まり、カーネーション革命(独裁体制を終結させた軍事クーデター)も起こる中、ワイン産地としてのVinho Verdeは、急速な再発展と劇的な変化の時代へと突入していく。

 

再発展とはそのまま、葡萄畑の再拡大を意味するが、変化の部分は非常に興味深い。

 

1970年代までVinho Verdeに植えられていた葡萄の大部分は黒葡萄だった。つまり、歴史的にVinho Verdeは赤ワインの産地だったのだが、1980年代に突入する頃には、超大規模な白葡萄への植え替えが進行していたのだ。

 

まさに180度真逆方向への転換である。

 

1986年にはEUによって、正式な原産地呼称(DOC)が承認されたVinho Verdeの、現代の我々が良く知る「白ワインの産地」としての姿は、まだ40年に満たないほどの歴史しかない。

 

古くて古いだけのワインは緩やかに衰退し、新しくて新しいだけのワインもまた、一過性の流行で終わってしまうものだが、Vinho Verdeはそのどちらでもない。

 

そう、Vinho Verdeとは、豊かな文化と先進性を兼ね備えた、古くて新しい銘醸地なのだ。

 

 

Vinho Verde

ポルトガル第二の都市ポルトから北へと伸びる海岸線は、草木が生い茂り、広々とした森に覆われたその美しい景観から「Costa Verde = 緑の海岸」と呼ばれてきた。

 

「Vinho Verde = 緑のワイン」の名は、往々にして誤解されてきた「緑がかったワインの色調」や「未熟な緑色の葡萄」が由来ではなく、この地の景観、そしてワインを非常に若い段階で楽しむ、或いはそのようにワインを造る風習(緑という言葉には、若さという意味もある)からきている。

 

そもそも、1980年代半ばまで、Vinho Verdeが赤ワイン主体の産地であったことを鑑みれば、「ワインの色や未熟な葡萄」が語源であるはずが無いことは明白だ。

 

また、一般的なVinho Verdeのイメージとして染み付いている「アルコール濃度が低く、やや甘め、微発泡の軽やかな白ワインで非常に安価」というタイプのワインは、総生産量という意味では、確かに「主体」として正しいが、Vinho Verdeの本質、すなわちテロワールと地品種がもたらす個性豊かな表現の究極からは、あまりにも遠い

 

例えば、我々がブルゴーニュという産地を学び、理解し、語る時、最も生産量の多い超広域格の「Bourgogne Rouge」をベースして、その真価をはかるだろうか。

 

当然、否である。

 

であれば、Vinho Verdeに対しても同様に接するのが「公平」であり、ワイン市場を蝕む権威主義からの脱却は、全てがこのような意識改革から始まっていくのだ。

 

 

では、Vinho Verdeの様々な規定も含めて、そのおおまかな概要についても触れておこう。

 

2022年度の統計によると、Vinho Verdeの総栽培面積は約17,270ha。約91%がD.O. Vinho Verdeとしてリリースされている。

 

ワイナリー数は379軒だが、葡萄栽培農家はなんと13,110軒登録されている。

 

つまり、Vinho Verdeでは、栽培農家あたりの所有面積の平均が、約1.3ha程度しか無いということになる。いや、複数の比較的規模の大きなワイナリーの存在を考えれば、実態としての「農家」の平均所有面積はもっと小さいはずだ。

 

ほとんどの農家は、独立してワイン造りを行ったとしても、その面積では全く採算が合わない。

 

葡萄畑のオーガニック化も、周辺の葡萄畑所有者たちと足並みを揃えない限り、現実的ではないだろう。

 

均分相続による葡萄畑の極端な細分化は、Vinho Verdeというワイン産地の多様化、そしてグリーン化(湿潤な気候の問題も大きいが)を大きく妨げている側面が強いが、ドメーヌではなく、いわゆるマイクロ・ネゴス的なアプローチを取るのであれば、膨大な選択肢が広がっているとも言える。

 

Vinho Verdeを名乗ることができるD.O.は計5つ。

 

白、赤、ロゼのスティルワインが、D.O. Vinho Verde。

白、赤、ロゼのスパークリングワインが、D.O. Espumante de Vinho Verde。

ワインブランデーが、D.O. Aguardente Vínica de Vinho Verde。

ポマースブランデー(グラッパなどと同種)が、D.O. Aguardente Bagaceira de Vinho Verde。

そして、白、赤、ロゼのワインヴィネガーが、D.O. Vinagre de Vinho Verde。

 

 

D.O. Vinho Verde全生産量の約87.9%が白ワイン、約8.5%がロゼワイン、約3.6%が赤ワインとなっている。(この統計にはスパークリングワインなどのその他カテゴリーが含まれていない。)

 

一応、残糖分と酒石酸含有量によって、甘さに関する4段階の表示規定(下記)が定められており、異常に細かく、そして実に不透明な品質に関する追加表記(下記)も多数認められているが、正直なところ、(Vinho Verdeの中心を捉えるという意味においては)それほど重要な部分では無い。

 

遅摘み葡萄から造られるVinho Verde Vindima Tardiaというカテゴリーも存在しているが、あくまで珍品の類となる。

 

甘さの表示規定

Dry

Medium Dry or Adamado

Medium sweet

Sweet

 

品質に関連した追加表記

escolha

grande escolha

colheita selecionada

premium

superior

grande reserva

garrafeira

reserva especial

velha reserva

 

 

D.O. Espumante de Vinho Verdeでは、シャルマ方式とトラディショナル方式の両方が認可されている。

 

残糖分に基づく表記は、一般的なEU圏のスパークリングワインと同様だが、熟成期間によって、下記の上位カテゴリー名を追記することができる。

 

Reserva:瓶内熟成期間12~24ヶ月

Super-Reserva, Extra-Reserva:瓶内熟成期間24~36ヶ月

Velha reserva, Grande reserva:瓶内熟成期間36ヶ月以上

 

葡萄品種

D.O. Vinho Verdeの認可品種は、ポルトガルにある様々なワイン産地の例に漏れず多種多様で、計45種が登録されている。

 

しかし、その中で重要度が高いのは白葡萄の6種(内4品種は高貴品種的存在)、ロゼワイン用黒葡萄の2種、そして赤ワイン用黒葡萄の2種となる。

 

後編にて、各葡萄品種にサブリージョンと造り手を絡めて詳説を行うため、本稿の内容はその前段階として、しっかりと習得していただきたい。

 

白葡萄重要品種

主要白葡萄の中でも、単一品種ワインとして、高い品質と調和を実現できるのは、Alvarinho、Loureiro、Avesso、Arintoの4品種。これらは、Vinho Verdeにおいて高貴品種的な立ち位置にあると考えて差し支えない。他の主要2品種は、(単一でリリースされるケースもあるが)主にブレンド用と考えておくと良いだろう。

 

Alvarinho(アルヴァリーニョ)

ポルトガル人はミーニョ地方北部が、スペイン人はガリシア地方が原産地だと頑なに主張を譲らないアルヴァリーニョは、Vinho Verdeにおいては非常に長らくの間(2020年まで)、サブリージョンの一つ、Monçao e Melgaçoの専売特許だった。これは言葉通りの意味で、実際にその他のサブリージョンでアルヴァリーニョを育てても、Vinho Verdeを名乗ることができなかったのだ。

Vinho Verdeのアルヴァリーニョは、スペイン・ガリシア地方(Rias Baixas)の、青リンゴ系の華やかなアロマと、塩味を強く感じさせる独特のミネラリティが主体となるワインとは異なり、黄桃、バナナ、パッションフルーツに加え、ほのかにライチが香る、トロピカル系のアロマが主体となる。

 

最も力強く、複雑で奥深い味わいとなるVinho Verdeの主要品種だが、程よい酸によって十分なフレッシュ感も長期間に渡って保たれる。

 

ステンレスやコンクリートタンクによるニュートラルな仕立てのものや、樽をしっかりと利かせた重厚なものまで、スタイル的な幅も広い。

 

基本的には単一品種としてリリースされることが多いが、ブレンドされたワインも少なからず存在している。

 

 

Loureiro(ロウレイロ)

レモン、青リンゴ、メンソールの非常に爽やかで開放的なアロマが主体となるロウレイロは、その品種特性も相まって、一般的なVinho Verdeのイメージに最も近いワインとなる。非常に強いフレッシュ感、快活な酸、エレガントでメロウなテクスチャーが、独特の個性を形成しており、ミネラル感も緻密に表現される。

 

比較的高収量を維持しやすい品種でもあるため、安価なVinho Verdeの主要葡萄となるケースも多いが、収量を抑え、丁寧な栽培によってポテンシャルを高められたロウレイロは、Vinho Verde屈指の高貴品種として、その実力を遺憾なく発揮する。

 

他品種とブレンドされることも多い品種の一つ。

 

 

Avesso(アヴェッソ)

オレンジ、メロン、白桃などを思わせるやや控えめなフルーツ香と、アーモンドのニュアンスが独特なアロマを形成し、果実味も含め、全体的にややニュートラルな特性の品種となるのがアヴェッソ。

 

シャルドネやピノ・ブラン(ヴァイスブルグンダー)にも似た特徴となるためか、ミネラルを中核としたストラクチャーは強靭で、パンチの効いた酸も輪郭を極めて明瞭にする役割を果たす。

 

樽発酵やバトナージュとの相性も素晴らしく、特に優れたワインになると、極めてブルゴーニュ的な性質を帯びるようになる。

 

同じくフルボディータイプのアルヴァリーニョに比べると、アロマと果実味が控えめとなるかわりに、より引き締まった体躯が印象に残る。

 

ブレンドもあるが、より高品質なのは単一品種のワインと言える。

 

 

Arinto(アリント)

熟したリンゴ、洋梨の豊かなアロマに、ジャスミンを思わせるアクセントが印象的な品種がアリント。基本的にはニュートラルな特性の品種であるが、リッチで少々オイリーなテクスチャーと高めの酸が、個性としてしっかり刻まれている。

 

長期熟成能力は非常に高く、熟成によってピーチジャムのような甘美さをその身に纏う。

 

テロワール、ヴィンテージの影響を強く受けるため、味わいのヴァリエーションが非常に豊かな点も実に興味深い。

 

単一品種ワインとしても、Vinho Verdeの高みに到達できるが、他品種とのブレンドも品質が高い。

 

 

Azal(アザル)

ライム、レモン、グレープフルーツと、柑橘系アロマが支配的になるのがアザル。主要白葡萄の中でも最も酸が強く、そのやや偏った個性も相まって、基本的には他品種の酸とフレッシュ感を補うためのブレンド用となることが多い。

 

 

Trajadura(トラジャドゥーラ)

リンゴ、青リンゴ、梨、白桃のアロマが主体となるトラジャドゥーラは、フルボディータイプだが、デリケートな風味のワインとなり、酸も際立って低い。ブレンド用として主に用いられるが、その役割はアザルと真逆。ワインにボディ感をもたらしつつ、酸を和らげる働きをする。

 

黒葡萄重要品種

Espadeiro(エシュパデイロ)

Padeiro(パデイロ)

この2品種は共に、非常に色素が薄く、イチゴやラズベリーなどの赤ベリー系アロマが主体となる。さらに、早熟型のエシュパデイロにはチェリーやスイカのアロマが、晩熟型のパデイロにはグアヴァとキャンディー香も加わる。

 

共にロゼワイン用として推奨されている品種であり、特に両品種をブレンドしたタイプでは、微妙に異なる個性が合わさることによって、絶妙なハーモニーとレイヤーが生まれる。

 

フレッシュ感とドリンカビリティに極めて優れたロゼとなり、スタイルの完成度は非常に高い。

 

ポルトガル国内ではロゼワインが不人気だそうだが、Vinho Verdeのロゼは、個人的にはその個性も含め、世界でも際立って優れたロゼのグループに入ると確信している。

 

それぞれの単一品種ロゼもテイスティングしたが、ブレンドの方が遥かに高品質だと感じた。

 

Vinhão(ヴィニャオン)

Vinho Verdeにおいて、最も多く栽培されている黒葡萄はヴィニャオンだが、品質的には王者では無い。過熟気味のイチゴやブラックベリー、香水のようなスミレのアロマはフィネスに欠け、独特のワイルドで粗野なタッチがどうにも気になる。

 

異常に濃厚な色調、荒々しいタンニンと酸、苦味を伴うフィニッシュ、妙にいびつなストラクチャーは、田舎の地ワインとしては相当面白いが、国際市場ではほぼノーチャンスだろう。

 

実際に、ほとんどが地元及び国内で、リリース直後からどんどん消費されているようで、洗練とは程遠い味わいだが、ローカルな家庭料理にはしっくりと来るのかも知れない。

 

 

Alvarelhão(アルヴァレリャオン)

もし、Vinho Verdeの赤ワインに明るい未来があるとしたら、その全てはアルヴァレリァオンにかかっていると言っても過言ではない。

 

明るい赤ベリー系のアロマと、ハーバルなニュアンスが絶妙で、軽やかかつしなやかなボディ、踊るような酸、ミネラリーでデリケートな余韻も実に素晴らしい。

 

その洗練された味わいは、粗野なヴィニャオンに比べると、天と地ほどの差があるのだが、残念ながら、生産量は極めて少ない。

 

一部の生産者はこの葡萄から、非常に高品質なブラン・ド・ノワールのスパークリングワインを造っている。

 

後編では、Vinho Verdeの核心となる、各サブリージョンの解説と、Vinho Verdeが真に偉大な産地であることを証明する、数々のワインを紹介していく。