2023年1月31日5 分

ヴィニュロンの一年 <2023年1月>

2019年に植樹したブドウ達は、今年5年目を迎える。

長野県長野市北部、自然豊かな中山間地「浅川地区」のとある森の中にある約2haの土地。

標高630m、南向き、若干の傾斜で日当りは良く、優しい風が通り抜ける。周りは木々に囲まれ、山の中に静かに佇み、鳥達の歌声だけが聞こえてくるブドウ畑。

昨年10月に念願の初収穫を終えた畑は、それから時が止まったかのように静まり返り、

ブドウ樹は、冬の寒さに耐えながら春の訪れを待っている。

収穫後の安堵した時間も束の間、2023年1月、いよいよ今シーズンの始まりである。

「暖冬」

通常なら2月から開始する剪定作業なのだが、今年は少し早める事にした。

理由は“暖冬”。今年は雪が異常に少なく、例年に比べて非常に暖かい。1月に気温が15℃近くまで上がった日もあり、さらに雪ではなく雨まで降っている。地元の方に聞いたが、1月に雨は経験がないと言っている。

それにより、ブドウの活動開始時期が早まる可能性があるので、いつもより早く剪定を終わらせる必要性があると感じた。

「剪定」

4月後半の萌芽までに行わなければいけない作業は沢山あるが、まず始めに行う作業は剪定である。1年の始まりであるこの作業の善し悪しが、今年度のブドウの品質に大きな影響を与える。

昨年育ったブドウ樹達1本1本、それぞれに合った剪定を行うことで、彼らの樹勢(活力)が調節され、樹相が好適化される。高品質な果実を得るために理想的な樹相に近づける最も決定的な作業が「剪定」である。

(樹勢の調節には、他に「芽かき」「断根」「環状剥皮」「土壌管理」「施肥」などがあるが、剪定が最も基本的で有効な手段である。)

私の畑では、約40品種近くのブドウが栽培され、且つ区画によって土(作土層)が異なるため、それぞれの生育状態(段階)が異なり非常に複雑である。しかも仕立ても複数の方式を試験的に行っているため、尚更複雑だ。

基本は、畝間2.5m、株間75cm、垣根仕立のシングル・ギュイヨである。

「好適樹相」

剪定によって、ブドウ樹の樹相を好適に近づけていくわけだが、その“好適樹相”とは、新梢の生長が初期から旺盛で、開花期頃にやや鈍って結実がよく、開花1か月頃に生長を自然に停止し、しかも収穫期まで葉色が濃い状態が続くことである。

全ての樹から出る全ての結果枝がこのような樹相であれば理想的なのだが、現実はなかなかうまくはいかない。ブドウ樹それぞれが異なる樹勢を持ち、微妙に異なる生育環境に置かれ、品種も違えば全てが異なるからだ。

剪定の目的はいくつもあるが(品質、生産量、生育環境、作業効率、寿命など)、やはり最も重要な目的は「高い品質を得る」である。

高品質な果実を適正量収穫するための、整枝・剪定の技術。

ブドウ樹にとって最適な樹相(樹勢)に調節し、その物質生産を高め、且つ“いかに果実への物質(エネルギー)分配を高めることが出来るか”が重要なのだ。

「負荷」

ブドウの株に残す芽の数を「株への負荷」と呼び、それは「剪定強度」でもある。

その樹にあった正しい負荷(剪定)をかけることで、樹勢が安定し、果実への適正な養分分配が行われる。「樹勢の強い樹は弱く、弱い樹は強く切る」という剪定の原則があるが、これはまさに“養分分配”の話しであり、剪定を強くして残す芽の数を減らした場合、少ない芽に分配される養分量は必然的に高まり、その生長は旺盛となる。

しかし、その樹の物質生産量に見合わない間違った負荷(剪定)を行った場合、時には1芽(新梢)に行き渡る養分が少なすぎる結果となり、時には行き渡る養分が多すぎる結果ともなる。

養分過多となった場合、生長は旺盛になり、光合成により生産した物質が優先して新梢生長に使用され、最も重要な果実(開花期以降の果実)へ分配されにくい結果となってしまう可能性もある。そうなれば本末転倒である。

様々な要因(気候、土壌、生育環境、衛生、樹勢など)がブドウの品質に影響を及ぼしているが、その様々な要因同士もまた密接に結びつき、さらに人間が意図してハサミを入れる(剪定)ことによって高品質なブドウを実らせることが可能となる。

「会話」

「冬の寒さの中、外で長時間(長期間)行う剪定作業は大変そうだ」と思う方は多いと思うが、私は剪定の時間がとても好きである。

ブドウ樹1本1本とじっくり語り合えるこの時間は喜びの時間でもある。

シーズンが始まれば慌ただしく作業に追われる日々が続く中で、彼らが眠るこの冬の時間は特別であり唯一である。

植えたばかりの幼木から成長し、果実を実らせていく過程と喜び。

樹の状態と樹勢を見ながら、昨年の剪定が適正であったか、この子にとって最適な樹相はどこなのか、そして今年、将来、彼らが品質の高い果実を実らせる光景を想像しながら、森の畑で一人、作業を進めていく。

収穫後、ブドウの葉が落ちてから芽が出るまでの期間を「休眠期」という。

<筆者プロフィール>

ソン ユガン / Yookwang Song

Farmer

1980年宮城県仙台市生まれ。実家が飲食店を経営していたこともあり幼少時よりホールサービスを開始。2004年勤務先レストランにてワインに目覚めソムリエ資格取得後、2009年よりイタリアワイン産地を3ヶ月間巡ったのち渡豪、南オーストラリア「Smallfry Wines(Barossa Valley)」にて約1年間ブドウ栽培とワイン醸造を学ぶ。また、ワイン産地を旅しながら3つのレストランにてソムリエとして勤務。さらにニュージーランドのワイン産地を3ヶ月間巡り、2012年帰国。星付きレストランを含む、都内5つのレストランにてソムリエ、ヘッドソムリエとして勤務。

2018年10月家族で長野へ移住。ワイン用ブドウを軸に有機野菜の栽培をしながら、より自然でサスティナブルなライフスタイルを探求している。

2021年ブドウ初収穫/ワイン醸造開始。

現在も定期的に都内にてワインイベントやセミナーなどを開催。

日本 ソムリエ協会認定 シニアソムリエ

英国 WSET認定 ADVANCED CERTIFICATE

豪国 A+AUSTRALIAN WINE 認定 TRADE SPECIALIST