2023年3月16日13 分

大いなる前進 <トスカーナ特集:Chianti Classico編 Part.1>

代わり映えしないフィレンツェの街並み。

街中に張り巡らされた、妙に洗練された路面電車。

荘厳と佇むサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂。

見覚えのあるホテル。

苦々しい記憶が徐々に蘇ってくる。

再訪を強く望んできたのに、私の心には嬉しさなど一欠片も宿っていなかった。

そう、トスカーナは4年前の私に、随分と長引いた敗北感を刻んだ地だったからだ。

トスカーナワインに関する知見と経験が根本的なレベルで足りなかった当時の私に、高貴なサンジョヴェーゼは分厚い壁となって立ちはだかった。

不安げにスワリングを繰り返すグラスの中に、確かにあったはずの真理。

私はそこへついぞ到達できぬまま、帰路についた。

ワイン人として次のステージへ進むために、私が乗り越えねばならない試練を残したまま、4年という時間だけが、無情に刻まれ続けてきた。

久々に降り立ったフィレンツェに私がもち込んだのは、覚悟だった。

再び敗北を味わうことになったなら、求道者として大きな回り道を強いられると。

サンジョヴェーゼ

長らくの間、私はイタリアに数多くある地場黒葡萄品種の中でも、ネッビオーロを別格視してきた。そして、サンジョヴェーゼは個人的な序列の中では、常に第二位だった。

ピエモンテ州のワインに、より馴染みがあった。ネッビオーロの方が、サンジョヴェーゼよりも理解しやすかった。バローロやバルバレスコのテロワールと、ネッビオーロの関係性の方が、明確に思えた。

それらしい理由は様々あったと思うが、トスカーナ再訪を終えた今、私は確信に至っている。

私がサンジョヴェーゼを次点とし続けた本当の理由は、私自身の無知にあったと。

そして、サンジョヴェーゼはネッビオーロと並び立つ、真に別格の存在であると。

また、サンジョヴェーゼとネッビオーロは、しばしばフランスのボルドー、ブルゴーニュと対比されてきた。

圧倒的多数のケースにおいて、サンジョヴェーゼがボルドーのカベルネ・ソーヴィニヨンと、ネッビオーロがブルゴーニュのピノ・ノワールと紐付けられてきたのには、理由がある。

ネッビオーロが単一品種であることを基本的に好む(ピノ・ノワールと同様)のに対し、サンジョヴェーゼは歴史的にも、そして現代においても、他品種によって「補われる」(カベルネ・ソーヴィニヨンと同様)ことが往々にしてあったからだ。

別の見方をすれば、サンジョヴェーゼがカベルネ・ソーヴィニヨンやメルローといった、僅かな比率でも強烈な存在感を発揮してしまう葡萄に拮抗できる稀有な存在だったこと、そして一連のスーパートスカンの登場が、そのボルドー的イメージを決定付けてしまった、とも言えるだろう。

しかし、サンジョヴェーゼの本質は、ネッビオーロをも凌駕するとすら思えるほどの、圧倒的なテロワール反映能力にあり、その能力の際立った高さ故に、単一品種として真に輝ける場所が、極めて限られてしまうだけなのだ。

極論ではある(トスカーナ州の中に、例外が存在する)が、サンジョヴェーゼを他品種(地品種、国際品種共に)で補う必要があるということは、その場所がそもそもサンジョヴェーゼにとって理想的なテロワールを有していない、とすら言えるだろう。

だからこそ、多くのサンジョヴェーゼは補われてきた。

そして、サンジョヴェーゼの人気が高まり、本来相応しくない場所にまで植えられ続けた結果として、他品種に補われたワインが増えれば増えるほど、真に偉大なサンジョヴェーゼが到達できる世界は、まるで神話のように不確かなものへと変わっていった。

語弊も例外も多々あることを承知の上で、あえて分かりやすさを重視するならば、サンジョヴェーゼはピノ・ノワールに似ている、と考えた方が、その本質に対する理解は遥かに進むのでは無いだろうか。

実際にはボルドーは真のテロワール・ワインであり、カベルネ・ソーヴィニヨンやメルローもまたテロワールを緻密に表現できる葡萄なのだが、少なくとも広くボルドーに付きまといがちな「ブランド至上主義」や「最先端技術」の延長線上でサンジョヴェーゼのワインを見てしまうと、確実に見誤ってしまう。

サンジョヴェーゼの真髄は、他の何ものでもなく、葡萄畑に宿っているのだから。

サンジョヴェーゼと国際品種

Chianti Classicoには(Vino Nobile di Montepulcianoにも)、国際品種は必要ない

私は、この考えを崩すつもりは一切ない。

未来永劫、頑なにそうだ。

しかし、同時に忘れるべきでも無いと思っている。

サンジョヴェーゼとフランス系国際品種(主にカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、シラー)の組み合わせは、確かに素晴らしいワインを生み出すという紛れもない事実を。

これは、基本的には先述したサンジョヴェーゼの特性強力な他品種に対してできる)から来るものではあるが、そもそも葡萄の楽園であるトスカーナで育てられる国際品種の品質が、非常に高いのだ。

スーパー・トスカンで名高いボルゲリに関しては言うに及ばないが、Chianti Classicoや Vino Nobile di Montepulcianoのエリア内で栽培されたカベルネ・ソーヴィニヨン、メルローも、単一品種としての品質には驚くべきものがある。

あれほどの品質領域に達することができるのであれば、サンジョヴェーゼとブレンドしたくもなるだろう。

同情も同意もしないが、理解は十分にできる。

しかし、そのようなワインを造ったのであれば、潔くスーパー・トスカンとして販売すべきだ。

合法的ブレンドかつ、原産地呼称エリア内産の葡萄という規定は守っているとは言え、サンジョヴェーゼとブレンドしてChiantiの名を語るというのは、(後述する)17世紀から続く悪しきワイン商たちの慣習と、なんら大差ないとしか思えない。

もちろん、すでに高樹齢に達し、高品質のワインになるそれら国際品種の畑があるのだから、使わないのは非経済的、という主張もあるだろう。

その主張も一応理解はできるが、それでも単一品種かブレンドにしてスーパー・トスカンとして販売する、ロゼワインにブレンドしてしまう、サンジョヴェーゼを接木してしまうなど、やりようはいくらでもある、としか私には思えない。

確かに、伝統には時代が進むと共に刷新されていくという側面はあるが、そもそもサンジョーヴェーゼ単体、もしくは地品種のみとのブレンドで、最上レベルのワインを生み出すことができるのだから、国際品種のブレンドは本来不必要な、伝統の改悪行為だ。

Chianti Classico

400年以上も続いた、フィレンツェ共和国とシエーナ共和国によるトスカーナの覇権争いの最中、両国の間に位置していた苛烈な戦場こそが、現在Chianti Classicoと呼ばれるエリアだ。

一方、ワイン造りは最古の記録でも14世紀のものまで遡ることができるが、実際には間違いなく遥かに古く豊かな歴史があったと考えられている。

つまり、16世紀半ばに両国間の戦争が終焉するまで、Chianti Classicoは戦場であり、葡萄の楽園でもあったのだ。

この相反する性質は、今でもワインを中心としたものへと形を変えて、Chianti Classicoに宿っている。

17世紀にはすでに、数多くの奸たちによって、Chiantiと名乗る出自の不確かなワインが市場に出回っていた。伝統と歴史を蔑ろにして私益に走るワイン商たちに歯止めをかけるべく、1716年には第6代トスカーナ大公、コジモ三世・デ・メディチラッダ、ガイオーレ、カステッリーナ、グレーヴェの一部エリアのみを、公式なChiantiの産地とする旨の布告を出したが、狡猾な商人たちはあの手この手で偽造品を生み出し続けていた。

1838年には、ベッティーノ・リカゾーリ男爵(オリジナルChiantiエリアのガイオーレにあるブロリオ城の城主であり、代々ワイン造りを営んできたリカゾーリ家の当主であり政治家。後のイタリア首相。)が、ワイン造りに人生を捧げるべく、フィレンツェからブロリオ城に移り住んだことによって、Chiantiの歴史上極めて重要な転機が訪れることとなる。

当時のワイン造りの大半は、折半耕作(農家が土地を地主から借り受け、出来上がったワインの半分を収める。)によって行われていたが、ベッティーノ・リカゾーリ男爵は自ら先頭に立ってワイン造りを行うという、19世紀の大貴族らしからぬ行動に出たのだ。

1840年から1847年にかけて、ベッティーノ・リカゾーリ男爵が書きためた日記には、彼が行った様々な改革が詳細に記されていた。

1840年には、それまで混植混醸によって造られていたChiantiを、葡萄畑では品種毎に区画を分けて栽培し、醸造も別にすることによって、各品種の特性を正確に把握する試みを行った。

男爵の日記からは、彼が葡萄の生育に関して極めて深い知見をもっていたことが推察される上に、醸造においてもピサ大学で葡萄とワインの化学的分析を専門としていたチェザーレ・ステュディアティ教授の助言を受けていたとされる。

1844年にはブルゴーニュとボルドーを訪問し、1848年には、開放式の桶で数週間という長期間のマセレーションを行なっていた当時の伝統製法を疑問視し、密閉式の桶を導入しつつ、マセレーション期間も5~6日へと短縮するという手法も試みた。

1851年には再度渡仏し、ブルゴーニュ、ボルドー、ボジョレー、ラングドックを視察して回った。

そして、男爵は現代においてもChiantiの根幹となる重要な改革に踏み切ることとなる。長い間カナイオーロが主体となっていたと考えられているChiantiを、サンジョヴェーゼ主体のワインへと生まれ変わらせたのだ。

さらに、カナイオーロはサンジョヴェーゼの荒々しいタンニンの角を取るための補助品種とし、白葡萄のマルヴァジア(正確にはマルヴァジア・ビアンカ・ルンガ)をブレンドした上で、サンジョヴェーゼ70%、カナイオーロ20%、マルヴァジア10%という「リカゾーリ方式」と呼ばれるブレンドを開発した。(当時の気候は今よりも随分と冷涼だったため、サンジョヴェーゼ単体で優れたワインを造ることは非常に難しかったと考えられている。)

リカゾーリ男爵の造ったワインは、ヨーロッパ各地のコンクールを席巻し、Chiantiの名声をさらに高めたが、皮肉なことに、その名声にあやかってChiantiを不正に大量生産するワイン商もまた、増加の一途を辿った

オリジナルChiantiの伝統を守ろうとした男爵の奮闘も虚しく、1932年にはイタリア政府が公式にChiantiを名乗れるエリアを拡張しつつ、7つのサブゾーン(現在のChianti Classicoも含む)を制定した。表向きは「痛み分け」とも取れるが、実際には伝統の保護が敗北に終わった、ということだ。

さらに、リカゾーリ方式も、1950年代にはより栽培が容易なトレッビアーノを30%もブレンドするという、オリジナルレシピとはかけ離れたものへと変化してしまっていた中で、1967年のDOC制定では、マルヴァジアかトレッビアーノ、もしくはその両方を合わせて10~30%までブレンドする必要があるという規定が設けられた上、広域Chiantiのゾーンも中部トスカーナ全域をカヴァーする範囲にまで広がった。

1970年代に入ると、ChiantiのDOC規定(10%以上白葡萄を含めた上で、サンジョヴェーゼの上限は70%とする)に反意を唱える造り手たちが、後にスーパー・トスカンと呼ばれるワインをリリースし始め、これらのワインがサンジョヴェーゼ100%のケースも、ボルドー系国際品種をブレンドしたケースもあったため、大きな混乱が生じた。

1995年には、サンジョヴェーゼ100%を認めた上で、最低比率を80%とする形で改訂されたが、国際品種のブレンドを容認するという「負の遺産」だけは残ったままとなった。

Chianti Classicoにおいては、2014年に、スーパー・トスカンの高価格に対抗するという明確な意図の元(表向きは、偉大なテロワールを表現した特別カテゴリーの創設だったが)、Gran Selezzioneという最上位カテゴリーが設立された。

一方で、2021年にはこれまで8つだったコムーネ(*)を、後述する11のUnità Geografiche Aggiuntive(通称UGAs)に再編成するという、テロワール回帰とも取れる動きも見せるなど、相変わらずどっちつかずなままの様にも思えるが、コムーネの再編成に関しては、一部のGran Selezzione(後述するが、全てとは言えない明確な理由がある)とも連動している。

*Chianti Classico内のサブゾーンという位置付けだが、政治的境界線を意味する本来のコムーネとは、コムーネの一部のみがClassicoゾーンに入っている箇所が複数あるなど、少々実態が異なる。本稿では便宜的に、旧来のサブゾーンをコムーネとして表記する。

Gran Selezzione

2014年にGran Selezzioneカテゴリーが導入された際には、随分と激しい意見の対立を巻き起こした。

2014年に制定された、現行のGran Selezzioneに関する主な規定は以下の通りだ。

1. 100%自社農園の葡萄である。(単一畑でも、複数畑でも良い)

2. 80%以上サンジョヴェーゼを含み、国際品種の葡萄も認める。(Chianti Classicoの規定と全く同じ。)

3. 30ヶ月以上の熟成が必要。(Chianti Classico Riservaよりも半年長い。)

4. 化学的検査及び、官能検査をパスする必要がある。

お金の匂いがする。まさにその通りだ。

トスカーナの象徴たるChianti Classicoの最上位カテゴリーが、実質的には既存のRiservaをリブランディングして、価格を上げただけのものだったのだから。

2014年の導入以降、キアンティ・クラシコ協会のメンバー内でも、Gran Selezzioneに対する意見は真っ二つに割れ続けてきた

また、その規定以外にも、官能検査による審査も随分と混乱を生じさせた。Chianti Classicoの中でも、特にエレガントな性質となるテロワールのワインが、続々と官能検査によって不合格となってしまったからだ。

それら不合格ワインの中には、紛れもなくChianti Classico最上位クラスの、しかもサンジョヴェーゼ100%で造られた、真に偉大なワインも複数含まれていた

こんな状況では、協会メンバー内だけでなく、国内外のプロフェッショナルから批判が殺到するのも無理はない。

特に、海外ジャーナリストたちからの批判は、凄まじいものがあった。

何かと利益と権威の保護に走りがちな協会も、ついに痺れを切らしたか、もしくは別章で詳説するVino Nobile di Montepulcianoの動きを見てか、2021年には協会メンバー全員によるGran Selezzioneの規定改正に関する投票が行われ、90%の賛成票で、新たなルールが決められた。

新ルールにおける重要な変更点は、以下の通り。

1. サンジョヴェーゼの最低比率を80%から90%へと変更。

2. 補助品種はトスカーナの地品種のみ。(カナイオーロ、コロリーノ、チリエジョーロなど)

3. 後述するUGA内の葡萄のみを使用した場合、UGA名を名乗ることができる。(単一畑でも複数畑でも問題なく、Gran Selezzioneを名乗るために単一UGAである必要もない。)

サンジョヴェーゼへのより強いフォーカス、そして何より国際品種の排除は、文句無しに素晴らしい変更だ。

しかし、10歩譲って複数畑を認めることは良しとしても、単一UGAに限定しなかったのはいただけない

多数の意見をまとめようとした結果、結局中途半端に終わる、というのはもはやイタリアのお家芸とも言えるが、歴史は繰り返されるというのはまさにこのことだ。

Gran Selezzioneを最上位かつ究極のテロワール・ワインであり、Chianti Classicoの象徴とするのであれば、その規定を単一UGAかつ単一畑とするのが理想なはずだ。

現在、政府による正式な承認を待っているところ(承認後に、イタリアではよくある裁判沙汰にならないことを祈るが)だが、新Gran Selezzione導入後、世界がどう反応していくのかは注視していきたい。

Unità Geografiche Aggiuntive (UGAs)

Gran Selezzioneのルール改正と並行して、キアンティ・クラシコ協会肝入りの新制度として推し進められてきたのが、コムーネの再編成に伴う、新たなUnità Geografiche Aggiuntive(UGAs)の導入だ。

以下の地図左側が旧来のコムーネ、そして右側が新たなUGAsとなる。

©️キアンティクラシコ協会

変更点をまとめると以下の通り。

1. Greve in Chiantiのコムーネが、Greve、Montefioralle、Panzano、Lamoleという4つのUGAに分割された。

2. Tavernelle Val di Pisa、Barberino Val d’Elsa、PoggibonsiのコムーネがSan Donato in Poggioという一つのUGAへとまとめられた。

3. Castelnuovo Berardenganoのコムーネが、西側のVagliagliと東側のCastelnuovo Berardengaという2つのUGAへと分割された。

4. San Casciano di Val di Pisaのコムーネが、範囲は旧コムーネそのままにSan Cascianoへと名称変更。Radda in Chinti、Castellina in Chianti、Gaiole in Chiantiのコムーネが、範囲は旧コムーネそのままに、名称からそれぞれ「in Chianti」が外れた。

この新たなUGAs制度は、ピエモンテ州のBarolo、BarbarescoにおけるMGAsとは、政治的境界線(コムーネの境界線)に限定されていないという意味では同じだが、MGAsが「単一の畑」に対して制定されたのに対し、UGAsは「テロワールに基づいた地区」として制定されたという意味で異なっている。

これは、畑の規模がそもそも異なるということもあるが、ピエモンテ州では一つの畑が分割所有されていることが多いのに対し、トスカーナ州では単独所有が一般的であることに起因していると言えるだろう。

なお、現地ではGaioleをさらに分割する計画もあるといった情報もあったり、実際に同一UGA内でも、畑の位置によってかなりテロワールの個性が異なるケースも多々見られるなど、やや不完全な部分も無いとは言えないが、極めて大きな前進の一歩となったことは間違いない。

テロワールを探る手がかり

新たなGran Selezzioneのルールにしても、UGAsにしても、完璧とは言い難い部分が確かに残されてはいるものの、そのエッセンスを正しく抽出しさえすれば、これまで霧がかかっていたChianti Classicoの微細なテロワールの違いを知る上で、大きなヒントとなり得る重要な改革と言える。

次回以降、2章に渡って、Chianti Classicoを単一UGA、サンジョヴェーゼ100%(もしくは地葡萄のみのブレンド)を前提として、UGA毎の細かなテロワールの差異に迫っていく。