2023年9月7日4 分

テロワールの縦軸と横軸

ワインをより深く理解していく上で、テロワールというコンセプトを無視することは、決してできない。

どれだけ技術が発展しても、その技術をいかに駆使しても、ワインの原料となる葡萄が農作物である以上、気候、土壌、地勢、ヴィンテージ、及びそれらの要素と葡萄品種の相性からの影響を、完全に避けることはできない。

『りんご』を例にしよう。

りんごは名産地として知られている東北、中部地方はもちろんのこと、北海道でも沖縄でも栽培されている。

栽培に関する様々な知識、技術、そして必要であれば適切な農薬を用いれば、栽培そのものが絶対的に不可能となるケースは多くない。

ただし、高品質なりんごが育つことと、単に育つことは異なる

この動かざる現実に対して発生するコンセプトこそが、テロワールだ。

そしてテロワールには、縦軸と横軸、という2つの大きく性質が異なる評価軸がある。

まず縦軸は、極めて客観性が強い評価軸となる。

産地、品種、製法などを含めた特定のスタイルにおける完成度の高さ、と言い換えても良いだろう。

フランス・ブルゴーニュ地方を例に挙げると、Gevrey-Chambertin村の一級畑よりも、同村内にある特級畑の方が「完成度が高い」と考えるのが、縦軸の評価方式ということだ。

縦軸の評価方式が法律で定められているケースでは、そのステータスが超長期間に渡る観察と検証に基づいていることが圧倒的に多く、必然的にこのようなシステムが導入されているのはオールド・ワールドとなる。

また、例えばピノ・ノワールという品種に限定した上で、多国家、多産地間でこの縦軸に基づいた評価方式を採用することもできるが、その場合は評価対象となる要素に対して、何をもって高評価とするか、という基準が強い客観性と共に明確になっている必要がある。

つまり、ピノ・ノワールやカベルネ・ソーヴィニヨン、シャルドネといった国際品種に関しては非常に有効だが、東アジア各国(日本、韓国、台湾など)のマスカット・ベイリーAを比較評価する上では、採用することがかなり難しい評価軸、ということになる。

一方の横軸は、極めて主観性が強い評価軸である。

この横軸は、個性の尊重と、テイスター自身の「美味しい」という感想が主体となっている評価方式だ。

再びフランスの銘醸地を例に挙げよう。

ブルゴーニュ地方のGevrey-Chambertin村にある、Les CazetiersとLavaux St-Jacquesは共に一級畑であり、縦軸の評価も同等と考えて差し支えないが、主観に強く引っ張られる横軸評価においては、意見が大きく分かれる。

ボルドー地方左岸メドック地区の公式格付けで、第一級シャトーに認定されている「五大シャトー」も、縦軸では同列だが、横軸の場合は個性の違いに対する個人の「好み」に基づいて評価が分かれる。

Ch. Lafite-Rothschildを至高と考える人もいれば、私のようにCh. Haut-Brionが一番好き、という人もいるのは、横軸で考えれば当然、ということだ。

これらの例のように、横軸評価は、縦軸の高位層にあるワインに対しても有効性を失わないが、その真価は世界的な銘醸地のワイン以外に対してこそ発揮されることは、しっかりと理解しておきたい点となる。

横軸においては、個性の尊重、という重要な価値観が入ってくるため、その個性とテイスターの主観による評価が結びつくことが、何よりも優先される。

例えば、北海道や長野県のピノ・ノワールと、ブルゴーニュ地方のピノ・ノワールを縦軸に基づいて評価した場合、どうしても日本が不利になることは避け難いが、横軸ならその限りではなくなる。

北海道の余市らしさがピノ・ノワールに宿り、その味わいをテイスターが好むのであれば、それで良い。

その評価が主観である以上、他者の意見や客観性など、気にしなくても良いのだ。

さらに、地品種ワインの評価においても、横軸方式は重要な役割を果たすことができる。

フランス・サヴォア地方のモンドゥーズ。

イタリア・ピエモンテ州のルケ。

スペイン・ガリシア地方のメンシア。

ギリシャ・ナウサのクスィノマヴロ。

など、知名度の大小はあれど、比較対象がほとんど無いタイプのワインに対しては、縦軸よりも横軸による評価が格段に重要度を増す。

本質的には、ピノ・ノワールとネレッロ・マスカレーゼを縦軸に基づいて比較評価することなどは、著しく意味性が低いからだ。

実は、ワイン市場に徹底した横軸評価をもち込んだ人物は、「ワイン界の帝王」とすら言われた元ワイン評論家、ロバート・パーカーJr.である。

1980年代から、完全引退する2019年まで続けられたパーカーによる横軸評価(パーカーの評点自体が、結果的に縦軸に限りなく近いものとして、世間から受け止められるようになってしまったのは、実に皮肉なことではあるが。)は、個性に対する評価が重要視されるようになった現代を予見していたかのような、極めて先進的なものであったと言えるだろう。

SommeTimesでは、縦軸を中心に評価することもあれば、横軸しか考えていないこともある。

そのどちらも正しく、どちらも間違っていない。

両方の評価軸を、同じ重要度で捉えることこそが、現代的なワイン評価なのでは無いだろうか。