2021年11月30日5 分

「甘い」言葉に潜む罠

ワインにとって、「甘い」という表現は何を意味しているのだろうか。

これは非常に奥深いテーマであり、長年に渡って、ワイン販売者と消費者の間や、愛好家同士の間にそびえたってきた、分厚い壁でもある。

もちろん、「甘い」という表現は、「美味しい」と同様に、最終的には完全に主観となってしまうものなのだが、それでも(特に販売者、紹介者としては)どこかに線引きをしておかないと、自身の発言が支離滅裂なものとなりかねない。実に悩ましい問題だ。

基本的には、ワインの甘さというのは、糖度と酸のバランスによって確定する、としておくのが、最もセーフな考え方だろう。

レモネードを思い浮かべていただきたい。

レモン果汁だけでは、その強烈な酸故に、極めて酸っぱい(辛い)状態となるが、そこに砂糖を加えることによって、徐々に辛口から甘口へと向かっていく。

ワインも原理的には同じと考えて良い。

白葡萄品種では、リースリングを例にすると分かりやすいだろう。

リースリングは辛口として造られていても、若干「甘い」と感じる人が多い。ドイツ、オーストリア、フランスのアルザスといった産地の辛口リースリングは、強い酸があるものの、果実味(糖度)も強いため、最終的なバランスとして、完全な辛口と言える領域にギリギリ入るか入らないかというところに収まりがちだ。一方で、同様に酸が強いが、果実味が控えめになることが多いオーストラリアのイーデン・ヴァレーやクレア・ヴァレーのリースリングは、完全に辛口といって差し支えないだろう。

このように、糖度と酸のバランスは、少しでもズレると、辛口と甘口(この場合は半辛口)の境界線を行ったりきたりしてしまう。

また、新樽比率が高いと、よりワインを甘く感じやすくなるが、糖度と酸のバランスの方が、より決定的な影響を及ぼすと言える。

アルコール濃度が高いと甘さを感じやすいという部分もあるのだが、これは白ワインよりも赤ワインの方が顕著になる。

糖度と酸が基本となるのは、スパークリングワイン、ロゼワインでも同様だ。

さて、赤ワインの検証をしてみよう。

赤ワインも基本的には白ワインと同様に、糖度と酸を主軸におくべきだが、追加要素も多い

渋味(タンニン)の強さは特に重要で、多くの人が渋味の強いワインをより辛口と感じる傾向がある。

つまり、完全な辛口の赤ワインとは、果実味が強すぎず、しっかりと酸があり、渋味が強いもの、となる。その代表例は、ボルドーやバローロだろう。

また、アルコール濃度の高さ、新樽比率の高さも、赤ワインでは白ワインよりも強く影響するようだ。

同じカベルネ・ソーヴィニヨンでも、ボルドー産とナパ・ヴァレー産を比べた時に、後者の方が「甘い」と言われがちなのは、糖度と酸とタンニンのバランスに加えて、アルコール濃度や新樽が積極的に絡んでくるからだ。

ただし、オールドワールド=辛口、ニューワールド=ちょっと甘い、といったように極端に単純化してしまうと、そのワインの特性を正確に捉えきれないことも多々あるので、注意すべきだ。

販売者としては、「甘い赤ワインが苦手」と顧客に言われると、どこから先が「甘い」として認識されているのかを探り当てるのに、非常に苦労することが多い。ワイン会やレストランで、他人とワインを飲む時も同様の難しさが発生することも多々ある。

そんな時は、まずは糖と酸とタンニンで探りを入れ、その次にアルコール濃度と新樽を探ると、解決に向かう可能性が大幅に上がるだろう。

同じ方法論は、多くの場合オレンジワインでも当てはまるが、よりタンニンが重要となる。

これらはあくまでも指標に過ぎず、先述したように最終的には完全に主観に落ちてしまう可能性が高いため、過信は禁物。ヒット率を上げるための一手段として、ピンポイントで用いていくのが良いだろう。

他の飲み物に目線を移すと、また非常に興味深い世界が見えてくる。

日本酒の場合、ワインに比べて酸が圧倒的に低いため、同じ方法論が通用しない。日本酒度というメーターはあるが、これも完全とは言えない。日本酒度がマイナスの場合は、ほぼ例外なく「甘い」領域に入るが、プラス5程度までは、大きく個人差が出てしまう。

現実的には、どちらかというと、「甘くないこと」が日本酒にとっての辛口の指標となることが多いだろう。

同じ日本酒の通常版と季節限定の生酒版を飲み比べてみると、この点が分かりやすいと思う。非常に多くの場合、通常版の方が辛口となり、生酒はより「甘い」という感想に落ち着く。これは、生酒には甘さをダイレクトに想起させるフルーツ香がより強くのっているからだ。

お茶の世界も興味深い。

お茶にとって「甘い」という表現は、糖分のことを指しているのではなく、「渋くない、苦くない」という状態が「甘い」という言葉によって置き換えられる傾向が強い。ここにはテアニン(基本的に旨味だが、感覚的には甘味と言えなくもない)とカテキン(渋味と苦味)のバランスも深く関わっている。

コーヒーの甘さはもう少し複雑だ。

コーヒーチェリーの熟度や、焙煎後に含まれる糖分も多少関係しつつも、苦味、酸味、渋味という「甘い」という印象を阻害する要素とのバランスによって、おおよその方向性が決定付けられる。

飲み物が変われば、「甘い」の意味も大きく変わる。

筆者のような「ワイン脳」の持ち主にとっては、こういったアドヴァイスが無いと、砂糖を入れてない紅茶やコーヒーの「甘さ」は、非常に理解が難しいものになる。

その他にも、野菜の甘味、肉の甘味などなど。

日本人は甘いという表現の意味や由来を、深く意識することなく、乱用してしまいがちだ。

自己完結している場合は問題ないが、他者と味わいに関してコミュニケーションを取るのであれば、何をもって「甘い」と表現しているのかは、なるべく正確に把握しておいた方が良いだろう。