2021年11月16日7 分

SommeTimes’ Académie <19>(ワイン概論15:赤ワイン醸造3)

最終更新: 2022年4月8日

一歩進んだ基礎の学び、をテーマとするのがSommeTimes’ Académieシリーズ。初心者から中級者までを対象としています。今回は、一般的な赤ワインの醸造フローを学ぶシリーズの第三弾となります。圧搾マロラクティック発酵を学んでいきます。

なお、日本のワイン教育においては、醸造用語としてフランス語を用いるのが今日でも一般的ですが、SommeTimes’ Academieでは、すでに世界の共通語としてフランス語からの置き換えが進んでいる英語にて表記します。また、醸造の様々な工程に関しては、醸造家ごとに異なる意見が散見されます。本シリーズに関しては、あくまでも「一般論の範疇」とご理解ください。
 

試験後に忘れてしまった知識に意味はありません。ワインの勉強は、難しい外国語由来の単語との戦いでもあります。そういった単語をただの「記号」として覚えることにも、意味はありません。その単語が「何を意味するのか」を知ってこそ、本来のあるべき学びとなります。SommeTimes’ Académieでは、ワインプロフェッショナル、ワイン愛好家として「リアル」に必要な情報をしっかりと補足しながら進めていきます。試験に受かることだけが目的ではない方、試験合格後の自己研鑽を望む方に向けた内容となります。SommeTimes’ Viewをしっかりと読み込みながら進めてください

⑦ 圧搾(Pressing)

主発酵を終えたマスト(果汁、果皮、果肉、種子等の混合物)から、果皮、種、茎を分離させるために、圧搾します。圧搾機(詳細は後述)、もしくはタンクの底部側面に設置された蛇口から、圧搾前に自重によって自然に流出する液体をフリーランワインと呼び、軽い圧力をかけたあとで流出する液体をプレスワインと呼びます。フリーランワインは、ピュアで繊細に味わいに、プレスワインは複雑で厚みがありますが、少々のエグミや雑味も含みます。一般的に両者はブレンドされますが、そのブレンド比率は造り手によって大きく異なります。強い圧力をかけて最後に絞り出したワインは、少量がブレンド用に使われるか、ブランデー等の原料に回されます。

SommeTimes’ View

あまり知られていませんが、ワインの最終的な性質(品質とは違います)に多大な影響を与えるのが圧搾の工程です。圧搾機の種類によって、分離されたワインの性質に違いが生じるからです。一般的な圧搾機は以下の3種類です。もう1種類の連続スクリュー式は、テーブルワインにはほとんど用いられません。

・垂直式、籠式、縦型圧搾機(Basket Press)

現在でも用いられる中では、最も原始的な圧搾機で、基本的な設計は1000年以上変わっていないとされています。円柱形の(側面に隙間が設けられている)の上部から板を押し下げることによって、搾汁するタイプです。ネジを回すことによって圧力をかける原始的なものもあれば、水圧や油圧を利用して圧力をかける近代的なものもあります。ゆっくりと時間をかけて圧搾すれば、(酸化のリスクは増えますが)最も繊細でピュアなワインが得られると考えられている圧搾機で、古典派やナチュラル派の間では、根強い人気がある一方で、シャンパーニュ地方でも非常に一般的です。しかし、構造上、やや衛生面に難があるため、使用後や未使用時の入念なケアが必要となります。

・水平スクリュー式、スクリュー式水平圧搾機、バスラン型(Horizontal Screw Press)

板によって圧力をかけて圧搾するという意味では、垂直式と同じ原理ですが、水平スクリュー式は、横に長く大きい円柱形タンク(シリンダー)内に二枚の板があり、それらが中央に向かって圧力をかけていくことによって、マストを挟み込みながら搾汁する仕組みです。垂直式に比べると、一度に搾汁できる量が圧倒的に多くなります強い圧力と搾汁率の高さから、赤ワインに用いられることが多かったのですが、やや荒さも目立つことから、現在は垂直式や後述する空気圧式に置き換わりつつあるようです。

・空気圧式、空気圧式膜圧搾機、ブーハー型(Pneumatic press)

現在主流となっている圧搾機が、この空気圧式です。円柱形タンクの内部に、大きく堅い風船が設置されていて、それを空気で膨らますことによって圧力をかけて搾汁します。搾汁率は水平スクリュー式に劣りますが、タンクの内のシリンダーが回転するようになっていることから、マスト全体に均等な圧力がかかり、抽出自体もマイルドになります。最新式のものは、搾汁したワインの受け皿部分が外気と遮断されているため、酸化を防ぎながら、クリーンでフレッシュな性質を得ることができます。

フリーランワインとプレスワインの違いですが、時折フリーランワインをより優れたものとする主張を見かけますが、これは完全に間違っています。フリーランワインは一般的に色が薄く、pH値が低く(酸度が高く)、タンニンなどのポリフェノール類の含有量が低くなりますが、プレスワインは全てが真逆です。例えば、長期熟成型の赤ワインにとっては、低いpH値と高いポリフェノール含有量を両立させることが必要なため、フリーランワインとプレスワインは同等の価値があります。生産者によっては、プレス圧によって数段階に分けて圧搾し、緻密にブレンドする場合もあります。白ワインやスパークリングワインに関しては、また考え方が異なってきますので、別記事にて記述します

垂直式圧搾機(Basket Press)

⑧ マロラクティック発酵(Malo-lactic fermentaion)

主発酵を終え、圧搾されたワインは、乳酸菌の働きによって、鋭角なリンゴ酸をまろやかな乳酸と微量の二酸化炭素へと分解するマロラクティック発酵以降、MLF)へと進みます。MLFは、乳酸によるまろやかさだけではなく、ダイアセチル(乳製品等によくある香り成分の一種)等の影響によって、複雑で豊潤なアロマをもたらす一方で、微生物学的な安定性ももたらします。赤ワインは基本的にマロラクティック発酵を行います

SommeTimes’ View

MLFには、自然発酵スターター(乳酸菌)添加による発酵の2種類があります。自然界の乳酸菌と、培養された乳酸菌は、基本的には同じものですが、実際には異なる挙動をするという報告が多々あります。安定性という意味においては、培養乳酸菌の方が優れていることは言うまでもありませんが、自然発酵でしか実現できない複雑さと奥行きがあるという主張もまた、根強くあります。ほぼ全ての赤ワインはMLFを行いますので、赤ワインのテクニカルシートには、白ワインのようにMLFに関するデータは載っていません。MLF終了後の赤ワインは、MLF前と比べるとpH値が0.2~0.3ほど上昇します。

MLFが潤滑に進む環境は、実はかなり限られています。この特性を利用して、(赤ワインでは滅多に行いませんが)MLFの発生をコントロールすることも可能です。コントロールの方法も、色々ありますので、以下にまとめておきます。

・温度調整

ワインの温度15.5を下回るとMLFが急激に鈍りはじめるという特性を利用して、MLFが起こらない温度(10~14の間なら基本的に安全圏)まで下げてしまうという方法があります。また、MLFにとって理想的な温度環境は、20~37℃の間ですので、潤滑にMLFを進めるために、エアコンで温度調節をした専用の部屋を設けているワイナリーもあります。

・補酸

pH値3.2よりも低いとMLFが阻害されることを利用して、(白ワインの場合)品種や、産地、ヴィンテージの特性によっては補酸を行うことがあります。

・亜硫酸添加

遊離型亜硫酸がある程度存在する場合、MLFを阻害することができます。しかし、亜硫酸添加によってMLFを防ぐ場合は、温度やpH値などを考慮して、慎重に添加量を決める必要があります。

・フィルター

MLFの元となるバクテリアを除去できるくらいの超微細フィルターをかけることによって、MLFを防ぐことができます。しかし、それだけの強いフィルターは、ワインの品質を大きく変えてしまいかねません。この方法は、主に瓶詰め直前に行われます。

・その他

特殊な酵素や、化学添加物でもMLFを防ぐことができますが、一部の添加物は使用が禁じられている国もあります。また、ヴェルコリンのように、MLFだけでなく、ブレタノミセスも駆逐するばかりか、不必要では無いと考えられるものまで殲滅してしまう強力な添加物もあります。

上記のMLFの防ぎ方は、別の角度から見ると、MLFが起こってしまう条件を表しています。MLFを防ぐ手立てを行わないことが多々ある一部のナチュラル・ワインでは、瓶詰め後にMLFが発生してしまい、味わいが変質(劣化とは少し違います)したり、微発泡になってしまったりすることもあります。

本シリーズ最後となる次回では、熟成から瓶詰めまでの流れを追っていきます。