2021年7月4日7 分

SommeTimes Académie <12>(ワイン概論8: ブドウ後編)

試験後に忘れてしまった知識に意味はありません。ワインの勉強は、難しい外国語由来の単語との戦いでもあります。そういった単語をただの「記号」として覚えることにも、意味はありません。その単語が「何を意味するのか」を知ってこそ、本来のあるべき学びとなります。SommeTimes Académieでは、ワインプロフェッショナル、ワイン愛好家として「リアル」に必要な情報をしっかりと補足しながら進めていきます。試験に受かることだけが目的ではない方、試験合格後の自己研鑽を望む方に向けた内容となります。SommeTimes’ Viewをしっかりと読み込みながら進めてください

前編では、ブドウの種属や、栽培適地に関する条件を、中編ではブドウの生育サイクルについて学んで行ったが、後編では葡萄畑のおける葡萄樹の選抜方法と、様々な仕立て方について言及していく。

葡萄樹の選抜方法

親株からとった穂木(枝)で苗を作ると、子株は親株と同様の遺伝情報をもつクローンとなる。葡萄樹のこの特性を利用して、葡萄畑では優秀なクローンを2通りの方法で選抜し、品質向上と安定化を図ってきた。選抜されるクローンは、葡萄樹の突然変異によって、特定の環境に適応する形で変異したものが多い。また、有性生殖である種からの栽培では、クローンを作ることは出来ず、全く違う品種となるケースもあるため、クローンを増やしていく方法が常識となっている。

マッサル・セレクション

葡萄畑の中から、色づき、樹勢、病害耐性、果粒の小ささ、バラ房といった要素にそれぞれ優れた複数の親株を選抜し、穂木をとって苗を作る方法。複数の異なる特性をもった葡萄樹が混在することになるため、葡萄畑の管理がより困難になるというデメリットがある。

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クローン元となる親株が複数に渡るため、遺伝子的多様性が見込め、最終的な味わいをより多層的にすると考えられている。また、多数の個性をもった葡萄が同じ葡萄畑に混在することによって、年数を重ねるごとに互いの個性を抑制し合うという興味深い現象が挙げられる。つまり、マッサル・セレクションの重要な副次的効果とは、葡萄の個性が抑制されることによって、結果的に葡萄畑のテロワールがより強く顕現することにある。管理の難しさというデメリットを差し置いても、品質面におけるメリットは非常に大きい。長い間クローン・セレクションの方が主流となってきたが、モノカルチャーの危険性と脆弱性が判明してきたこと、生物多様性を重視するサスティナビリティの推進によって、現代ではマッサル・セレクションの価値が見直されている。

クローン・セレクション

膨大な数の選抜を繰り返した結果、特に優れた特性が認められた株に番号をつけて識別したものを苗として植える手法。一種のモノカルチャーでもある。

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クローン・セレクションで用いられる株は、科学的検証が済んでいるものであるため、それぞれの産地のテロワールに適した病害耐性の担保、管理方法の一元化、目指すスタイルの味わいを実現しやすいといったメリットがある一方で、画一化されたクローンであるが故に、新種のウィルス等に耐性がない場合、全滅してしまう可能性もあるという強烈なデメリットを有している。また、最終的な味わいからも奥深さが失われるという指摘もある。これらのデメリットを考慮し、かつては、一つのクローンのみを植樹することが一般的であったが、現在では複数のクローンを用いた、擬似的なマッサル・セレクションとも言えるハイブリッド型が主流となりつつある

葡萄樹の仕立て方

葡萄畑では、主に冬季(休眠期)の葡萄樹を剪定、ワイヤー誘引、棒への誘引といった方法で、特定の仕立てへと整えていく。仕立ては4種類の大カテゴリーに分類され、各産地の気候条件や、目指すワインのスタイルによって、どの仕立てを採用するかが決定される。大カテゴリーよりもさらに細かい仕立ての情報が、ワインを知る上で有効となるケースは極めて稀と言えるが、本稿ではより細かな仕立ての違いについても述べていく。

1. 垣根仕立て

全世界で最も主流となっている仕立て。針金と支柱を用いて、枝を地面と垂直方向へと伸ばしていく。長梢と短梢という2種類の剪定方法がある。

*ギュイヨ式

非常に一般的な垣根仕立てにおける長梢剪定の手法。2本の長梢を左右に伸ばすギュイヨ・ドゥブル、1本の長梢を伸ばすギュイヨ・サンプルの2種類があり、樹勢の弱いオールド・ワールドの畑により適しているとされる。

英:Single Guyot, Double Guyot

仏:Guyot Simple, Guyot Double

*コルドン・ロワイヤ式

主幹から枝を伸ばし、2芽ずつ等間隔に短梢をとっていく仕立て方。枝を片方にのみ伸ばした場合はコルドン・サンプル、枝を左右に分けて伸ばしたものは、コルドン・ドゥブルと呼ばれる。頻繁にコルドン・ロワイヤルと表記されるが、原語であるフランス語表記はCordon de Royatであるため、明らかな誤植である。

英:Single Cordon, Double Cordon

仏:Cordon Simple, Cordon Double

*VSP(Vertical Shoot Positioning)

生育期である夏の間に、新梢を垂直方向に誘引してワイヤーに固定する仕立て方。比較的高い位置に樹冠をもってくることができるため、作業効率が高まる上に、機械化もしやすいことから、非常に広く採用されている。対応範囲は広いが、樹勢が強い品種、肥沃な土地では利点を生かしきれない。

*その他

ほぼ全てのその他の垣根仕立ては、多収量型となる。

新梢を二つに分け、樹冠を上下に分割するスコット・ヘンリー式と、その変形であるスマート・ダイソン式。

高く並行に張った二本のワイヤーにコルドンを誘引し新梢を下向きに曲げるジェノヴァ・ダブルカーテン式と、その変形であるリラ式やレンツ・モーザー式。

コルドンの変形で、短梢から枝を扇状に伸ばすエヴァンタイユ式(シャブリとシャンパーニュのシャルドネで主流)。

多数の結果母枝を下向きに垂れ下がらせるシルヴォス式。

2. 株仕立て

温暖で乾燥した地域で広く採用されている仕立て。針金や棒に誘引しないため、より地表に近い位置にまでしか伸びない。幹の先端を短梢剪定するのみという、最も原始的かつシンプルな仕立て方で、樹勢が弱い品種に適している。フランスではゴブレ、イタリアではアルベレッロ、ニュー・ワールドではブッシュ・ヴァインと呼ばれる。ギリシャ・サントリーニ島や、スペイン・カナリア諸島で見られる“とぐろ状”のバスケット仕立ても、株仕立ての一種である。

3. 棚仕立て

降雨量の多い地域、もしくは日照が非常に強い地域で広く採用されている仕立て。かなり高い位置に設置した木の棚(もしくは支柱を中心に棚状に張り巡らせたワイヤー)に枝を誘引する。樹体が大きく成長することが特徴。生食用の葡萄は圧倒的に棚仕立てが多い。降雨量の多い地域では雨に対して、日照の強い地域では日光に対して、棚に繁った葉が「傘」の役割を果たす。棚の高さによっては、中腰での作業を強いられるため、作業効率が落ちる。スペインとポルトガルではペルゴラ、イタリアではテンドーネと呼ばれる。

4. 棒仕立て

針金を使って誘引をすることが難しい急斜面で採用されることが多い仕立て。棒を中心に2本の長梢をハート型に縛り付けるのが特徴的なモーゼル地方の仕立ては、ドッペルボーゲンと呼ばれる。棒仕立ては北ローヌ地方でも広く採用されている。風通しと日照量を最大化しつつ、樹冠をある程度の高さまでもってくることができるため、急斜面でのより安全な作業も実現できる。

SommeTimes’ View

仕立て方の項目の冒頭でも述べたが、仕立てに関する情報が、ワインをより深く知る上で(品質鑑定の場合にも)、何かしらの影響を及ぼす可能性があるのは、大カテゴリーまでの情報と言える。かつては垣根仕立てを至上と考える風潮が強かったが、現代では、やや多収量になりがちな棚仕立てを僅かに下位(当然、例外は多々ある)とし、垣根、株、棒仕立てはそれぞれ一長一短と考えるのが妥当。収量増加を目的とした仕立て以外は、基本的にその地域の気候条件や、葡萄畑の立地条件に最適な仕立てが選ばれているため、本来は棚仕立てが向いている産地で垣根仕立てや株仕立てを採用しても、品質向上に直結するとは限らない。