2023年1月28日19 分

別色の未来 <南アフリカ特集:最終章>

南アフリカを訪れる前は、まだ疑問が残っていた。

瞬く間に成長してきた南アフリカは、すでにアメリカ合衆国、オーストラリア、ニュージーランド、チリ、アルゼンチンといったニューワールド先進国と、肩を並べる存在になっているのか。その立ち位置に相応しいワイン産出国としての総合力をすでに得ているのか、と。

もちろん、サスティナビリティへの取り組みや、日本に輸入されている様々なワインの実力は知っていたが、現地の様子を自身の目で見て、造り手と直接会話し、葡萄畑を歩き回り、最もフラットな現地リリースのコンディションでテイスティングしない限り、私はその産地の実力を、外部の情報とワインだけを頼りに、盲目的に信じたりはしない。いや、そんなことができると真に思うほど、自身を過大評価してなどいないのだ。

私のようなものが言うのもなんだが、活字は平気で嘘をつく。

だからこそ、真実は必ず、自ら確かめる必要がある。

過去数年間、少なからず南アフリカのワインに、遠く離れた日本の地で心躍らされてきた身としては、ついに真実を見るであろうことに不安がなかったわけではない。

だが、幸いなことに、それは杞に終わった。

この旅を終えた時、私は確信に至っていた。

南アフリカは、すでに世界のトップリーグで堂々と上位争いをしている、と。

特にこれまで本特集記事で取り上げてきたピノ・ノワール、シャルドネ、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、メルロー、シュナン・ブラン、シラーに関しては、一片の疑いの余地もないほど、世界レベルの最高品質に到達しているワインが多々見受けられたし、細やかなテロワールの差異に基づいたスタイルの多様性にも驚かされた。

サスティナビリティに至っては、間違いなく世界のリーダーでもある。

それだけではない。

南アフリカはすでに、次のフェーズに突入している。

それは、より高価格でのワイン販売という喫緊の目標でもあり、サスティナビリティとオーガニック(もしくはビオディナミ)の両立でもあり、葡萄品種の選択肢も含めたさらなる多様化でもある。

前者2つが着実に達成されていくのは、現状を見る限り、間違いないと言っても差し支えないだろう。

むしろ価格面においては、まだまだ過小評価されているとすら思う。我々が、南アフリカワインを異次元のコストパフォーマンスの元で楽しめる時間は、あと5年も無いかも知れない。

では、葡萄品種のオルタナティブな選択肢はどうだろうか?

この取り組みは、すでに世界各地で始まっている。ブルゴーニュ品種でも、ボルドー品種でも、シラーでもない選択肢を、世界中が追求しているのだ。

もちろん、南アフリカの宝であるシュナン・ブランは、世界的にはややオルタナティブな部類に属しているが、私はもっと他の選択肢も見たいと思っていた。そして、断片的にでも、その可能性を感じ取りたいと願っていた。

南アフリカが真に世界のトップクラスであるならば、オルタナティブもまた、花開きつつあるのではと、期待していたからだ。

結論から言おう。

私は確かに見て、感じて、味わうことができた。

色とりどりのオルタナティヴ品種ワインが示唆する、南アフリカのさらなる可能性を。

Why Not?

それは、とあるマイナーエリアでの出来事だった。この産地の核であるシュナン・ブランの後に、オルタナティヴ品種が集結したテイスティングが開催された。ニューワールドとしては珍しい品種のワインが数多く並んでいたが、その中にネッビオーロがあった。正直なところ、品質は決して褒められたものではなかったため、私はつい「Why?」と、なかなか失礼な言葉を造り手に投げかけてしまった。

満面の笑みと共に、即座に返ってきた言葉は、「Why Not?」。

心にかかりかけた霧が、瞬時に消え去った

挑戦に失敗はつきものだ。

特に、テロワールと葡萄品種の相性、という非常に強固な壁が存在するワイン造りにおいては、成功よりも失敗の方が多いのは当然のこと。

だが、失敗を検証し、次に活かせば、道は繋がり続ける。

その先に、成功への光明が見えることも、きっとある。

「Why Not?」とは、失敗を恐れない精神の表れだ。

彼らが挑戦者であり続ける限り、我々も数多くの出会いを果たすことができるだろう。

すでに少なからず存在している、テロワールと葡萄、そして人が三位一体となって生み出す、奇跡的なオルタナティブ品種ワインと。

オルタナティヴ品種

今回の訪問では、(前章までに取り上げてきた)特定の葡萄に照準を絞ってテイスティングを繰り返していたため、オルタナティヴ品種のテイスティングは、その隙間を縫う形で行なっている。本稿の内容は、元々は執筆する予定ではなく、筆者が趣味的に追っていたテーマでもあるため、写真が極端に少ないこと、前章までに取り上げてきた国際品種のように、テロワールを詳細に検証する段階にまでは至っていないことをご了承いただきたい。

また、その産地と葡萄品種の組み合わせが素晴らしいと断言できるものもあれば、不確定なケースもある。特に後者の場合、実例があまりに少なく、今回ご紹介する特定のワインが飛び抜けて素晴らしいだけ、という可能性も大いに残されていることもまた、ご了承いただきたい。

オルタナティヴ白葡萄

Sauvignon Blanc

オルタナティブ品種の紹介と言っておきながら、いきなり国際品種だが、今回の特集記事では詳細検証対象から外していたため、本章で簡易的に解説していく。

ソーヴィニヨン・ブランの好適地とされるエリアのワインを全てテイスティングできたわけではないが、特に強く印象に残ったのは、Constantia(コンスタンシア)小地区。冷涼感とやや強めの樽が拮し得る、世界でも稀なテロワールがここにはある。

Klein Constantia(国内輸入元:Raffine)は、極甘口ワインのVin de Constanceで名高いが、ソーヴィニヨン・ブランにも並々ならぬ情熱を注いでいる。特に、標高260~300mの斜面に広がる単一畑から造られるトップキュヴェClara Sauvignon Blancは、グースベリー、オレンジ、ディルの爽やかなアロマに、オーク由来のスパイス風味が絶妙にブレンドされ、充実したボディと力強い酸が、流麗なテクスチャーでまとめられた大傑作ワイン。

マーケット・ポテンシャルが高い産地として挙げたいのは、Cape Agulhas(ケープ・アガラス)地区

全体的に非常にリーズナブルな価格(日本国内に輸入されても、1,000円代後半から2,000円代前半に収まると予想される)ながら、グァヴァ的なフルーツ感と、抑制の効いた端正なテクスチャー、メリハリのある酸は非常に魅力的かつ分かりやすく、「一般受け」と言う意味では、ニュージーランド産に並ぶほどのポテンシャルが眠っている。

その他、現地試飲ができた例を挙げていこう。Overberg(オーヴァーバーグ)地区内のElandskloof(エランズクルーフ)小地区では、Anthonij Rupert(国内輸入元:JSRトレーディング)が、Greyton(グレイトン)小地区ではLismore(国内輸入元:無し)が冷涼気候を活かしたロワール型の素晴らしいソーヴィニヨン・ブランを手がけていた。

同じく冷涼気候型では、Elgin(エルギン)地区でも高品質なワインが散見され、やや温暖なFranschoek(フランシュック)地区でも、好例がある。

現地では未試飲だが、Darling(ダーリング)地区内のGroenekloof(グローネクルーフ)小地区、南アフリカ最北端の産地であるLutzville Valley(ルツヴィル・ヴァレー)地区周辺エリア、東西に広大に広がるクレイン・カルー地域の中央南端に位置するLangeberg-Garcia(ランゲバーグ=ガルシア)地区も、ソーヴィニヨン・ブランに定評のあるエリアとなる。

ソーヴィニヨン・ブランは国際品種の中でも屈指の人気を誇る上に、スタイルも重複しやすい。ライバルの多さと、どことなく漂う飽和感の中、国際市場で勝負していくのは簡単ではない。美味しい、素晴らしい、だけでは難しいのが、ソーヴィニヨン・ブランという品種なのだ。

Semillon

セミヨンの評価は、なかなか難しいところがある。南アフリカにおいて、この品種の評価がかねてから高かったのは、古樹の区画が残るフランシュック地区であり、筆者も現地で古樹区画のセミヨンを複数テイスティングしたが、Boekenhoutskloof(国内輸入元:マスダ)とAlheit Vineyards(国内輸入元:Raffine)による2作の品質があまりにもずば抜けており、フランシュック地区とセミヨンという組み合わせ自体が優れていると断定するには至らなかった。

BoekenhoutskloofSemillonは、1902年、1936年、1942年にそれぞれ植樹された葡萄畑から。新樽比率は70%とかなり高いが、圧倒的な葡萄の凝縮度によって、完璧なパワーバランスが実現されている。また、極少量のミュスカ・ダレクサンドリ(1902年植樹)を醸し発酵してアンフォラで熟成した上でブレンドしている。万華鏡のような多層的アロマが圧巻の大傑作ワインだ。日本国内販売価格5,600円(税抜)というのは、安過ぎるとしか言いようがない。

Alheit Vineyardsは、1936年植樹(Boekenhoutskloofが葡萄を得ている区画の一つと同じ)の単一畑からMonument Semillonというキュヴェを手がける。この畑は自然変異によって、様々な色のセミヨンが混在する状態となっており、文字通り「カラフル」な果実感が、石英の多い土壌らしい煌びやかなミネラル感と共に、クリス・アルヘイトらしい引きのワインメイキングによって、緻密に表現されている。Boekenhoutskloofとは対極的なスタイルのワインだが、共に南アフリカのセミヨンを代表する偉大なワインだ。

セミヨンは単一(もしくは単一に限りなく近い高比率)で仕込むと、若い時点では固く閉じることが多い品種でもある。その最たる例は、オーストラリアのハンター・ヴァレー産だが、フランシュック・セミヨンはハンター・セミヨンよりも、幾分かは外交的な性質に思われる。このアドヴァンテージをどう活かせるか、と同時に、残り少ない(5区画しか無いそうだ)古樹に頼るのではなく、若樹からでもフランシュックらしさが見出せるようになれば、世界でも稀に見るセミヨンの好適地として、その地位は確立されるだろう。

Viognier

シラーが躍動する南アフリカなら、ヴィオニエも素晴らしいのでは、と考えてしまうのは、ワインファンなら当然だ。そして、その予測は概ね正しいと言える。まだまだ生産量は少ないが、エルギン地区Hemel-en-Aarde Ridge(へメル=アン=アールダ・リッジ)小地区グレイトン小地区Stellenbosch(ステレンボッシュ)地区などの冷涼エリアで、ヴィオニエが非常に高いポテンシャルを示している。冷涼地のヴィオニエらしい緊張感と、確かな日照量を感じさせる明るい果実味が融合し、独特の個性を形成している。

Creation(国内輸入元:プロティアワインズ)は、へメル=アン=アールダ・リッジ小地区に拠点を置く造り手。シャルドネやピノ・ノワールも素晴らしいが、白桃と洋梨が香る端正なヴィオニエは白眉の一本。南アフリカにおけるヴィオニエの高いポテンシャルが確信できる、傑作ワインだ。

ヴィオニエは、冷涼感と非常に強い樽のトリートメントが融合したコンドリュー型と、カリフォルニアなどで見られる、トロピカル感が全面に出たニューワールド温暖地型に大別されるが、南アフリカ産は両者のちょうど中間という、絶妙なバランスを実現できている。個人的には、どちらかに寄せようとはせずに、このまま直進していって欲しいものだ。

Grenache Blanc

実験的栽培が、高品質へとストレートに繋がったレアケースとしては、Breedekloof(ブリードクルーフ)地区で出会ったグルナッシュ・ブランを例に挙げたい。

Olifantsberg(国内輸入元:無し)のGrenache Blancは、この品種ではやや珍しいとも言える青い柑橘とハーブの風味を存分に引き出した、異色のワイン。この産地で同品種のワインは確認できなかったため、テロワールと葡萄品種の組み合わせとして断定的な評価は不可能だが、もしこの個性が純然なテロワール由来だとしたら、世界でも類を見ないほどユニークかつ高品質な表現が誕生したことになる。現時点では未輸入だが、日本に届けられる可能性が高いとの話も聞いているため、存分に期待してお待ちいただきたい。

オルタナティブ黒葡萄

Pinotage

南アフリカ固有の交配品種であるピノタージュは、賛否両論が極端に分かれてきた品種でもある。かくいう筆者にとっても、(本当に数少ない)少々苦手な品種であり、個人的にはスタイルの刷新を常に願ってきた。そして、その変化を現地で確かに感じ取ることができたのは、実りある収穫だった。

現在ピノタージュは、以下に挙げる4通りの方向性に分かれている。

1. 従来通りのパワフル型を洗練させつつさらに突き詰めたスタイル

2. 冷涼地で育て、両親(ピノ・ノワールとサンソー)に近づけたスタイル

3. やや早めに収穫し、ライトタッチで仕上げたナチュラルワイン風スタイル

4. 濃密な果実感を活かしたロゼ

1のタイプの主産地はステレンボッシュ地区の中でも温暖な北東側エリアで、確実な品質向上が見受けられるが、この品種が温暖エリアで熟した際の、粗野な側面が微妙に見え隠れする。極端な低収量化、新樽等の使用によって、ワイン価格も上がりがちなため、特にコストパフォーマンス面では、個人的には厳しい勝負を迫られているように感じる。このスタイルの王者はKanonkop(国内輸入元:マスダ)で間違いなく、トップキュヴェクラスになると(高価格を度外視すれば)偉大とすら言える領域に到達している。

2のタイプは標高が高く、昼夜の寒暖差が大きいPiekenierskloof(ピケニールスクルーフ)小地区などのエリアで散見される。ピノタージュの知られざる側面とすら言えるエレガントさは非常に魅力的。Cecilia(国内輸入元:無し)のPinotageは、このスタイルの代表格と言えるだろう。

3のタイプは、Swartland(スワートランド)地区などで散見される。この手の造りを行うと、品種個性がどうしても減じられてしまうが、古典的ピノタージュが苦手な人にとっては、むしろ好意的に受け止められるだろう。Testalonga(国内輸入元:Raffine)はこのスタイルの名手。日本国内でも、スワートランドとステレンボッシュのピノタージュをブレンドしたClintという、極めて軽やかなワインが発売されている。

4のタイプは、スワートランド地区ステレンボッシュ地区を中心に散見される。特に高品質だと感じたのはステレンボッシュ。ピノタージュのパイオニアとしても知られるLanzerac(国内輸入元:GSA)の作は傑作ロゼだ。

大きな多様性が見られる中、今後の主流となっていくのが、どのスタイルなのかは定かではないが、少なくとも「時代に合った」という意味では、2のタイプが最もポテンシャルが高いと言えるだろう。

長年ピノタージュを苦手としてきた私も、今回ばかりは痛感した。

そろそろ、この品種をちゃんと見直すべき時がきている、と。

Cinsault

今から20年後の南アフリカでは、サンソーがカベルネ・ソーヴィニヨン、ピノ・ノワール、シラーに並ぶ、最重要黒葡萄の一つとなっている可能性は十分にある。

その主な理由は3つ。

1. 多収量型の葡萄であるサンソーは、樹齢がかなり上がらないと、本領を発揮できない。

2. 高樹齢サンソーから、驚異的なワインが南アフリカでは実際に造られている。

3. 高温と旱魃に高い耐性をもつサンソーに注力することは、今後の気候変動を見据えても、理に適っている。

地中海系黒葡萄品種であることから、「重い」と誤解されることが非常に多いサンソーだが、実際にはシラー、グルナッシュ、ムールヴェードルと比べると、格段にライトで酸が強いという性質をもっている。シラーよりも遥かにピノ・ノワールに近い、と言った方が分かりやすいだろうか。この性質は、果実味とボディはあっても酸が落ちやすいグルナッシュやムールヴェードルとは真逆となるため、それらの葡萄がもたない部分を見事に補うことができる。サンソーが古典的南仏ブレンドの名脇役に留まり続けてきたのは、(多収量で薄い味わいになりがちという性質以上に)そういう理由があったからだ。

そして、そのサンソーが単一品種として、これ以上なく輝ける場所が、南アフリカにはある。

Sadie Family Wines(国内輸入元:Raffine)はスワートランド地区の南東部に位置する、リービーク山の山頂付近にある樹齢40年超の葡萄から、Pofadderという驚異的なワインを手がける。サンソーが秘めたエレガンスを緻密に引き出した、極上の一本だ。現在非常に入手が難しいワインとなっているが、探し出す価値は十分すぎるほど。

Leeu Passant(国内輸入元:BBR)はフランシュック地区に残る、植樹1932年の区画からLötter Cinsaultというキュヴェを、Wellington(ウェリントン)地区に残る、植樹1902年の超古樹(登録上は南アフリカ最古とされる黒葡萄の畑)からは、Basson Cinsaultというキュヴェを手がけている。共にSadieのPoffaderと並び、サンソー単一品種のワインとしては世界の頂点に君臨する偉大な超傑作。残念ながら日本国内では見かけないキュヴェだが、将来的な輸入を期待したいところ。

Rall(国内輸入元:Raffine)は、スワートランド地区ダーリング地区に残る2区画の古樹サンソーから、SadieやLeeu Passantとは大きく異なる個性を伴った、極めてコンテンポラリーなワインを手がけている。セミカーボニック発酵の影響もあり、明るく弾けるような果実感と開放的なアロマが心地良く表現されている一方で、古樹らしい緻密なミネラルのニュアンスも見事。価格も2021年ヴィンテージが国内価格5,000円(税抜)と、このワインの実力を考えればあり得ないほどリーズナブルに設定されているため、南アフリカ・サンソーのポテンシャルを体感する際には、真っ先に探してみても良いだろう。

長年脇役を務めてきた俳優が、年齢を重ねて円熟味を増した後、映画の主役に抜擢されるかのように、サンソーは高樹齢になると、ひた隠しにしてきた魅力を全放出し始める。若い段階でも厳しく収量制限をすれば同じことなのでは、と思うかも知れないが、その段階で無理な制限を行うと完熟させるのが難しくなるという、非常に気難しい部分がこの品種にはあるのだ。

南アフリカで、サンソーの舞台が整うのにかかる時間は、少なく見積もっても20年。

それまでは、数少ない古樹から造られた希少なワインを楽しんでいようと思う。

Grenache

南アフリカを訪れる機会がまたあれば、詳細検証対象の筆頭候補となるのがグルナッシュだ。サンソーと同様に高温・旱魃耐性が高く、今後の気候変動を見据えても理に適った葡萄(特に近年、南アフリカでは旱魃が深刻な問題となっている)でもある。パーカリゼーションの影響も受け重厚化した、一部のChâteauneuf-du-Papeの印象が強く、その主要品種たるグルナッシュもまた濃厚なワインを造る品種だと思われがちだが、実際はそのブレンドの中で重厚感という役割を担っているのはムールヴェドルの方。つまり、グルナッシュは(アルコール濃度は上がりやすいものの)本質的にはややエレガント寄りの品種である、ということになる。

そんなグルナッシュが単一品種としてもブレンドの主役級としても、南アフリカで輝きを見せ始めている。

まず、単一品種ワインとしての筆頭産地は、ピケニールスクルーフ小地区内陸側の高地という立地は、豊かな日照量と大きな寒暖差によって、濃厚な色調、高い熟度、そして強靭な酸をもたらす。まさに、山カベならぬ、山グルナッシュだ。古樹がかなり残っているのもあり、もう一歩ワインメイキングの洗練が進めば、ピケニールスクルーフが世界的なグルナッシュの聖地と見なされる日は、そう遠くないだろう。

Sadie Family Wines(国内輸入元:Raffine)は、ピケニールスクルーフのグルナッシュを世に知らしめたSoldaatという強烈なワインを手がける。標高700m近辺という高地にある非常に冷涼なポケットの畑で、植樹は1980年。アルコール濃度も13%代前半に収まることが多く、土壌が風化した砂岩系というのも相まって、まさに単一品種としてのエレガント系グルナッシュとしては、かのシャトー・ラヤスすら彷彿とさせるような偉大なワインだ。入手は困難だが、相対的に見れば日本国内価格10,000円(税抜)という価格は、非常に安価とすら言える。

Carel van Zyl(国内輸入元:無し)は、ピケニールスクルーフにある標高620m、植樹1973年の自根という素晴らしい畑からグルナッシュを手がける。Sadieとは対照的に、アルコール濃度14.5%付近と高めだが、それを全く感じさせないテクスチャーの軽やかさを宿している。畑と葡萄の個性がそのままワインに現れたかのような、緻密で多層的な味わいには驚かされる。

次に、ブレンドの主役級としてグルナッシュが大きなポテンシャルを宿しているのが、アフリカ大陸最南端のアガラス岬からほど近い場所に位置する、Malgas(マルガス)小地区

この秘境とすら言えるような場所にワイナリーを構えるSijnn(国内輸入元:Mottox)は、黒葡萄ではシラーにより注力してきたが、低収量になりがちという悩みを抱えた中、グルナッシュの栽培を始めたところ大成功の兆しが見えた。生粋のワインファンなら、「それもそのはず」と思わずにはいられないかも知れない。この畑には、丸石が敷き詰められるかのようにゴロゴロと転がっており、その姿はChâteauneuf-du-Papeの象徴的土壌であるGaletsと非常に良く似ている。Sijnn Redは現時点ではシラーがブレンドの約半分を占めているが、今後は徐々にグルナッシュ比率が上がり、いずれは主役となることが予測される。現地で樽試飲したグルナッシュは、若樹ながら、そう確信させるほどのポテンシャルをすでにハッキリと示していた。単一品種としてはリリースされたが(日本には未輸入)、この畑に植わる少量のポルトガル品種やスペイン品種とブレンドした方が、唯一無二の個性を形成できると推察される。Sijnnはワインメーカーであるシャルラ・ハースブルークの才も相まって、二段跳びの品質向上を続けている。今後も注視し続けるべき、スーパースター候補だ。

Tinta Barroca

非常に興味深いことに、南アフリカ各地に、ポルトガル系品種の古樹がかなり残っている。その中でも特段のポテンシャルが見えるのが、ティンタ・バロッカ。本章で紹介する葡萄品種の中では、飛び抜けてオルタナティヴ色の強い品種だが、筆者はこの旅の中で、極上のティンタ・バロッカに複数出会っている。

その素晴らしさが、特定のテロワールとティンタ・バロッカの相性からきているのか、古樹故のものなのか、ワインメーカーの力量がそうさせているのかを見極めるには、現時点では情報不足感が否めないが、少なくともその驚くべきポテンシャルは、今後南アフリカをリードする品種になる可能性すら垣間見せている。

Sadie Family Wines(国内輸入元:Raffine)が手がける壮麗なワイン群の中でも、最も地味で分かりにくいかも知れないワインこそが、スワートランド地区のティンタ・バロッカ(1974年植樹)から造られるTreinspoorというキュヴェだ。この地のティンタ・バロッカには、かなりネッビオーロに近しいと言える個性が立ち現れるようだ。重厚なアロマ、強靭な骨格、巨大なミネラルが印象的な大傑作ワインだが、若い段階ではとにかく硬い。真価を少しでも味わうためには、ヴィンテージから少なくとも5年は忘れておくべきだろう。

Bruce Jack Wines(国内輸入元:無し)は、内陸部の奥深くに位置する非公式エリアのOverberg Highlands(オーヴァーバーグ・ハイランズ)で、極上のティンタ・バロッカを手がける。よりボルドー的性質が立ち現れた驚くべきワインで、南アフリカの底知れない奥深さを感じずにはいられない。

ティンタ・バロッカのような(国際的には)マイナーな品種が、本当にリーディング品種になれるのか。それは、今後のワイン市場が、どれだけフランス品種至上主義から離れられるかにかかっているだろう。まずは、ポルトガル自体がもっと世界的に認められれば、その先に南アフリカのティンタ・バロッカが真に魅力的なものとなる機会が訪れるに違いない。少なくとも、フランス偏重の在り方を憂いている身としては、そうなって欲しいと、ただただ願うばかりだ。

未来予想図

南アフリカが、ボルドー品種、ブルゴーニュ品種、シラー、シュナン・ブランに優れた国なのは間違いない。しかし、シュナン・ブランというややオルタナティブな葡萄があるとはいえ、似たような国は十分にある。南アフリカがリードするサスティナビリティへの取り組みに、他国が追いついてくるのも時間の問題だ。

その時に、南アフリカが今のままだったら、せっかくのアドヴァンテージも消失しかねないだろう。

だからこそ、思い描いてみよう。

南アフリカは、シュナン・ブラン、サンソー、グルナッシュ・ノワール、グルナッシュ・ブラン、ヴィオニエ、ティンタ・バロッカが躍動する世界でも極めてユニークなワイン産出国で、固有品種のピノタージュはヴァリエーションに富み、他の有名フランス系国際品種も当然のように抜群に美味い。

そうなった未来の方がずっと素敵だと思うのは、私だけだろうか。