2023年1月15日22 分

未来からの預かりもの <南アフリカ特集:第4章>

最終更新: 2023年1月16日

南アフリカ滞在中、一人の見知らぬ若い女性から、苦言を受けた。

それは、お土産調達を兼ねた、ちょっとした現地リサーチ中のこと。スーパーマーケットのレジで、レジ袋がいるかと問われた私は、ちょうどタイミング悪く背負っていたリュックが一杯だったのもあり、Yes Pleaseと答えた。

その瞬間、おそらく20歳前後と思われるその女性の表情が急に曇り、かなり強い口調で、「私はこれ(レジ袋)が大嫌い!これは世界を破壊してる!たくさんの命を奪っている!」と主張してきた。

人間は、レジ袋よりももっと悪いことをたくさんしているよ。と大人げない反論をするような気ももちろん起こらず、私はむしろ、ただただ感心していた。

日本では決してありえない状況に、自身が置かれていることへの驚き。

サスティナビリティへの意識が、南アフリカではこのレベルまで高まっていることへの驚き。

なんとも不機嫌そうにルイボスティーをレジ袋に詰める女性を見つめる私はきっと、ずいぶんおかしな顔をしていただろう。

世界一のサスティナビリティ

南アフリカでは、ワイン用葡萄の約95%が、世界自然遺産である『ケープ植物区保護地域群Cape Floral Kingdom)』が数多く広がる、西ケープ州(Cape winelands)の中で育てられている。

Cape Floral Kingdomは、1947年に植物学者のロナルド・グッドが定めた世界六大植物区の中では最小だが、面積あたりの植物多様性は群を抜いて高い。確認された植物種は9,600種を超え、さらにその内約5,000種が固有種となっている。この数は、なんと北半球全域の植物種総数を優に上回っている。

フィンボスと現地で呼ばれるこれらの植物群(灌木群)は、西ケープ州の人々にとっては、自らのアイデンティティと融合した何よりも大切な財産であり、次世代へと確実に残さねばならない遺産でもある。

西ケープ州でワイン産業に関わる人たちにとってのサスティナビリティは、このフィンボスを守り抜くことと、同義なのだ。

類似した例は、世界各地にも僅かながら見られる。

例えば、世界遺産であるフランス・ボルドーのサン=テミリオンは、突出してオーガニック比率が高いエリアであり続けてきたし、イタリア・トスカーナ州のサン・ジミニャーノ(同じく世界遺産)も、オーガニック栽培がスタンダードと言って差し支えない。

それが、南アフリカの場合は、自国のワイン産業全体をカヴァーするような規模で行われているのだ。

Integrated Production of Wine(IPW)は、1998年にスタートした、南アフリカワイン産業で最も重要なサスティナブル・ガイドライン

ガイドラインが含む主な項目は以下の通り。

・労働者の健康と安全を守ること。

・化学合成農薬の使用を最低限に留めること。

・害虫に対する自然の捕食者を畑に導入すること。

・生態系の多様性を保護すること。

・ワイン生産に使用された水を浄化すること。

・各ワイナリーが3年ごとにIPWによる調査を受け、認定を更新すること。

定期的に精査され、厳格化されてきたこのガイドラインは、なんと南アフリカワイン全体の約95%という驚異的な参画率を誇る。南アフリカが、世界一のサスティナブルワイン産出国と賞賛される理由が、まさにこれだ。

Cape Floral Kingdomとは関係のないエリアで産出される葡萄が、全体の5%ほどあることを鑑みると、Cape winelandsに限定すれば、実質的には100%に限りなく近いということになる。

葡萄を育てワインを造る、という人のエゴと、自然環境を守ることが、これほどまでに精妙なバランスで成立している国は、世界広しといえど、南アフリカしかない。

また、2010年から、Sustainable Wine South Africa(SWSA)がサスティナビリティを含んだ認定シールを導入。これは、世界で初の取り組みでもあった。

SWSAのシールが意味するものは4つ。

・ヴィンテージ、品種(最低85%)、原産地が正しく表記されている。

・そのワインはIPWのガイドラインに基づいたサスティナブルな手段で生産されている。

・そのワインは、葡萄樹から瓶詰めされたワインまで、全ての工程がトレース可能。

・そのワインは、100%南アフリカ産である。

このように、多角的かつ包括的な取り組みを国家規模で行う南アフリカが、世界のワイン産業におけるサスティナビリティのリーダーであることは間違いない。

サスティナブル≠オーガニック

サスティナビリティへの取り組みは、ワイン産業がもはや背を向けられないものとなった。人類による一方的な破壊を放棄し、調和と循環を取り戻していくことは、地球を未来のこどもたちから預かっている我々が、果たすべき義務でもある。自分の人生が豊かであればそれで良い、未来のことなんて自分には関係ない。そんな歪み切ったエゴが決して許されない程度には、環境破壊はすでに逼迫した状況にある

だから、例えどのような個人的思いがあったとしても、サスティナビリティは非難の対象にはなり得ない

その上で、あえて事実として書き記しておこう。

サスティナブルオーガニック

実際に現地訪問した際に、多数の造り手たちから、「オーガニックへの転換」に関する話を聞いた。これは、裏を返せば、彼らの多くがサスティナブルではあったものの、オーガニックではなかった、ということを意味していると同時に、彼らが「さらに先」へと進もうとしているということでもある。

現代的サスティナビリティはSDGsにも現れているように、非常に多角的なものであるが、オーガニックはより「農」にフォーカスが当てられたものとなる。

理想としては、サスティナビリティとオーガニックを両立することだが、これは一朝一夕で実現できるようなものでもない。

オーガニックやビオディナミの認証団体が、ヨーロッパに集中しているのも問題(認証を取得、更新するための費用が非常に高くなる)となっているため、その道のりは険しく思える。

南アフリカ国内に、独自のオーガニック/ビオディナミ認証団体ができる、もしくはIPWがそれらのガイドラインを新たに作成して認証体制を整える、といった動きが出れば話が違ってくるが、これも時間がかかることだ。

しかし、筆者が現地でテイスティングした数少ない正真正銘のオーガニックやビオディナミのワインは、確かなメッセージを発していた。

オーガニック化、ビオディナミ化の先には、さらなる品質向上の扉が待ち受けている、と。

難解なシラー

南アフリカ特集の序章ではブルゴーニュ品種に、第2章ではカベルネ・ソーヴィニヨンを中心としたボルドー系黒葡萄品種に、第3章及び3.5章では、シュナン・ブランに焦点を当て、各エリアのテロワールの違いや優劣の存在を探ったが、第4章ではシラーをテーマとする。

まず、筆者が現地で行った集中比較テイスティングの中でも、シラーは最も難解であった、ということを先に書いておこう。

先んじて検証対象とした品種はいずれも、醸造面で相当程度一貫性が見受けられたため、テロワールの違いを探りやすかったが、シラーはその点で大きく異なっていた。

検証を困難にした最たる要因は、全房発酵である。

そしてこの全房発酵は、テロワールとも、造り手自身のスタイル的選択とも関連している。

私はこの手の検証を行う際には、基本的に他者に助言を求めない。バイアスがかかるかも知れない情報を、可能な限り排除するためだ。

しかし、今回だけは違った。ある程度の仮説を自身で立てた上で、リチャード・カーショーMW(Richard Kershaw Wines)に、確認をとった。この複雑なパズルを自力で突破するには、時間が足りないと判断したからだ。

よって、以下に述べる見解は、南アフリカで最も深い見識をもつ醸造家と、私個人の意見を統合したものとしてお読みいただきたい。

まずはテロワールの中でも、気温に関連した部分は、全房発酵に大きな影響を及ぼす。全房発酵を行う際、不必要に「青い」味わいを引き出さないためには、梗がしっかりと熟すことが重要となるからだ。端的に言うと、温暖な地域では、糖と酸のバランスが取れた適熟のタイミングで、梗も熟していることが多い。そして、冷涼な地域で全房発酵を行うためにはある程度遅摘みにする必要が出てくるため、バランスとの兼ね合いという問題が生じる。つまり、温暖な地域では全房比率を上げやすく、冷涼な地域はその逆となる、ということだ。

そして、実際にはこの「前提条件」に、造り手自身のスタイル的選択が複雑に絡み合う。

例えば、100%全房発酵が容易にできるエリアであっても、造り手が50%を選択すれば、(収穫タイミングがほぼ同一であれば)最終的な味わいが大きく異なってしまうのだ。

もし、シラーから土壌組成などの違いも含めた細かいテロワールの差が明確に感じ取れるとしたら、それは同一の造り手、同一のエリア、同一のヴィンテージ、同一(もしくはほぼ同一)の全房比率という条件が全て揃っている場合にほぼ限られてしまう。

しかし、限定的とは言え、確かに土壌による違いも生じることもまた、疑いようが無いのだ。

ここまでの範囲が、我々がおおむね同意した見解となる。

さらに、リチャード・カーショーMWは、私がたてた仮説に対して、私自身が疑問を拭いきれなかった部分を見事に看破してみせた。

「確かに現時点での南アフリカのシラーに関して言えば、この見解はほぼ正しいと言える。しかし、例えば北ローヌのコート・ロティでもエルミタージュでも、全房100%の造り手もいれば、完全除梗する造り手もいる。そして、どのような選択をしていても、彼らのワインからはコート・ロティやエルミタージュの味がちゃんと感じ取れる。本質的には、全房比率とテロワールの関係性はそこまで強くない可能性もある。」

そう、まさにこの事実こそ、私が仮説に自信をもちきれなかった理由だ。

総括すると、スワートランドやステレンボッシュのシラーに、それぞれ明確な総体的個性が、全房比率の高低に関わらず今後形成されていく可能性は十分に残されており、現時点ではまだその段階に至っていないだけの可能性も高い、としておくのがフェアな見解かと思われる。

余談だが、ある程度の冷涼さ、もしくは昼夜の大きな寒暖差という条件はつくものの、シラーの好適地が、シュナン・ブランの好適地にもなり得る(その逆も然り)というのは、南アフリカによる素晴らしい発見だ。

では、各産地のより詳細な検証に入っていこう。

今回、シラーの好適地として取り上げる産地は以下の4つ。

・スワートランド

・ステレンボッシュ

・ボットリヴァー

・エルギン

順を追って解説していこう。

なお、これまでと同様に、なるべく産地と葡萄品種の関係性にフォーカスするため、本稿においても造り手に関する言及は最小限に留めさせていただく。詳細は国内輸入元のHPや、造り手のHP等でご確認いただきたい。

Swartland(スワートランド)

南アフリカのシラー好適地の中で、最も温暖で乾燥したエリアであるスワートランド。また、比較的若い「第一世代」の造り手が多く集結する地域というのも相まり、ワインに重厚感よりもフレッシュさを求める傾向が強い。それらの要素は、50~100%という高い全房比率にも繋がっている。

暑く乾燥している、と聞くと、オーストラリアのバロッサ・ヴァレー・シラーズ的性質が立ち現れてもおかしくないと思うかも知れないが、夏場でも夜がしっかりと冷え込むため、酸が十分に保持される。

全体的に、やや早摘みの傾向にあるのも、テロワールと造り手のスタイルが合わさった結果と言えるだろう。

基本的な性質としては、温暖地らしい明るくジューシーな果実感と、はっきりとした酸、同地のシュナン・ブランと同じく、硬く凝縮したミネラル感、そして全体的な全房比率の高さからくる、フレッシュでスパイシーな味わいが特徴と言える。

全房比率が高いほど、フレッシュ感とハーブ・スパイス感が共に強まり、より複雑な味わいになる、と考えておおむね差し支えないが、もちろん例外も存在するため注意が必要。

テロワールの個性、とほぼ断定できるようなワインも少なからず存在するが、現時点ではスタイルも含めた全体的な個性として捉えるのが無難だろう。

Swartlandの造り手たち

Porseleinberg(国内輸入元:Raffine)は、2009年に設立された若いワイナリーでありながら、ただ一つのワインだけを手がける徹底した潔さ、そしてそのワインの圧倒的クオリティでもって、スワートランドだけでなく、南アフリカを代表する偉大なシラーの名手となった。スワートランドの中でも、やや重厚感のある造りが特徴だが、きめ細かいタンニン、立体的な酸、堅牢なミネラル、そして100%全房発酵という選択からくる抜群のフレッシュ感と刺激的なスパイス風味の全てが、恐るべき完成度のトータルバランスへと繋がっている。単一のシラーとしては、コート・ロティ、エルミタージュの最高峰、ヘンチキやペンフォールズなどが手がけるオーストラリア・シラーズの最高傑作群とも肩を並べる領域のワインだが、相対的に見れば、まだまだ価格は安いとすら言える。将来的に南アフリカワインの地位がもっと上がれば、手が届かない価格にまで高騰する恐れは十分にある。要するに、善は急げ、ということだ。

Mullineux(国内輸入元:Mottox)は、シュナン・ブラン主体のOld Vines Whiteと同じく、赤ワインのSyrahもフラグシップと位置付けて、最優先でブレンドする。Syrahの全房比率はヴィンテージによって80~100%と変動させているが、一貫して高い比率となっている。緻密に設計された「総体としてのスワートランド・シラー」は、傑作と呼ぶに相応しく、そのヴァリューパフォーマンスは驚異的とすら言える。一方で、単一畑、単一の土壌を表現したSingle Terroirのレンジにも3種類のシラーがある。Graniteは最もフレッシュ感が強く華やか、Schistは最も頑強な長熟型、Ironは丸く開放的と、それぞれ明確に違いが立ち現れている。なお、このレンジのシラーは全て100%全房発酵となっている。個人的な嗜好でトップを挙げるとすれば、Granite。シラーの聖地たるコート・ロティでも、エレガントなワインを生み出す土壌で、同地のSchistとは対照的な性質をもつ。

Rall Wines(国内輸入元:Raffine)のドノヴァン・ラールは、三段跳びで進化し続ける異才。ベーシックのSyrahでは50%、同じくベーシックラインとなるブレンドのRed(シラー70%)では100%とキュヴェによって全房比率を大きく変動させているが、真打はトップ・キュヴェのAVA Syrah。シラーらしい繊細なヴァイオレットの香り、フィンボス的な野生味溢れるスパイス感、凝縮した果実味が100%の全房で全方位に開放されるようなダイナミックな味わいが、三次元的コントラストを形成する大傑作ワイン。現地で試飲した2021年ヴィンテージは、いよいよ名実共にドノヴァン・ラールが南アフリカのトップ・スターとなったことを実感させる、圧巻の出来栄え。

Tim HillockWolf and Woman(両生産者国内輸入元:無し)は、スワートランド期待の新人たち。共に全房比率は100%となっているが、軽やかでジューシー、程よいスパイス感が魅力的な新世代らしい仕上がりとなっている。すでに高品質なワインだが、今後ヴィンテージを重ねていけば、更なる洗練と、新しい表現を見出していってくれるだろう。継続的に注視していきたい。

Zamboni Wines(国内輸入元:無し)は、筆者が知る限り、世界最年少のワインメーカーが手がけるワインだ。マリヌー夫妻の愛息であるジェイズィー・マリヌーは、筆者がスワートランドで出会った2022年時点で、なんと13歳。つまり、私がテイスティングした2020年ヴィンテージ(初ヴィンテージは2019年)の時は、11歳だったということになる。両親のアドヴァイスがあるとは言え、畑仕事、収穫、醸造、ブレンド、マーケティング、販売まで基本的には自分自身で行なっている。シラー、グルナッシュ、サンソーを同比率でブレンドし、全て100%全房発酵。このようなワインが存在すること、そしてワイン造りに関わる全てを自分で行うことを条件に息子の挑戦を認めたマリヌー家の素敵過ぎる在り方にすっかり感動してしまい、ジャーナリストとしてのワイン評価を完全に怠ってしまったことは、どうかお許しいただきたい。ただ一言、美味しかった、とだけ添えておく。

Boekenhoutskloof(国内輸入元:マスダ)は、これまでに紹介したスワートランド・シラーとは対極的なワインを手がける。全房比率は50%と、この地の中では低めとなっており、果実の凝縮感も際立って高いが、銘醸の名に相応しい極上の完成度を誇る。若い世代のワインと比べた時のスタイル的な違いも興味深く、スワートランドに確かな多様性と奥深さを与えている。テイスティングする際は、若手の100%全房発酵系と並べることを強く推奨する。

Sadie Family Wines(国内輸入元:Raffine)は、スワートランドで複数のワインを造っているが、単一のシラーは手がけていない。その代わりに、シラーを40%ほどブレンドし、残りをムールヴェドル、グルナッシュ、カリニャン、サンソー、ティンタ・バロッカで構成した、Columellaという異次元のワインを造っている。驚異的な多層感、万華鏡的なカラフルさ、長大な余韻と、極まったエレガンスを纏ったColumellaは、南アフリカ産赤ワインの頂に座し、Cape Red Blendの最高傑作として、その名を世界中に轟かせている。

Stellenbosch(ステレンボッシュ)

ステレンボッシュ・シラーの総体的特徴を断定するのは、非常に難しい。好適地が数カ所に分散している上に、全房比率が30~100%と非常に幅広いからだ。

前章までに挙げてきたステレンボッシュ内にある小地区の中でも、Polkadraai Hills(ポルカドラーイ・ヒルズ)はシラーの最重要好適地と考えられるが、Bottelary(ボッテラリー)や非公式のBlaauwklippen Valley(ブラーウクリッペン・ヴァレー)などでも大変優れたワインが見受けられる。これらのエリアは冷涼地域に該当するが、Simonsberg-Stellenbosch(シモンスバーグ=ステレンボッシュ)Devon Valley(デヴォン・ヴァレー)では、より温暖な気候を活かしたタイプも散見される。

また、全房比率も冷涼エリアでは30~50%程度が標準(100%のケースも有り)となり、温暖エリアでは50~100%と跳ね上がる一方で、全房発酵なしというケースもある。

伝統的には冷涼気候品種であるシラーだが、オーストラリアやカリフォルニアのような温暖気候でも異なる個性を纏って成功してきた歴史がある。そのような「シラーの縮図」がステレンボッシュ地区の中だけで網羅されているのは、非常に興味深い。

冷涼地域の場合、ある程度抑制された果実感と繊細なアロマがテロワール的個性のベースとはなるが、収穫時期や全房比率によって大きく変動する。特に、冷涼地域で100%全房発酵というケースは、やや例外的ではあるものの、振れ幅が非常に大きくなる要因となっている。

温暖地域の場合、その性質はよりスワートランド的になるとも言えなくはないが、実際には早摘みと高い全房比率の組み合わせによって、濃密さよりもフレッシュ感が優先されたものも多い

まさに変数だらけのステレンボッシュ・シラー。包括的な理解は容易ではないが、他産地では決して見られない、驚くべき多様性を楽しむべき産地であると、筆者はポジティヴに捉えている。

Stellenboschの造り手たち

Savage Wines(国内輸入元:Raffine)のダンカン・サヴェージは、あらゆる品種から魅力的なワインを生み出す特別な才の持ち主だが、彼の真価はシラーにこそ立ち現れていると、個人的には感じている。2017年からシラー100%になったSavage Redは、ポルカドラーイ・ヒルズにほど近い高標高エリアで、彼自身がオーガニック農法で育てた葡萄を使用したワイン。全房比率は50%。濃密で有りながらも軽やかで、緻密なミネラルと快活な酸が素晴らしい、冷涼地シラーの魅力が十全に詰まった大傑作ワイン。価格を考えれば、南アフリカでもトップを争うほどの、ヴァリューパフォーマンスに優れた一本だ。生産量が少ないキュヴェも多いSavageにあって、10,000本オーヴァーと入手もしやすい。南アフリカ・シラーを知る上で、避けては通れないワインと言えるだろう。

Reyneke(国内輸入元:マスダ)のBiodynamic Syrahも、日本国内販売価格3,000円代と、反則的なヴァリューパフォマンスを誇る一本。葡萄畑はポルカドラーイ・ヒルズにあり、冷涼地らしく全房比率は30%と控えめになっている。抑制の効いた丸くソフトな果実感の中で、ビオディナミらしいエネルギーが躍動する傑作ワイン。さらに上級のキュヴェとなるReserve Redは、明確な長期熟成型となっているため、早飲みは厳禁。その驚くべき奥深さと集中力の全容を知るには、少なくとも5年は待つ忍耐が必要だ。

Carinus(国内輸入元:無し)は、ポルカドラーイ・ヒルズのシラーを、30%全房発酵で仕上げる。新樽を一切使用しないこともあり、全体的にさらっとした、ポジティヴな意味で淡白な味わいが魅力。冷涼産地の冷涼感を存分に活かした、素直で正直にワインには、大変好感がもてる。

Boschkloof(国内輸入元:マスダ)のワインメーカーが、ワイナリー内のサイド・プロジェクト的にやや実験的なワイン造りをおこなっているSons of Sugarland、そしてVan Loggerenberg(国内輸入元:Raffine)は、冷涼なポルカドラーイ・ヒルズのシラーを、全房100%で醸すというチャレンジをしている。一歩間違えればピーマン、というぎりぎりのハーブ感が絶妙で、強力にブーストされたフレッシュな果実味と、究極的なドリンカビリティが魅力。テロワールというよりも、スタイルのワインと呼ぶべきだが、熟練のワインメーカーによって、確かな高品質が担保されている。

Keermont(国内輸入元:マスダ)は、ブラーウクリッペン・ヴァレーがシラーの素晴らしい好適地であることを確信させる、見事なワインを手がけている。スタンダードのSyrahも十分に素晴らしいが、偉大なテロワールが本領を発揮しているのはトップキュヴェの2種。Steepside Syrahは日当たりの良い区画の葡萄を使用し、濃密さと軽やかさが共存したワインに、Topside Syrahは冷涼なポケットとなり、岩の多い土壌も相まってか、非常にミネラリーな酒質と、より洗練された酸の表現が素晴らしい。共に甲乙つけ難い大傑作だが、個人的にはTopsideのエレガンスに心惹かれる。

Craven(国内輸入元:Raffine)はより温暖デヴォン・ヴァレーからシラーを調達し、100%全房発酵で仕立てているが、アルコール濃度を見る限り、かなりの早摘みでもあることが予測される。結果的に、温暖地域らしさというよりも、先述したSons of SugarlandVan Loggerenbergと同様の、としたドリンカビリティにその魅力が集約している。

Muratie Wine Estate(国内輸入元:無し)は、シモンスバーグ=ステレンボッシュにある1977年植樹という古樹の葡萄を、全房発酵比率は不明(おそらくかなり低いかゼロ)だが、新樽100%で仕立てたRonnie Melck Syrah Family Selectionというキュヴェを造っている。その酒質はパワフルそのもので、黒オリーヴ、黒胡椒やベーコンといったワイルドで力強い風味に満ちている。やや前時代的な造りとも言えるが、このようなワインがあることもまた、ステレンボッシュならではの多様性なのだ。

Botriver(ボットリヴァー)

海からは近いが標高が低いため、冷涼寄りの中庸気候となるボットリヴァーでも、シラーが確かなポテンシャルを見せている。基本的な性質としてはステレンボッシュの冷涼エリアに近しいものがあるが、より穏やかで凹凸が少ない滑らかな味わいとなる。同地のシュナン・ブランと同じく、シラーも中庸的性質が個性とも言えるが、そのフラットさが、土壌組成の違いを鮮明に引き出すというアドヴァンテージへとつながっている。

ボッケフェルト頁岩の土壌では、ステレンボッシュの冷涼地区に非常に似た性質となる一方で、砂岩土壌では強烈な凝縮感が宿る。

全房比率は40~60%近辺が標準だが、100%にチャレンジしている例もある。

Botriverの造り手たち

Gabriëslkloof(国内輸入元:Raffine)のピーター=アラン・フィンレイソンは、4種のシラーを手がけるほど、ボットリヴァーのシラーに強い情熱を注いでいる。スタンダードのSyrahも十分に素晴らしく、ヴァリューパフォーマンスの高さも抜群だが、上級キュヴェにあたるLandscape Seriesでは、2種の全く異なるシラーを造っている。Syrah on Shaleはボッケフェルト頁岩の畑から造られ、全房比率は50%前後。2020年ヴィンテージの例では、アルコール濃度が14.23%となっており、赤系果実とヴァイオレットのアロマ、色とりどりの椒やアニスの風味が漂い、アルコール濃度と反するような、軽快なボディ感が特徴的。一方で、Syrah on Sandstoneは、2020年ヴィンテージがアルコール濃度14.61%と、Syrah on Shaleと比べてやや高い数値となっている。黒系果実と白胡椒のアロマ、黒オリーヴ、そしてチョコレートと、濃醇な風味が支配的で、タンニンのグリップもかなり強い長期熟成型。全房比率は40%と、少し低めの選択をしている。ピーター=アラン・フィンレイソンがテロワールごとに施すアレンジの妙には、唸らされるばかりだ。また、Whole Bunch Syrahという全房100%の実験的なキュヴェも造っている。こちらはカルボニック・マセレーションの影響もあり、ドリンカビリティに長けたカジュアル味。明るくパーティー好きなピーター=アランの性格が現れたかのような、楽しいワインだ。

Luddite(国内輸入元:無し)は、Shirazという表記を用いている様に、オールドワールド的というよりも、古典的なオーストラリア・シラーズ(ビッグワイン的では無い)の雰囲気が漂うワインを手がけている。ニールス・フェルブルグらしいナチュラルなアプローチは、アルコール濃度15%前後というパワー型のワインから、不要な重さを見事に消し去っている。全房比率は40%前後で、絶妙なフレッシュ感をもたらしている。ワインメーカーとしての確かな経験と明確なヴィジョンが反映された、傑作ワインだ。

Elgin(エルギン)

南アフリカで最も冷涼な地区であるエルギンは、ブルゴーニュ品種が最高のポテンシャルを発揮する場所ではあるが、シラーもまた興味深い。エルギンの気候をシラーにとっては寒すぎると捉えるか、限界ギリギリと捉えるかは人それぞれだと思うが、私は後者にあたる。その冷涼さ故に、標準的な全房比率は15~25%と、南アフリカのシラー好適地としては最も低い水準になる。しかし、なかなか梗までは熟さなかったとしても、(冷涼なため)糖度の上昇が遅いという特性は、適熟のタイミングでポリフェノール類がしっかりと熟していることにも繋がるため、青さは全くといって良いほど感じられず、細身のボディであっても、ミッドパレットが非常に充実している。また、その強い抑制感故に、土壌の違いも現れやすい

エルギンではまだまだシラーはマイナー品種だが、ある意味で非常にニューワールドらしくないその性質は、他にはない突出した個性と、大きな発展の可能性を秘めている。

Elginの造り手たち

Richard Kershaw Wines(国内輸入元:Mottox)を率いるリチャード・カーショーMWの助言なくして、私はシラーをテーマとした本章を、この深度で書き上げることはできなかっただろう。改めて、心からの感謝を伝えたい。Cape Wineの展示会場でも、Deconstructedシリーズのシラーからは、多くの学びを得ることができた。SH9cというクローンを用いた2種のワインは、ボッケフェルト頁岩のGroenland Syarhでは、丸いテクスチャーと、深みのあるブルーベリー的果実味が立ち現れ、カルトレフ土壌(風化した花崗岩、石英、小石の混合土壌)のLake District Syrahでは明るい果実感と開放的なアロマ、緻密なミネラルが特徴となっていた。さらに、同じLake DistrictでSH22という異なるクローンを使用したキュヴェには、黒系果実のアロマと、より高い凝縮感が宿っていた。全房比率は全て20%となっている。この様な精緻な違いを宿したワインを立て続けにテイスティングすると、いかにワインという世界が奥深いかを、改めて実感させられる。

Iona Solace(国内輸入元:無し)は、エルギンで非常に優れたブルゴーニュ品種を手がける造り手だが、シラーもまた素晴らしい。2020年ヴィンテージの全房比率は11%と低く、冷涼地らしい極めて端正な酒質に仕上がっている。赤系果実とヴァイオレット、ほのかなペッパーのアロマが鼻腔をくすぐる。また、ビオディナミ農法を実践しているワイナリーでもあり、細身の体躯には、活発なエネルギーが詰まっている

世界における立ち位置

フランス・北ローヌ地方、オーストラリアのバロッサ・ヴァレーやマクラーレン・ヴェイルは、シラーの世界的銘醸地として長きに渡って君臨してきた。その二強に割って入るポジション争いが、イタリア・トスカーナ州、アメリカのカリフォルニア州とワシントン州、ニュージーランド、チリ、そして南アフリカの間で繰り広げられてきたが、平均的な質の高さと個性のヴァリエーションにおいて、南アフリカはセカンドグループの筆頭的立ち位置にあると断言できる。後は価格がそのクオリティに追いつくだけだが、一ワインファンとしては、せめてもうしばらくの間は、家計に優しい出費で、世界有数のクオリティを楽しんでいたいと思うところだ。

そう、この様な記事を書いておきながら、心の奥底には「世界のワインファンよ、南アシラーの凄さに、どうか気づかないでくれ!」と叫んでいる自分がいるのだ。

最終章となる次章では、本特集ではまだ触れてこなかった、様々なオルタナティヴ品種に関して検証していく。