2022年12月22日22 分

共に歩み、共に得る <南アフリカ特集:第3.5章>

最終更新: 2022年12月23日

一人で叶えられることは、とても限られている。

人がどれだけ孤独という人生のスパイスを好んだとしても、真の孤独が奇跡的な確率でのみ生みだすことができるのは、永遠に語り継がれる様な至極の芸術作品しか無い。

人はその真理を理解しているからこそ、手を取り合う。

そして、共に歩み、共に得ようとする。

南アフリカのワインが、驚異的なスピードで世界のトップ層へと躍進した理由は、恵まれたテロワールの存在だけでは無い。

そこには人がいて、人と人の繋がりがあった。

成功も失敗も共有し、共に学び、鼓舞しあい、切磋琢磨する。

南アフリカで見た無数の「繋がり」こそが、躍動の原動力なのだ。

生産者団体

ワインの世界には、様々な生産者団体がある。中には、ドイツのV.D.Pのように、国のワイン法すら変えてしまうほどの絶大な影響力をもつ団体や、Renaissance des Appellationsのように、国境を越えたビオディナミ生産者の団体もあるし、カリフォルニアのI.P.O.Bのように、志半ばで空中分解してしまった団体もある。

規模の大小や性質の違いはあれども、ほとんどの団体は、何かしらの共通した目的のために利害関係が一致し、結成されている。

南アフリカの生産者団体も、その点においては同様であるが、仲間意識の強さや行動力において、この国の「チーム力」には目を見張るものがある。

本章では、その中でも特筆すべき活動を行う生産者団体を4つ紹介しよう。

Cape Winemakers Guild

南アフリカを代表する42名(2022年時点)のトップワインメーカーたちが名を連ねるCape Winemakers Guild(C.W.G)は、南アフリカに数ある生産者団体の中でも、最も重要と言える存在だ。ギルドメンバーは、完全招待制となっており、「5年以上突出した品質のワインを造り続けている」という条件も課されている。また、年に一度のオークション等を通じて、様々な慈善活動を積極的に行なっている。このように、技術の研鑽だけにとどまらず、ワイン造りを社会貢献へと繋げるC.W.Gの活動は、世界各地の団体が見習って然るべきものだ。

C.W.Gに名を連ねる、本特集にも登場した(及び次章以降に登場予定の)ワインメーカーたちは以下の通り。(リスティングは、C.W.GのHPに記載された順)

Morné Vrey, Delaire Graff Estate

Abrie Beeslaar, Kanonkop

Alex Starey, Keermont Vineyards

Marc Kent, Boekenhoutskloof Winery

Kevin Grant, Atraxia Wines

David Trafford, De Trafford/Sijnn

Sebastian Beaumont, Beaumont Family Wines

David Finlayson, Edgebaston

Niels Verburg, Luddite Wines

Duncan Savage, Savage Wines

Adi Badenhorst, AA Badenhorst Family Wines

Bruwer Raats, Raats Family Wines

Andrea Mullineux, Mullineux / Leeu Passant

Peter-Allan Finlayson, Crystallum wines / Gabrielskloof

Samantha O’Keefe, Lismore Estate Vineyards

David Sadie, David & Nadia Wines

Richard Kershaw MW, Kershaw Wines

Donovan Rall, Rall Wines

Premium Independent Wineries of South Africa

通称でPIWOSA(ピーウォーサ)と呼ばれるこの生産者団体は、「南アフリカのプレミアムワインを世界に発信する」という明確な目的意識の元に集まっている。また、Independentとあるように、家族経営であるということも条件となっている。参加する12のワイナリーも、Premiumの名に恥じない実力者が集結し、高品質ワインのアピールに限らず、ワイン産業における多角的なサスティナビリティーの推進にも尽力している。

the Zoo Cru

現在最もアクティヴで「派手な」活動を繰り広げているのが、the Zoo Cru。Cape Wine会場内でも、一際目立つ「ディスコ&ヒッピー風ブース」を設営し、14のワイナリーメンバー全員が、ド派手なファッションに身を包んでいた。一見すると、「やんちゃな若者たちの集まり」と思うかも知れないが、メンバーには、クリス・アルヘイト、ダンカン・サヴェージ、ピーター・アラン・フィンレイソンを始めとした、コンテンポラリーな南アフリカワインを強力に牽引する面々が揃う。高品質かつ現代的なワイン造りだけでなく、ワインの楽しさをも全身全霊で伝える、最高にクールなチームだ。余談だが、Cape Wine後に筆者も参加したthe Zoo Cruのパーティーは、完全なディスコと化していた。招待状に書かれたドレスコードは「踊れる靴」。連日のテイスティングで疲れ果てた心身に、the Zoo Cruのメンバーによるクリーン・ナチュラルなワインは、最高に染み渡ったものだ。パーティーでは、非常に保守的なカナダのチーム、ボルドー在住の中国人MW、スペイン出身のMS候補生といったなんとも「お堅い」面々を相手に、筆者がナチュラルなワインの魅力を熱弁するという、珍妙なシチュエーションが発生したが、こういった「場」をクリエイトするのもまた、the Zoo Cruの重要な役割なのだろう。

Cape Site Specific

the Zoo Cruとは対極の、なんとも生真面目な雰囲気が漂う生産者団体がCape Site SpecificC.S.P)。この団体の目的は、テロワールの究極的探求と表現、にある。C.S.Pの名の下にリリースされるワインは、単一畑(6ha以下)、単一品種100%自社畑(買い葡萄の場合は単一農家)、単一小地区という規定を守る必要がある。特に単一小地区(厳密に言うと、その畑が位置するエリアが該当する「最小の」原産地呼称)という部分はかなり厳しく、これはつまり、StellenboschのBanghoek小地区からワインが造られた場合は、必ずBanghoekの方を表記し、より有名なStellenboschのカテゴリーとしてワインを出さない、ということを意味する。まだまだ小地区の認知度が低い南アフリカでは、かなり先進的な取り組みであり、相応のビジネス的リスクも考えられるため、C.S.Pの決意が並々ならぬものであることが伺い知れる。

シュナン・ブラン銘醸エリア

以降は、第3.0章に引き続き、南アフリカ・シュナン・ブランの詳細に迫っていく。特筆すべきシュナン・ブランの産地として、第3.0章にてピックアップしたのは、以下の通り。本章では、Stellenbosch地区以下4産地について述べていく。

・Swartland地区

・Stellenbosch地区

・Citrusdal Mountain地区

Walker Bay地区内のBotriver小地区

・Breedekloof地区

なお、これまでと同様に、なるべく産地と葡萄品種の関係性にフォーカスするため、本稿においても造り手に関する言及は最小限に留めさせていただく。詳細は国内輸入元のHPや、造り手のHP等でご確認いただきたい。

Stellenbosch(ステレンボッシュ)

序章、第2章では、ステレンボッシュにある8つの小地区(Wards)からPapegaaiberg(パプガーイベルグ)、Vlottenburg(フュロッテンブルグ)を外した上で、非公式エリアのBlaauwklippen Valley(ブラーウクリッペン・ヴァレー)を加えた7小地区をベースに論じてきたが、本章ではもう一つの非公式エリアであるFalse Bay Coast(フォルス・ベイ・コースト)も加えた8小地区として考えていく。アルファベット順に列挙すると以下の通りとなる。

・Banghoek(バンフック)

・Blaauwklippen Valley(ブラーウクリッペン・ヴァレー)非公式

・Bottelary(ボッテラリー)

・Devon Valley(デヴォン・ヴァレー)

・False Bay Coast(フォルス・ベイ・コースト)非公式

・Jonkershoek Valley(ヨンカーシュック・ヴァレー)

・Polkadraai Hills(ポルカドラーイ・ヒルズ)

・Simonsberg-Stellenbosch(シモンスバーグ=ステレンボッシュ)

これら8エリアの中で、シュナン・ブランにとって最重要小地区となるのが、ポルカドラーイ・ヒルズ。そして、やや限定的ではあるものの、ブラーウクリッペン・ヴァレー、ヨンカーシュック・ヴァレー、ボッテラリー、フォルス・ベイ・コーストにも素晴らしいワインがある。ステレンボッシュにおいては、明確に冷涼なエリアがシュナン・ブランの適地となっており、上記の5エリアも全てそのケースに該当する。

これらの小地区間にも微妙な違いが確かに認められるが、ステレンボッシュのシュナン・ブランにおいては、総体としての特徴の方が遥かに重要だ。

その特徴を簡潔に言い表すと、『柔らかくフルーティーでシューシーな外殻の果実感と、強固なミネラル、鋭角な酸によって構成された硬いコアのコントラスト』となる。

テイスティングでは、ボッテラリーは最も果実感が強い、ブラーウクリッペン・ヴァレーは最も柔らかい、ヨンカーシュック・ヴァレーは最も大柄でミネラルも強い、フォルス・ベイ・コーストは最も引き締まったテクスチャー、そしてポルカドラーイ・ヒルズは最もトータルバランスに優れていると感じたが、シュナン・ブランの場合は新樽の塩梅も最終的な酒質にかなり大きな影響を与える(ステレンボッシュでは造り手によってそのヴァリエーションも大きい)ため、テロワールを狭義で断定できるほど、変数を除外しきれない。また、それぞれ起伏が大きいエリアでもあるため、(緯度や海からの距離などの)立地条件に加えて、畑単位の標高も重要な要素として入ってくる。やはり、完全な一般化はかなり難しく、典型例に当てはまらないワインが多々存在する、とするのが、現時点では妥当な判断だと思われる。

Swartlandとの違い

第3.0章において、スワートランド・シュナン・ブランの総体的特徴はその「硬さ」にあると述べたが、ステレンボッシュの総体的特徴である「外が柔らかく、中が硬い」と比較すると非常に興味深い側面が見えてくる。

というのも、温暖なエリアの方が「柔らかい果実感」は出る、というのがワインにおける基本的なセオリー(調整手段は多々あるが)だからだ。スワートランドの平均気温は17.5度前後、ステレンボッシュは16.2度前後であるため、通常なら両産地の総体的特徴は、スワートランドが柔らかく、ステレンボッシュが硬く、となっていそうなものだ。

しかし、実際には逆転現象が起こっている。そして、その理由として最も可能性が高いのは、降雨量の差灌漑の有無が考えられる。

ステレンボッシュの平均的な年間降雨量は780mm前後であるのに対し、スワートランドは500mmを下回ることも多い。しかも、スワートランドはその気候にも関わらず、無灌漑の畑がそれなりに多い。これらの条件下では、根はより地中深くへと水を求めて伸びる。そしてその結果として、平均気温による熟度の差以上に、葡萄樹の水分ストレスによって低収量となった葡萄に、「硬さ」の元となる強いミネラルが極めて凝縮された形で宿っているのでは無いだろうか。この辺りは、現代科学では否定されがちな部分ではあるが、ミネラル云々は横に置いたとしても、テロワールが自然にもたらす低収量と凝縮感が、最終的なテクスチャーの差として現出している可能性はかなり高いだろう。

一つ注意しておくべきなのは、これらの違いは、ピノ・ノワールやグルナッシュなどであれば「優劣」とも繋がりやすいものだが、シュナン・ブランにおいてはあくまでも「個性の違い」と捉えた方がフェアであるという点だ。

Stellenboschの造り手たち

Sadie Family Wines(国内輸入元:Raffine)のイーベン・サディは、ステレンボッシュのヨンカーシュック・ヴァレーにある、植樹1920年代という南アフリカ最古のシュナン・ブランから、Mev. Kirstenという異次元のワインを造っている。ヨンカーシュック自体は、どちらかというとカベルネ・ソーヴィニヨンが優れた小地区だが、このワインが存在する以上は、(やや例外的とは言え)シュナン・ブランの適地として含めないわけにはいかない。ステレンボッシュ・シュナン・ブランの典型例とも言える、外交的で柔らかいアタックの果実味とコントラストを成す、緻密で硬いミネラルのコアという構成だが、花崗岩土壌のシュナン・ブランらしい特徴(詳しくは第3.0章にて)も強烈に立ち現れている上に、あらゆる要素が究極まで洗練されているため、他の追従を許さない圧倒的な品質領域に達している。単一のシュナン・ブランとしては、間違いなく南アフリカの三傑に入るワインだ。

Reyneke(国内輸入元:マスダ)は、ポルカドラーイ・ヒルズにシュナン・ブランの畑をもつ。柔らかいステンボッシュらしさや、煌びやかな花崗岩土壌の特性も良く出ていて、このワインもまた極めて優れた典型例と言えるが、それ以上にビオディナミが強力に効いていて、中心部から外縁へと放出されるエネルギー感に圧倒される。植樹も1974~76年と古く、好適地、ビオディナミ、ハイレベルな造り手という要素も存分に詰まった、大傑作ワイン。南アフリカでビオディナミ農法を導入するワイナリーは決して多くないが、やはりこの農法はより「限界気候」に近い条件の場所ほど、その真価を発揮するのでは無いだろうか。スワートランドのトップ・シュナンとは性質が異なるが、このワインもまた、南アフリカを代表するシュナン・ブランと評しても良いだろう。

Raats(国内輸入元:マスダ)は、ポルカドラーイ・ヒルズで、ロワール品種に特化したワイン造りを行う素晴らしいワイナリー。そのカベルネ・フランに関しては、第2章でも紹介したが、シュナン・ブランのクオリティーも尋常ではない。樹齢55年と45年の畑から造られるOld Vine Chenin Blancは、ステレンボッシュらしさと、ポルカドラーイならではのバランス感が共存した傑作ワイン。コスト・パフォーマンスの高さも抜群だ。さらに、8,000本/haという高密植を行った区画のEden Chenin Blancは、強烈に凝縮した味わいが、凄まじい集中力によって寸分の乱れもみせない、驚異的なワイン。極端ではあるが、これもまた極上の大傑作ワインだ。

Carinus(国内輸入元:無し)は、スワートランドとステレンボッシュからシュナン・ブランを造っているため、両地区の個性を知るにはうってつけのワイナリー。やはり、スワートランドは硬く、ステレンボッシュは柔らかいという大まかな特徴通りの違いで、ポルカドラーイ・ヒルズのシュナン・ブランは、柔和なテクスチャーと集中力の高い味わいが非常に魅力的。ワイン造りを担うダニーとフーゴは、どこか似ていると思っていたが、従兄弟同士だそうだ。新世代らしくとした酒質も大変好印象。テロワール・ワインでありながら、ドリンカビリティにも優れたこのようなワインが、今後の南アフリカを引っ張っていく可能性は十分にある。

Craven(国内輸入元:Raffine)も、ポルカドラーイ・ヒルズのシュナン・ブランを調達する造り手。彼らしいナチュラル・タッチはこの葡萄でも抜群に発揮されていて、その圧倒的なドリンカビリティは、突き抜けた領域にある。さらに、海から8km程度という立地を考えれば、この地のシュナン・ブランにもっとはっきりと出ていてもおかしくないはずの「塩味」が、彼のワインにははっきりと宿っているのも興味深い。

Keermont(国内輸入元:マスダ)は、非公式小地区であるブラーウクリッペン・ヴァレーを代表する、オーガニック生産者。1971年に植樹された古木のシュナン・ブランは、ブラーウクリッペン川沿いの畑にあり、そのままRiverside Chenin Blancという最高傑作を生み出す葡萄となる。この畑の土壌が砂と鉄分の多い赤土の粘土となっているからか、ステレンボッシュ・シュナン・ブランの中でも、熟れた果実感と角の取れた酸という、スワートランドの同土壌ともよく似た特徴が立ち現れている。やはり、この品種における土壌の影響はかなり強いことが推察されるが、ステレンボッシュらしい柔和なテクスチャーも確かな存在感を放っている。個人的には、南アフリカでもTOP5には入る、偉大なシュナン・ブランだ。

Kaapzicht(国内輸入元:無し)は、ボッテラリーにシュナン・ブランの畑をもつワイナリー。スタンダードのChenin Blancや、1982年植樹の葡萄から造られるKliprugも十分に素晴らしく、ボッテラリーにおけるシュナン・ブランの特徴と推察される、豊かな果実感とザラついた質感のミネラルが明朗に表現されているが、真打はThe 1947というキュヴェ。ワイン名の通り、植樹は1947年であり、このブロックは南アフリカで二番目に古いシュナン・ブランの区画となる。その凝縮感は凄まじく、ピーチやネクタリンを思わせる甘美な果実感は、無限の陶酔感をもたらす。日本ではまだ知られていないが、Kaapzichtの非常に高い実力を十分に窺わせる、素晴らしい傑作ワインだ。

Alheit Vineyards(国内輸入元:Raffine)を率いるクリス・アルヘイトは、南アフリカ屈指のシュナン・ブラン・スペシャリストとして知られる。「白ワインの魔術師」などという古めかしい表現を南アフリカに当てはめるなら、彼を置いて他にはいないだろう。アルヘイトは、スワートランド、ステレンボッシュ、フランシュック、そして後述するスカーフバーグと広範囲にまたがりつつ、古樹に強いフォーカスをあてて葡萄を得るという、イーベン・サディとも似たスタイルのワイナリーでもある。彼がステレンボッシュの単一畑シュナン・ブランであるNautical Dawnを造る畑は、フォルス・ベイ・コーストの「シナイ」という丘にあり、海からの距離が僅か4km、そして花崗岩土壌のポケットという極めて特殊なテロワールを宿す。際立った冷涼さと、強い海風の影響を受け、このワインには、全体としては「柔らかい」特徴のステレンボッシュ・シュナン・ブランにあって、異質なほどタイトなテクスチャーと、見逃しようのない「塩味」を宿す。フォルス・ベイ・コーストと呼べるエリアはかなり広いため、この地が全体としてシュナン・ブランの好適地と断定するのは難しいが、この様な飛び抜けたワインがある以上は、例外的とは言えそのグループに含めるべきだろう。

Citrusdal Mountain(シトラスダル・マウンテン)

スワートランドやステレンボッシュに比べると知名度は格段に落ちるが、シトラスダル・マウンテン地区、そしてピケニールスクルーフ小地区非公式のスカーフバーグ・エリアを含むOlifants River地域は、シュナン・ブランの作付面積が、南アフリカの第二位(全体の約16%)と、かなりのスケール感がある。

しかし、Olifants River地域は大規模産地としての全体論で見るよりも、より小さなエリアに焦点を当てた方が良いだろう。そして、それをするだけの圧倒的な価値が、ここにはある。

この地域のシュナン・ブラン好適地は、内陸側の山沿い西の海沿いに分散されており、共に緯度は低いが、山沿いは標高の高さによって、海沿いは冷たい海風によって冷涼さがある程度保たれている

まずは、山沿いのエリアから見ていこう。

Piekenierskloof(ピケニールスクルーフ)

シトラスダル・マウンテン地区、そしてその南側1/3程度に内包されたピケニールスクルーフ小地区は、(日照量が多いが標高によって冷涼さが保たれ、昼夜の寒暖差も大きい)山というテロワールがはっきりと宿ったエリアとなる。

シトラスダル・マウンテンを全体として見ると、多様な葡萄品種によってややわかりにくい側面もあるが、ピケニールスクルーフはよりフォーカスが定まっているエリアとなる。

一般的には、ピケニールスクルーフのスター品種はグルナッシュだが、この地には、株仕立て、無灌漑のシュナン・ブランが古木としてかなり残っている。山のワインらしく、豊かな日照量によって果実味は明るいのだが、スワートランド的なミネラルの「硬さ」が更にブーストされた形で、同時に宿る。

Cecilia(国内輸入元:無し)は、シトラスダル・マウンテン地区の新たなスター生産者となりつつある、セリーナ・ファン・ニーカークのパーソナルなプロジェクトで、そのChenin Blancはピケニールスクルーフ内の、標高620m、植樹1962年、株仕立てで無灌漑の古樹シュナン・ブランから生み出される。ミネラルが巨塊となって鎮座しているかの様な凄いワインで、垂直的な伸びやかさも超一級品。ミネラルと共に香る、白い花のアロマも実に魅力的な大傑作だ。

Tierhoek(国内輸入元:マスダ)のChenin Blancもまた、ピケニールスクルーフのテロワールを見事に体現した傑作。畑は標高760mの位置にあり、植樹も1977年と古いが、株仕立てでも無灌漑でも無いからか、Ceciliaのワインに比べるとかなり外交的な性格となる。丸い果実感と高い密度のミネラルと酸が、絶妙なバランスで配されたワインであると同時に、コストパフォーマンスの高さも光る。

Skurfberg(スカーフバーグ)

非公式小地区のスカーフバーグは、まさに「Middle of Nowhere」という立地にある。

スワートランド北西部にあるセント・ヘレナ・ベイ小地区の北限を更に抜けた先から、Coastal Region地域内のLamberts Bay(ランバーツ・ベイ)小地区に至る間に位置し、小高い山の麓に、文字通り「忘れ去られた」かの様な古い葡萄畑が点在している。WOSAやSAWISといった南アフリカワイン関連機関が出している原産地呼称マップを見る限りでは、スカーフバーグはCoastal Region地域に含まれているが、実際にはOlifants River地域内となるシトラスダル・マウンテン地区の「飛び地」的な扱いとなっている模様。しかし、イーベン・サディの最新リリースでは、「Citrusdalberg」と表記(そもそもBergはドイツ語でMountainを意味しているが)されているなど、混乱を招きかねない状況が続いている。Coastal Region地域でもOlifants River地域でもあるという、その特殊な立地ゆえに、おそらく小地区認定が難航していると思われるが、この超重要産地をこのまま有耶無耶にしておくのは、決して良いことでは無いだろう。

スカーフバーグにおけるシュナン・ブランの特徴は、果実味、ミネラル、酸が、中域に極限まで凝縮されたような性質にある。分かりやすく言えば、オペラ歌手のテノールといったところだろうか。立地的にはスワートランドの性質を更に極端にしたようになりそうなものだが、砂と赤土粘土土壌の影響もあってか、果実の芳醇さが保たれる。とはいえ、この地のシュナン・ブランは、南アフリカでも突出した超長期熟成型のワインとなるため、極端な早飲みは厳禁ということも覚えておくべきだろう。

Sadie Family Wines(国内輸入元:Raffine)のイーベン・サディ、そしてOld Vine Projectのローサ・クルーガーは、スカーフバーグの「発見者」であり、「伝道者」でもある。ローサは誰も見向きしなかったこの地の偉大な可能性を見出し、イーベンはテロワール特性を見極めた上で、その名もSkurfbergという南アフリカワインの歴史に残る偉大な最高傑作を生み出したのだ。Skurfbergは、イーベンの壮麗なポートフォリオの中でも、シュナン・ブラン単一としてはステレンボッシュのMev. Kirstenと双璧を成すワインであり、共に南アフリカの頂点に位置している。

Alheit Vineyards(国内輸入元:Raffine)のフラグシップキュヴェは、スカーフバーグにある古樹のシュナン・ブランから造られている。最上と言っても過言では無いのがMagnetic Northで、まさにこの地のテノール的個性が存分に表現された偉大なワインとなる。スカーフバーグのもう一つのキュヴェであるHuilkransは、少しMagnetic Northよりも少し標高が下がる畑から造られ、重心の低い、腰の座った味わいとなる。どちらのワインも南アフリカ最上級の品質だが、スカーフバーグの例に漏れず、早飲みは厳禁と言えるため、若いヴィンテージを楽しむ場合は、Cartologyというブレンドのキュヴェをお勧めする。

Botriver(ボットリヴァー)

冷涼なウォーカーベイ地区は、全体として見るよりも、より個性のはっきりした小地区に集中した方が良い。序章で紹介したへメル・アン・アールダ(ブルゴーニュ品種がメイン)は、すでにスター産地となっているが、エルギンの真東に位置するボットリヴァー小地区(シュナン・ブランとシラーがメイン)も見逃せない銘醸地だ。下記の標高地図でも分かる様に、エルギン同様に海からの距離は非常に近いが、標高が低いため、極端に冷涼にはならず、土壌はボッケフェルト頁岩と砂岩が中心となることから、シュナン・ブランは「丸みを帯びたバランス型の性質」となる。スワートランド、ステレンボッシュ、シトラスダル・マウンテンのように、何かの要素が突出したタイプではないため、分かりにくさも確かに付きまとうかも知れないが、ワインの世界においてはこの様な「中庸」の性質は、立派な個性でもある。

Gabrieslkloof(国内輸入元:ラフィネ)は、創業者の娘婿となった新世代のリーダー格であるピーター・アラン・フィンレイソンが2014年に醸造長となったことによって、劇的な進化を果たしたワイナリー。ピーター・アランはボットリヴァーにおいてはシラーとカベルネ・フランに情熱を燃やしているが、この地の好適品種であるChenin Blancにも隙が無い。冷涼感を漂わせながらも、リラックスした味わいが絶妙で、価格を遥かに超えた品質となっている。

Beaumont(国内輸入元:ヴィノスやまざき)は、ボットリヴァーのパイオニア・ワイナリー。その起源は、なんと1700年代にまで遡ることができるそうだ。現オーナーのボーモン家が引き継いだのは1974年、そして二代目のセバスチャンが1999年に参画して以降、南アフリカのトップワイナリーへと駆け上った。品質向上への取り組みを長年続けてきたのもあり、テイスティングでは古いヴィンテージも味わえたが、最近のワインの方が格段に上質なワインとなっている。トップ・キュヴェとなるHope Margueriteは、樽発酵樽熟成というクラシックレシピを継承したワインで、今ではすっかりこのスタイルも下火になってしまっているのもあり、逆に新鮮さすら感じさせてくれる様な傑作ワインだ。

Luddite(国内輸入元:無し)は、アパルトヘイト終焉に向けた動乱の移行期に、フランス、チリ、ニュージーランド、オーストラリア、ギリシャでワインメーカーとして活躍し、1995年に母国へと凱旋したニールス・フェルブルグが、妻のペニーと共に営む家族経営ワイナリー。海外での経験と、帰国後に8年間勤めたBeaumontで学んだボットリヴァーのテロワールを踏まえ、ニルスが自らのワイナリーに課したのは、「引きのワイン造り」だった。灌漑が一般的な小地区にあっても、それを頑なに拒絶し、ワイン造りでも瓶詰め前におまじない程度の亜硫酸を添加するのみ。しかし、熟達したワインメーカーでもあるニールスは、不用意な欠陥的特徴を許さない。豪快な風貌と笑い声、情熱がはち切れそうな語り口とは真逆にすら思える、繊細なワイン造りは大いに注目に値する。特に、彼の想いが存分に込められたChenin Blancは、筆者が南アフリカでテイスティングした「ナチュラル系」ワインの中でも、最も優れたものの一つだった。

Breedekloof(ブリードクルーフ)

Breedekloof(ブリードクルーフ)地区は、広義では超大量生産型の産地(シュナン・ブラン作付面積は全体の約17%で南アフリカの第一位)だ。真っ直ぐに延びる道を走れば、左右にフラットな畑がどこまで続いているようにすら見える。(温暖な内陸側にあるとはいえ)葡萄も他産地に比べると随分と成長が早く、少々行き過ぎた肥料の影がちらつく。タイミング悪く、大きな機械で豪快に農薬散布をしているところも見かけた。生産者と話をしていても、バルクワイン造りがメインビジネスとなっているところが散見される。現地のテイスティング会場へと向かう道中で見たどうにもネガティヴな葡萄畑の光景に、すっかりと私の気分は萎えていたが、いくつかの素晴らしいワインに出会うことができ、安堵を覚えたものだ。

確かに全体論で見れば、ブリードクルーフはシュナン・ブランの銘醸地と評するに値しないかも知れない。しかし、全体がそうだからといって、例外がないとはなかなかならないものだ。世界各地の大量生産型産地を見回しても、少数の優れた造り手とワインが存在するケースはかなり多い。そして、ブリードクルーフにもまた、産地を全体として軽んじるのは惜しいと、心から思わせてくれるワインがある

その生産量が示す通り、ブリードクルーフ地区はかなり広い。基本的には内陸側にあるため温暖だが、標高は川沿いの低い位置から、山沿いの800m近辺とかなりのテロワール・ヴァリエーションがあるため、広く慣らせば「淡いトロピカル風味」が特徴と言えなくもないが、一般化して語るのはそもそもかなり難しい場所だ。

ここでは、テロワール論よりも、「量よりも質」へ転換していくために、ただならぬ情熱を注ぐ造り手たちを紹介していこう。

Botha Kelder(国内輸入元:無し)は、なかなかの規模を誇る協同組合で、バルクワインの生産も行っている。通常なら筆者は全く興味を示さないタイプのワイナリーだが、参画する多数の農家が所有する無数の畑の中には、特別な場所があるのも必然のこと。Amyah Chenin Blancというキュヴェは、樹齢30年、無灌漑、株仕立ての畑から生まれ、ブリードクルーフの安価なシュナン・ブランにありがちな、平坦なテクスチャーとパイナップル的風味とは一線を画す出来栄え。

Olifantsberg(国内輸入元:無し)は、ブリードクルーフではかなり小規模となるブティック・ワイナリー。1982年に植樹された古樹のシュナン・ブランから、ミネラル感とバランスに長けた素晴らしいワインを手がける。余談だが、このワイナリーが造る白ワインの中で、白眉とも言える出来栄えだったのがグルナッシュ・ブラン。高いフォーカスを保った、見事なワインだ。

Kirabo(国内輸入元:無し)も、小規模なブティックワイナリーだ。クリーン&ナチュラルなスタイルを推し進めたり、トップ・キュヴェのシュナン・ブランを、「She Awoke(彼女は目覚めた)」と名付けたり、ポップなラベルを貼ってみたりと、他産地では「よく見かける」アプローチが、ブリードクルーフではどうにも異端に見えてしまうが、ワインは実に秀逸だ。この地に染みついたイメージを取り払うには、彼らのような造り手がもっと出てきた方が良いと心から思う。

シュナン・ブランの未来

主要なフランス系国際品種が、世界各地で限りなく飽和した状態に至ってから、随分と時が流れた。もう世界には十分すぎるほど、優れたシャルドネも、ソーヴィニヨン・ブランも存在している。その上で改めてこのシュナン・ブランという品種の価値を考えてみると、私には明るい未来しか見えてこないのだ。ライバルが少ないというのは、それだけで強力なアドヴァンテージとなる。ましてや、すでに生産量ベースでは世界一のシュナン・ブラン産出国である南アフリカは、量だけでなく質の面でも、オリジナルたるフランス・ロワール渓谷と、堂々と肩を並べる存在になっている。

だからこそ、我々はもっと深く学び、ディテールを語るべきだ。

南アフリカの宝である、シュナン・ブランのことを。