2022年12月15日20 分

古きものが、未来を照らす <南アフリカ特集:第3.0章>

最終更新: 2022年12月21日

私の祖母は、他国間の戦場と化し、唐突に、強引に分断された国から、命懸けで脱出した。そして、祖母が負ったリスクのずっと先に、私という存在がいる。

祖母の歩んだ激動の人生は、そのまま私の人生観、そして価値観の土台となった。

今は過去の先にあり、未来は過去と今の先にある。

その繋がりこそが、輝きをもたらす。

南アフリカで、私が亡くなった祖母のことを思い出したのは、決して偶然ではない。

あの地にはあった。私は確かに、この目で見た。

古きものが、過去と今を繋ぎ、未来を照らす姿を。

Old Vine Project

南アフリカワイン産業の極めて重要な取り組みとして、その名を挙げない訳にはいかないのが、Old Vine Projectだ。

南アフリカでも最も尊敬を集める、葡萄栽培のトップ・エキスパートであるローサ・クルーガーが、2002年に複数の栽培家と共に南アフリカ全土に点在する古樹の調査を開始したのが、このプロジェクトの始まり。

2006年にイーベン・サディがOld Vine Seriesを初リリースしたのをきっかけに、2010年ごろにはクリス・アルヘイト、マリヌー夫妻、ダンカン・サヴェージといった、後に南アフリカワインのトップランナーとなる重要人物たちが続々と参加した。

以降の展開は以下の通り。

2014年、古樹が残る区画のオンライン・カタログとも言えるウェブサイト「I am Old」を開設。

2016年、ルペール財団の援助を受けて正式なプロジェクトとして発足。

2018年、Old Vine Projectの認定シールを導入。

2020年、選抜された古樹から枝を取り、ウィルスフリーの苗木を増やす取り組みをスタート。Heritage Selectionと題されたこの取り組みは、古いクローンをクリーンに保全しつつ、南アフリカの独自性を高めるものとして、非常に大きな注目を集めている。

同年、ロワールの調査チームが、南アフリカに残る古樹のシュナン・ブランは、すでにフランスでは絶滅したものと断定。Heritage Selectionの意義をさらに高める結果となった。

Old Vine Projectが世界各国の取り組みと比較しても、抜きん出て素晴らしいと言える最大の理由は、民間の団体が国全体を巻き込んでいる点に集約される。

地域単位で見ると、オーストラリアのバロッサ・ヴァレー、カリフォルニアのローダイなどで同様の取り組みがあるが、その影響は残念ながら非常に限定的なものとなっている。

こういう取り組みは、本来は国家レベルで動いてこそ意味があるものだが、様々な政治的思惑が絡むため、そう簡単にはいかない。そして、それを民間レベルで実現したOld Vine Projectは、世界中が見習うべきプロジェクトだ。

とはいえ、Old Vine Projectもまだ完璧とは言えない部分もあるかもしれない。

筆者が一番気になるのは、樹齢35年以上を認定する、というボーダーラインだ。

確かに葡萄は約20年で老木となり、30~35年経てば植え替えられることが非常に多い。だが、これはあくまでも「生産能力」をベースとした話であり、「品質」という概念が入っていない。

樹齢35年というライン自体が若すぎるという訳ではない(ヨーロッパ伝統国では、古樹と一般的に呼ぶ樹齢では無いのも事実だが)が、1階層しか無いという点には、確かな疑問を覚える。

バロッサ・ヴァレーのように、4階層も設定するのは流石にやりすぎだと思うが、せめて、35、50年以上ぐらいの2階層か、35、55、75年以上ぐらいの3階層になっていれば、もっとOld Vine Projectの価値が高まるのでは無いかと、個人的には思ってしまう。

正直なところ、古樹である品質的恩恵があまり感じられない、認定ラインに達したばかりの畑から造られたワインにも、複数遭遇しているのだ。

どちらにしても、全体としてみれば、Old Vine Projectの認定シールが、「品質保証の印」として非常に高い効力を発揮しているのは間違いない。

現時点では時期尚早だが、同様の取り組みをいつかは日本でも見たいものだ。

象徴的品種

ニューワールド産地が世界市場の中で、その立ち位置を確固たるものにしていくには、象徴となる品種が今でも必要なのかも知れない。少なくとも、多様化が劇的に進んだ現代よりも少し前の時代までは、間違いなくそうだった。

事実、オーストラリアではシラーズが、ニュージーランドではソーヴィニヨン・ブランが、チリではカルメネールが、アルゼンチンではマルベックが、アメリカ合衆国ではカベルネ・ソーヴィニヨンとブルゴーニュ品種が、各国を象徴する品種として君臨してきた。そしてこれらの象徴的品種は、他国と比べて明確に高い品質、オリジナリティの強い個性、他国には無い希少性のいずれか、もしくは複数の要素によって成立してきたのだ。

では、南アフリカを象徴すべき品種は何なのだろうか。

ピノタージュと答えたくなる気持ちは分からないでも無いが、本当にそれでいいのかと、疑問が付きまとう。ピノタージュは南アフリカの面白さではあるが、偉大さとは言い切れないのでは無いだろうか。

序章で紹介したブルゴーニュ品種、第二章で紹介したボルドー品種、そして最終章で紹介する予定のシラーのどれもが、他国の超一級品と比べて全く遜色の無い品質に達しているが、一つだけ、前述した「象徴となる条件」の全てを文句なしにクリアしている品種がある。

そう、シュナン・ブランだ。

シュナン・ブランの銘醸地と呼べる産地は、ヨーロッパではその原産地たるフランス・ロワール渓谷しかない。

その他の国々でも、スポット的に高品質なワインは散見されるが、産地レベル、ましてや国家レベルでとなると、南アフリカこそがニューワールドに比類なき銘醸地となる。

シュナン・ブランの南アフリカにおける歴史も、興味深いものがある。1655年に初代ケープタウン総領事のヤン・ファン・リーベックが持ち込んだ品種として、Groendruif(セミヨン)、Fransdruif、Steenという3種の名が記録されていたが、FransdruifとSteenの正体を巡って、長い間議論と調査が続けられていた。最終的に、ステレンボッシュ大学の研究によってSteen=シュナン・ブランと判明したのは、1963年のこと。また、様々な調査過程の中で、Fransdruifもパロミノ・フィノと断定された。

調査が長期化したのは、Steenの語源がListan(パロミノ・フィノのカナリア諸島での呼び名)だと考えられてきたこと、ケープタウンの司令官であったシモン・ファン・デル・ステルが残した手記に、「SteenはドイツのStein(正体不明)という葡萄とよく似た個性である。」と記されていたこと、など情報が錯綜し、その調査があらぬ方向へと進んでしまっていたからだ。

一方で、シュナン・ブランが南アフリカでこれほど長く生き残ってきた理由は、真っ当なワインとは少し違うところにある。

20世紀の前半は、南アフリカ産ブランデーの主原料として、1960年代以降は、Lieberstein(リーベルシュタイン)というシュナン・ブランとクレレット・ブランシュをブレンドした半甘口ワイン(このワインは世界的に大ヒットした)の原料として、生き永らえてきたのだ。

そんなシュナン・ブランも、1994年のアパルトヘイト終焉を機に、辛口ワイン用品種として躍進。長らくはSteenの名称が使われていたが、現在ではシュナン・ブランと表記する方が圧倒的に多い。

©️Chenin Blanc Association

2021年の統計では、南アフリカにおける葡萄作付面積の18.6%がシュナン・ブランで、トータル16,827ヘクタールとなっている。この数字は、世界全体のなんと50%強というシュナン・ブランが、南アフリカで生産されていることを意味している。

さらに凄いのは高樹齢葡萄の多さで、5,234ヘクタールが樹齢30年以上となっている。そのうち1,407haは、樹齢40年以上。先述したOld Vine Projectの認定畑相当、及び認定予備畑相当がこれだけあるというのは、見逃せない要素だ。

シュナン・ブラン銘醸エリア

南アフリカの各地でシュナン・ブランが栽培されているが、今回特筆すべき産地としてピックアップしたのは、以下の通りとなる。

・Swartland地区

・Stellenbosch地区

・Citrusdal Mountain地区

Walker Bay地区内のBotriver小地区

・Breedekloof地区

生産量ベースで見ると、Paarl地区(全体の約16%)、Worcester地区(同11%)、Robertson地区(同9%)もシュナン・ブランに力を入れている産地だが、広義と狭義でテロワール論を語るには不確定要素がまだ多い印象が強かったため、またいつかの機会に持ち越しとさせていただく。

では、南アフリカの宝であるシュナン・ブランの詳細検証に入っていこう。

なお、序章、第二章と同様に、なるべく産地と葡萄品種の関係性にフォーカスするため、本稿においても造り手に関する言及は最小限に留めさせていただく。詳細は国内輸入元のHPや、造り手のHP等でご確認いただきたい。

Swartland(スワートランド)

スワートランドを全体論で語るのは、今はふさわしくないタイミングかも知れない。その理由は主に2つ。一つはスワートランドが地区としては非常に広い(西ケープ州で最大)ため、気候、土壌共にテロワールのヴァリエーションもまたかなり大きく、全容が見えきっていない点。もう一つは、スワートランドのワインシーンをリードする造り手たちが、ほぼ例外なく第一世代であり、現在進行形で力強く進化しているという点にある。

つまり、現時点で出した情報は、一年後にはもう古い可能性すら十分にある。

本稿の内容は、それらを踏まえた上でお読みいただければと思う。

まず、全体としてのスワートランドの特徴を挙げると以下の通りとなる。

1. 緯度の関係で、平均気温はやや高めとなる。

2. 海に近い西側はやや冷涼に、内陸の東側はより温暖になる。

3. 降雨量は少なめだが、要灌漑のボーダーライン付近となる。

4. 実際の気候的テロワールには、標高も関わってくるため、1と2が無条件当てはまる訳ではない。

5. 乾燥しているため、オーガニック栽培が比較的容易。

6. 降雨量の少なさと土壌の性質、そして株仕立ての畑も多いことから、全体的に収量が低く、凝縮感が強い。

これらの全体像を、より狭い範囲に当てはめていく際には、小地区も含めて考えていくとある程度の参考にはなる。

まずは、スワートランド南西部にあるDariling地区(冷涼産地として知られる)の東に位置するMalmesburyマルムスベリー)小地区。Darling側の山によって真西方向からの海風は遮られるが、より開けた南西方向から入りこむ冷風によって、ある程度の冷涼さが保たれる。土壌はMalmesbury Shale(マルムスベリー頁岩)と呼ばれる非常に古い土壌がメインとなるが、一部ではSchist(片岩)Iron(鉄を多く含む粘土など)も見られる。

次に、マルムスベリー小地区の南東、Paarl地区を越えてスワートランドの入り口に位置しているのが、PaardebergPaardeberg South(本稿ではまとめてパールドバーグと表記)という二つの小地区。基本的には暑く乾燥したエリアだが、南西風の影響を受けて、昼夜の寒暖差もしっかりとあるため、酸はかなり保持されると考えられる。土壌はDecomposed Granite(風化した花崗岩)がメインとなる。

最後は、マルムスベリー小地区の東、パールドバーグの北東部に位置するRiebeekbergRiebeeksrivier(本稿ではまとめてリービーク・ヴァレーと表記)という二つの小地区。スワートランド南部にある小地区の中では、基本的には最も温暖で乾燥したエリアとなるが、畑の位置によっては午前か午後にキャステール山の影に入ることもあり、ここでも寒暖差がしっかりとある。土壌はSchist(片岩)がメインとなる。

これら3つのエリア(マルムスベリー、パールドバーグ、リービーク・ヴァレー)には、立地と土壌によるテロワールの差異が確かに存在してはいるが、実際のワインからそれらの違いを明確に感じ取るのは、容易ではない

というのも、この地のシュナン・ブランには、ほぼ一貫して、ある種の金属的なミネラルの硬さを伴ったテクスチャーが、かなり支配的な要素として存在しているのだ。

つまり、広義におけるスワートランド産シュナン・ブラン最大の特徴は、その「硬さ」にある

では、その硬い外殻に覆われた個性を、どのように理解していけば良いのだろうか。

一つずつ丁寧に、多角的なアプローチで迫ってみようと思う。

リービーク・ヴァレーに関しては、マルムスベリーとパールドバーグから離れた内陸側にあるため、最も温暖という特徴が比較的分かりやすく立ち現れる、と考えて良いだろう。

難しいのは、隣接したマルムスベリーとパールドバーグの違いだ。立地的にはマルムスベリーはより海に近く、(より温暖になる)北側にある一方で、パールドバーグは南東方向にあるため、緯度的には気温が下がるが、同時に海風の冷却効果も少し弱まる。さらに、この両エリアは起伏も大きいため、一般化が非常に難しい。つまり、気候面ではこの両産地間に、全体論レベルでの劇的な違いは生じにくいと考えられるのだ。であれば、これらの微細な個性の違いを探るには、別方向から攻めてヒントを得る必要があるだろう。

筆者が参考にしたのは、2つのワイナリーが公開しているテクニカル・データ

表記を統一するために、こちら側である程度数字を慣らした部分はあるが、比較検証用としては十分に機能するだろう。

気候条件の複雑さは、データにもよく表れている。

まずは、David&Nadiaの2021年ヴィンテージを検証してみよう。

マルムスベリーのキュヴェは、パールドバーグのキュベよりもアルコール濃度が高く、pHが高く、TA(酒石酸)が低い。つまり、データ上ではMalmesburyの方が温暖ともとれる

次にMullineuxの2021年ヴィンテージを検証してみよう。

マルムスベリーのキュヴェは、アルコール濃度が最も低い一方で、pHが最も高く、TAが最も低い結果となっているが、パールドバーグのキュヴェは、アルコール濃度は高いがpHが低く、TAが高い。これは、David&Nadiaのデータとは明らかに一致しない結果と言える。

もちろん、畑の日照量や斜面の方角、収穫時期といった変数はあるが、やはり、海からの距離、緯度、標高を全て含めたテロワール・ヴァリエーションが非常に大きいことは明らかだ。そして、この両産地を気候的側面から全体論で語るのもまた、不可能に近いと言えるだろう。

では、別の角度から見てみよう。土壌だ。

この方向から見ると、興味深い一貫性が見え始めてくる。

両生産者のIron(マルムスベリー)Granite(パールドバーグ)を2021、2020年ヴィンテージの平均値で比較すると、Ironは全体的にpHが高くTAが低い、Graniteは逆にpHが低くTAが高い結果となっている。Mullineuxの2020年ヴィンテージのみ、異なる結果が出ているが、アルコール濃度から推察される糖度などを鑑みれば、説明がつかないほどのものではない。

また、David&NadiaShaleとGranite(共にパールドバーグ)を2018~2021年ヴィンテージの平均値で比較すると、ここでも一貫性が見えてくる。2021年の例外はあるが、基本的にはGraniteの方が、pHが低くTAが高い、つまり「酸が強い」結果となっているのだ。

最後に、MullineuxIronとSchist(共にマルムスベリー)も2021、2020年ヴィンテージの平均値で比較してみよう。結果は、ヴィンテージによって特徴が逆転しているように見えるが、仮に両ヴィンテージのIronがより高いアルコール濃度なっていたとすれば、基本的にその場合、pHが上がり、TAが下がることになる(この結果は、Ironのシュナン・ブランは、糖分がアルコールに転換される比率が低い可能性も示唆しているが)ため、あくまでも「おそらく」だが、Ironに比べるとSchistの方が僅かに「酸が強い」傾向にあることを示している。

また、この結果によって、マルムスベリーよりも温暖なリービーク・ヴァレーで、シュナン・ブランの酸が形崩れしない要因は、気候条件以上に、メイン土壌であるSchist(片岩)の影響が強いと考えることもできるだろう。

もちろん、本当に正確な検証を行うには、10ヴィンテージくらいはデータが欲しいところだが、収集できたデータからでも、ある程度の道筋は見えてきた。

さて、小難しい検証を続けてしまったが、ここから先はいよいよ、実際のワイン・テイスティングの結果と、このデータを照らし合わせる段階になる。

では、Mullineuxのワインを題材にして検証していこう。

テイスティングでは、Ironは凝縮感が強く、酸はよりタイトな印象、Graniteはリニアなテクスチャーと鋭角な酸という印象、そしてSchistは両者の中間的性質という印象が残った。

そして、このテイスティング結果は、データ分析ともほぼ相違ないものとなっている。

さらに、データには表れない部分を加えると、Ironにはフェノールの高い熟度を感じさせるレモンピール的苦味が、Graniteには柑橘と白い花のアロマが、そしてSchistにはやや鋭角さを感じさせるミネラリーな余韻が立ち現れていたと言える。

スワートランドには、他にも北西部のSt. Helena Bay(セント・ヘレナ・ベイ)小地区や、最北部にあり、Citrusdal Mountain地区の入り口に位置する非公式のPiketberg(ピケッツバーグ)エリアなど、注目に値する場所があるが、テロワール論を語るには情報が不十分なため、秀逸なワインの紹介だけに留めさせていただく。

Cape White Blend

シュナン・ブランを主体とした、南アフリカ特有のブレンドワインとして知られるCape White Blendは、非公式の名称だが重要度が高い。特に、「硬さ」が総体的な特徴として出がちなスワートランドにとっては、より早飲みに仕上げるための、極めて有効な手段となる。以降の造り手紹介においては、シュナン・ブラン100%に限らず、Cape White Blendに属するワインも含めて取り上げていく。

Swartlandの造り手たち

Sadie Family Wines(国内輸入元:Raffine)を率いるイーベン・サディは、南アフリカワインのルネッサンスにおける、最重要人物と言っても過言ではない。ローサ・クルーガーのOld Vine Projectと密接な関係性を保ちながら、間違いなく南アフリカ最上級、いや、世界の頂にすら位置するような、偉大な大傑作群を世に放ち続けてきた。スワートランドに拠点を置くイーベンが手掛ける、スワートランド産の白ワインは3種。

フラグシップとなるPalladiusは、パールドバーグ、セント・ヘレナ・ベイ、ピケッツバーグの3エリアに点在する自社畑合計17区画から。シュナン・ブランを中心とした全11種の葡萄に、緻密なパッチワークのような芸術的ブレンドを施した異次元の最高傑作であり、Cape White Blendの究極系とも言えるワインだ。

ピケッツバーグにある、植樹が1900~1928年という超古樹の区画から造られるのが、T Voetpad。セミヨン(ブラン、グリ)、パロミノ、シュナン・ブラン、そしてミュスカ・アレクサンドリアという、南アフリカ最古参の葡萄群が混植された畑は、計算されたCape White Blendとは全く異なる方向性の偉大なワインを生み出す。その酒質は、一言でいうと、ミネラル・モンスター。驚異的な多層感が生み出す4次元的レイヤーは、唯一無二のものだ。

さらに、セント・ヘレナ・ベイ小地区からは、Skerpioenという凄まじい白ワインを造っている。シュナン・ブランとパロミノがおおよそ50/50で混植された、樹齢約60年の区画から造られるこのワインは、T Voetpadに比べると品種構成が少ないからか、より果実感が前よりに出たストレートな味わいとなる。また、海から非常に近いセント・ヘレナ・ベイらしく、塩味が明確に宿った個性は、テロワール・ワインとしての極めて高い完成度を感じさせる。

どれも現在、非常に入手が難しいワインとなっているが、イーベンのワインを幸運にも手にすることができたとしても、即時抜栓は厳禁。少なくとも3年は待つ忍耐が必要だ。

A.A. Badenhorst Family Wines(国内輸入元:Raffine)を率いるアディ・バーデンホーストは、イーベン・サディと双璧を成す、スワートランドの超重要人物。そして、どちらかというと「孤高のワインメーカー」というイメージの強いイーベンとは違って、アディは「究極の人たらし」だ。元々はコンスタンシア出身だが、パールドバーグの自社畑を180haにまで拡大した辣腕と、ワインメーカーとしての純然たる実力で、A.A. Badenhorstをスワートランドの象徴的ワイナリーとして成長させた。

A.A. Badenhorstが手がけるシュナン・ブランは、大きく3つのレンジに分かれている。最もカジュアルなSecateursは、シュナン・ブラン100%で、前向きなフルーツ感と、スワートランドらしい「硬さ」のバランスが絶妙。Cape White Blend系となる、the Kalmoeshontein White Blendは、約12種類のブレンドで構成されているが、イーベン・サディのPalladiusと比べると、より肩の力が抜けたナチュラル感が特徴となる。このワインもまた、系統は違うものの、Cape White Blendの大傑作と言えるワインだ。更に、少量生産ながら、シュナン・ブラン100%の単一畑キュヴェとして、5種のワインを手がけている。これらは全て、パールドバーグ内の微細に異なるテロワールを表現した圧巻の最高傑作群であり、アディ・バーデンホーストというパイオニアの圧倒的な実力を知らしめる、驚愕のワイン群だ。そして、その中でも特筆すべきワインとして挙げたいのが、Dassiekop Steen。花崗岩土壌らしい流麗なテクスチャーと、立体的な酸の表現は圧巻。個人的には、あらゆるスワートランド・シュナン・ブランの中でも最上と思っている、あまりにも偉大なワインだ。

Mullineux(国内輸入元:Mottox)の別プロジェクトであるLeeu Passantに関しては、序章と第二章で紹介してきたが、彼らの本拠地はスワートランドのマルムスベリーにある。そして、スワートランドの葡萄から造るワインのみが、Mullineuxの名の元にリリースされる。データ検証でも取り上げた、土壌組成の異なる単一畑のシリーズはどれも文句なしに素晴らしいが、実はMullineuxが最も心血を注ぐ白ワインは、スタンダートであり、フラグシップでもある、Old Vines Whiteだ。実は、彼らは単一畑シリーズと全く同じマテリアルを用いて、先にこのOld Vines Whiteのブレンドを完成させている。スタイルとしては、60%前後がシュナン・ブランで、残りは5品種をブレンドしたCape White Blendの一種であり、マリヌー夫妻の天才的センスが存分に発揮された大傑作。コストパフォーマンスの異常な高さも鑑みれば、南アフリカでも最高の白ワインの一つと言っても良いだろう。

Rall(国内輸入元:Raffine)を率いるドノヴァン・ラールは、成長著しいライジング・スター。常識にとらわれない自由な発想力、壁を打ち破る突破力と勇気を、ワインメーカーとしての冷静な判断力が支えているのだろう。彼が世に送り出すワインは、ヴィンテージを重ねる毎に、三段跳びで進化し続けている。Rallのフラグシップワインの一角を成すAva Chenin Blancは、キャステール山に程近いリービーク・ヴァレーの葡萄から造られる。温暖でSchist(片岩)土壌の多いこの地らしい確かな凝縮感、程よい酸と鋭角なミネラルが絶妙なタッチで配され、非常に端正な印象のワインとして仕上がっている。リービーク・ヴァレーでも最上クラスのシュナン・ブランと見て、間違いないだろう。

David&Nadia(国内輸入元:マスダ)は、データ検証でも取り上げた3種の単一畑ともう1種の単一畑シュナン・ブラン、そして、よりカジュアルなラインとして2種の白ワインを手掛けている。パールドバーグの葡萄を中心に、様々な土壌で育まれたシュナン・ブランをブレンドして、スワートランドの総体的テロワールを表現したChenin Blancは、名刺がわりとしては、あまりにも完成度が高い傑作ワイン。また、約50%シュナン・ブランに、8種類の葡萄をブレンドしたCape White Blend系のAristargosは、若い段階ではやや硬さが目立つ彼らのワインの中でも、柔和でアプローチャブルな逸品。オーガニックな栽培と、古典的な醸造によって生み出される精密で透明感溢れる味わいは総じて非常に素晴らしいが、抜栓まではリリースから少々時間を置きたいタイプのワインでもある。

Hogan Wines(国内輸入元:Raffine)ジョセリン・ホガン・ウィルソン女史は、マイクロ・ネゴス的なアプローチで、南アフリカの各地から低収量の古樹葡萄を調達し、ナチュラルな手法で仕上げる注目の造り手。彼女の手がけるシュナン・ブランは、ピケッツバーグから東に進んだJoubertskloof(ユベールスクルーフ)というエリアから。この地は花崗岩土壌が主体だが、シュナン・ブランはHoganの作しかテイスティングしていないため、テロワールをベースに語るのは難しい。実際のワインは、彼女のナチュラルタッチも相まってか、スワートランドとしては異質の、非常に柔らかくオープンな個性が光る。広大な地区にまだまだ眠る奥深い多様性の一端が垣間見られる、興味深く、かつ素晴らしいワインだ。

Testalonga(国内輸入元:Raffine)クレイグ・ホーキンスは、南アフリカのナチュラル・ワイン・シーンをリードする造り手。本拠地はピケッツバーグにあるが、パールドバーグ、Bandits Kloof(バンディッツ・クルーフ)、Eendekuil(イェンドケイル)といったスワートランド内の他エリアからも葡萄を調達している。シュナン・ブランはピケッツバーグとパールドバーグからだが、前者はペティヤン・ナチュレル用、後者は白ワインとオレンジワイン用と明確な使い分けをしている。全体的に非常にナチュラル感が強く、揮発酸もかなり鋭角に出ているが、ネズミ臭のように決定的な欠陥は無く、ややワイルド寄りのクリーン・ナチュラルとして、高い質と個性を両立している。また、クレイグはオルタナティヴ品種にも熱心で、コロンバール、ミュスカ・アレクサンドリア、ハルシュレヴェリュ、カリニャン、サンソー、ムールヴェードルといった葡萄から、色とりどりの魅力的なワインを手がけている。

Tim Hillock(国内輸入元:無し)は、デビューしたばかりのニュー・スター候補。シュナン・ブランの畑はリービーク・ヴァレーにあるが、南東向きの冷涼な斜面を選んでいるため、より引き締まった個性が立ち現れる。しかし、Schist(片岩)土壌ならではの、緻密なミネラル感は健在。流行りのストッキンガー製フードル(1,300L)も導入し、端正なテクスチャーに仕上げている。ビシッとスーツをきめた若者の姿が目に浮かんでくるような味わいには、なんだか嬉しくなるものだ。

総括

スワートランドのテロワールを、様々な角度から紐解くというチャレンジを決行したが、やはりその「硬さ」ゆえの難しさは拭いきれない。土壌による違いが最も大きいという、私の現時点での見解も、間違っている可能性は十分に残されている。しかし、このようなアプローチの積み重ねが、いずれ我々を真理へと導いてくれると、私は心から信じているのだ。

ステレンボッシュ、シトラスダル・マウンテン、ボットリヴァー、スランフックのシュナン・ブランに関しては、第3.5章にて紹介していく。