2022年11月30日20 分

呼応するニュー・ワールド <南アフリカ特集:第2章>

最終更新: 2022年12月15日

集合意識というのは、非常に興味深い概念だ。直接的なコミュニケーションをとっているわけでも無いのに、何かしらのミディアムを通じて、度々全世界を包み込むようなイデオロギーの変化が生じる。

人種差別、性差別、人権侵害、軍事的侵略行為への反対といった人そのものの在り方に関わるもの、オーガニックやサスティナビリティの推進といった地球と人間の双方に関わるもの、食のライト化といった人の趣味嗜好に関わるもの。近代から現代にかけて起こった集合意識によるイデオロギーの変化だけでも、まだまだ長いリストができるだろう。

そして、変化と自戒は往々にして表裏一体である。

様々な差別を繰り返してきたことに対する自戒、人類史のほとんどを戦争と侵略で埋め尽くしてきたことへの自戒、環境破壊を積み重ね深刻な気候変動を招いたことに対する自戒、生活習慣病の爆発的増加への自戒。

先述した全ての変化に、その根源となった自戒が存在し、折り重なった自戒は、やがて集合意識となって、全世界規模の改善を促し始める。

それらに比べるとずっと規模は小さいが、ワインの世界でも、同様の集合意識による変化が生じることは決して珍しくない。

その最たる例が、パーカリゼーションの隆盛と、そこからの脱却という一連の流れだ。

たった一つの価値観を満たすために、世界中が猛進する。その歪みは強力なアンチ・カルチャーを生み出し、急速な方向転換に繋がった。

評論家の高スコアをターゲットにしたものではなく、テロワールと人を素直に写したワインを造る。その魅力がより多くの人に伝わること自体は喜ばしいが、それ自体を目指すこともしない。断崖によって分たれたかのようだったテロワールと人の距離が、再び縮まり始めた

この集合意識は、伝統産地よりも新興産地、すなわちニュー・ワールドでより強く働いたと言える。躍進への最短ルートがその価値を失い始めたことにニュー・ワールドの様々なワイン産出国が迅速に反応し、テロワールの再定義を始めた。そして、かつては画一的だったティピシテが希薄化し、自由な表現が数多く生まれた

そう、この変化は、進化でも、解放でもあったのだ。

南アフリカのワインも同じような変化を辿っているように見えてはいたが、現地を訪れた段階では、まだ確信には至ってなかった。

だからこそ、確かめる必要があった。自らの五感を極限まで研ぎ澄ませて、ワインに宿ったものを探り当てる必要があった。

そして、その確認作業を最も容易にする葡萄品種は、カベルネ・ソーヴィニヨンを置いて他に無い。

誤解

ボルドー品種、特にカベルネ・ソーヴィニヨンは、広く誤解されてきた品種だ。

確かに、樹勢の強さ、芽吹きの遅さによる遅霜の回避、砂利という非常に一般的な土壌が好適とされる性質によって、よほどの冷涼地でない限り、灌漑、農薬等を駆使すれば十分に育てやすい部類には入る。新樽との相性の良さや、添加物も含む多種多様な醸造手段との親和性の高さ故に、「場所を選ばない」という見解が生じるのも理解できる。しかし、本来のカベルネ・ソーヴィニヨン以降、省略してCSと表記)は、ヴィンテージ・コンディションによって著しく不安定な結果を出し続けてきたかつてのボルドー左岸が証明しているように、たとえ間口が広かったとしても、その真価が発揮できる条件自体は極めて限られている

「近代的醸造・栽培技術の発展は、CSと共にあった。」とすら言われる理由は、まさにここにある。CSは難しい品種でありながら、その難点の多くは、技術で相当程度カヴァーできてしまったのだ。

そしてその発展の歴史を逆手に取れば、CSから「加工」を剥がせば、テロワールが鮮明に露出する、という方程式が立ち現れる。

CSの栽培が広く一般的となっているニュー・ワールド各国においては、多数のCSからテロワールの緻密な表現が感じ取れた場合、(たとえ少々分かりにくい品種があったとしても)その国のワイン産業が、少なくとも、超大量生産型ではないファイン・ワインの部類においては、テロワール・ワインへと向かっていると、ほぼ断定することができる。

では、南アフリカの場合はどうなのだろうか。

結論から先に述べておこう。

数多くのCS比較テイスティングを通じて、私は南アフリカワインが紛れもないテロワール・ワインへと変貌していると、揺るぎない確信を得た。

Bordeaux Varietals

南アフリカ特集の序章では、ブルゴーニュ品種に焦点を当てて、各エリアのテロワールの違いや優劣の存在を探ったが、第二章ではCSを中心としたボルドー系黒葡萄品種をテーマとする。

ボルドー品種においても、ボルドー左岸や右岸の公式格付けが(ある程度は)象徴しているように、優劣という価値観は生まれやすいが、スイート・スポットの極端な狭さと、技術を駆使できる範囲の広さを鑑みれば、基本的には優劣よりも差異を重視して考えるのが無難と言える。

また、ブルゴーニュ品種に関しては、どうしてもブルゴーニュを至高とする価値観が揺るぎにくいのに対し、ボルドー品種はオールド・ワールドの伝統的スタイルも、ニュー・ワールドのモダンなスタイルも同レベルで評価されてきた歴史がある。それどころか、価格の平均値だけなら、むしろニュー・ワールドの方が優勢だ。

それらの点を踏まえ、本稿では極力「優劣」という価値観をもち込まないこととする。

なお、序章と同様に、なるべく産地と葡萄品種の関係性にフォーカスするため、本稿においても造り手に関する言及は最小限に留めさせていただく。詳細は国内輸入元のHPや、造り手のHP等でご確認いただきたい。

Stellenbosch(ステレンボッシュ)

ステレンボッシュの難解さを紐解く鍵は、CSの比較テイスティングにある。

序章の内容を繰り返すが、現時点でステレンボッシュにある小地区(Wards)は8つ。アルファベット順に列挙すると以下の通りとなる。

・Banghoek(バンフック)

・Bottelary(ボッテラリー)

・Devon Valley(デヴォン・ヴァレー)

・Jonkershoek Valley(ヨンカーシュック・ヴァレー)

・Papegaaiberg(パプガーイベルグ)

・Polkadraai Hills(ポルカドラーイ・ヒルズ)

・Simonsberg-Stellenbosch(シモンスバーグ=ステレンボッシュ)

・Vlottenburg(フュロッテンブルグ)

品質的にパプガーイベルグ、フュロッテンブルグには疑問が残る一方で、ヘルダーバーグ、ステレンボッシュ・マウンテンという2つの山に挟まれた非公式エリアのBlaauwklippen Valley(ブラーウクリッペン・ヴァレー)周辺は、非常に重要なエリアとなる。

ステレンボッシュでブルゴーニュ品種が輝く小地区は、バンフック、ポルカドラーイ・ヒルズ、ボッテラリーの3ヶ所だが、ボルドー品種では、バンフック、ポルカドラーイ・ヒルズがより冷涼な好適地として、シモンスバーグ=ステレンボッシュがより温暖なポケットとして、そしてヨンカーシュック・ヴァレー、ブラーウクリッペン・ヴァレーがバランスの良い好適地として、それぞれ大きく異なる魅力を宿している。

どの小地区でもボルドー的(オールド・ワールド的)性質はそこまで強くないが、その圧巻の多様性は、まるでニュー・ワールド各国の様々なCSのスタイルが、ステレンボッシュ内に散りばめられているかのようだ。

©️Stellenbosch Cabernet Collective

Banghoek(バンフック)

シャルドネの好適地でもあるバンフックは、CSにも特殊な個性を宿す。特に標高の高さ(400~550m前後)が鍵となり、豊かな日照で高い糖度と濃い色調を得つつも、寒暖差による酸の蓄積、ゆっくりと熟した分厚いフェノールといった、「山カベ」的性質が現れるが、ナパ・ヴァレーなどに比べると、より強いメントール風味が出るまた、メルローとプティ・ヴェルドの好適地でもあるため、ボルドーブレンド型のワインや、それぞれの単一品種も素晴らしい。バンフックの中でも、Simonsberg Mountainのエリアはさらに高標高となる(ステレンボッシュ内の最高標高地点の一つ)ため、バンフックの特徴がさらに強まる。

Oldenburg(国内輸入元:無し)は、CS、メルロー共に、バンフックの個性を緻密に表現した見事なワインを手がけている。ブライトな果実感の中に、はっきりとした酸が宿る様は、まさに「冷涼山カベ」そのもので、傑作ワインと呼ぶに相応しい。

Tokara(国内輸入元:無し)は、ミネラル感と冷涼感をより強調した「引き」のスタイルが特徴的で、熟した果実感とエッジのたった酸のコントラストが絶妙。トップキュヴェのDirectors Reserveは、Simonsberg Mountainのエリアにある畑から造られ、プティ・ヴェルドが15%、メルローが8%ほどブレンドされていることから、バンフックらしさを象徴するワインと言っても過言では無いだろう。

Thelema(国内輸入元:アフリカー)もSimonberg Mountainに畑を有し、バンフックらしく、CS、メルロー、プティ・ヴェルドからそれぞれ抑制の効いた端正なワインを手がけている。トップキュヴェのRabelaisには13%ほどプティ・ヴェルドをブレンドするなど、バンフックの特性を余すことなく活かしたハイセンスなワイン造りが光る。

Delaire Graff(国内輸入元:金子コード)は世界的に高名なジュエラーである「グラフ・ダイヤモンド」が運営するラグジュアリー・ワイナリーで、そのワインスタイルもまた、豪華絢爛の一言に尽きる。冷涼感が際立つバンフックの中でも、異質なほど「典型的高級ニュー・ワールド・ワイン風味」が目立つが、品質は文句無しに高い。

Polkadraai Hills(ポルカドラーイ・ヒルズ)

標高は250m程度とそれほど高くないが、海から約8kmと非常に近く、冷風の影響をダイレクトに受けるポルカドラーイ・ヒルズでは、ステレンボッシュの中でも最も冷涼感の強いCSが生まれる。また、この地はCS以上にカベルネ・フランが最適品種となっているため、両品種が絡み合ったユニークな個性も形成されている。秀逸かつ先進的なワイナリーも多いため、大いに注目に値する小地区だ。

Reyneka(国内輸入元:マスダ)は南アフリカで最初にビオディナミ認証を取得したワイナリーとしても知られる。ボルドー品種を主体としたワインは2種。Cornerstoneは、ブレンドの約30%をカベルネ・フランが占める、ポルカドラーイ・ヒルズならではのキュヴェ。コストパフォーマンスの高さは、異常なレベルにあると言える。トップ・キュヴェのReserve Cabernet Sauvignonは、冷涼気候を存分に活かした、しなやかで端正なテクスチャー、ビオディナミらしい、ほとばしるようなエネルギー感、ピュアな果実味と緻密なミネラルが高次元で融合する最高傑作。間違いなく、南アフリカ最高峰のCSだ。

Boschkloof(国内輸入元:マスダ)は、南アフリカでもトップ・クラスのシラーの造り手として名高いが、ボルドー品種からも秀逸なワインを手がける。ベーシックのCabernet Sauvignonはポルカドラーイ・ヒルズの冷涼気候がもたらす強い緊張感をセンス良く抑制したようなスタイルで、極めてバランス感に優れた逸品。白眉は上級キュヴェのConclusionで、CSに加えて、20%強のカベルネ・フラン、さらに数%のシラーをブレンドするという、Hermitage Blendとも呼ばれるスタイル。この地の高いシラー適性も鑑みれば、ポルカドラーイ・ヒルズのテロワールを全て詰め込んだような赤ワインとも言えるだろう。

Craven(国内輸入元:Raffine)も、この地から葡萄を調達するが、75%全房発酵という、CSにとっては極めて特異な手法を採用している。当然、ピラジンは遠慮なく出てくるのだが、決してピーマン的にはならず、ジューシーな果実味と唐辛子的なスパイス風味が混じり合う、フレッシュ感溢れるワインとなっている。シリアスさよりもドリンカビリティに比重が置かれた、ニュー・ジェネレーションらしいアプローチだ。

Raats(国内輸入元:マスダ)とVan Loggerenberg(国内輸入元:Raffine)は、ポルカドラーイ・ヒルズにおけるカベルネ・フランのポテンシャルを、余すことなく表現している。

Raatsが手がける4種のカベルネ・フラン系ワインの中でも、圧巻の出来栄えだったのが、高密植の単一畑から造られるEden。驚異的な集中力を保った果実味、酸、ミネラルが、高次元に洗練されたテクスチャーの中で咆哮を上げているかのよう。世界でもトップ・クラスのカベルネ・フランだ。Raatsにはさらに上のMRというフラグシップキュヴェがあり、こちらにも30%ほどカベルネ・フランがブレンドされているが、「いかにも」という気合の入り過ぎた味わいからは、やや前時代的な雰囲気が漂う

Van Loggerenbergは、Bretonというキュヴェ名の通り、フランス・ロワール渓谷への多大なリスペクトを感じるカベルネ・フランを手がけている。ロワールっぽさを再現するためか、全房比率が異例の50%にも達しているが、13%代前半という低めのアルコール濃度も相まってか、スムーズな喉越しが絶妙な快作。

Simonsberg-Stellenbosch(シモンスバーグ=ステレンボッシュ)

冷涼なバンフックと隣り合う小地区であるシモンスバーグ=ステレンボッシュは、より温暖なポケットとなる。ここでは、ステレンボッシュの中でも最もパワフルなCSが生まれ、ザラついたテクスチャーのダスティーなタンニンも特徴となる。南アフリカを代表するクラスの、偉大な造り手が集結しているエリアでもあるため、平均点が極めて高い。なお、シモンスバーグ(山)を隔てた向こう側には、シモンスバーグ=パールという、パール地区側の小地区があるが、北西向き斜面となるため、また異なったテロワールとなる。マヤカマス山脈を隔てて、ナパとソノマの個性が大きく異なるのと同様だ。

Kanonkop(国内輸入元:マスダ)は南アフリカにおける品質重視ワイナリーの中でも、パイオニアの一つとして尊敬を集めている。シモンスバーグ=ステレンボッシュの特性と、南ア屈指の醸造家であるアブリー・ビースラーのワインメイキングが完璧なマッチングを示すEstate Cabernet Sauvignonは、パワフルながらも、エレガントさを保った見事なワイン。この地のCSを理解したいなら、真っ先に体験すべきワインだ。

Glenelly(国内輸入元:マスダ)は、ボルドー左岸2級シャトー(シャトー・ピション・ロングヴィル・コンテス・ド・ ラランド)の元オーナー一族が手がけるだけに、ステレンボッシュの中でも一際「フランス色」の強いスタイルが特徴的。最新の醸造設備、銘醸地の知見、シモンスバーグのテロワールが融合した、クリーンで緻密、パワフルだが奥深い味わいが魅力。

Edgebaston Vineyard(国内輸入元:無し)は、シャトー・マルゴーでも学んだデイヴィッド・フィンレイソンが2004年に立ち上げたワイナリー。シモンスバーグらしい分厚いテクスチャーのDavid Finlayson “GS”は、ジューシーな黒系ベリーの果実味と、グリップの効いたタンニンが素晴らしい逸品。大柄なワインだが、ディテール溢れる構造には、卓越したセンスを感じる。

Jonkershoek Valley(ヨンカーシュック・ヴァレー)

シモンスバーグ=ステレンボッシュとバンフックの南側、ヨンカーシュック山とステレンボッシュ山に挟まれた狭い渓谷に位置するのが、ヨンカーシュック・ヴァレー。谷の中央部へ行くと、四方八方が山に囲まれるという、雄大な風景が楽しめる。標高は150~300m程度で、シモンスバーグほど温暖でもなく、ポルカードライほど冷涼でも無いという絶妙なテロワールからは、比類なき品質のワインが生まれる。ことCSに関しては、そのトータルバランスの圧倒的な高さから、(無理矢理優劣をつけるなら)ステレンボッシュのグラン・クリュ筆頭候補となるだろう。

Stark-Condé(国内輸入元:Mottox)は、3種類のCS主体ワインを手がけるが、トップキュヴェであるOude Nektarはステレンボッシュを、そして南アフリカを代表する偉大なCSの一つ。果実のパワー、滑らかなタンニン、ヴィヴィットな酸、急斜面の区画らしいミネラルの強固なストラクチャーが、万華鏡的彩りを放つ大傑作。

Lanzerac(国内輸入元:GSA)は、ピノタージュのパイオニアとして良く知られる名ワイナリーだが、ヨンカーシュック・ヴァレーの真髄を体現しているのは、トップ・キュヴェの一つであるLe General。CSを主体としたボルドーブレンドだが、ステレンボッシュでも最も降雨量の多いこの地らしく、リフトした華やかなアロマ、明るい果実味とシャープな酸、滑らかなタンニンと共に、独特のウェットな雰囲気が漂う。その完成度は極めて高く、南アフリカにおけるボルドーブレンドスタイルの頂点に位置する最高傑作だ。

Blaauwklippen Valley(ブラーウクリッペン・ヴァレー)

非公式エリアながら、際立った品質のワインが数多く造られているのが、ブラーウクリッペン・ヴァレー。2021年には、Helderberg-Stellenboschという名で小地区認定の申請がされたとのことだが、ワイナリーの数も多いエリアのため、小地区の境界線を巡って、議論は平行線を辿っているようだ。テロワールはヨンカーシュック・ヴァレーと同様に、バランス型の性質をもつが、やや冷涼よりとなっているため、CSに並んで、メルローとカベルネ・フランが高い適正を示している。

Keermont(国内輸入元:マスダ)は2007年が初ヴィンテージという若いワイナリーながら、南アフリカでもすでにトップクラスの評価を受けている。ブラーウクリッペンらしく、スタンダードレンジのメルローとCSは甲乙付け難く、CSを主体に、カベルネ・フラン、メルローがブレンドされたAmphitheatreは、肩の力が絶妙に抜けた快作。さらに驚くべきは、トップレンジのPondokrug Cabernet Franc。15%という高アルコールながら、高い酸と疾走感のあるミネラルが、重さを全く感じさせない。亜硫酸の添加量も低めなのか、ワインに「硬さ」が全くなく、染み渡るような味わいがたまらない。

Overgauuw(国内輸入元:無し)は、ブラーウクリッペンで躍動するメルローに注力するワイナリー。やや冷涼なこの地のテロワールに逆らわず、精密なバランス感覚で、心地よいピラジンの表現をしてみせる圧巻のセンスには心から驚かされた。ステレンボッシュのワイナリーが一堂に会したテイスティング・イベントでも、Overgauuwは最も印象に残ったワイナリーであった。単一品種のメルローも素晴らしいのだが、メルローがブレンドの約半分を占めるTria Cordaというキュヴェはまさに極上。伝統的なスタイルを現代的に解釈したようなタッチは、今世界の最先端となりつつある。

Stellenbocsch(ステレンボッシュ)

小地区ごとに全く異なる個性を楽しめるのが、ステレンボッシュCS最大の魅力だとは思うが、純粋な品質面で見ると、複数の小地区がブレンドされたワインの中にも、トップクラスのワインが存在している。

Le Riche(国内輸入元:Raffine)が手がける、ステレボッシュ各地のCSを集めたスタンダードキュヴェは日本でも人気が高いワインだ。ステレンボッシュの総体的個性を捉えるには最高のワインと言えるだろう。

Boekenhoutskloof(国内輸入元:マスダ)は、南アフリカ最上の一角として知られる大銘醸。Stellenbosch Cabernet Sauvignonは、ブラーウクリッペン・ヴァレーとフュロッテンブルグの葡萄をブレンドしている。タイトなフォーカス感とエレガントな味わいが素晴らしく、ステレンボッシュの中でもやや冷涼な側面を表現したワインとして、圧倒的な存在感を放っている大傑作だ。

Leeu Passant(国内輸入元:BBR)が手がけるステレンボッシュのCSは、ポルカドラーイ・ヒルズとブラーウクリッペン・ヴァレーにある古樹の区画をブレンドしている。私が天才アンドレア・マリヌーのワインに対して偏愛に近い感情をもっていることは素直に認めるが、それにしても驚くべき完成度のワインである。こちらもステレンボッシュの冷涼な側面を表現した一本だが、軽やかなボディの中に5次元空間が広がっているかのような驚くべき多層感には、開いた口が塞がらなくなる。紛れもなく、南アフリカ最上クラスの偉大なCSだ。

Franschoek(フランシュック)

フランシュックは、ステレンボッシュ北東部と隣り合う地区だが、テロワールが大きく異なっている。その違いを理解するために、まずは気候データを見てみよう。

ステレンボッシュ

年間平均気温: 16.2
 
年間降水量 : 787.0mm
 
夏季降雨量 : 23.3mm
 
夏季最高気温: 27.1
 
夏季最低気温: 15.5
 
夏季日照時間: 10.1時間

フランシュック

年間平均気温: 14.6
 
年間降雨量 : 774.0mm
 
夏季降雨量 : 27.8mm
 
夏季最高気温: 25.7
 
夏季最低気温: 13.7
 
夏季日照時間: 9.7時間


 
※夏季の数値は12~3月の平均値 
 
※共に1999年~2019のデータ

※WOSA JAPAN HPより抜粋

年間平均気温はステレンボッシュが16.2度であるのに対し、フランシュックは14.6度と低い。夏季の気温も全体的にフランシュックの方が低いが、寒暖差という意味では、それほど大きな違いは無い。フランシュックのこの数値は、南アフリカでも最も低い水準にあるが、海からの冷風の影響が強いエルギン(年間平均気温:15.5度、夏季最高気温23.8度)の方が実際にはさらに冷涼となっている。降雨量は誤差程度の違いだが、日照時間はステレンボッシュの方が長い。

次は地理的な検証をしよう。

標高もステレンボッシュ側のバンフックとそれほど大きく違う訳ではないが、フランシュックは南西から反時計回りに北東までが山塊によって囲まれているため、ケープ特有の冷たい南西、南東風が遮られる位置にある。

このように、フランシュックのテロワールに関連した気候的、地理的条件は非常に複雑であることから、決して大きな地区ではないにも関わらず、この地では実に多様なワインが造られている。そしてその多様さは、ある種の分かりにくさにも繋がっている。

一般的には古樹のセミヨンがこの地を代表するワインとされており、確かに素晴らしい品質のワインがあるが、そもそも古樹の区画が少なすぎるため、「代表的」というワードを使うのは少々抵抗がある。では、他のどの品種が最も高い可能性を秘めているのか。Leeu Passantが手掛ける古樹のサンソーはこの地最上のワインだが、あくまでも例外に過ぎない。シャルドネも悪くないが、どこか中途半端な印象が拭えない。MCC(シャンパーニュ方式で造られる南アフリカのスパークリングワイン)も多く造られているが、フランシュック以外の葡萄も使っているケースが多いので、対象にならない。フランシュックのワイナリーが集まったテイスティングは、なんとも悶々とした気分のまま終わったが、この地の強い光であるCSとカベルネ・フランの素晴らしさにようやく気付けたのは、比較試飲ができたCape Wineだった。

先述したBoekenhoutskloofは、ステレンボッシュCSの他にもフレンシュックCSを手がけており、それらに宿った違いは、見逃しようが無いほど明らかなものだったのだ。

端的に言うと、冷涼感がありながらもあくまでもニューワールド的果実感を保つステレンボッシュに対して、フランシュックは果実味よりもアーシーでミネラリーなトーンが先行する極めてボルドー的な性質となる。そして、このボルドー的性質の強さは、ニューワールドのあらゆるCS好適産地の中でも、群を抜いている

Anthonij Rupert(国内輸入元:JSRトレーディング)も、この地のボルドー品種における筆頭格として名が挙がる。Cabernet SauvignonもボルドーブレンドのOptimaも、フランシュックらしいボルドー的性質が現れた素晴らしいワインだが、圧巻はCabernet Franc。この品種のエレガントな側面を存分に引き出した、端正で緻密で美しい、大傑作ワインだ。

Paarl(パール)

広大なパール地区を、全体論で語るのは不可能。かといってパール内にある小地区も3つしかなく、その区分けも大雑把な印象が残る。南アフリカ最大の協同組合KWVの本拠地でもあることから、テロワールより安定性を重視した超大量生産型産地、というイメージもこびりつく。今回の現地訪問でも、パールの詳細を理解するには至らなかったため、産地及び特定のエリアに関する断定的言及は控えさせていただくが、注目すべき高品質ワインには出会えたので、紹介しておこう。

Avondale(国内輸入元:無し)は、ビオディナミに情熱を注ぐ栽培家ジョナサン・グリーヴが、フロントマンとして活躍するブティックワイナリー。ワイナリーと葡萄畑は、シモンスバーグ=パール小地区からは北東に外れた標高の高いやや冷涼なポケットに位置している。このワイナリーの最も優れたワインはシラーから造られるSamsaraというキュヴェだが、ボルドーブレンドのLa Lunaも素晴らしい。フレッシュでダイナミックな果実感、多層的なミネラル、柔らかいタンニン、程よく強いボディ感といった。ステレンボッシュとフランシュックの中間的な味わいが特徴と言えるだろう。

Joostenberg(国内輸入元:Relax Wine)は、日本においてはコストコなどで「安売り」されているため、一部の人にはイメージが悪いかも知れないが、5代続く家族経営ワイナリーで、オーガニック栽培にも早くから取り組んでいる、至極「真っ当な」ワイナリーだ。特に現当主のティレル・マイブルフは、その才能を高く評価されている。葡萄畑はシモンスバーグ=パール小地区の西側と、アグテール=パール小地区に所有しているが、フラグシップラインは、シモンスバーグ近辺の葡萄から造られている。このエリアは、ステレンボッシュ側のシモンズバーグよりもさらにやや温暖なテロワールとなるが、CS主体のPhilip Albertは、ジューシーでピュアなフルーツ感とスルスルとした飲み心地に仕上げた快作。

Robertson(ロバートソン)

南アフリカでも最も温暖な地区の一つであり、寒暖差が非常に大きいエリアでもあるロバートソンのCSは、極めて分かりやすい個性を宿す。シンプルに表現するなら、極めて熟度の高い果実味とエッジの効いた高い酸、というダイナミックな構成が特徴となる。序章でも説明したが、降雨量が少ない地区でもあるため相応の灌漑が必須となることから、ミネラル感は控えめとなる。また、非常に興味深い点として、その寒暖差ゆえかアルコール濃度があまり上がらないという特徴も挙げられるだろう。総じて、この地のシャルドネと同様に、典型的ニューワールド感が最も強く出たCSと言えるが、アルコール濃度の低さから、濃密な味わいに比して、軽めの仕上がりとなる。

Springfield(国内輸入元:無し)とMont Blois(国内輸入元:無し)は、ロバートソンCSの典型例とも言える、秀逸なワインを手掛ける造り手。共に、高い熟度の果実感と、高い酸が高次元でバランスを取り合っている。シャルドネと同様に、どことなく田舎っぽい雰囲気が漂うのも好印象。アルコール濃度も13%代と低めに仕上がっている。

南アのカベルネ、という間違い

CSを中心とするボルドー品種の比較は、筆者自身がこれまで度々「南アのカベルネ」と一括りにしがちだったことを、猛省する結果となった。

ステレンボッシュ内の小産地を比較するだけでも、十分過ぎるほどのヴァリエーションに出会えるが、そこにフランシュックやロバートソンを加えれば、この国のボルドー品種が以下に多様なスタイルを表現するに至っているかが、理解できるかと思う。

その様なテイスティング行う際に、本稿が少しでも参考になることを願ってやまない。

※国内輸入元に関しましては、可能な限り丁寧なリサーチを心がけましたが、輸入されていないと表記したワイナリーが、実際には輸入されている可能性もございます。あらかじめご了承いただけましたら幸いです。