2023年10月28日13 分

サントリーニの今 <ギリシャ・サントリーニ特集:後編>

サントリーニ特集後編は、各生産者を取り上げながら、今のサントリーニの多様な姿に迫ってみたい。生産者の数も限られる小さな島ではあるが、それぞれが独自のスタイルと哲学をもったワインを作っているのが、この島の魅力である。

先ずはサントリーニという産地を語る上で、特に重要な造り手を挙げよと言われたらまず名前の上がる二人、ハリディモス・ハツィダキスパリス・シガラスから始めよう。

サントリーニのぶどう畑は細かく細分化されて所有されており、全体で概ね1,200の栽培農家がいる。全ての農家は1911年に設立された唯一の協同組合であるサント・ワインズに加盟しており、長らくこのワイナリーが島を代表する生産者でもあった。

他のギリシャの産地と同様に、少しずつ状況が変わってきたのは近年になってからである。彼らのようなスター生産者の登場がその大きなきっかけとなったのは論をまたない。

ハリディモス・ハツィダキス

(コンスタンティーナ・ハツィダキス)

観光客で混雑するサントリーニ空港でUberを捕まえて約20分、一面クルーラ仕立ての畑を過ぎ、ワイナリーに到着する。周りにはほとんど何もない。大きな洞窟を改装したワイナリーに入ると、テイスティング中の観光客のグループと、説明するスタッフが目に入り、ここが観光客の多い島であったことを思い出させられる。生産量は現在6-7万本とそれほど大きいわけではないし、ギリシャ国内でも海外でもよく知られたワイナリーであるにも関わらず、こうやってセラードアにも力を入れているのを見ると、サントリーニがワイン産地として特殊な立ち位置にあるのがよく分かる。

サントリーニのブータリ・ワイナリーの醸造家だったハリディモスが、妻のコンスタンティーナと共に1997年に設立したのがハツィダキス・ワイナリーだ。コンスタンティーナの実家はサントリーニに放棄された樹齢の古い畑を所有しており、この畑を元にワイナリーの歴史が始まった。当初からオーガニックでの栽培を行い、島で初めての有機栽培の認証を得たぶどう畑である。

その後ワイナリーは少しずつ拡大していったが、自社畑の有機栽培や天然酵母での醸造を100%行うという点でサントリーニでも先駆的であり、今でもこれは非常に珍しい。近代化したスタイルのワインが多いこの島において貴重であり、軽いフィルターの使い方なども含めナチュラルワインの文脈からも語ることができるワインだとも思う。

また、ブータリに勤めていた頃からマヴロトラガノの可能性に着目し、独立した1997年に島で初めてのマヴロトラガノ単一のキュヴェをリリースしたのもハリディモスだ。

ハリディモスは2017年に亡くなり一時はワイナリーの存続も危ぶまれたが、現在ではコンスタンティーナと娘たちがワイナリーを切り盛りしている。ワインメーカーもハリディモスの死後はアシスタントだったワインメーカーが数年醸造していたが、昨年から新しいワインメーカーになった。ワイナリーとしては少しずつ変わりながら、それでもハリディモスの頃と哲学もワイン造りも何も変わらないとコンスタンティーナは熱く語る。

(※写真はBarrel Agedのタイプ。)

その点で、今のこのワイナリーを最もよく表しているのが「Skitali」というキュヴェだ。ハリディモスが亡くなってから初めてリリースされたワインで、彼がテストバッチとして残していたワインから造られた。アシルティコは様々なスタイルが追究されているが、その一つとして長い澱との接触を行うスタイルがある。このワインは1年間ステンレスタンクで澱と一緒に寝かされており、この島のアシルティコのミネラリーで塩味を感じるスタイルをさらに強化したような伸びやかで雄大なワインだ。「Skitali」とはバトンを意味し、ハリディモスから受け取ったバトンを繋いでいく思いを込めているという。

サントリーニの辛口アシルティコのスタイルは幅広い。フレッシュさやフルーツ感を強調した比較的シンプルなスタイル(前編でも触れたように、アイダニやアシリなどの品種がブレンドされることもある。)から、こういった澱との接触が長く旨みと複雑さの強いスタイル。そしてステンレスタンクからバリック、フードルからアンフォラの使用まで様々な方法が採られている。ハツィダキスでもワイナリーを見回すとステンレスタンクやバリックなどに並んでストッキンガーのフードルが並んでいるし、最近では「Skitali」から着想を得て、更に樽熟成したキュヴェとのブレンドにもチャレンジをしている。

「Nykteri」のような力強くクラシックなスタイルもある一方、このワイナリーを代表するトップキュヴェ「Louros」は、ピルゴス村の限定された区画から造られたシングルヴィンヤードワインであり、このワインの樽熟成は2年にも及ぶ。

全てがアシルティコであり、様々なスタイルにチャレンジしてきた結果が今のサントリーニ・アシルティコの名声を形作ったと言っても過言ではないだろう。

パリス・シガラス

比較的小さなワイナリーでワインを作り続けたハリディモスがカルト・ヒーローならば、パリス・シガラスはこの島のメジャーな大スターだ。元々数学の先生だった彼が趣味的に家族の畑で始めたワイン造りは、1991年に島で初めての原産地呼称がついたワインとして日の目を浴びることになる。それからおよそ30年、ドメーヌ・シガラスはサントリーニを代表するワイナリーとして年間30万本の生産量を誇るまでになった。

ドメーヌ・シガラスを代表するワインといえばシングルヴィンヤードから造られる「Kavalieros」だが、「EPTA(日本では「7ヴィレッジ」という名前で呼ばれている)」も非常に野心的なプロジェクトだ。サントリーニでは栽培農家が非常に細分化されているため、ほとんどのワイナリーは自社畑の他に島の様々な場所から買いぶどうも購入している。

島の中のテロワールや味わいの違いはまだ広く共有されているとは言い難いが、「EPTA」は島の中のピルゴスやメガロホイ、アクロテッリなどの7つの村のブドウから毎年ワインを別々に造り、その中の一つを選んで「EPTA」という名前でリリースしているものだ。

ヴィンテージを揃えて村の違いを比較することができないのは少々残念ではあるが、大手のワイナリーが限られるサントリーニにおいて、テロワールの違いを明確化する重要なワインだということができるだろう。

さて、そのパリス・シガラスだが、2020年にドメーヌ・シガラスを売却した。いまだにマネージメントには関わっているが、2022年にドメーヌ・シガラスから程近い場所に新しいワイナリー オエノ・Pを2022年に設立している。元々ドメーヌ・シガラスが最初に始まった場所をワイナリーにした、生産量20,000本程度の小さなワイナリーだ。

このワイナリーのコンセプトは明確だ。すべてのワインをアンフォラで醸造する。優に70歳を超えてからの再スタートとは思えないというと失礼だろうか。ワイナリーからの美しいエーゲ海の眺めも含め、痺れるような格好良さである。

(ワイナリーからの眺め)

残念ながら訪問時にパリス・シガラスと話す機会はもてなかったが、還元的なスタイルで作られたこのワイナリーのフラッグシップ「Tria Ampelia」は、島にある3つのシングルヴィンヤードをブレンドし、アンフォラで16ヶ月澱とともに熟成したワインで、今回テイスティングしたワインの中でも最も印象に残ったワインの一つだ。サントリーニのアシルティコは、自根で樹齢が非常に古いことも多く、ミネラル感や酸の高さだけでなく独特のグルーヴ感があるものも多いが、その特徴を上手く乗りこなすようなまとまりと形の美しさのあるワインであり、アンフォラがいかにアシルティコに向いているのかと考えさせられる。

またパリス・シガラスはハリディモス・ハツィダキスと並んでマヴロトラガノにいち早く注目していたことでも知られる。「SIMA」はこのワイナリーのカジュアルラインだが、現在このラインでのみリリースされているマヴロトラガノが素晴らしい。マヴロトラガノもアシルティコのようにアルコールは14%を軽く超える品種だが、ハツィダキスのこの品種は樽をしっかりかけたフルボディでパワフルなワインであり、熟成させて飲むことを想定しているように感じる一方、「SIMA」は14.5%のアルコール度数がありながら、質感が滑らかで柔らかく、この島のワインらしい塩味をたっぷり感じるワインだ。サントリーニがアシルティコだけでなく赤ワインでも素晴らしいワインが作れることを、そして塩味がアシルティコではなくこの島の特徴であることを明確に表している。唯一惜しまれるのは、生産量の少なさもあり、このワインは輸出する予定がないということくらいだ。

ヤニス・ヴァランボウス

サントリーニには現在、ぶどう畑は約900ヘクタールあるが、観光業との競争もあり漸減傾向だ。前編でも触れたようにぶどうの価格は近年大きく上がっており、スタッフの雇用問題などもあるため、いくら世界的に人気のある産地とはいえ、新しくワイナリーを作るのは簡単ではない

それでもそのような困難なチャレンジを行おうとする動きがないわけではない。果敢にそれにチャレンジしている一人が、ヴァサリティスヤニス・ヴァランボウスだ。

アテネ出身で、元々イギリスで金融の仕事をしていたヤニスは、仕事の関係もあり世界中のワインを飲む機会に恵まれたという。サントリーニにはたまたま父親がぶどう畑を購入していたが、他の生産者に貸し出しているような状態だった。

ワイナリーは2014年に創業。島の北東部にあたるヴォルヴォロスにモダンなワイナリーが建設された。生産量は2万本程度と、オエノ・Pと同じくらいのサイズで、ブティックワイナリーと呼んでも差し支えないだろう。

最初にテイスティングしたアイダニから驚かされた。ワインは明確で鮮烈、一本の糸をピンと張ったような緊張感とフレッシュさのある、非常に現代的なスタイルだ。一般的にフルーティーで柔らかさのあるアイダニだが、良い意味で緩みがなく美しい形をしている。

サントリーニのアシルティコは一般的にパワフルでアルコールが高く、それを強烈なミネラリティや酸でバランスを取っているものが多いが、ヴァサリティスのワインはアイダニと同様、よりタイトな印象が強い。ステンレスタンクや樽など、キュヴェによっていくつかの醸造の違いはあるものの、とても知性的なワインである。

ここで興味深かったのは、アシルティコの垂直テイスティングだ。ベーシックなアシルティコを2022, 2020, 2018と比較させてもらったが、2022や2020はタイトさやミネラリーなニュアンスが主体的だが、2018はグラスに注いだ段階で明らかに色合いが異なり、イエローが濃く、味わいも酸化的なニュアンスが出てきておりモカやハチミツなどのフレーバーが印象的だ。今回のサントリーニでは他のワイナリーでも何度か垂直テイスティングをさせてもらう機会に恵まれたが、どのワインも5年ほど経つとガラッと味わいの印象が変わるのが面白い。アシルティコは酸化しやすい品種だと言われ、こういった特徴はアルバリーニョなどでも見られるが、熟成段階によってかなり好き嫌いは分かれるだろう。

また、ヴァサリティスでは「Plethora」というスペシャルキュヴェを造っている。これは昔ながらのサントリーニのワインを再現したワインで、昔は大樽に入れたワインを少しずつ飲んだので産膜酵母が発生し、フロールがワインに張ったという。30年前の大樽を譲り受け、同じようにアシルティコにフロールを発生させて熟成したワインだが、酸化的なニュアンスもあり、他のキュヴェよりも味わいの複雑さが増している。アシルティコのスタイルの一つとして大きな可能性を感じるワインだ。

最後に一つ、興味深いことを。

ヴァサリティスの自社畑ではクルーラを止めているという。

一つの理由は、彼らの畑のあるヴォルヴォロスは他の地域と比べて風が強くないことが挙げられるが、それ以上に重要なのはやはり働き手の問題だ。クルーラを管理するのにはそれ相応の知識と経験が必要であり、そういった人材を確保するのも観光業との人の取り合いをしている状況からすると難しい。また雨量が少ないこともあり、クルーラでは収量も非常に少なく、樹齢などにもよるが、1ヘクタールで200kg程度しか収穫できないこともままあるという。そのため、ヴァサリティスでは仕立てを高くした上で灌漑を行っている。

灌漑と言ってもここでは簡単ではない。小さなこの島では水に塩分が含まれているので、塩害を起こさないように予め水から塩分を抜く作業が必要となり、コストは高い。ヤニスによると、それでも人件費や収量などのバランスを考えればこちらの方がいいのだという。

では灌漑によって味わいは落ちるのか?それはワインを飲んで考えてもらいたいが、個人的にはサントリーニのベスト・ワイナリーの一つであるとはお伝えしておきたい。

スピロス・クリソス

彼の運転する車に揺られてプロフィティス・イリアス山を登り、車が止まったところで周りを見回して息が止まる思いがした。こんなところに畑があるなんて。サントリーニを一望する山の頂上近くは絶景だ。風が強く、土壌は噴火で飛んできた軽石に覆われている。そこに畑がある。

スピロス・クリソス。細分化された畑の多いサントリーニにおいて、20ヘクタールほどの畑を島の各地に所有する。自らは長らく栽培農家として、島の様々なワイナリーにぶどうを提供してきた。特にハツィダキスとは強い縁があり、ハリディモスの頃には、ハツィダキスのトップキュヴェである「Louros」のブドウは、ワイナリーから丘を挟んで反対側にある、ピルゴスの彼の畑のものが使われてきた。同様にこの島を代表する生産者の一人であるアルテミス・カラモレゴスのシングルヴィンヤードシリーズの一つ、「Louroi Plateau」も彼の畑の樹齢150年のブドウであり、同じくピルゴスから来ている。

これだけの素晴らしい畑を有していると、自分でもワインが造りたくなるものだろうか。スピロスもアクラ・クリソスという名前で自らのワインを造り始めた。オーガニック栽培の畑から、低介入のスタイルを取ったワインだ。2015年からハツィダキス・ワイナリーでハリディモスに学びながらワインを造りはじめ、ハリディモスが亡くなった2017年からはアルテミス・カラモレゴスに場所を移し、ワイナリーのボトリング担当として働きながら自らのワイン造りを継続している。生産規模は1万本に満たないくらいだが、自社畑だけからワインを造っているこの島では珍しい造り手だ。

テイスティングは正に「Louros」や「Louroi Plateau」が生まれる、ピルゴスの畑の真ん中で、簡易的なテーブルを用意して始まった。樹齢100年を超えるようなクルーラの畑を眼前にする、贅沢なテイスティングだ。将来的にはここをテイスティングルームにしたいというが、今は小さな小屋があるのみ。サントリーニらしく強風が時折駆け抜けグラスを揺らす。

ワインはどれも、塩味と同時に石を舐めるようなミネラリティを感じる。改めてアシルティコと一口に言っても様々なスタイルがあるものだと思う。レモンのコンフィやオレンジの花のような香り。力強いアシルティコとは対極にあるような繊細なワインだ。

現在シングルヴィンヤードのワインも醸造しているが、数年前に造っていたSkafidaという畑のワインは既に造るのをやめてしまった。この畑は今アルテミス・カラモレゴスに渡っているそうで、改めて小さな島の複雑な人間関係を感じる話である。

スピロスは、自らのワイナリーを作るために場所を探している最中だという。観光業との競争があるこの島では、元々この島の生まれてある彼ですら、ワイナリーにする適当な建物を見つけるのは難しいそうだ。

冒頭の山頂近くのぶどう畑を、スピロスは数年前にマヴロトラガノに植え替えた。それまでは高樹齢のアシリやアイダニなどの混植された畑だった。これだけ高標高の畑にマヴロトラガノを植えるのは他に例がない。それでも彼が信じるのはこの品種の可能性だ。マヴロトラガノは力強い赤だけでなく、繊細なピノ・ノワールのようなワインを産む可能性があるという。今回の旅ではそのようなワインの例を体験できる機会には恵まれなかったが、将来的にここからどのようなワインが生まれるだろうか。偉大なアシルティコに比肩するような赤がこの島から生まれる可能性がどうしてないと言えるだろうか。観光地とぶどう畑の狭間で、サントリーニの可能性を追及する動きはまだ始まったばかりだ。

<プロフィール>

別府 岳則 / Takenori Beppu

Wine in Motion代表

WSET®Level 4 Diploma

オーストリアワイン大使(Austrian Wine Marketing Board)

ポートワイン・コンフラリア カヴァレイロ (Institute dos Vinhos do Douro e Porto)

International Personality of the Year 2018 (ViniPortugal)

Award of Excellence (Austrian Wine Marketing Board)

J.S.A.認定ソムリエ

レストラン、インポーター、ワインショップを経て独立。

海外ワイン協会や生産者の様々なプロモーションに携わる。

プロフェッショナル向け、ワインラバー向けのセミナーやウェビナーも多数。