2021年12月24日4 分

真・日本酒評論 <3>:無農薬米が示す確かな可能性

<七本槍:生モト純米酒 無有 2019>

ワインの世界においては、世界的なサステイナブル思考やSDGsが強く後押しをして、オーガニック農業が徐々にスタンダードとなりつつある。その勢いは驚異的とすら言えるほどで、オーガニック転換の前段階である減農薬農法までは、既に世界各地の産地で、広範囲に広がっている。「ワインはオーガニックに作って当たり前」となる時代は、すぐそこまで来ているのだ。

一方、日本酒はどうだろうか

結論から言うと、どうしようもなく出遅れている

栃木の天鷹酒造(銘柄:天鷹)、岡山の丸本酒造(銘柄:竹林)のように、随分と前から有機米の使用に踏み切ったパイオニア的存在はあれど、どこまでいっても大海の一雫に過ぎず、業界全体を揺るがすほどの影響力は発揮できなかった。

確かにここ10年くらいの間は、有機栽培米を導入する酒蔵が増加傾向にあるものの、それでもまだ、小波程度の動きだ。

なぜ、日本酒のオーガニック化がなかなか進まないのか。

ここには、確かに難しい問題が山積している。

まずは有機栽培そのものの問題。

降雨量が多く、湿度の高い日本では、病気や害虫との戦いが過酷なものとなる。とはいえ、これだけでは「難しい」とは言えても「不可能」に近いものとはならないのだが、本当の問題は別のところにある。それは農家の高齢化と、高齢の農家が全体的に環境問題に無関心な点に集約される。高齢化すると当然ながら、畑仕事に過度の負担をかけられなくなる。さらに、雑穀であるヒエやアワは強烈な繁殖力があり、対処が遅れると引き抜くことが不可能なほど、強く深く根を張ってしまうため、有機栽培の高い障壁となる。つまり、農薬を使って、病気や害虫、雑穀の対策をしていた方が遥かに楽で安全で現実的なのだ。そういった頑な農家が多くいるエリアで、少数の志高い農家(造り手)が有機栽培に乗り出そうものなら、「病気と害虫が寄ってくるから有機なんてバカなことはするな、いい迷惑だ。」と圧力をかけられるようなことは、日常茶飯事と聞く。これは、老害などと単純に片付けられる問題ではなく、有機栽培をしたいなら、周囲の理解を辛抱強く少しずつ得ていくか、周囲に他人が所有する圃場がない隔離されたエリアで有機栽培を行うか、大地主が牽引して村単位で意識改革をするか、それでもどうしようもなければ、もはや農家の世代交代を待つしかない。

もう一つの問題は酒質にある。

単純な話、「有機栽培米を使えば酒質が上がる」と言う図式が出来ていないのだ。この点は、ワインと日本酒の大きな違いとなっている部分でもある。有機栽培米での醸造に取り組む酒蔵からも、「有機栽培米や有機栽培米を使った米麹は、発酵の際に通常米とは異なる挙動をする」と言う話は実に多く聞く。有機栽培米の特性を見極め、個性を伸ばし、より良い酒質へと昇華させるというチャレンジは、まだまだ発展途上の最中にある。しかし、いくつかのオーガニック日本酒は、確かに有機栽培米でしか表現できないであろう伸びやかさや開放感、柔らかさ、滋味深さをまとっており、希望がないということは断じて無い。

蔵元:冨田酒造株式会社

銘柄:七本槍

特定名称:生モト純米酒

原料米:玉栄

精米歩合:60%

酒母:生モト

市場価格:2,600円(税別)

試飲日:2021年12月

人気銘柄の七本槍を手がける冨田酒造では、2010年から契約農家・家倉敬和氏と協力体制を築き、無農薬栽培の米を使った日本酒造りに取り組んできた。無有(ムウ)と名付けられたこの日本酒は、2018年から生モト造りへと進化し、無農薬栽培米の可能性を探ってきた。2019年ヴィンテージとなる本作は、開放的なアロマ、球体の質感、優しく深みのある旨味、力強く伸びやかな酸、グリップの効いた長い余韻が素晴らしい傑作。試飲は抜栓直後と、二週間後に分けて行ったが、明らかに2週間後の方が味わいにまとまりと迫力が出ていた。間違いなく、さらに伸びるだろう。この驚くべき持続性が、無農薬栽培米由来のものであるかは定かでは無いが、ワインの世界の現象に照らし合わせれば、十分にその可能性はあると言える。

総合評価:91点

*真・日本酒評論は、筆者がワインにおいては忌み嫌う100点満点方式の評点を、日本酒を対象にあえて行っている。個性やスタイルが確かな価値として認められる土壌が出来上がっているワインに比べ、日本酒はまだまだ精米歩合をベースとした価値判断から抜け出し切れていない。いつかはこのような評点が意味をなさなくなる未来を待ち望みながら、しばらくの間、続けていくつもりだ。

なお、採点にあたって、精米歩合は一切考慮対象に入っていない。販売価格も一切気にしていない。あくまでも、その日本酒がもつ個性とスタイルの中での、完成度と洗練度を評価対象としている。よって、高価な高精米酒が低評価に、安価な低精米酒が高評価となるケースも当然出てくる。

試飲温度は、13度に統一して行っている。燗をしての試飲は、変数が増え過ぎるため行わない。

また、試飲の際に用いているのは、ワイングラスでは無く、伝統的な「ぐい呑」である。

筆者はこの取り組みを通じて、日本酒だからこそ達成できる価値を探ろうとしている。そのような取り組みにおいて、ワインコンプレックスの象徴たるワイングラスは不必要と考える。