2021年11月7日3 分

真・日本酒評論 <1>:濃醇旨口の傑作

最終更新: 2021年11月14日

<菊姫:鶴乃里 山廃純米酒 2017 H29BY>

石川山廃。日本全国に、巧みな山廃造りで名を馳せる酒蔵があるが、石川県ほど、山廃造りを得意とする最高峰の蔵が集まる場所(次点は秋田県か)は無い。

そんな山廃王国石川にあって、一際その名を轟かせる名蔵中の名蔵が、「菊姫」で知られる菊姫合資会社(以降、菊姫と表記)である。

菊姫は「プレミアム日本酒」の先駆けとしても知られている。プレミアムレンジの「吟」、「黒吟」、そして最高峰の「菊理媛(くくりひめ)」は、まだ四号瓶で一万円を超えるような日本酒がほとんど存在していなかった頃から発売されていただけでなく、超高精米ではなく熟成の妙を価値とする、近年ようやく広まり始めた新たな日本酒シーンの一端を、数十年前から予見していたかの様な日本酒でもある。

蔵元:菊姫合資会社

銘柄:菊姫

特定名称:山廃純米酒

原料米:山田錦

精米歩合:65%

酒母:山廃

ヴィンテージ:2017(H29BY)

市場価格:2,000円(税別)

試飲日:2021年11月

実は、菊姫が手がける数々の銘酒の中でも、筆者が傑作中の傑作と考える酒がある。それが今回紹介する山廃純米酒「鶴乃里」だ。

石川山廃が得意とする「濃醇旨口」の理想形の一つとも言える鶴乃里は、兵庫県三木市吉川町の特A産地産の山田錦を100%使用し、精米歩合は65%に留めている。特A山田錦を使用した高精白酒ももちろん素晴らしいが、コメの力が十全に宿った鶴乃里には、圧倒的なパワーと密度がある。また、蔵で低温熟成させたものが、定期的にバックリリースされるのも、菊姫ならではの魅力。

熟成からくる僅かに褐色の入った色調。熟れた洋梨、ナッツ、キャラメルとほのかなスモークのアロマ。粘性すら感じるほどの、トロッとした巨大なテクスチャー。畳みかけるような旨味のレイヤーに次ぐレイヤー。口中で一切その力を落とすことなく、長い余韻の最後までエネルギーが持続する。野太い酸は分厚い旨味と渾然一体となり、驚異的な高密度ボディの中核に鎮座している。特A山田錦を、あえてあまり磨かない、という選択は、山廃純米酒というジャンルを、遥か高みへと押し上げている。現状の販売価格を考えると、まさに破格のパフォーマンス。正直なところ、3~4倍の価格をマークしても納得のできる品質だ。

総合評価:95点

*真・日本酒評論は、筆者がワインにおいては忌み嫌う100点満点方式の評点を、日本酒を対象にあえて行っている。個性やスタイルが確かな価値として認められる土壌が出来上がっているワインに比べ、日本酒はまだまだ精米歩合をベースとした価値判断から抜け出し切れていない。いつかはこのような評点が意味をなさなくなる未来を待ち望みながら、しばらくの間、続けていくつもりだ。

なお、採点にあたって、精米歩合は一切考慮対象に入っていない。販売価格も一切気にしていない。あくまでも、その日本酒がもつ個性とスタイルの中での、完成度と洗練度を評価対象としている。よって、高価な高精米酒が低評価に、安価な低精米酒が高評価となるケースも当然出てくる。

試飲温度は、13度に統一して行っている。燗をしての試飲は、変数が増え過ぎるため行わない。

また、試飲の際に用いているのは、ワイングラスでは無く、伝統的な「ぐい呑」である。

筆者はこの取り組みを通じて、日本酒だからこそ達成できる価値を探ろうとしている。そのような取り組みにおいて、ワインコンプレックスの象徴たるワイングラスは不必要と考える。