2020年12月16日12 分

第3世代の躍進と桁違いの可能性<NY後編>

最終更新: 2021年1月27日

冒頭から脱線するが、ニューワールドという言葉の定義は、いまいち釈然としない。例えば南アフリカ共和国は350年を超えるワイン造りの歴史があるがニューワールドとされている。一方で、近年スパークリングワインで注目を集めているイギリスのことを、はっきりとニューワールドと言う声は少なくない。一般的には、ヨーロッパの伝統国以外をニューワールドの定義とするケースが多い様に見受けられるが、これもまた不明瞭な感が拭いきれない伝統国という言葉が誤解の温床になっているのだろう。ここでは、より重要な鍵となる言葉を軸に、定義を明確化させたい。ニューワールドとは、15世紀後半からの大航海時代以降にワイン造りが始まった産地のことである。それ以上でも以下でもない。だから、南アフリカ共和国はニューワールドで間違い無いし、11世紀からワイン造りを行なっているイギリスはれっきとしたオールドワールドだ。そして、ニューワールドという言葉に頻繁に付随する最大の嘘は、ニューワールド=温暖というステレオタイプな図式である。ニューヨークワインの感想として「ニューワールドらしくない」というのは、根本的に間違っている。その「らしさ」は嘘と誤解の上に築かれたものなのだから。

新興産地のダイナミズム

約190年間というワイン造りの歴史はあれど、ヴィニフェラ種を用いた本格的なワイン造りは60年程度しか行われていない。そういう意味で、フィンガーレイクスは紛れもなく新興産地だ。長い歴史のある産地に人々は幻想を抱きがちであるが、ワインの品質と歴史の長さは決して比例しない。重要なのは、その地に適した葡萄品種が判明していること、そして志高き造り手がいることである。リースリングという最適解をすでに発見しているフィンガーレイクスは、前者の条件はクリアしている。そして後者も第三世代の躍動によって、これまで各々のワイナリーが各々の思想の元で奮闘してきた状況が、まさに一変しようとしている。好適品種と複数の優れた人材が新興産地に揃ったとき、そこには強烈なダイナミズムが生まれるのだ。

王道を真っ直ぐ進む

フィンガーレイクスの最たる魅力がリースリングであることは、疑いようもない。そしてこの地では、世界的にも成功例の極めて少ないスタイルが長年に渡って磨き上げられてきた。リースリングを極甘口から辛口まで幅広いスタイルで造る。この葡萄にとって当たり前のことのように思うかも知れないが、世界中を見回しても、糖度が上がった状態でも調和が崩れない強靭な酸とミネラルがワインに宿る産地は、ドイツのモーゼル河及びライン河周辺エリアとニューヨークのフィンガーレイクスのみである。その他の産地においても、局地的な成功例は散見されるが、産業レベルで見ると非常に限られる。葡萄が熟していくための適切な日照量、酸を保持していくための適切な冷涼気候と昼夜の寒暖差、それらが成熟期間(遅摘みのタイミングに大きく関わる)と貴腐菌の発生時期という二つの要素と緻密に、そして繊細なバランスで合致した場合にのみ、このスタイルは真に可能になるのだ。

なお、フィンガーレイクスにおいては、辛口の場合はDry Riesling、半辛口〜半甘口の場合はSemi-Dry Riesling(ドイツのKabinett~Spätleseに相当)、甘口の場合はReserveやLate Harvest(ドイツのSpätlese~Ausleseに相当)、極甘口の場合はNoble SelectやTBA(TrockenBeerenAusleseの略)といった表記が一般的である。また、ドイツのFeinherbに近い僅かに残糖を残したスタイルも一般的であるが、一貫した表記はなく、特別なキュヴェ名を冠してリリースされることが多い。Dr. Konstantin Frank、Hermann J. Wiemer、Red Newt Cellarsの三つのワイナリーは、この幅広いスタイルの真髄を知るにあたって、最も重要な存在だ。

Dr. Konstantin Frank

フィンガーレイクスにヴィニフェラ革命をもたらした、コンスタンティン・フランク博士。彼の興したヴィニフェラ・ワイン・セラーズの流れをくむのが、現在のドクター・コンスタンティン・フランク・ワイナリー。フランクが1957年から最初の約20年間に取り組んだ多品種を試験栽培する試みは、そのままこのワイナリーのヴァラエティー豊かなラインナップにつながっている。白ワインとしてもオレンジワインとしても造るRkatsiteli(ルカツィテリ)や、Saperavi(サペラヴィ)といったジョージア系品種は、その中でも特に興味深いワインだ。比較的温暖なジョージアのワインに比べると、穏やかで滋味深い個性が光る逸品である。そして、王道たるリースリングでも圧巻のワイン群をリリースしている。僅かに残糖を残したSalmon Run Rieslingは、カジュアルな味わいと価格が魅力。Dry Riesling、Semi-Dry Riesling, Reserve Rieslingと残糖度によって分けられた中核のシリーズの完成度も非常に高い。さらに辛口に関しては、EugeniaとMargritという二つの単一畑キュヴェもリリースしている。特にEugenia Dry Rieslingは、フィンガーレイクスの頁岩土壌がもたらす強固なミネラルを、辛口リースリングの世界観で見事に表現した傑作である。現在ワイナリーを主導しているのは、四代目のメーガン・フランク。コーネル大学で醸造学のMBAを取得後、豪・アデレード大学で学んだワインビジネスの知識も活かし、第三世代の仲間と共に、フィンガーレイクスを躍進させるための重要な役割を担っている。

来日した時のメーガン・フランク

©︎GOTO-WINE

Hermann J. Wiemer

ドイツ・モーゼル出身のHermann J. Wiermerが1979年に設立したワイナリー。モーゼルで300年以上ワイン作りに携わってきた一族だけあって、まさに王道を真っ直ぐ突き進んできた。そして、現在のオーナーであるオスカー・ビンケ(第三世代の中心人物でもある)がワイナリーを引き継いで以降、フィンガーレイクスでは不可能とも言われてきたビオロジックビオディナミへの挑戦も含め、更なる進化を遂げている。総合的に見れば、現在ニューヨーク州のNo.1ワイナリーと言っても過言ではない。2000年代前半には除草剤の使用を全面的に廃止、徐々にビオロジックに切り替えつつ、2015年からはビオディナミも一部の区画でテストし始めた。オスカーは「何事もやってみないとわからない。だから挑戦した。」と語るが、ビオディナミの区画は初年度は収量が僅かに落ち(ビオディナミ導入年の収量減は一般的)、2017年頃までは葡萄がビオディナミに「慣れる」のに時間を要したが、多雨とカビ害に産地全体が苦戦した2018年には、ビオディナミの区画から最も優れた葡萄が収穫できた。ビオディナミの葡萄は、果皮がより厚みを増し、pH値は下がり、野生酵母も健全かつ多様化した。リースリングだけでも11種類のキュヴェをリリースし、三種の単一畑キュヴェを含め、極甘口から辛口まで網羅している。特にワイナリー名を冠したHJWヴィンヤードからは、ビオディナミ区画のキュヴェが分けて仕込まれており、多方位に広がるアロマ、グリップの強いミネラル、芯の太い酸、エネルギッシュな果実味と、まさにビオディナミの恩恵が全開に発揮された大傑作。単一畑からそれぞれ貴腐ワインもリリースされており、極上のRiesling Beerenausleseを連想させるような、圧巻の完成度だ。余談というには素晴らしすぎるほど、Cabernet FrancとGewürztraminerからも凄まじいワインを造っている

栽培に強い情熱を注ぐオスカー・ビンケ。

貴腐ワインのNoble Selectは驚愕の出来栄え。

Red Newt Cellars

1998年設立とまだ若いワイナリーだが、Red Newt Cellarsもまた、フィンガーレイクス・リースリングを象徴する重要な存在である。そのスタイルはこの地において最もドイツ・モーゼルに近しく、ブラインドテイスティングだと判別が極めて難しいほど、完成度は際立って高い。現在ワイン造りを取り仕切るのは、フィンガー・レイクス出身のケルビー・ラッセル。Harvard大学で政治学と経済学を学んだという秀才だが、故郷の主産業であったワイン造りに人生を捧げる決意をし、ニュージーランドとオーストラリアで研修したのちに帰郷。フィンガーレイクス第三世代の重要人物の一人として、産地躍動の欠かせない原動力となっている。

単一畑のキュヴェは、モーゼルも真っ青の品質。

合理的な進化

Element Winery

「フィンガーレイクスのワインは質が悪いと言われてきた。そして、確かに悪いワインもたくさん作ってきた。そもそもフィンガーレイクスではBig Wineは造れないし、造るべきでもない。この産地は劇的に変わったわけではなく、徐々にクリーンな方向へと進化してきただけ。注目され始めたのは、フィンガーレイクスではなく、世界のワイントレンドそのものが変化したからだよ。」

そう語るのは、フィンガーレイクス出身のシェフ、レストランオーナーであり、ソムリエの最難関資格であるマスター・ソムリエを称号をもつクリストファー・ベイツ。この地の新たな魅力を引き出した革新的なワインメーカーでもある。彼が率いるElement Wineryは、人為的介入の大部分を合理的に排した(必要なものだけを残す)ことによって、透明感溢れるワインのスタイルを追求してきた。葡萄は全て手で収穫し、選果の際はカビや貴腐のついた葡萄だけを取り除き(選果が最大の人為的介入とクリスは考えている)、未熟な葡萄は「その年の特徴」として残す。葡萄は全房も含めて足で優しく破砕、野生酵母のみで発酵させ、亜硫酸もMLFが終了するまでは一切添加しない。「美味しいワインを造ることが目的ではない。可能な限り透明なワインを造りたいだけ。」と話すクリスの醸造哲学が反映されたワインは、Pinot Noir、Chardonnay、Syrah、Cabernet Franc、Rieslingとどの葡萄を使用しても、一貫した透明感が魅力の大傑作群だ。特に、冷涼気候でしか表現できない個性が詰まったピノ・ノワールシラーのスタイルは、フィンガーレイクスの新たなスタンダードとなっていくだろう。またマスター・ソムリエならではの超広範囲に及ぶ知識と経験を、惜しみなく共有する彼の優れた人間力は、第三世代の仲間たちにとっても欠かせないものとなっている。

気さくな性格で面倒見の良いクリストファー・ベイツMS

ピノ・ノワールは衝撃的だが、カベルネ・フランも凄い。

スーパースターの外部参入 

Hillick & Hobbs

実はフィンガーレイクスではすでに、カリフォルニア、アルゼンチン、そしてアルメニアで最高品質のワインを手がけるポール・ホブス2014年に葡萄畑を開墾している。この地では初の(1970年にコカ・コーラ社が参入したが、当然本業では無かった上に、早々に撤退した)、外部からきた大物参入者だ。世界中で優れたテロワールを探究してきたポールが進出したということは、フィンガーレイクスのテロワールが偉大な可能性を秘めていることが確実視されていることと同義と言っても良いだろう。ポールが開墾したのは、セネカ湖畔にある急斜面の区画。非常に表土の薄い区画故に、葡萄の成長が遅く、ワインは未だにリリースに至っていないが、試験的なワイン醸造はすでに始まっている。また、降雨量の多いフィンガーレイクスの気候に対応するために、葡萄畑の地下に大規模な排水設備を張り巡らせた。補水するための灌漑とは真逆の手法であり、地上に張り巡らせるドロップ式の灌漑に比べ、コストも桁違いに高い。それだけ、ポールは本気ということだ。栽培もビオロジックに準拠しながら行い、この地における無農薬栽培の限界値を丁寧に探っている。試験醸造された2017年は、すでにミネラルの硬いコアが形成され、2018年はより豊かなアロマと、強い凝縮感、高い集中力を備えていた。2019年は野生酵母で発酵させたものと、酵母添加したものを別々に試験醸造した。熟成させたのち、2019年ヴィンテージを正式なファーストリリースとする予定だ。ホブス家はニューヨーク州にルーツがあるため、外部参入という言葉は本来不正確であるが、カリフォルニアやアルゼンチンで得てきたポールのトップ・ワインメーカーとしての知識と経験が、フィンガーレイクスの第三世代と繋がったとき、更なる革新の序章が始まることは、想像に難くない。

テイスティングした試験醸造ワイン。

ホブスの葡萄畑にも頁岩が大量にある。

芽吹く才能たち

クリストファー・ベイツの自宅で夕食をしていたら、第三世代の仲間たちが数人集まってきた。その中の一人で、Nine Four Winesでアシスタント・ワインメーカーを務めるジョシュ・カールセンは、「飲んで欲しいワインがたくさんある!」と翌朝のテイスティングを急遽企画してくれた。現地取材ならではの、嬉しいハプニングだ。ジョシュは自らのワインだけではなく、数多くの仲間たちのワインもコミュニティスペースに持ち込んだ。第三世代の横の繋がりの強さが垣間見える素敵なエピソードだ。

Nine Four Wines

ジョシュが携わるNine Four Winesは、同世代の友人であるワインメーカーのフィル・アラス、ジェネラル・マネージャーのメリッサ・トンプソンと共に立ち上げた、新しいワイナリーだ。セネカ湖東岸の局地的に温暖なバナナ・ベルトにある畑で育ったシャルドネに注力しており、このエリアのシャルドネのポテンシャルに合わせて、70%を中樽(バリックよりも大きなサイズ)で仕上げる。樽と果実味のバランス感が絶妙で、新世代ならではのハイセンスな作りが光る。

ハイセンスなシャルドネ。後ろに写っているのが、ジョシュ・カールセン。

Barry Family Cellars

2011年に設立されたBarry Family Cellarsはオレゴンやワシントン州で研修を重ねた後に、2003年からフィンガーレイクスでワイン造りを担ってきたイアン・バリーが舵を取る。フィンガーレイクスの冷涼気候が鮮明に反映されたシャルドネは、抑制の効いた端正で丁寧な味わいが素晴らしい。「余り物」の葡萄を混ぜたというFour Track Demoのモダンなカジュアルさも秀逸。さらには、ペティアン・ナチュレルまで手がけている。まさに新世代の息吹を感じる、要注目のワイナリーだ。

ブラウフランキッシュが主体となった軽やかなスタイル。

Hickory Hollow Wine Cellars / Nathan K.

Hickory Hollow Wine Cellarsは、フィンガー・レイクスの伝統的スタイルでワインを手がける一方で、野生酵母による発酵と無濾過によってオールド・ワールド的な味わいを狙ったシリーズをNathan K.という別ラベルでもリリースしている。Hickory Hollow名義のカベルネ・フランは、冷涼地ならではの低いアルコール濃度と軽やかなアロマ、そして長い成熟期間がもたらす充実したフェノールが魅力的。カベルネ・フランがフィンガーレイクスの好適品種であることを証明するかのような、見事な傑作ワインだ。Nathan K.名義のピノ・ノワールは、アルコール濃度12%というボディの中に、充実した味わいを潜ませながら、どこまでも軽やかで優しい味わい。ワイン造りを担うネイサン・ケンダールもまた、第三世代のスター候補である。

フィンガーレイクスの冷涼気候ならではの見事のカベルネ・フラン

ローカルからインターナショナルへ

ヴィニフェラ革命以降、スローペースではあったが、着実な成長を遂げてきたフィンガーレイクス。この地に第三世代の素晴らしい才能が同時期に集結したことは、決して偶然ではない。両親から子へと、先輩から後輩へと、脈々と受け継がれてきた情熱と信念こそが、第三世代の強固な結束と推進力に繋がっている。かつては、朴訥としたローカルワインの産地であった場所が、世界から注目を集めるようになったのも、それぞれの世代が築いてきた土台の上に、第三世代が新たな風を呼び込んだからだ。繰り返すが、世界的なワインの嗜好は、確実に冷涼気候の味わいへとシフトしている。フィンガーレイクスの躍進は、どこか「ウサギとカメ」の話を思い起こさせる。カリフォルニアやオレゴンが時代の最先端へと全速疾走していた中、フィンガーレイクスはひたすらマイペースに歩みを進め続けてきた。そしてついに、アメリカでも屈指の銘醸地として並び立ったのだ。第三世代の時代はまだまだ始まったばかりだが、フィンガーレイクスの未来は、明るく眩しく輝いて見える。