2023年9月10日3 分

再会 <45> 新時代の価値観

Lamoreaux Landing, T23 Cabernet Franc “Unoaked” 2021. ¥4800

かつてはマイナスだったものが、時代の変化によって魅力的な要素へと昇華するというのは、ワインの世界においては良くあることだ。

そのようなトレンドのサイクルは、最短だと2~3年最長でも10年あれば回ってしまうため、つくづく、ワイン業界に身を置く人々が日常的に晒されているアップデートの重要性を痛感する。

ワイン産業全体としての情報量も昔より遥かに多いため、全世界のワイン産地を対象にして研鑽してきた私も、いよいよアップデートを行い続ける対象を取捨選択するタイミングに来ているのではと、思い悩んでもいる。

気候変動が深刻化している近年は特に、私やその上の世代のプロフェッショナルたちが、膨大な時間をかけて理解してきた、世界各地のワインとそのティピシテに関する情報が、急速に「期限切れ」となってきているため、それこそ「世界規模」の学び直しを迫られている。

なかなか厳しい状況だが、また学べるのは幸せなこと、とも言えるので、楽しみながらアップデートを続けていきたいものだ。

さて、今回の再会は、昔の価値観ではマイナス要素やNG要素だったものが遠慮なく詰め込まれた結果、最先端とすら言える世界観を生み出してしまった、興味深い例となる。

Lamoreaux Landingはアメリカ・ニューヨーク州のフィンガー・レイクスにあるワイナリー。

同エリアの中では、Element Winery、Hermann J. Wiermer、Dr. Konstantin Frankといった人気ワイナリーの影に隠れてはいるものの、フィンガー・レイクスの「らしさ」を真に体現している、素晴らしいワイナリーだ。

特に、今回の再会ワインとなるT23 Cabernet Francは、筆者にとって「秘密のワイン」のような存在だった。

このワインには、4つもの「新時代の価値観」が詰め込まれているからだ。

1つ目は、ピラジン

かつてはボルドー系品種に当たり前のように出ていたピラジンは、ロバート・パーカーJr.がその味わいを激しく嫌った影響で、「ピラジン=悪」という新たな常識が生まれてしまった。

しかし、パーカーの影響が弱まったのと、多様性の時代に突入したタイミングが重なった結果、ピラジンはマイナス要素から個性へと昇華した。

そして、このワインには、そのピラジンが、絶妙なバランスで溶け込んでいる。

2つ目は、カーボニック・マセレーション

ボジョレー・ヌーヴォーなどでよく知られているが、全房発酵が必須となるため、ピラジンが出やすいボルドー系品種では、禁忌とすらされてきた感もある製法となる。

このワインは、カベルネ・フラン単一でありながら、カーボニック・マセレーション100%。つまり、全房発酵100%なのだ。

3つ目は、オーク

本格的な赤ワインを造るための常識として、樽熟成もまた欠かせないものと考えられてきた。本格的=複雑=高級、という図式はかなり強固なものであり、日本国内販売価格が5,000円近辺になるようなワインに、樽が一切使われていないというのは、昔の常識からすれば、異例中の異例となる。

4つ目は、アルコール濃度

ピラジンの回避とも連動している部分だが、ボルドー系品種はより濃縮した芳醇な表現という方向性で進化してきた。(温暖化の影響も大きいが)今やボルドーですら、アルコール濃度が14%を下回るワインを見かけるのは、珍しいと感じるくらいだ。

その中で、このワインのアルコール濃度はなんと12.0%。

よりライトな味わいを求める傾向が強い現代的嗜好にも、完璧にマッチしている。

さて、これら4つの新時代の価値観が詰め込まれたこのワインだが、実際に驚くほど美味である。

羽が生えたように軽やかでありながら、フェノールが充実しており、程よく抑制の効いた果実味と鋭い酸のコントラストも素晴らしい。

そして、私は改めてこう感じた。

もし、10年前に私がこのワインを飲んでいたら、酷評していただろう、と。

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「再会」と「出会い」のシリーズは、SommeTimesメインライターである梁世柱が、日々のワイン生活の中で、再会し、出会ったワインについて、初心者でも分かりやすい内容で解説する、ショートレビューのシリーズとなります。