2023年5月21日3 分

出会い <37> 日本らしさ、長野らしさ

最終更新: 2023年5月22日

Vino della Gatta SAKAKI, 赤獅子 2022. ¥4,200

日本でのワイン造りが、猛スピードで広がっていることをご存知の方も多いだろう。

特に、長野県と北海道では、毎年のように新しい造り手が数多くデビューしているため、追いかけ続けるのも大変だ。

だからこそ、発見に満ちた地方(?)巡業は楽しいし、長野県東御市にある「東御ワインチャペル」のような、地元産ワインに密着した専門ショップは、私にとっての「駆け込み寺」であり、ここを訪れるのは、ある意味での「聖地巡礼」のようなものだ。

そして、今回の訪問でも、素晴らしい出会いに恵まれた。

ワイナリーの名は、Vino della Gatta SAKAKI

日本の中では年間の降水量が少なく、晴天率も国内随一となる「中央高原型内陸盆地性気候」、平均10度を超える昼夜の寒暖差、長野では一般的な火山灰由来の粘土質土壌である「黒ボク土」ではなく、「砂礫土壌」が主体、といったテロワールの特徴が見られる長野県坂城町に、葡萄畑が拓かれている。

赤獅子と名付けられたこのキュヴェは、私がこっそり偏愛し、そして日本での植樹面積が最も増えてほしいと勝手に願っている、カベルネ・フランから造られている。

可憐なアロマを堪能し、やや淡い色調の液体を口に含んだ瞬間、私は目を見開いた。

そしてその刹那、フルスピードで思考が回転し始めたのだ。

テイスティングの最中に私がそのモードに入るのは、例外なく、ワインとテロワールの強い結びつきを「直感的に」感じ取った時だ。

砂礫質土壌とカベルネ・フランが織りなす、ボルドー左岸のペサック=レオニャンや、右岸サン=テミリオンのシャトー・シュヴァル・ブラン的な、開放的でリフトされた、フローラルなアロマ。

やや少ない紫外線量(とソフトなプレス)を感じる、淡い色調。

厳しさを感じさせない柔和なタンニン。

夏場に雨の多い(長野県は際立って降水量が少ないとは言え、世界各地の伝統産地の多くでは、基本的には夏場にはあまり雨が降らない。)日本らしい、穏やかなミネラル感。

大きな昼夜の寒暖差が育んだ、ヴィヴィットな酸。

品種特性と生育期間の長さによる、熟したピラジンのタッチ。

有効積算温度が(世界の伝統産地と比べて)低い日本らしい、控えめなアルコール濃度。

テロワールの特徴から導き出される要素の全てが、デリケートに、優しく調和していた。

そして、ふと思いを巡らせた。

今、このスタイルのしなやかで美しいカベルネ・フランを造ることができる産地が、世界にどれだけあるだろうか、と。

温暖化に苦しむボルドーでは最早不可能に近いし、ロワール渓谷でもかなり厳しくなっている。

カベルネ・フランの評価が高いイタリア・トスカーナ州のボルゲリでも、このスタイルは難しい。

南アフリカのステレンボッシュ、アメリカ合衆国のNY州フィンガー・レイクス、カナダのオンタリオ州、などでは類似したスタイルがまだ見られるが、この「赤獅子」ほどのデリケートさはもちあわせていない。

つまりこのワインには、日本だからこそ、そしてそれ以上に、長野県の坂城町にカベルネ・フランが増えられたからこそ実現できた、際立った個性が見られるのだ。

現代において、個性とは最大の価値である。

狭義に固定された「高品質」だけを目指して、出自不明のワインを造るような時代は、もう終わった。

伝統国のワインに比べて、確かに飲みごたえは足りないかも知れない。

でも、それで良いし、そういうとこが、何よりも良いのだ。

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「再会」と「出会い」のシリーズは、SommeTimesメインライターである梁世柱が、日々のワイン生活の中で、再会し、出会ったワインについて、初心者でも分かりやすい内容で解説する、ショートレビューのシリーズとなります。