2022年12月18日3 分

再会 <27> 王の帰還

Weingut Keller, Riesling “von der Fels” 2021. ¥9,000

嬉しさのあまり、筆者が30回は観たであろう映画のタイトルをそのままつけてしまったが、ドイツの真の王者であるヴァイングート・ケラーと、このワインにまつわるストーリーを表現するのに、これ以上のキャッチコピーは思い浮かばない。

もう長い間、日本市場から実質的に姿を消していたケラーは、我々に極めて重要な教訓を与えてくれた。

アップデートを怠ると、気づいた時には手遅れになっている、と。

今でこそ、ワイン業界関係者もワイン消費者も世代交代が進み、『ドイツワイン=甘い』、あるいは『やっぱりワインは辛口じゃないと!』(筆者は「辛口マッチョ信仰」と呼んでいる)といった古い考えは消滅寸前まで追いやられているが、この固定概念こそが、日本のワイン市場がドイツのトップワイン争奪戦に完全敗北した、最大の原因でもある。

それは、今から10年以上も前のこと。

当時すでに、明確に辛口路線へと力強く踏み切っていたドイツのリースリングは、ニューヨーク、ロンドンなどの最先端市場で、その驚異的な品質がすぐに認められ、熾烈な争奪戦が繰り広げられていた。

新時代のドイツワインに、数多くのソムリエやワインショップのトップ・プロフェッショナルたちが飛びつき、熱狂的に迎え入れたのだ。

同じ頃、日本市場は固定概念に支配されたまま、本来その変化を敏感に察知して、フラットな目線から正しく評価すべき立場にあった人たちの多くが、然るべきアップデートを怠り、古い常識に縛られ続けた結果、一部の熱心なインポーターの懸命な努力も虚しく、我々は敗北した。

それでもこの10年の間、若い世代を中心として徐々に徐々に、ドイツ・リースリングのイメージが変化して行ったのだが、プライドが高く、頑なな部分もあるドイツの生産者たちは、一度見捨てた市場に対して、そう簡単にその重い腰を上げることは無かった。

現実とは時に残酷なもの。ドイツ辛口リースリングの三大巨頭とされていた、ケラー、デーンホフ、エムリッヒ=シェーンレバーの全てが、(安定した輸入という意味では)日本市場から姿を消したままとなったのだ。

その間に、ラインガウのゲオルグ・ブロイヤーなどは、三大巨頭に肉薄するほどの品質に至ったが、それでも、将棋で例えるなら、玉将が抜け、金将、銀将、飛車、角行のうち2駒が無いような状況が続いてきた。

分かりやすくブルゴーニュで例えるなら、日本市場にDRC、ドメーヌ・ルロワ、アンリ・ジャイエ(例えが少し古いが)が全く輸入されていない、に限りなく等しい状況だったと言える。

先が見えない苦境にようやく光明が見え始めたのは、ほんの数年前のこと。

三大巨頭の一角であるデーンホフが、日本市場に戻ってきたのだ。

当然、私は大いに期待した。いつの日か、ケラーが、王者が、戻ってくることを。

待ち焦がれた吉報が届いたのは、2022年11月。

そして12月。私はついに日本の地で(海外出張の際は、ケラーを漁るように飲んでいた)、王と再会することができた。

まさに、「感慨もひとしお」の瞬間だったが、ケラーが所有する特級畑のリースリングをブレンドした「セカンド・ワイン」的キュヴェであるvon del Felsに、完全に打ちのめされた。

圧倒的な洗練、輝く気品、威風堂々とした佇まい。

セカンド・ワインですらこの品質とは、恐れ入ったとしか言いようが無い。

当然、壮麗な特級畑群や、今や一本30万円を超える価格となった「世界最強のリースリング」であるトップ・キュヴェのG-Maxは、桁外れに凄い品質となっているだろう。

クラウス・ペーター・ケラーという生ける伝説が、日本に還ってきてくれたこと、そしてそのために尽力してくれたインポーターの揺るぎない情熱に、心から感謝したい。

***

「再会」と「出会い」のシリーズは、SommeTimesメインライターである梁世柱が、日々のワイン生活の中で、再会し、出会ったワインについて、初心者でも分かりやすい内容で解説する、ショートレビューのシリーズとなります。