2021年11月20日3 分
フランス・ロワール渓谷。多種多様な小産地を内包し、葡萄品種のヴァリエーションも豊か。小産地間にも、使用品種だけでなく、明確な味わいやスタイルの違いがあって、とてつもなく奥が深い産地です。
ロワール渓谷の中に、イタリアの3州分くらいが詰め込まれている、と言っても良いかも知れません。
この渓谷の世間的なスーパースターは、間違いなくソーヴィニヨン・ブランから造られるサンセールとプイィ・フュメですが、シュナン・ブランにとってもロワール渓谷は聖地です。むしろ、フランス内の他の産地や、フランス国外でも成功例がたくさんあるソーヴィニヨン・ブランに比べると、ロワール渓谷にとってのシュナン・ブランの価値はもっと高いのでは思います。
単一の原産地呼称を与えられている「クーレ・ド・セラン」を擁し、ビオディナミ農法の世界的なリーダーとしても知られるニコラ・ジョリー(Savennières)は、シュナン・ブランの王様。
他にも、極甘口から辛口まで幅広く隙のないシュナン・ブランを手がけるドメーヌ・ユエ(Vouvray)、ナチュラル・ワイン界最高の賢人の一人マルク・アンジェリ(Anjou)、たくましくも瑞々しいワインが魅力的なクロ・ルジャール(Saumur)、繊細で絶妙なバランス感が絶妙なフランソワ・シデーヌ(Montlouis-sur-Loire)など、各小産地に世界トップクラスの造り手がひしめいています。
そんな魅力的な小産地が連なるロワール渓谷の中でも、なかなか注目の集まらないTouraine(範囲が広く、認可品種が多いため、小産地としての個性が確立していない)の地で、一人の天才がとてつもないシュナン・ブランを造っています。
その男の名は、ニコラ・ルナール。
1990年代中頃に、Jasnièresの地で驚異的なシュナン・ブランを手がけ、瞬く間にナチュラル・ワイン界の生ける伝説となった彼は、生来の風来坊気質からひと所には収まらず、2005年にロワール渓谷から忽然と姿を消し、2011年に突如戻ってきました。
そして、2014年には長さ100mの洞窟を購入。電磁波がワインに与える影響を嫌う彼は、洞窟内には徹底して金属を置かず、暗い洞窟を照らす明かりすらも、最低限に留めつつ、弱いものに交換してしまいました。
ブドウ畑では完全無農薬、低収量を貫き、ここでも電磁波を嫌って葡萄の枝を固定するための針金を使っていません。
セラーでは、近代的設備は当然のようにゼロで、亜硫酸添加もゼロ。
まさに暗い洞窟の中で、文字通り「原始的」にワインを造っています。
そして、樽で熟成しているワインの瓶詰めタイミングも非常に気まぐれ。
いや、天才であるニコラなりの、常人には理解し難い「いまだ!」というタイミングがあるのでしょう。要するに、彼のワインは、なかなかリリースされないのです。
本当に、ファンにこれでもかと忍耐を強いる造り手ですが、ニコラのワインを一口でも飲むと、そんなことは全て忘れてしまいます。
ワインに込められた圧倒的な生命エネルギー。
澄み切った果実味。
どこまでも伸びていくような酸。
緻密で優しいミネラル。
完全にクリーンで、驚くほど安定したワインが、亜硫酸無添加であるという事実には、驚きを隠せません。というか、相当な数のナチュラル・ワインを飲んできた自負のある筆者でも、理解がなかなか追いつきません。
世界中の(醸造が下手な)ナチュラル・ワインの造り手が、ニコラのようにワイン造れたらどれだけ素晴らしいことかと、私は何度も何度も思ったことがあります。
しかし、この天才が、その妙技を誰かに伝承することはおそらくないでしょう。
彼のワインがリリースされ続ける限り、私は欠かさず手に取ろうと思っています。
そして、あまりにも希少なこのワインとの再会を、いつも喜んでいようと思います。
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「再会」と「出会い」のシリーズは、SommeTimesメインライターである梁世柱が、日々のワイン生活の中で、再会し、出会ったワインについて、初心者でも分かりやすい内容で解説する、ショートレビューのシリーズとなります。