2022年10月28日4 分
あのタイプの産地に行ったのは久しぶりだった。
真っ直ぐに伸びる道の左右に、遠くの小山にぶつかるまで広がる平坦な葡萄畑。
レッドブルでも飲んだかのように、異様に元気な葡萄樹。
寸分の狂いもなく、精緻に整えられた畝の配列。
ぴたりと姿を消す鳥たち。
一眼見ればすぐにわかる。そこは、超大量生産型の産地だった。
ブリードクルーフBleedekloofの総作付面積は13,000ha強。造り手の数は僅か30軒足らず。
平均値を出すと、なんと1ワイナリー辺り433haという凄い数字が出てくる。
日本的な表現をすると、1ワイナリー辺りの作付平均値が東京ドーム約92個分に相当するというのだから、その広さが具体的に想像できる人はほとんどいないだろう。
もちろん、あくまで平均値であるため、それよりも遥かに小さいワイナリーも、その逆もまた存在する。
ブリードクルーフにあるワイナリーだけを集めたテイスティングも、あの葡萄畑を通過した後だったからか、どうも最初はなかなかスイッチが入らず。
ワイナリーの人と話していても、小規模の自社ワイン生産(と言っても、それほど“小規模”でも無いが。)よりも桁違いに大きいヴォリュームで、バルクワインの生産を行なっているところが多いという印象だった。
偏見はなるべくもたないように努めてはいるが、気だるい時差ぼけを吹き飛ばすほどのインパクトとソウルをもつワインには、ほとんど出会わなかった。
そう、ほとんど、だ。
産地としての主力品種は圧倒的にシュナン・ブランで、なかには優れたワインもあったのだが、私の心を強烈に掴んだのは、一本の極甘口ワインだった。
この地の老舗ワイナリーであるダッシュボッシュDaschboschが手がけるそのワインは、ミュスカ・ダレクサンドリ種から作られ、濃密な甘味がありながらも、酒精強化を行なってアルコール濃度16%超えという、なかなか強烈な一本だった。
話を聞くと、Old Vine Project(詳細は11~12月の南ア特集記事にて)に認定されている非常に古い畑の葡萄で、公式には1900年植樹だが、実際には1882年とのこと。
樹齢140年。
この超大量生産型産地でそのような畑が生き残っているのは、神の気まぐれとしか言いようがない。
テイスティングが少々消化不良だったのもあってか、「この畑を直に見なければ、必ず後悔する!」と直感し、ワイナリーに直訴。
畑の位置をGoogle MapでPinしてもらい、次の目的地に向かうバンの運転手に、寄り道を嘆願した。
幸いなことにリクエストは通り、同じバンにたまたま居合わせたイギリス人を巻き込んで、畑へと向かった。
この産地ではすでに見慣れた感じの葡萄畑を通過し、丘の麓に立つ立派な屋敷の玄関口に辿り着くと、そこにはまさに「異世界」が広がっていた。
140年の時を生き抜き、数々の試練をくぐり抜け、今もなお葉をつける葡萄樹がそこに佇んでいたのだ。
いつまでもそこにいたい、という気持ちを振り払ってバンに再び乗り込んだが、私はすっかり感傷的になっていた。
それから数日後。
ケープ・タウンのワインショップで出会ってしまったのが、今回のワイン。
訪れたあの葡萄畑から、南アフリカ最高峰のスター生産者であるクリス・アルヘイトが造った、ヴァン・ド・パイユだ。
ヴァン・ド・パイユとは、収穫した葡萄を藁の上で陰干しにして造る、極甘口ワインのこと。
濃密な甘味と独特のキャラメル的風味が特徴だが、アルヘイトのワインは完全に異次元だった。
濃厚なオレンジと褐色が入り混じる混沌とした色調。グラスに注がれたワインは明らかな粘性を伴い、色とりどりの完熟フルーツ、柑橘のピール、香ばしいキャラメルのニュアンスが、優しい波のようなソフトタッチで次々と打ち寄せてくる。万華鏡的余韻は、陶酔という選択肢しか私に与えてくれない。
この先も、クリス・アルヘイトがこのワインを造り続けるかは分からない。
もしかしたら、一生のうち片手で数えられるほどしか再会できないかも知れない。
それでも、この生涯忘れられない一本との出会いに、私は感謝の思いしか無いのだ。
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「再会」と「出会い」のシリーズは、SommeTimesメインライターである梁世柱が、日々のワイン生活の中で、再会し、出会ったワインについて、初心者でも分かりやすい内容で解説する、ショートレビューのシリーズとなります。