2022年9月11日3 分

再会 <20> 孤島の伝説

最終更新: 2022年10月2日

Domaine Hatzidakis, Vinsanto 16, 2004.

エーゲ海に浮かぶ孤島、サントリーニ島は、世界で最も美しい島の一つ。

そのことに異論を唱える人は少ないだろう。

火山島らしく隆起の激しいダイナミックな大地。断崖をくり抜きながらヒトが築き上げた純白の建築物と、ディープブルーに輝く海の鮮やかなコントラスト。そして、地表に置かれた籠のようにも見える古い葡萄樹の数々。

サントリーニ島は確かに、ポセイドンに愛されたとでも言いたくなるような、特別な場所だ。

世界中が喉から手が出るほど欲しがるような観光資源をもつサントリーニ島の主要産業は当然、観光業である。そして、高品質なレンズ豆の特産地であり、サントリーニ島特有のサントリン土を使用したセメント工業でも知られている。

我々のような「ワインにどっぷりと使った人たち」からすれば意外かも知れないが、サントリーニ島を全体として見ると、ワイン産業は「サントリーニ島ではワインも造ってる」というくらいの立ち位置となる。

実際に、サントリーニ島の葡萄は次々と引き抜かれ、その上に高級ホテルや商業施設が建設されているそうだ。

それもそのはず。

主要品種であるアシルティコは、サントリーニ島特有のKoulouraという丸籠状の仕立てにしても、Koulourakiという背の低い株仕立てにしても、とにかく作業効率が劣悪で、収量も5hl/haという超低収量も当たり前のようにある。つまり、収益性に重大な問題があるのだ。

Kouloura

Koulouraki

近年のアシルティコ人気と、低止まりしがちな収量が相まって、アシルティコの1kgあたりの平均葡萄価格は、2010年度の0.85ユーロから、2018年度の5.0ユーロへと爆発的高騰を見せたものの、「葡萄を引き抜いてホテルを建てた方が、楽に儲けれる。」という考えを見直すほどの影響には結局至っていない。

そんなサントリーニ島でも、頑なに伝統を守る偉大な造り手がいる。いや、正しくは過去形だ。

伝説的な人物、ハリディモス・ハツィダキスが初めてワインをリリースしたのは1999年。サントリーニ島の特別なテロワールと、素晴らしい地品種の数々がもっていたポテンシャルを最大限にまで引き出した彼のワインは、まさに鬼気迫るような味わいだった。

ハツィダキス以外にも優れたワインはサントリーニ島に確かにあったが、サントリーニ・アシルティコの地位を世界的に高めたのは、彼の傑出した才能だったと断言しても差し支えないだろう。

しかし、ハリディモスは2017年に、50歳という若さでこの世を去ってしまう

晩年は病魔に苦しめられ、ワイン造りに全精力を注ぐことが難しくなっていたため、親友でもあったナウサにある人気ワイナリーであるティミオプロスの当主、アポストロス・ティミオプロスがワイン造りをかなり手伝っていたそうだ。

そして非常に残念なことに、ハリディモスの死後、彼の前妻がワイナリーの実権を掌握し、ハリディモスのレガシーを引き継ぐ意志を見せていたアポストロスまでも追い出してしまった。

今でもドメーヌ・ハツィダキスは存続しているが、かつての圧倒的な輝きは、もはやどこにも見当たらない。

さて、今回幸運にも再会できたワインこそが、ハリディモスが若く野心に満ち溢れていた2004年ヴィンテージのワインだ。

Vinsanto 16と名付けられたこの極甘口ワインは、アシルティコ80%、アイダニ20%で構成され、陰干しした葡萄を発酵させた後、16年もの樽熟成を経てリリースされたものだ。

なんだか、このワインの味わいを事細かな言葉にして表現するのは、無粋に感じてしまう。

だから、一言だけ、こう記しておこう。

ギリシャで飲んだこのワインの味わいを、私は生涯忘れることは無いだろう。

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「再会」と「出会い」のシリーズは、SommeTimesメインライターである梁世柱が、日々のワイン生活の中で、再会し、出会ったワインについて、初心者でも分かりやすい内容で解説する、ショートレビューのシリーズとなります。