2022年5月14日3 分

再会 <12> 良薬、口に甘し

L.Garnier, Yellow Chartreuse V.E.P.

シャルトリューズというリキュールをご存じだろうか?

リキュールの女王とも称されるこの魔法の液体は、酒の世界における都市伝説的な存在でもある。

伝承によれば、1605年フランソワ・アンニバル・デストレなる人物(当時のフランス王、アンリ4世の妾の実兄だったそう)が、カルトジオ会という修道会に、現在のシャルトリューズの元となった手書きのレシピを、「なぜか」渡したことから始まったそうだが、その話が真にシャルトリューズの起源であるという説を確実に裏付けるような証拠は発見(もしくは公開)されていない。

錬金術的な構成となっていたそのレシピには、「長寿のためのエリクサー」と書かれていたそうである。

それから130年後の1735年、忘れさられていた謎のレシピがカルトジオ会の本山であるグラン・シャルトリューズに届けられ、1737年には修道士のジェローム・マウベックによってより洗練されたレシピへと改変された後に、本格的な生産が始まった。当初は販売用ではなかったが、やがて修道士たちが少しずつ売り歩くようになった。

しかし、1793年のフランス革命によって、修道会があらゆる資産を没収されると、しばらくの紆余曲折を経て、1835年にシャルトリューズの生産はヴォワロンの地へと移ることとなった。(2017年にエグノワールに移った)

1840年には、現在に続くシャルトリューズの基本となる「緑」「黄」の2ヴァージョンへと別れた。

ちなみに、緑はやや辛口でアルコール濃度が55%前後、黄は甘口でアルコール濃度が40%強となっている。

1860年から1903年までは、よりアルコール濃度の低い(30%程度)「白」も生産されていた。

その後もまぁ色々と起こるのだが、その辺は割愛しておこう。

中世から近代にかけてのフランス(西ヨーロッパ全体とも言えるが)では、キリスト教会は結構大変な目(様々な特権や資産を根こそぎ剥奪された)に合っていたのだ。

さて、シャルトリューズの何よりも面白いところは、そのレシピが完全秘匿されていることだ。

同時期に最大で3名の修道士にのみ、秘伝として直接レシピが伝えられているそうで、現在はグラン・シャルトリューズ修道院にいる2人の修道士しか知らないそうだ。

リキュールの女王として、世界的な人気を誇る割には、ちょっと危ないのではと思えるようなリスクマネージメントだが、130種類とも言われる副材料には、数々のハーブ、草、花、スパイス、そして正体が全く分からない秘密の何かが含まれて、レシピを知る修道士だけが調合したハーブ液を元に、実は結構な量が生産されている。

考えれば考えるほど、なんとも頭をかきむしりたくなるような気持ちになるが、都市伝説と思えば面白いので、それはそれで良いのだろう。

一応、秘匿とされているレシピはちょっと漏れているらしく、結構模造品が作られているのだが、それらの味わいは本物とは程遠いため、やはり全ては漏れていないのだろう。

今回、久々に味わったシャルトリューズは、V.E.P.という樽熟成期間が長い特別ヴァージョンの「黄」で、一言でいえば、極上中の極上だ。

驚異的に複雑なアロマ、濃密な甘味を引き締めるような苦味。長大で、めまいがするほどカラフルな余韻。

「リキュールの女王」の名は伊達じゃない。

カクテルにも使われるが、シャルトリューズを楽しむには、ストレートでちびちびと飲むのが一番。

甘い「黄」のシャルトリューズは、アルコールの高さを忘れてしまうほど飲みやすいが、いくら「エリクサー」とはいえ、飲み過ぎたら体を悪くするだろう。

何事も、程々がちょうど良いのだ。

それにしても、こんなに美味しい「薬」を作るなんて、本当に中世の修道士には頭が上がらない。

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「再会」と「出会い」のシリーズは、SommeTimesメインライターである梁世柱が、日々のワイン生活の中で、再会し、出会ったワインについて、初心者でも分かりやすい内容で解説する、ショートレビューのシリーズとなります。