2022年5月7日6 分

出会い <11> ミッシング・リンク

最終更新: 2022年5月10日

Luis Pérez, La Barahuela Palma Cortada 2017 ¥10,800

「シェリーはお好きですか?」

私のソムリエ経験の中でも、かなりの回数繰り返した言葉だ。

醸造のどこかの段階で、アルコール(基本的にブランデー)を足してアルコール濃度を上げる「酒精強化ワイン」の一種であるシェリーは、とにかく「好き嫌い」がはっきりと別れる。

甘口が主体のポートなどに比べると、辛口主体のシェリーには、より一層「分かりにくさ」がつきまとうのだ。

ペアリングにおいては、驚くほどのポテンシャルを秘めているにも関わらず、大多数のシェリーペアリングは、「シェリーが好きである」ことが成立の前提条件になってしまう。

本記事は、そんなシェリーに焦点を当てた記事になるため、そもそもシェリーがお好きでない方には、何の興味もそそられない情報になるであろうことを、ご承知いただきたい。

美しいアンダルシア地方の特産品であるシェリーが、時代の流れに乗って、何度かその姿を変えてきたことを知る人は、そう多くないかも知れない。

シェリーの主産地であるヘレス地方では、少なくとも紀元前1100年頃からワイン造りが始まっていたと考えられている。その後、紀元後711年ムーア人によって支配され、蒸留酒の技術がもちこまれるまでは、ヘレスのワインは、酒精強化されていなかった。

やがてヘレスのワインは、13世紀後半から西ヨーロッパを中心に広く親しまれ、特にイギリスでの人気が高くなった。酒精強化が始まった明確な時期は判明しておらず、ムーア人による支配後の8世紀とも、14~16世紀頃とも言われているが、酒精強化されるようになった理由は、アルコール添加によって単純に量を増やしたり、ボディを増強するということよりも、長い航海(特に大航海時代に入ると、アメリカ大陸に到着するまで、ワインが保護される必要が生じた)に耐えるための手段としての側面が強かったという説は、信憑性が高いと考えられる。

シェリーが「世界一のワイン」と称されていた時代があったのは、酒精強化による圧倒的な保存性の高さにも大きな要因があったのだ。

しかし、この酒精強化の始まりは、元来「テロワールのワイン」であったヘレスのワインから、畑やエリアごとのテロワールという個性を結果的に奪うことにもなった。

19世紀半ばには、ソレラ熟成システム(新しいヴィンテージを古いヴィンテージに継ぎ足し続けて、品質を平均化する仕組み)が考案され、すでに酒精強化によってテロワールを奪われていたヘレスのワインから、ヴィンテージの個性も奪われることになった。

つまり、農産物としてのヘレスのワインから、工業製品としての「シェリー」へと確実に変化し始めたということだ。

1933年、シェリーに原産地呼称制度が導入された時には、伝統の保護よりも、効率性、統一性、正確性を重視した規定が多数設けられることになり、シェリーはその「最大公約数」的性質をますます強めることになった。

誤解を避けるために、一応明言しておくが、工業製品的な現代のシェリーでも、素晴らしい酒精強化ワインであることには変わりない

極めて高度に完成された製法を厳守しているシェリーを、工業製品的だからとして否定するのであれば、大多数のシャンパーニュもまた否定の対象になってしまうことを、忘れるべきではないと思う。

さて、今回出会ったのは、ヘレスのワインであり、シェリー的でもあるのだが、厳密に言うとシェリーではない。酒精強化をしていないから、現在の規定ではシェリーと名乗れないのだ。(近年の規定改訂で、FinoとManzanillaに関しては、15%以上のアルコール濃度とフロール下熟成の条件を満たせば、酒精強化する必要がなくなった。)

実は近年、このタイプの「ヘレスのワイン」が増えている。行き過ぎた抑圧には、必ずアンチカルチャーが生まれる。そして、今回ご紹介するルイス・ペレスもまた、アンチカルチャーへと踏み切った造り手だ。

端的に言うと、ルイス・ペレスのワインは、現代のシェリーから、酒精強化とソレラ熟成システムを拒絶したもの、と言える。

言葉にすると単純だが、実際は非常にチャレンジ成分の強い選択でもある。

まず、シェリー製法の根幹をなす、フロール(産膜酵母)と酒精強化の関連について、改めて述べていこう。

アルコール濃度が15%を超えると、発酵に関わる酵母の活動が停滞すると共に、フロールが活発に動くようになる。一方で、アルコール濃度が17%を超えると、フロールも活動できなくなる

つまり、フロールをどれだけ活動させるかを決めているものこそが、酒精強化なのだ。

ルイス・ペレスは、酒精強化を行わずに、フロール下熟成をしている。これが何を意味するのかと言うと、アルコール濃度が自然に15%に達するレベルの糖度で葡萄を収穫(完熟の半歩手前くらい)する必要があるということだ。通常の辛口タイプのシェリーは、酒精強化前は平均すると11~12.5%程度のアルコール濃度となることから、この手法がどれだけの遅摘みを強いるかが理解できるかと思う。

しかも、懐古主義的なこの造り手は、培養酵母も否定しているため、野生酵母で発酵させている。自然発酵でアルコール濃度15%に到達させるためには、野生酵母の強さと量も必須条件となってくる。つまり、オーガニック栽培しか基本的に選択肢が無いということだ。

まさに、効率を重視するシェリーとは、完全に逆方向の造り方となる。

さて、本題に戻そう。

本記事を「ミッシング・リンク」と題したのには理由がある。

このワインに刻まれたPalma Cortada(パルマ・コルタダ)は、現代では失われた名称だからだ。

Palmaとは、フロール下熟成に最も理想的な性質、非常に淡い色合いと、繊細でエレガントな個性をもったワインに与えられていた呼び名。

そして、Cortadaとは直訳すると「切れる」と言う意味になる。

この二つの言葉を繋ぎ合わせると、「フロール下熟成が途中で途切れた」ことを意味するようになる。

現代でも似たようなシェリーの製法でPalo Cortado(パロ・コルタド)があるが、実際のパロ・コルタドはそこまでフロールの影響が強くなく、Palmaに分類されるほどの高品質なワインが回されることもあまりない。また、これは公然の秘密となっているが、「人為的には造れない」と言う嘘もパロ・コルタドにはつきまとう。フロールを消失させる方法は、とっくに昔に判明しているからだ。(パロ・コルタドに素晴らしいものが多々あることには変わらないが)以上のことも踏まえ、実際としてのパルマ・コルタダは、パロ・コルタドをより上品に、そして、よりフロールの影響が強くなったものと言って差し支えない。さらに、パルマ・コルタダは真に「偶然」の産物でもある。

ルイス・ペレスのパルマ・コルタダは、2017年の酷暑による自然なフロールの消失がもたらした偶然によって生まれた、ワンオフ的ワインだ。

目が覚めるような鮮烈な柑橘のアロマに、チョーキーなニュアンスが絡みつく。分厚いミネラルのコア、エッジの効いた酸には思わず目を細めてしまうが、すぐさま喉が渇き、お腹が空いてくるような感覚を覚える。立体的な構造と、長い余韻も見事。

この驚くべき品質のワインが偶然生まれたと言うのは、「神のイタズラ」を感じずにはいられない。

余談だが、写真左のCortadoは残念ながらネズミ臭が発生していたため、評価に値しない。

大昔の製法に戻すと言うのは、本当に一筋縄ではいかないものだ。

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「再会」と「出会い」のシリーズは、SommeTimesメインライターである梁世柱が、日々のワイン生活の中で、再会し、出会ったワインについて、初心者でも分かりやすい内容で解説する、ショートレビューのシリーズとなります。