2022年3月26日4 分

再会 <9> ブティック・ワイナリーという選択肢

Villard Fine Wines, Sauvignon Blanc “Expression Reserve” 2019.

海外に出ると、本来の目的とは別の取材を、スケジュールの隙間に入れ込むことが多い。建前としては、メイン取材に深みを与えるため、としているが、実際には、自分が興味をもっているテーマに沿って、訪問するワイナリーを選んでいることの方が多い。

少なくとも、私は。

チリを訪問したとき、メインの取材先は例外なく、いわゆる有名ワイナリーだったため、サイド取材としてアポイントを取ったのは、そういったワイナリーとは真逆の、小さな小さなワイナリーにした。

チリは南北に長大に広がる国。生産量ランキングでいうと、近年はアルゼンチン、オーストラリア、南アフリカと5~8位の間を争っている。

(1~3位はフランス、イタリア、スペインの争い、4位はアメリカがほぼ不動、一時期大躍進していた中国は低下傾向。余談だが、食用葡萄も含まれる栽培面積ランキングは、ワインにとっては無意味だ。)

参考までに日本の数字を出してみよう。2020年度「日本ワイン」の生産量は

16万hL、でワイナリーの総数は2020年時点では369件だった。

チリの平均的な生産量は年間約1200万hLで、ワイナリーの数は800ほど。

この数字から見てもわかるように、チリにあるワイナリーの多くは、とにかく巨大なのだ。

4~5階建てのビルくらいの大きさがあるステンレスタンクが居並ぶ光景は、もはや風物詩とすら言える。

そんなチリにあって、ブティックワイナリーという特殊な在り方を選んできたワイナリーの一つが、Villard Fine Winesだ。

首都サン・ティアゴまで迎えにきてくれたのは、ワイナリー創設者のティエリー・ヴィリャール。チリは比較的英語が堪能な人が多い印象をもっていたが、ティエリーの英語は完璧だった。アルゼンチンでスペイン語の洗礼を受けた後だったので、随分と気楽になれたのを良く覚えている。

話を聞くと、ティエリーはパリ出身のフランス人で、世界中を飛び回った後、1980年代中頃からチリに定住し、1989年にカサブランカ・ヴァレーでVillard Fine Winesを創設したそうだ。

冷涼なカサブランカ・ヴァレーは、チリの中でもかなり新しい産地の一つで、1990年代中頃までは、Villardを含めて三件しかカサブランカにはワイナリーがなかった。

ワイナリーに向かう前に、カフェで昼食を取りながら、ティエリーの武勇伝を延々と聞かされたのは、今となっては良い思い出だ。

保守的、というか、一昔前のブティックワイナリー感が、ティエリーの言葉からは漂っていたのだが、ワイナリーを訪問すると、ガラリと印象が変わった。

Villardを訪問するまでに、巨大ワイナリーを散々見回っていたので、随分と小さなワイナリーだと思ったが、冷静になって振り返ると、マイクロと呼ぶほど小さくもなかったように思う。

葡萄畑を歩きまわった後に案内されたテイスティング・ルームは、ティエリーの趣味が存分に反映されていて、なんだか不思議な空間だったが、Marshall(*1)のスピーカーが置いてあったのには、個人的につい微笑んでしまった。

*1:イギリスのギターアンプメーカー。ロックの象徴的存在。

ワインはどれも実に素晴らしく、クラシックな魅力と、現代的なセンスが見事に融合した傑作揃いだったが、ティエリーが不機嫌そうな顔をして出してきたワインがあった。

ラベルには、JCV, Pinot Grigio Ramatoと書かれていた。

ナチュラル路線にはめっぽう強い私は、瞬時に理解した。

「なるほど、このオレンジワインはティエリーの子供が作ったワインで、ティエリーにはこのスタイルが理解できないんだ。」

テイスティングを終えて醸造所に行くと、やりたいことをやってみたら、父親にVillard Fine Winesの名前をつけてワインを売ることを許して貰えなかった、ちょっとな息子チャーリーが出てきた。

醸造の説明は、チャーリーにバトンタッチ。

といっても、話の半分くらいはティエリーに対する愚痴だった気がするが。

バレル・ルームでは再びティエリーが合流し、ひょっとすると仲が悪いのかと邪推していた親子が同じ空間にいたので少し緊張したのだが、自家消費用だという小さな樽には、チャーリーの子供の名前が付けられていて、その話になるとティエリーはすっかりおじいちゃんの顔になっていた。

その光景には、なんだ、良い家族じゃないか、とついつい笑ってしまった。

筆者にとって思い出深いワイナリーとなったVillard Fine Winesだが、実は今年に入ってようやく、日本に正式輸入されるようになった。

チリといえば、巨大有名ワイナリーによる、異常なほどコストパフォーマンスが高いワインが日本では主流だが、Villardのようなブティック・ワインは最高に面白いし、テロワールの味がちゃんとする。

サンセールとNZのちょうど中間的な味わいになるカサブランカ・ヴァレーのソーヴィニヨン・ブランは、実は非常に使い勝手の良いワインだ。

どんなシチュエーションにも、すんなり馴染む、そんな中庸の魅力に溢れている。

そして、Villardの実力は折り紙つき。

ソーヴィニヨン・ブランの栽培では世界第3位であるチリの、この品種における実力がはっきりとわかる、素晴らしいワインだし、日本でこうやって再会出来たのは、本当に嬉しい。

***

「再会」と「出会い」のシリーズは、SommeTimesメインライターである梁世柱が、日々のワイン生活の中で、再会し、出会ったワインについて、初心者でも分かりやすい内容で解説する、ショートレビューのシリーズとなります。