2021年4月8日5 分

ペアリングの元常識 <2>

最終更新: 2022年1月18日

料理とワインのペアリングにおいて、長年「常識」とされてきた組み合わせの中には、様々な研究と検証が進んだ現代においては、既に否定されているものも少なくありません

このコーナーでは、そんな「元常識、現非常識」なペアリングの例をご紹介致します。

今回はゴージャスなマリアージュ(ペアリング)の代表例とされるこの組み合わせから。


 

キャビアにシャンパーニュ

ワインの教科書(日本国内の)には必ずと言って良いほど記載されているのが、「キャビアとシャンパーニュ」のペアリング。

高級食材の象徴であるキャビアと、ハレの日ワインの象徴であるシャンパーニュ。まさにゴージャス感溢れる組み合わせで、世界中の美食シーンを華やかに飾ってきた、非常に有名なペアリングです。

しかし、実はこの組み合わせは、根拠に著しく欠けている可能性が、長年指摘されてきました。そして近年では、諸々の科学的検証が進んだ結果、この伝統的な組み合わせには、否定的な見解が多くなっています

では、順を追って説明していきます。

ペアリングにおいては、あらゆるワイン類の中でも最も汎用性が高い種であるシャンパーニュとはいえ、相手はワインにとって難敵中の難敵とされる「魚卵です。

魚卵に含まれる不飽和脂肪酸は、ワインの中に含まれる亜硫酸鉄イオンの二つに反応して(新樽から抽出されるタンニン分にも反応する可能性大)、強烈な生臭さを生じさせることが判明しています。

1. 亜硫酸

魚卵の不飽和脂肪酸亜硫酸が合わさった場合、生臭みと共に、独特のメタリックな味わいが生じます。基本的には、多くの人が不快に感じる現象と言えるでしょう。基本的には、ワインに含まれる亜硫酸量が少なければ少ないほど、化学反応が生じる量も少なくなりますので、魚卵にワインを合わせる場合は、低亜硫酸添加、もしくは無添加のワインが望ましいでしょう。しかし、ワインは発酵段階で5~15mg/L程度の亜硫酸を自然に生成してしまいます。例え亜硫酸無添加であっても、自然発生量はどうすることもできませんので、この化学反応を完全にゼロにすることは、実質的に不可能です。

ですが、魚卵のみとワインを合わせる、といった特殊な状況を除けば、料理の一部として使用された魚卵にワインを合わせる際には、亜硫酸添加量が15mg/L程度までのものであれば、特に気になるほどの生臭みやメタリック味を生じさせることは無いでしょう。

また、一般的に、シャンパーニュにはしっかりと亜硫酸が添加されています。大量生産型のワインであるシャンパーニュにとって、輸送リスクと品質の安定性において、低量添加や無添加というのは、非現実的な選択肢だからです。ですが近年は、ごく少量の添加に留めたシャンパーニュも僅かながらリリースされており、そういったシャンパーニュであれば、魚卵とのペアリングにおいても、大変美味しいペアリングとなります。これは、シャンパーニュ自体は、特有の旨味や酸味、そして後述する鉄イオンの関係上、魚卵とは亜硫酸さえ少なければ、最高の相性となり得るからです。

2. 鉄イオン

魚卵に含まれる不飽和脂肪酸は、非常に変質(酸化)しやすく、ワインに含まれることのある鉄イオン(二価鉄イオン)によって、瞬時に変質し、強烈な生臭みを生じさせます。鉄を舐めたような味わいにも似たこの風味は、基本的に大変不快なものです。魚卵の鮮度が非常に高い場合は、かなり抑え込むことも可能ですが、シチュエーションはかなり限られるでしょう

鉄イオンの難点は、その生成過程に変数が多いことにあります。いかに簡単にまとめておきます。

・土壌由来

・添加物由来

・醸造設備由来

土壌と添加物に関しては、相当深く調べない限りは、判別が非常に難しいです。ラベルから判断できるケースは極めて稀ですので、基本的には気にするだけ労力の無駄とも言えます。

醸造設備に関しては、金属製の醸造機器によって、ワインに鉄イオンが生じる可能性があります。この点はテクニカルシート等で、比較的容易に知ることができるでしょう。

しかし、樽を使えば良いということでもありません。特に新樽から染み出す成分(タンニンか、ラクトンか、他の何かが原因なのかは未解明)は、不飽和脂肪酸(もしくは魚介類の風味そのもの)との相性の悪さが、長年指摘されています。この現象は、魚介類が生に近いほど顕著になります。

基本的には、古い大樽コンクリートタンク等がベストの選択肢となるでしょう。

また、不飽和脂肪酸と鉄イオンの反応を「鈍らせる」要素も判明しています。

・ワインの澱

澱には鉄分を包み込むという特性があります。シュール・リー瓶内二次発酵の場合は、ある程度この効果が期待できますが、過信は禁物です。

・油分

料理に油分を足すことによって、不飽和脂肪酸の酸化を鈍化させることができます。かなり強力な効果と言えます。オリーヴオイルマヨネーズ等が使いやすいでしょう。

・クエン酸

レモン等に含まれるクエン酸は、鉄分を包み込む性質があります。かなり強力な効果と言えます。料理にレモン果汁を絞るだけ、という非常にシンプルな対処法なのも大きな利点です。

・酒精強化

醸造過程であえて酸化させるこれらのワインは、ワインに含まれる鉄イオンが、不飽和脂肪酸とは反応しない三価鉄イオンの状態に変化しているため、魚卵には最適のワインと言えます。

まとめ

どうしてもキャビアにシャンパーニュを合わせたい場合は、キャビアにオリーヴオイルをかけたり、レモン果汁を加えたり、サワークリームを添えたりといったように、料理側にアレンジをしっかりと加えるか、亜硫酸添加量が可能な限り低いものを選びましょう。

ですが総合的には、シェリー(特にマンサニーリャ)等の酒精強化ワインや、亜硫酸無添加(もしくは極小添加)タイプの白ワインの方が明確に優れたペアリングとなります。