4月26日4 分
私は高級なコース仕立て料理としてのフレンチよりも、古典的なビストロ料理の方がどちらかと言うと好きだ。
NYでソムリエ修行をしていた時代、仕事場から自宅へと向かう帰り道にあった、深夜3時頃まで開いているビストロ/ワインバーに足繁く通っていた影響もかなりあるだろう。
疲れた体には、山盛りになったムール貝の白ワイン蒸しや、オニオングラタンスープが最高に染み渡ったものだ。
フレンチビストロの定番とされる名料理は数多くあるが、今回のペアリング研究室で題材とするOeuf mayonnaise「通称、ウフマヨ」は、殿堂入りの大クラシック。
ゆで卵(固ゆでから半熟まで様々なヴァリエーションがあるが、クラシックは完熟の一歩手前くらいの塩梅)に、マヨネーズとディジョンマスタードを合わせて水やレモン汁で軽く伸ばしたソースをかけるだけ、と言うシンプル極まりない料理だが、何度食べても飽きない、強力な魔力がこの料理には宿っている。
しかし、ペアリングとなると、この愛おしいウフマヨは、途端に最強クラスの難敵へと変貌する。
まず、そもそも卵がワインにとって難食材だ。
半熟卵の場合、濃厚な卵黄が味蕾をコーティングしてしまうため、ワインの味わいを感知するセンサーがことごとく塞がれてしまう。
固ゆで卵の場合、特有の硫黄臭が発生してしまうため、どうしても対策が必要になる。
さらに、マヨネーズも半熟の卵黄と同じようなコーティング効果をもつため、何も考えずに素通りすることができない。
この難敵を攻略するために、2つのパターンそれぞれに対策を練っていこう。
半熟卵黄+マヨのパターンに合わせるためには、ワイン側の酸とテクスチャー、そして風味によるアシストが鍵となる。
マヨのオイリーさを突破するためには、高い酸が必要になるのだが、リンゴ酸主体のシャープな酸だと、卵黄のテクスチャーと深刻なアンマッチが生じるため、この場合はフルMLFタイプで合わせていく方が良い。より滑らかなテクスチャーで合わせるために、ある程度の新樽による熟成も考慮しておくと尚更良いだろう。加えて、ワイン側にスモーキーなニュアンスがあると風味(軽い硫黄臭への対応)のマッチングも期待できる。
これらの要素を全て兼ね備えている可能性が高く、入手も容易なのはブルゴーニュ地方のシャブリ。
肉厚なタイプのプルミエ・クリュ(モンテ・ド・トネル、モンマンなど)だと、ピントを合わせやすいだろう。
同様のアプローチで、プイィ・フュメ(ロワール地方)もフィットするが、しっかりと樽を効かせた上級キュヴェを選ぶ必要がある。
酸によるカットをあえて無視して、徹底的にテクスチャーと風味で合わせるという変化球もあるが、この場合はMarsanneを主体とした北ローヌ地方のワインが第一候補となるため、価格、入手難易度の両面で問題が生じる。
少しペアリングの精度が落ちるが、Marsanne主体となることが多いブレンドタイプのカシー(プロヴァンス地方)なども悪くはない選択肢だ。
固ゆで卵+マヨのパターンでは、難易度が跳ね上がる。
このパターンで生じる硫黄臭は、フリントでカヴァーできるほど軽微なものではない。
この場合は、強い火山性土壌(および環境)の影響か、欠陥的特徴として出てくる還元臭(硫黄臭還元)を利用するのが、ほぼ唯一と言える突破ルートとなってしまう。
後者の場合は、ナチュラル・ワインであれば比較的探しやすいが、前者の場合はフランス国内のワインなら、ロワール地方の東端にあるオーヴェルニュのワインが良い。(他の選択肢は、非常に限られる。)
シャルドネが見つかればベストなのだが、生産量が少ないため、ガメイで代用しておく方が現実的だろう。
フランス国外に目を向ければ、色々と選択肢が出てくる。
ギリシャのサントリーニ島、イタリア・シチリア島のエトナ、スペインのカナリア諸島あたりは、比較的探しやすく、価格的にも問題となることが少ない。
どちらにしても酸でマヨを突破するために、(半熟卵黄と違って)フルMLFである必要はないが、高い酸は欠かせない。
半熟バージョンでも、固ゆでバージョンでも、それぞれかなり細かい対応が必要になる難敵ウフマヨだが、シャンパーニュ(BdBがベスト)で強引に突破するという奥の手も一応ある。
ビストロ料理なのだから、細かいことは気にすべきではない、というのも真っ当な意見だが、卵がワインに及ぼす影響は非常に強いため、私は「気にする派」だ。