2021年1月5日8 分

新潟ワインコースト <日本海と海岸砂丘のテロワール>(新潟特集前編)

最終更新: 2021年1月27日

近年、「日本ワイン」の躍進が目覚ましい。日本固有のブドウ品種とされる甲州からは、国際的な主要ワインコンクールで金賞を受賞するワインが造られるようになり、ワインの本場フランス、ブルゴーニュの有名生産者が函館でブドウ栽培を始め、余市のピノ・ノワールで造った最初のワインがリリースされたと聞く。意外かもしれないが、南は九州でも実はなかなかのワインが生産されている。

そんな中、小さなワイン産地が新潟県の日本海側に誕生している。その名も「新潟ワインコースト」。ユニークなワインが生産されるそのテロワールと、個性的な生産者について紹介しよう。

空から見た新潟ワインコースト

©︎Fermier

日本ワインと新潟

日本ワイン」とは、日本国内で生産された葡萄から造られるワインと定義される。

そんなこと当たり前のように思われるかもしれないが、これまで日本国内で生産されたワインを「国産ワイン」と呼び、その中には輸入原料(海外産の葡萄や、葡萄の濃縮果汁等)を使って生産されたワインが含まれていたという背景がある。

日本のワイン産地が成長・躍進している中で、法整備が議論され、ようやく、2018年10月30日に施行された“ワイン法”で明確に差別化されることとなった。現在はラベルに「日本ワイン」の表記があれば、日本国内で栽培・収穫された葡萄のみを使用し、国内で醸造・瓶詰めされたワインであることが保証される。

日本におけるワイン用葡萄栽培で最も問題となる要因は、雨や湿度だろう。世界の多くのワイン産地は、年間降水量が数百ミリなのに対して、南北に細長く広がる日本列島は、観測地点の多くでゆうに1500ミリを超え、九州や四国の多いところでは3000ミリに達する

日本ワインの生産地として有力な長野、山梨、北海道が、都道府県別年間降水量ランキングで最下位(少ない)に名を連ねているのも納得だが、最も少ない長野で900ミリ台ボルドーと同等かやや多いくらいだ

また、冬に主に雨が降る葡萄栽培に適した地中海性気候と違い、日本の雨は葡萄の生育期間にあたる梅雨と台風シーズンに集中し、カビ系の病気が大きな問題となる。そのため、伝統的な生食用を含めた葡萄の栽培には、湿気がこもらないよう棚仕立てを採用している農家が多く、また、レインカットやグレープガードと呼ばれる直接葡萄に雨がかからないような仕組みも工夫されている。

さて、新潟といえば雪国のイメージが強く、日本有数の米どころとして有名だ。「ワイン産地としては寒くて雨が多いのでは」という印象を持っている方も多いかもしれない。

一方で、日本のワイン葡萄の父と呼ばれ、交配品種「マスカット・ベーリーA」の生みの親である「川上善兵衛」が1890年に創業した歴史ある「岩の原葡萄園」は、新潟県上越市に位置しているということも、はじめに付け加えておこう。

筆者は昨年11月中旬、「新潟ワインコースト」を初めて訪問した。

早朝、東京駅を出発した上越新幹線の車窓から眺める小春日和の景色は、越後湯沢に近づくにつれ、どんより灰色の雲から雨模様に変化し、紅葉した山々と収穫を終えた一面の田んぼを濡らしていた。季節の移り変わりと、東京との気候の違いを肌で感じつつ、コロナですっかり忘れてかけていたワイン産地を訪問するワクワク感を、久しぶりに思い出していた。

「新潟ワインコースト」のはじまり

上越新幹線の終点、新潟駅から海岸線沿いを南西方向へ26キロ、車で30分程のところに位置する「新潟ワインコースト」。その中心となるカーブドッチが、この地に葡萄を初めて植えたのが、1992年のこと。

今でこそ成熟してきた感のある日本のワイン市場だが、1992年というと、バブル経済が崩壊し、日本社会は不況の真っ只中。「赤ワインを飲んで血液サラサラ」のキャッチフレーズで沸いた、いわゆる第6次ワインブームより前で、人口一人あたりの年間ワイン消費量は1リットル未満という時代である。

カーブドッチの創業者である落希一郎氏は、ドイツでワイン造りを学び、帰国後、当時の日本では難しいと考えられていたヨーロッパのワイン用葡萄品種を栽培し、100%日本産ワインを造ることを目指した。長野や北海道を渡り歩いた後に、この新潟の地に「欧州ぶどう栽培研究所」を設立、苗木屋から入手可能な葡萄品種を片っ端から試していったのだそう。

海岸砂丘というテロワール

新潟ワインコースト」は、かつて海底火山だった角田山(かくだやま)の麓に位置し、海岸線までわずか1.5キロ。県北東部の村上市岩船港からこの角田山麓まで海岸沿い約70キロに砂丘が連なっている。約6000から7000年前は海底に沈んでいた日本海のミネラルを豊富に含む砂質土壌で、非常に水捌けが良く痩せている

雨上がりの葡萄畑を歩いても、ぬかるみは無く、表土を手に取るとサラサラと軽いビーチの砂のようだった。

サラサラの砂質土壌

新潟ワインコーストの砂質土壌

年間降水量は新潟県海岸部で1500から2000ミリ(新潟地方気象台HP)と、長野や山梨と比べても多く、この水捌けの良い砂質土壌は葡萄栽培において重要な利点となる。

日本海に望む佐渡ヶ島と、標高482メートルの角田山が、北西からの偏西風を遮る役割を担い、周辺地域と比べると積雪量が少なく、春から秋の降雨量もやや少なくなっている。そして、日中は海から、夜は陸から風が吹き、葡萄畑の湿度を下げてくれるので、カビの繁殖を防いでくれる

年間平均気温は13〜14℃で、冬場は東京より低くなるが、春から夏にかけては東京とほぼ同じで、海のように大きな水塊が近いと陸地での温度変化を和らげる作用が働くため、寒暖差が小さくなり、遅霜の被害はほぼない。また、夏場は砂地が日照を反射することで葡萄の成熟を助ける

このように日本海と海岸砂丘によって、葡萄栽培に適したユニークなテロワールが形成されていることがわかる。このテロワールから、繊細な風味、海のミネラルを感じる柔らかい酒質で、軽やかなワインが生まれている

葡萄畑の向こうには角田山

好適品種の発見

40種類以上の葡萄品種の試験栽培をしていく中で転機となったのが、2005年に植樹した「アルバリーニョ」がこの土地に適性をみせたことだった。

新潟ワインコーストに育つアルバリーニョ

©︎カーブドッチ

この品種は、スペイン北西部の大西洋に面した産地、リアス・バイシャスの白ワイン用品種で、2000年代に入って世界的な土着品種ブームの中で注目されてはじめていた。香り高くフルーティで新鮮な酸味があり、海を連想させるミネラル感が特徴の辛口白ワインは世界中で人気となり、現在ではカリフォルニアやニュージーランドなどスペイン以外の国でも栽培されるようになっている。

アルバリーニョは果皮が厚いため、湿気によるカビの病気にかかりにくいという栽培上の特性があり、雨の多い気候でも育てやすい。実際、リアス・バイシャスはスペインのワイン産地としては珍しく、新潟ワインコーストと同じ海の影響を受ける海洋性気候で、降水量や気温のデータが類似している。

ちなみに、リアス・バイシャスでは伝統的に棚仕立ての栽培方法が行われている点も日本の葡萄栽培と共通しているのだが、新潟ワインコーストでは垣根仕立てが採用されている

リアス・バイシャスで棚式が採用されている理由は、多湿な環境でも湿気がこもりにくいという利点に加えて、アルバリーニョは樹勢が強いという特性があるためだ。しかし、新潟ワインコーストは極端に痩せた砂地で、棚栽培に十分な樹勢を得られないと考えられており、結果、樹勢が強いアルバリーニョでも垣根の方が管理しやすく、栽培コストを抑えることができるのだ。

カーブドッチでアルバリーニョが栽培されたきっかけは、トライアルしていた数ある品種のうちのひとつにすぎなかったが、この偶然の発見により、新潟ワインコーストを象徴する葡萄品種が定まったことは、その後の産地形成を考えると運命的と言えるだろう。

戦略的産地形成「ワイナリー経営塾」

落氏は、カーブドッチが切り開いた土地を、ワイン産地として発展させることを目指していた。それには、自社だけではなく、人々を呼び寄せる魅力ある他のワイナリーの存在が必要だった。

そこで、「ワイナリー経営塾」という、同じエリアでのワイナリー開業を支援するプログラムをスタートさせたのだ。葡萄栽培やワイン醸造の基本から、ワイナリー創業に向けて必要とされる知識、経営全般のノウハウまでサポートするというもの。

2005年、第一期生として本多孝さんが入塾し、1年間の研修を経て、翌2006年に「フェルミエ」を創業するのだが、最初のアルバリーニョの植樹に本多さんは直接関わり、創業時にその区画をカーブドッチから譲り受けている。

その後、「ワイナリー経営塾」を卒業した個性豊かな面々が、2011年に「ドメーヌ・ショオ」、2013年に「カンティーナ・ジーオセット」、2015年に「ルサンクワイナリー」をオープンし、現在までにカーブドッチを含め5軒のワイナリーで「新潟ワインコースト」を形成している。

後編では、新潟ワインコーストの魅力的な造り手たちのレポートをいたします。

新潟に点在するワイナリーと、新潟ワインコーストの位置

©︎日本ワイナリー協会

<プロフィール>

高橋 佳子 / Yoshiko Takahashi DipWSET

Y’n plus

兵庫県生まれ。

2000年、大阪北新地のワインバーでソムリエ見習いとしてワインの世界に足を踏み入れる。

2002〜2003年渡豪、ヴィクトリアとタスマニアのワイナリーで研修。帰国後、インポーター勤務時に上京。ワイン専門卸会社勤務を経て、2013年よりフリーランス。

ワインスクール講師、ワイン専門通訳&翻訳、ワインライター、ワインコンサルタントなど、ワイン業界でフレキシブルに活動する。

2016年、WSET® Level 4 Diploma取得

2017年、PIWOSA Women in Wine Initiative 南アフリカワインのインターンシッププログラム参加

2018・2019年、Royal Hobart Wine Show International Judge

2019年より、WOSA南アフリカワイン協会の日本窓口も務める