2023年7月15日3 分

ナチュラルワイン・ペアリング <5>

「欠陥的特徴」とも呼ばれるナチュラルワインに散見される風味を、あえてポジティヴに捉え、積極的にペアリングで用いていく方法を検証していく当シリーズ。

最終回となる今回は、「ネズミ臭」をテーマとして考えていくが、実はネズミ臭だけはポジティヴなペアリングを展開することが非常に難しい。

よって、ネズミ臭に関しては、ペアリング要素としての積極的な使用法ではなく、いかに発現を抑えるかについて検証していく。

ネズミ臭は、発酵中、もしくは熟成中のワインが、過剰に酸素にさらされたときに起こると考えられている、細菌汚染の一種。現時点での研究では、乳酸菌が主因である可能性が高いとされているが、酵母菌のブレタノマイセスとの関連を指摘する研究結果も報告されている。

好気的環境や、ラッキングや瓶詰め等の液体の移動の際に発生してしまうことが多いとされ、海外では「ネズミ小屋」、「腐った牛乳」とも表現される強烈な異臭を放つ。日本においては、「マメ臭」という俗称が定着しているが、この表現は日本特有の、極端に好意的な解釈と言える。基本的には、かなり不快な「腐臭」の一種であり、その厄介な特性も相まって、欠陥的特徴の中でも最悪のものとされている。

ネズミ臭は通常のワインのpH値では揮発できないという特性があるため、香りからの検出は不可能とされているが、主因物質の一つとして特定されているアセチルピロリンという化合物は、ワインのpH値が高い状態の場合、僅かながら揮発し、だだちゃ豆ポップコーンを思わせる香気を発する可能性が指摘されている。また、アセチルテトラピリジンは、弱アルカリ性である人間の唾液との接触により中和された際に揮発する。なお、人の唾液のpH値は個人差が大きいため、軽度のネズミ臭は全ての人が感知できるわけではない。

そして、ネズミ臭をペアリングで用いることが難しい最大の要因は、その現出タイミングにある。唾液との接触がトリガーとなるため、ネズミ臭は必ず、ミッドパレットの後半から余韻にかけて出てくるのだ。しかも、強度の場合は余韻で数分続くこともあるため、どうしても「腐臭」が残ってしまい、対処が極めて難しい。

しかし、ネズミ臭の発現を強力に抑制する方法と、ネズミ臭自体をマスキングする方法はある。

抑制する方法は、シンプルに口内のpH値を可能な限り低く(口中が酸っぱく感じる程度に)保つ、というものだ。

レモン果汁、各種ヴィネガー、ポン酢などを料理に用いてpH値を下げておけば、中程度のネズミ臭であれば、十分に抑制することができる。

また、この際に気をつけるべき点は、料理の塩分となる。食塩は弱アルカリ性であるため、口中のpH値を引き上げてしまうからだ。

料理の塩分を下げ、酸度を上げる。

単純な方法だが、良く効く。

次は、マスキングする方法

ネズミ臭をある種の「スパイス香」と考えた場合、より強いスパイス風味によって、強力にマスキングすることが可能になる。

特にニンニクは、非常に高い有効性が認められる。

その他、より強いスパイス風味に該当するものとしては、カルダモン、クミン、シナモン、生姜などが挙げられる。

また、この方法において注意すべきは、スパイス感の種類となる。唐辛子椒、山葵辛子などの「物理的刺激」に限りなく近いスパイス感は、ネズミ臭をマスキングすることがほとんどできないからだ。

あくまでも「風味」としてのスパイス感が必要、と覚えおくと良い。

この2通りの方法を併用して、例えばニンニクがしっかりと効いた唐揚げに、レモン果汁をたっぷり絞って食べた場合、嘘のようにネズミ臭が消えてしまう。

積極的な活用は不可能に限りなく近いが、ネズミ臭が出て困った時の対策として、家庭ではレモン果汁とニンニクチューブを常備しておくことをおすすめする。