2022年8月23日6 分

繋ぐものたち <長野・千曲川ワインヴァレー特集 第1.5章>

最終更新: 2022年9月10日

「ここがワイン産地として成立しているのか、まだ良く分からない。」

ドメーヌ・ナカジマの中島豊さんが語った言葉は、この旅の中でも特に印象に残るものの一つだ。

現在千曲川ワインヴァレーには、30軒(醸造所付き)ワイナリーがある。

この数を少ないと思うか、意外と多いと思うのかは人それぞれだが、少なくとも「ワイン産地」と呼ぶには、世界各地の実情を鑑みる限り、数だけなら十分と言えるだろう。

一つの原産地呼称制度内に、一つのワイナリーしか存在していないケースは多々あるし、20軒程度でも原産地呼称を得ている広い産地も少なからずある。

では、それらの産地と千曲川ワインヴァレーを隔てるものがあるとしたら、それはなんなのだろうか。

千曲川ワインヴァレーを総合的に見ると、まだワイン産地とは言い切れない理由があるとしたら、なんなのだろうか。

それは、歴史と文化だ。

歴史はそのまま年数でもあるため、この点はもうただただ待つしかない。

しかし、文化は違う。

文化とは人が作り上げるものだ。そして、文化の構築はより広範囲で行えば、短時間でも可能だ。

その文化を作り上げる役割を、造り手以外で担っている人々が、長野にはいる。

『第1.5章 繋ぐものたち』は、造り手のみではなく、文化の繋ぎ手たちにも焦点を当てた、サイドストーリーとなる。

ワイナリーとワインレーベル

千曲川ワインヴァレーに存在するワイナリーの数が30軒と聞いて、首を傾げる人も多いだろう。そう、実際には、その軒数よりも遥かに多い数の「ワイナリー」(以降、醸造所付きワイナリーと区別して、ワインレーベルと表記)がワインを造っているように見えるのだ。

そのカラクリは、委託醸造にある。

ワイン特区制度下では、2,000ℓの生産量で製造免許を取得できる。この数字は、例えば0.5haの畑を40hl/haの収量で収穫できれば、クリアできる水準となる。それほどハードルが高くないようにも、実際には思える規定だ。

しかし、2,000ℓギリギリだと、750mlのボトル換算で約2,600本程度の生産量となる。
 

 

仮に一本3,000円で全てワイナリーが直接販売したとすれば、約780万円「売上」が立つ。(実際には、酒販店に対して卸価格で蔵出しすることの方が多いので、売上はもっと低い。)

ただし、その金額はあくまでも売上であり、利益ではない

物価の高い日本で、葡萄畑購入にかかった費用、ワイナリー建設にかけた多額の借金の返済、設備維持費(電気・ガス・水道など)、設備投資費、人件費、栽培費(苗木・農薬など)、材料費(ボトル・コルクなど)といった様々な費用を差し引くと、利益はそう簡単には出ないのが分かると思う。

利益分はそのまま、造り手本人の収入となるため、実際のところ2,000程度で生活を安定させるのは(よっぽどお金のかからない簡素な設備や方法で作らない限り)不可能に等しい

醸造施設をもつ小規模ワイナリーは、この問題を解消するために、買い葡萄でのワイン造りに加えて、委託醸造を受けることが多々ある。一方で、醸造施設をもたないワインレーベルにとっては、多額の借金を背負わずにワインを造ることができる。

つまり、基本的には「Win&Win」の関係が成立しているのが、委託醸造だ。

ワイン文化をより早く作りあげるためには、個の力ではなく、集の力が必須となる。

その意味でも、委託醸造という仕組みは、ワイン造りへの参入ハードルを大きく下げ、より多くのワインを市場に送り込むことができる、実に理に適ったものだ。

ただ、そこに問題が無いわけではない

実状として、ワインレーベルの思い通りに醸造をするワイナリーは決して多くない。ワインレーベルが醸造に関して完全な素人であるケースが多いことや、ワイナリー自体の物的、人的キャパシティーも理由として挙げられるが、例えば培養酵母をしっかりと使って醸造を行うワイナリーで、自然発酵を試みることは(培養酵母の方が遥かに強いため)あまり意味がないし、放置型醸造で増えた酢酸菌は、他のワインにも影響を及ぼす可能性が否定できない。

つまり、自由にやらせるというのは、それなりのリスクを伴ってしまうのだ。

結果として、実際には数えきれないほどの異なるワインレーベルがあるにも関わらず、委託先ワイナリーのスタイルによって、少数の「味すじ」にまとまってしまっている

醸造所付きワイナリーが増えない限りこればかりはどうしょうも無いが、現状は千曲川ワインヴァレーのワインを選ぶ際には、ワインレーベル以上に、「どこが醸造をしているのか」を見る必要があると言えるだろう。

繋ぐものたち

委託醸造という仕組みが、ワイン造りの裾野を広げる役割を担っている一方で、販売者や紹介者にも、文化を懸命に繋いでる人々がいる。

湯楽里館ワイン&ビアミュージアム

千曲川ワインヴァレーの中に温泉施設は複数あるが、その中でも最も人気なのが東御市にある湯楽里館(ゆらりかん)だ。

そして、湯楽里館の2階に併設されたワイン&ビアミュージアムは、千曲川ワインヴァレーの変遷と進化を知る上で、是非にも訪れるべき場所となっている。

ミュージアムスペースでは、パイオニアたるヴィラデストワイナリーに始まる千曲川ワインヴァレーの興りを詳細な解説と共に知ることができる上に、各ワイナリーも個別にしっかりと紹介されている。

さらに、ワインの試飲コーナーが充実、県外ではなかなか買えないワインもボトルで販売している。

産地を知り、ワインを飲み、ワインを買う。ワイン&ビアミュージアムは、その全てが叶う場所だ。

東御ワインチャペル

ワイン&ビアミュージアムと並んで、ワイン文化形成に多大な貢献を果たしているのが、東御ワインチャペル

ビストロ&ワインショップという形態のお店で、ワインの品揃えは千曲川ワインヴァレー産に完全に特化している。

シニアソムリエの石原浩子さんがワインセレクションとサーヴィスを担当し、Coravinを最大限に活用して、非常にたくさんの千曲川ワインヴァレー産ワインをグラスで楽しむことができる。

入手困難な銘柄や、注目が高まる銘柄、知名度は低いが大きな期待がもてる銘柄など、セレクションは非常に幅広く、石原さんの巧みなガイドによって、まさに千曲川ワインヴァレーを「味わい尽くす」ことができる、最高のお店だ。

もちろん、ワインショップとしてワインの販売も行っているため、お土産の調達にも困らない。千曲川ワインヴァレーでは、ワイナリーでワインの直販を行っていないこともそれなりにあるため、こういったお店は極めて重要な存在だ。

Fika

千曲川ワインヴァレー内にある一番栄えた街は上田。そして、上田には地元ワインを扱うお店が結構あるのだが、筆者が訪れたのはFikaというビストロだった。

築90年の古い自転車屋を改装した空間は、程よく暗く、しっとりと落ち着く、独特の心地良さがある。地元食材を取り入れたビストロ料理も実に美味。

ワインセレクションが、完全に「ナチュラル」に寄っているのも、第1章で述べたような千曲川ワインヴァレーの最新トレンドとうまく噛み合っていて、海外産と地元産のナチュラルワインを飲み比べながら、ワイン談義に花を咲かす最高の場所となっている。

地元ワインは(数の問題があり)ボトル販売が主となっているようなので、多人数で行くとより楽しめるだろう。

文化の担い手たち

日本にワイン文化が根付くためには、まずはその産地周辺から変化が始めるべきだと筆者は強く思う。東京でどれだけそのワインが売れても、世界各国のワインが集まる巨大なカルチャーの渦に飲み込まれる可能性が捨てきれない。地元で造られたワインが、地元のレストランやショップに並ぶ。長野の人たちにとって、地元ワインを飲むことが日常になる。そのような地産地消の先にこそ、文化があるのだ信じている。

第2章に続く