2022年9月7日3 分

日本酒のマメ臭

マメ臭とは、正式にはネズミ臭と呼ばれる欠陥臭に対する、日本独自の俗称だ。

この俗称には、日本人らしい「寛容さ」が現れていて、マメ=豆という、欠陥とは直接的には繋がりにくいイメージの言葉として定着してきた。

海外ではマメ臭に関連した一般的な表現として、「ネズミの死骸」「腐った牛乳」といった強烈な腐敗臭を連想させる言葉が用いられる。

つまり、肯定的な要素は皆無であるということだ。

マメ臭は、発酵中もしくは熟成中に、過剰に酸素にさらされたときに起こると考えられている細菌汚染の一種で、現時点での研究では、乳酸菌が主因である可能性が高いとされているが、酵母菌のブレタノマイセスとの関連を指摘する研究結果も報告されている。

この乳酸菌が主因という説が間違いないのであれば、実は現在一部の特殊な日本酒に起こっている現象の説明にもなりえるのでは、と筆者は考えている。

過去回帰のムーヴメントは、何もワインにだけ起こるのではなく、現在日本酒の世界でも大きなうねりとなりつつある。

日本酒における過去回帰の実態も、ワインとそう遠いものではなく、基本的には「農作物」としての日本酒への回帰、人為的介入の積極的な排除といった要素を多分に含んでいる。

さて、問題点の検証に入る前に、一つ再確認しておくべきことがある。

近代の日本酒造りがどのように洗練されてきたか、だ。

仕込みのあらゆる段階で近代的洗練が施されてきてはいるが、今回着目したいのは、「酛」である。

酛、山廃酛、速醸酛。方法論は違えど、これらは全て安定した強固な乳酸菌を獲得するための技術として発展してきたものだ。

少々の語弊を含んではしまうが、日本酒の近代醸造は、「乳酸菌を制す」ことによって発展してきたと言い換えることもできるだろう。

そして今、この進化とは逆行したタイプの日本酒にチャレンジする造り手が増加している。

それだけなら日本酒の多様化とも繋がり、歓迎すべきことなのだが、問題はこれらの日本酒の中に、マメ臭を発生させるものが少なからずあるということだ。

その代表的な例が、菩提酛、濁酒(どぶろく)、全麹酒だ。

近代的な日本酒に含まれる乳酸菌を仮に「善玉乳酸菌」、マメ臭の元になっていると考えられる乳酸菌を仮に「悪玉乳酸菌」と呼ぶことにするが、菩提酛、濁酒全麹酒においては、悪玉乳酸菌の繁殖を抑えることが、(ここでは詳細は割愛させていただくが)製法上どうしても困難になってしまう。

日本酒の場合、火入れによって悪玉乳酸菌を殺菌できるのではと考えるかも知れないが、(乳酸菌の種類によって実際には多少異なるが)一般的に乳酸菌を殺菌するには、75度以上で15分程度加熱する必要があるのに対し、一般的な火入れは63度を超えない温度で施される。

つまり、火入れによって悪玉乳酸菌が滅菌される可能性は、決して高くないと考えられるのだ。

実際に、それらの特殊な日本酒で火入れを施したものからも、筆者は何度もマメ臭を確認している。

これらの仮説が全て正しいのだとすれば、悪玉乳酸菌の活動が活発化した日本酒からマメ臭を取り除くには、非現実的なレベルの「燗」をする必要がある。

全体論で言えば、私は日本酒の過去回帰は、両手を上げて歓迎したいと思っている。

しかしそれはあくまでも、「明確な理由があって廃れた」技術の再現ではなく、それらの技術の現代的進化系として表現されてこそ、とも思っているのだ。

今一度問いたい。乳酸菌を御しきれないことは、日本酒としては恥ずべきことなのではないだろうか。

それを「自然だから」と片付けてしまうことが、本当に正しいのだろうか、と。