2022年4月30日14 分

マイナー品種の女王 <ロワール渓谷特集:第二章 前編>

私自身は決して好きではない表現だが、世界三大〇〇という紹介の仕方は、あらゆるジャンルにおいて、非常に一般的だ。もちろん、ワインの世界でも様々な使われ方がされてきた表現だ。一種の思考実験として、この表現を深堀してみると、今まで見えてこなかったものが、突然見え始めることがある。

まずは三大〇〇を黒葡萄に当てはめてみよう。一般論で言うならピノ・ノワールカベルネ・ソーヴィニヨンは確定。三つ目はシラーあたりが妥当だろう。しかし、ピノ・ノワールが含まれることには全く異論は無いが、他の2品種には疑問が浮かんでくる。メルロでもカベルネ・フランでもなく、カベルネ・ソーヴィニヨンだけを三大黒葡萄として含めるのは、アンフェアでは無いだろうか?実際に、最高地点の品質の話をすれば、ボルドー左岸の主体となるカベルネ・ソーヴィニヨン、ボルドー右岸サン=テミリオンで重要な役割を担うカベルネ・フラン、ボルドー右岸ポムロールの主体となるメルロの三者間に、優劣は無い。シラーに関してもそうだ。シラーを主体とした最高のコート・ロティやエルミタージュと、グルナッシュを主体とした最高のシャトヌフ・デュ・パプの間に、優劣関係は認められない。

そう考えれば、そもそも三大黒葡萄というコンセプト自体が最初から破綻しているとも言えるのだ。正しくは、世界六大黒葡萄品種、とすべきだろう。

しかし、疑問はまだ止まらない。この世界六大葡萄品種、全てがフランスの品種として知られるものだ。まさにアンフェアの極みであるが、確かにこれらの品種には例外なく、世界各地で広く栽培されている、という特徴がある。その点に頑なにこだわるのであれば、残念ながらイタリアやスペインの品種に出番が回ってくることは無いだろう。

個人的にはなんとも煮え切らないが、一つ進言させていただきたいのは、ワインの品質は決して葡萄品種だけでは決まらないという、確固たる事実だ。特に、品質が最高地点まで到達するためには、それぞれの葡萄品種とテロワールの特性ごとにカスタマイズされた、品質向上のための方法論や技術が、極限まで洗練されている必要がある。そしてこの洗練とは、どのような最新の技術をもってしてもショートカットで辿り着くことはできない。長い歴史の中でトライ&エラーを幾度となく繰り返してこそ、研ぎ澄まされていくものなのだ。

少し言い回しを変えよう。この洗練とはつまり、レシピの完成度、のようなものだ。葡萄という材料を、最高のワインに仕上げるための(栽培、醸造の)レシピが存在しているかどうか。筆者は、品質の極地点に達しているかを、【葡萄品種 × テロワール × レシピ】の完成度で判断するのが、最もフェアだと考える。

その観点に基づけば、少なくともイタリアからは、ネッビオーロサンジョヴェーゼが、スペインからはテンプラニーリョが、フランスまみれの世界六大黒葡萄品種に仲間入りを果たす。

これで、世界九大黒葡萄品種。キリが悪いので、世界十大、としたいところだが、10番目の候補は、異論が噴出することだろうし、九大に比べると少し見劣りするのも避けられない。

さて、白葡萄はどうだろうか。

一般論で世界三大白葡萄品種を選ぶなら、シャルドネソーヴィニヨン・ブランリースリングで確定だ。そして、この三大白葡萄品種は、疑問が多々浮かんだ黒葡萄に比べると、圧倒的に「固い」並びでもある。マイナー品種をこよなく愛する筆者が、どれだけ贔屓目に見たとしても、現時点で【葡萄品種 × テロワール × レシピ】の完成度において、この3品種と並び立つ白葡萄は思い浮かばない。(筆者にとっては)オプション要素的な、世界各地への分布に関しても同様だ。

しかし今、この三大白葡萄の強固な牙城を崩そうとしている品種がある。その品種こそ、本章の主役である、シュナン・ブランだ。

進化のタイミング

長い前置きとなったが、シュナン・ブランが世界三大白葡萄品種に並び立つ存在へと「成ろう」としていると筆者が考える理由は、2つある。

一つ目は、南アフリカの大躍進だ。かつてSteenと現地で呼ばれていた南アフリカのシュナン・ブランは長い間、試験勉強でそのシノニムを覚えるためだけの存在から、抜け出せていなかった。しかし、過去15年間の間に目覚ましい進化と躍進を遂げ、今ではすっかり世界最高峰のシュナン・ブランとして定着した。シュナン・ブランという葡萄が、原産地以外でも、極めて優れた結果を生み出せる葡萄であることが、証明されたのだ。

二つ目は、聖地の目覚めである。南アフリカのシュナン・ブランが台頭するまでは、世界のシュナン・ブラン市場において、フランス・ロワール渓谷の、アンジュ、ソミュール、トゥレーヌが圧倒的な優位を維持してきた。しかし、長過ぎる独占状態は、必ず怠慢を招くことは歴史が何度も証明してきたことだ。「パリの審判」の結果によって、ボルドーとブルゴーニュが再活性化したように、強力なライバルの出現は、進化にとって重要なモチベーションとインスピレーションになり得る。それは、シュナン・ブランの聖地たるロワール渓谷でも同じだ。また、アンジュ、ソミュール、トゥレーヌでは2010年前後から世代交代が徐々に進み始めたこともあり、ライバルの出現と合わせて、進化が促される要素がやってくるタイミングが重なったのも幸いだった。

シュナン・ブラン

この品種の歴史を紐解くと、最古の記述は1496年にまで遡ることができる。トマ・ボヒエなる貴族が、ロワール渓谷の古城群でも際立って名高いシャノンソー城周辺に葡萄畑を開墾し、アンジュから葡萄を持ち込んだとある。この「アンジュの葡萄」は、シュナン・ブランであったと確実視されているため、少なくとも1496年以前から、ロワール渓谷にシュナン・ブランが根付いていたことが確認できる。また、1520年から1535年の間には、トマ・ボヒエの義理の兄弟で、神父でもあったドゥニ・ブリソネが、トゥレーヌのMont-Chenin(モン=シュナン)に、シュナン・ブランであったと考えられる「アンジュの葡萄」を植えたとされている。また、現在のシュナン・ブランという品種名は、このモン=シュナンに由来するという説が現在最も有力視されている。ドゥニ・ブリソネはシュナン・ブランだけでなく、非常に多くの品種を試験栽培したようだが、テロワールに最も適合した品種としてシュナン・ブランが最終的に生き残った。

1534年には、シュナンという名称の最古の記述がある書物としても知られる、フランス・ルネサンスを代表する詩人フランソワ・ラブレー(出身はロワール渓谷のシノン)の「ガルガンチュワ」が刊行されている。ガルガンチュワの中で、ラブレーはシュナン・ブランを「なんと素晴らしい白ワインだ!私の魂にとって、このワインはタフタ(シルク製の生地)と同じ価値がある!」と表現している。

遺伝子的には、片親がサヴァニャンである可能性が高いことが判明しているが、もう片方の親は不明なまま(おそらく既に絶滅していると考えられる)。

肥沃な土壌ではかなり樹勢が強くなり、萌芽が早いため春の遅霜のリスクが大きく、貴腐菌と、うどん粉病にも弱いシュナン・ブランは、かなり場所を選ぶ葡萄でもある。

ロワール渓谷での栽培面積は下り坂から抜け出せておらず、1960年頃に比べると現在は約2/3程度にまで落ちている。

美しいシャノンソー城

ロワール渓谷のシュナン

ロワール渓谷におけるシュナン・ブランの在り方は、そのままこの品種の偉大さを示している。辛口から極甘口まで、グラデーションのように存在する多種多様なスタイルと、その全ての段階における完成度の高さは、圧巻そのものだ。

世界中を見回しても、このような特性を発揮している品種は、リースリングしかない。ソーヴィニヨン・ブランや、ハンガリー・トカイのフルミントも同様ではと思うかも知れないが、リースリングとシュナン・ブランほど、細かく段階的になってはいない。

世界でも稀有な特性と、その完成度。やはり、シュナン・ブランが、世界三大白葡萄の仲間入りをするのに十分な資質をもっているのは明らかだ。

また、アンジュ、ソミュール、トゥレーヌに点在する、シュナン・ブランが主体となる小アペラシオンがそれぞれ非常に個性的である点も、明確なプラス要素だ。

ピノ・ノワールがブルゴーニュにおいて、隣り合う村で全く異なる個性を表現するように。

リースリングが、モーゼルとラインガウとナーエでは大きく味わいが異なるように。

シュナン・ブランもまた、テロワールを緻密に表現する能力を有している。

さらに、ロワール渓谷の場合は、テロワールに加えて、レシピの成熟度とバリエーションも非常に高いレベルにある。

では、シュナン・ブランの聖地にある、極めて魅力的な小アペラシオンの数々を紹介していこう。

アンジュの葡萄畑

Anjou(アンジュ)

生産量だけをベースに見るのであれば、シュナン・ブラン発祥の地と目されるアンジュは、この品種のメッカではない。この地の栽培面積の半分は、カベルネ・フランであり、しかもその多くは、(しばしば低品質な)Cabernet d’AnjouRosé d’Anjouといった大量生産型ロゼワインへと回される。そう、ここは基本的にはロゼの産地だ。

しかし、アンジュに広く分布する二つの土壌タイプのうち、アンジュ・ノワールと呼ばれるシスト土壌はシュナン・ブランに適しており、高品質なシュナン・ブランが少なからず生産されている。(ややこしいが、もう一つの土壌は石灰岩系土壌のアンジュ・ブランで、カベルネ・フランに適している。)

AOP Anjou

AOP Anjouは中域アペラシオンに分類され、アンジュ地方を全体的にカヴァーしている。そのことと、(安価で低品質な)ロゼワインの影響から、Anjou Blancとしてリリースされるシュナン・ブランは、格下と見なされてしまうことが多い。しかし、これは非常に誤った見方である。前述したように、そもそもこの地では、シュナン・ブランに適したアンジュ・ノワールの土壌でのみ真価を発揮する葡萄であることから、しっかりと場所を選んで植えられているため、高品質なケースが多いのだ。その最たる例は、賢人マルク・アンジェリが率いるLa Ferme de la Sansonnièresだろう。サンソニエールは過去の衝突もあり、AOPから脱退し、Vin de Franceとしてワインをリリースしているが、彼のワインがアンジュを代表する白ワインである事実は変わりない。ビオディナミによって高められたエネルギーが、アンジュらしい「ソフトなテクスチャー」の中で濃密に表現されている。他にも、Philippe DelesvauxEric Morgatらが、小アペラシオンと比べても全く遜色のないワインを手がけている。

AOP Savennières

アンジュ地方の中でも、辛口タイプのワインを産出する小アペラシオンとして、圧倒的に良く知られているのが北西部に位置するSavennières(サヴニエール)だ。1970年代後半には、僅か46haにまで栽培面積が落ちていたサヴニエールは、その安定した高品質が認められ、復活の最中にある。南から南西に向いた丘が連なるため日当たりが良く、雨が少なく病害リスクが低いため、葡萄が安定して熟しやすい。サヴニエールのアルコール濃度が、ロワール渓谷の中でも最も高くなることが多いのは、このテロワールが所以である。

サヴニエールは非常に硬質で分厚いミネラル感が特徴で、全体的に「大柄で筋肉質」な印象が強いアペラシオンだ。この特徴と、驚異的な長期熟成能力から、ロワール渓谷最上のシュナン・ブランの産地とされることも多いが、筆者は完全には賛同しかねる。同じアンジュ地方の中でも、優れたAnjou BlancSavennièresの違いは、ブルゴーニュで例えるなら、順にバタール=モンラッシェとコルトン=シャルルマーニュの違いに近い。つまり、両者間にあるのは、明確な優劣ではなく、個性の違いと考える方が正確と思えてならないのだ。Savennièresの真髄を体現している造り手としては、Domaine du CloselChâteau d’Epiré、Eric Moragat辺りを推挙しておく。

AOP Savennières Coulée de Serrant

AOP Savennières Roche aux Moines

サヴニエールに内包される二つのサブアペラシオンを、より上位のエリアと見なすかは、意見が分かれるところだ。ワイン法としては、これらのアペラシオンはサヴニエールの上位ではなく、あくまでも独立したアペラシオンとして横並びになっている。つまり、法律的にはプルミエ・クリュでも、グラン・クリュでも無いということだ。歴史的にも、この二つが独立したアペラシオンとして成立したのは2011年と、つい最近の話である。

総面積約30haのロッシュ・オー・モワンヌに関しては、一般的なサヴニエールの特徴を全体的にブーストさせたような性質があるため、上位の畑としての認識は理解できる部分が多い。この畑には、1130年シトー派の聖ニコラ修道院に貴族から領地が寄贈され、修道士が葡萄畑を切り拓いた時から一貫して特別視されてきたという由緒正しき歴史もある。直訳すると「修道士の岩」という意味になるロッシュ・オー・モワンヌの名は、この歴史的背景からきている。また、ロッシュ・オー・モワンヌを生産する造り手たちも、総じてレベルが高い。Château Pierre-BiseDomaine aux MoinesDomaine FL等は、是非体験していただきたい造り手たちだ。

さて、問題はクーレ・ド・セランだ。その出自はロッシュ・オー・モワンヌと全く同様であることから、歴史的価値は文句なしに高い。問題とすべき、いや、問題だったのは、この僅か7haという畑を単独所有する、ニコラ・ジョリーだ。ビオディナミの伝道師として名高いニコラ・ジョリーは、世界のワイン産業に多大なる影響を与えた偉人であり、もしワインの世界にスポーツのような「殿堂」があるのなら、殿堂入り間違い無しの傑物だ。

ニコラ・ジョリーは、クーレ・ド・セランの他に、AOP Savennières Roche aux Moinesとして、Clos de la Bergerieを、AOP SavennièresとしてLes Vieux Closというワインも生産しており、これらは間違いなく安定してサヴニエール最上クラスのワインだ。しかし、クーレ・ド・セランになると、好不調の波が異常に激しかった。いや、むしろ、不調であることが多く、極めて理解の難しいワインだった。少量の貴腐果が出るまで収穫を遅らせ、テロワールの特徴を最大限に凝縮させるニコラの方法論が、クーレ・ド・セランとだけはどうもピントが合っていないという印象を、筆者はずっともち続けてきたのだ。本来であれば、サヴニエール最上の畑として、その実力をいかんなく発揮して欲しい畑で、不調が続く。そんなもどかしさは、シュナン・ブラン自体の評価を悪化させた部分も少なからずあると思う。さらに悪いことに、ニコラ・ジョリーのホームページには、「酸化と成熟を混同するな」と題した長ったらしく、理屈っぽい説明文まである。このような「論点のすり替え」もまた、悪印象に繋がりかねないものだった。

先ほど、「問題だった」と過去形で書いたのには、実は明確な理由がある。難しいワインだったクーレ・ド・セランが2014年ヴィンテージ以降、激変したのだ。

理由は定かではない。娘がワイン造りに参画し始めた影響かも知れないし、そうでは無いのかも知れない。だが、ニコラが長年にわたって提唱してきた理論と、クーレ・ド・セランのピントがピッタリと合うようになり、異次元とも言える圧倒的な完成度に到達したのだけは間違いない。

つまり、2014年以降のクーレ・ド・セランの話をするのであれば、上位の畑として全く異論は無いどころか、ロッシュ・オー・モワンヌをプルミエ・クリュ相当、クーレ・ド・セランをグラン・クリュ相当としても、十分に納得できる。

AOP Coteaux du Layon

AOP Coteaux du Layon Chaume (1er Cru)

AOP Quarts de Chaume(Grand Cru)

AOP Bonnezeaux

アンジュ地方にある極甘口ワインの小アペラシオンは、世界でも最も過小評価されている極甘口ワインの産地だ。酸が高いシュナン・ブランは、極端な遅摘みや貴腐果でも酸を維持することができるため、極めてバランスの良い極甘口ワインになる。日本ではそもそも極甘口ワインの人気が低く、ほとんど見かけないのが実に残念だが、探し出す価値は十分にあるワインだ。優れたQuarts de Chaume(クァール・ド・ショーム)やBonnezeaux(ボンヌゾー)は、並のソーテルヌなど比較にすらならないほど素晴らしい。

このエリアは、実は過去20年近く、かなり複雑な事情を抱えてきた。かつては独立したアペラシオンであったChaume(ショーム)が、2003年に初めて、Coteaux du Layon(コトー・デュ・レヨン)の「クリュ」として再編されたことが、騒動のきっかけだ。フランスにおいて、「クリュ」は基本的に上位格付けを意味する、もしくは強くそれを想起させる。それだけなら良いのだが、問題は別のところにあった。かねてからショームよりも優れていると認識されていたクァール・ド・ショームが、そのままになっていたことにより、クリュ認定されたショームよりも下位であるという誤解が生じてしまったのだ。

ショームの「クリュ化」は2005年に取り消され、2007年に復活し、2009年に再び取り消されるという、なんとも酷い状況に陥ってしまったが、INAOは2011年に最終的な結論として、クァール・ド・ショームにGrand Cruと付け加えることを認めた上で、ショームに対してはコトー・デュ・レヨンのクリュの一つとして、Chaume Premier Cruと名乗ることを認めた。簡単に言うと、この戦いはクァール・ド・ショームの勝利に終わったということだ。

しかし、我関せずを貫いたもう一つのアペラシオンであるボンヌゾーは、クァール・ド・ショームと同格の評価を得てきたにも関わらず、クリュ認定されていないままのため、なんとも複雑な状況であることには変わりないと言える。

アンジュ地方の極甘口ワインの真髄を体験したいのであれば、優れ手を知ることは必須だ。やはりDomaine des Baumardのクァール・ド・ショームは外せないだろう。Patrick BaudouinDomaine FL、Domaine Pierre-Biseなども極上のクァール・ド・ショームを手がけている。ボンヌゾーでは、Rene Renouが相変わらず最上の造り手だが、Château de Feslesも素晴らしい。

近日公開予定の第二章 後編では、ソミュール、トゥレーヌのシュナン・ブランを特集していく。