2022年8月6日4 分
地元で採れた作物を地元で食べ、地元で造られた酒を地元で飲む。
このことが「当たり前」だった時代は、随分と昔のことだ。
文明が生まれ、都市が形成されたころには、すでに都市部(もしくは大きな集落)への生活必需品の短距離輸送(といっても原始的な「手運び」であるが)は始まっていた。
やがて、車輪の発明によって輸送距離が伸び、船の発明によってさらに伸び、航空輸送が一般化した頃には、流通網は地球規模にまで発展した。
それでも長らくの間、何かしらの形で生き残ってきた「地元消費」の文化には、特に名前はついていなかったのだが、現在で言うところの「地産地消」という名称によって、地元消費文化がリブランディングされたのは1970年代のこと。アメリカ・カリフォルニア州でシェ・パニーズと言うレストランをオープンしたアリス・ルイーズ・ウォーターズが、地産地消のパイオニアと考えられている。
オーガニック栽培をした地元食材を大切にするというアリスの哲学は、やがて環境問題やスローフードムーヴメントとも結びつき、現在の多角的側面をもつ地産地消へと発展していった。
今回は、この地産地消を「味」という側面だけから見ていこうと思う。
旅行先で食べた、その地の料理に感動したという体験は、実際に多くの人がしているだろう。
もちろん、この体験の大部分は明確に精神的な「ロマンス要素」によってもたらされていると考えるのが自然なのだが、そうとは言い切れないケースが確かにあるのだ。
例えば、同じ農家が育てた全く同じ野菜を、その地で食べるのと、遠く離れた都市部まで持ってきて食べるのとでは、明らかに味わいが異なるということがある。
具体的に言うと、味わいの奥深さや、伸びやかさ、複雑性が都市部では明らかに減ずることがある。
ロマンス要素や、鮮度の問題を鑑みたとしても、それ以上にリアルな現象として、味が異なるのだ。
この奇妙な現象は、(筆者の体験上では)野菜類で最も顕著に生じ、その次に水(海、川、湖)の食材でもはっきりと感じることができる。肉類に関してはやや実感しにくいが、それでも違いが生じることはある。
そして、同じことがワインでも起こり得る。
旅行先で飲んだその地方のワインが、思った以上に美味しく感じるという体験の中には、ロマンス要素も多分に含まれる一方で、実際に味が異なるということも少なからずある。
ワインの場合は輸送環境や、管理状況と言った味わいに大きな影響を及ぼす「変数」が存在しているため少し話がややこしくなるのだが、実際に起こった現象として、こういう話を聞いたことがある。
『輸送先の国で欠陥的特徴が非常に強く生じていたワインを、飛行機でハンドキャリーして遠く離れたヨーロッパのワイナリーに持ち込んだところ、抜栓後何日経っても、欠陥が一切生じなかった。』
とあるワインに起こったこの現象と、食材における場所による味の変化の間には、一つ共通点がある、というか、この共通点の元でしか、同じ現象が確認できないと考えられる。
そう、野菜にしても、川の幸にしても、ワインにしても、「生まれ育った環境との関係性を保っている」ものにのみ、味わいが明確に変化するという現象が確認できるのだ。
もう少し具体的に言うと、それらの食材や飲料が、その周囲、もしくは内部に、環境に依存する生命(空気中や水中に無数に漂う、小さな小さな生命)を宿しているかどうかが、決め手となる。
食材の場合は、農薬の使用や、輸送時の殺菌剤、酸化防止剤(次亜塩素酸ナトリウムやpH調整剤)によってそれらの小さな生命は奪われる。
ワインの場合も、農薬に関しては野菜と同様と考えられ、亜硫酸の添加量が増えれば増えるほど、生命の数は激減していく。
そして、もう一つ重要な仮説がある。
それは、環境に依存した生命は、何かしらの方法で「ホーム」を認識しているというものだ。
つまり、生命が宿っているからこそ、ホームから遠く離れると不安を感じ、異常をきたす、と言うことだ。
これらの仮説を元に、改めて検証を行うと、仮説が正しいとしか思えないような現象が多々確認できる。
例えば、野菜の場合、火を通した時点(実質的な殺菌にあたる)から、味わいの場所による違いは消える。
チーズの場合、非加熱殺菌のものだけが、この違いを生み出す。
魚介類は、水揚げされた場所のごく近くで取れたものを、生に限りなく近い状態で食べた時に違いが生じる。
ワインでは、いわゆるナチュラルワインにだけ、この違いが生じる。
この現象を科学的に証明するのはおそらく非常に困難だが、それでも実際に違うという「結果」が目の前に現れる以上、そこには理由があるはずだ。
筆者は根本的に、特に食に関連した事柄に関しては非常に「冷めた」人間なので、ロマンス要素なるものが全く働かない。
それなのに、人生最高の食体験は、どれもが完璧な地産地消型のものだ。
ぜひ皆さまにも、純粋な味と言う観点から、地産地消を見直してみていただきたい。
見えない理由を探る。
まるで宝探しのようで、心が躍って仕方ない。