2023年7月14日11 分
最終更新: 2023年8月1日
ワイン王国フランス。
おそらく、ワインを学んできた人々の大多数が、最初にその知識を深めた国だ。
もちろん、生産量世界一位の座をもう一つのワイン王国であるイタリアと毎年のように競いあっているフランスが、世界で最も重要なワイン産出国の一つであることには、疑いの余地もない。
また、ニュー・ワールド諸国で栽培されている主要葡萄品種のほとんどが、「フランス系国際品種」(そのオリジンはさておき)に該当するという点においても、フランスが世界的なワインの「基準」となっていることも事実。
さらに、テロワールの横軸(差異)と縦軸(優劣)の両方において、「格付け」、「原産地呼称制度」というアイデアを高次元で先導してきたのもフランスだ。
このように、ワインという飲み物を世界規模で理解する(イタリア、スペインなど、特定の国に専門化した場合はその限りでは無い)のであれば、確かにフランスは避けて通れない。
世界的銘醸地とされるシャンパーニュ、ボルドー、ブルゴーニュの名声は天よりも高く、ロワール、アルザス、ローヌ、プロヴァンス、ジュラなどもじっくりとその地盤を固めてきた。
まさに鉄壁。
そう思いたいところだが、少なくとも「クオリティの基準」としてのフランスには、綻びが生じ始めている。
主たる理由は2つ。
1つは、(特に高名な産地における)販売価格の強烈な高騰にある。
「基準」であるからには、体験してこそ意味があるのは間違いない。しかし、ブルゴーニュの広域格シャブリ、ボルドー左岸の第五級シャトー、超大手シャンパーニュメーカーのスタンダード・クラスですら、平然と販売価格が一本5,000円を突破する中で、本来なら「基準」として体験すべきとされてきた、より上位の高価格なワインに手が出せる人の数は、先細りする一方だ。
もう1つの理由は、気候変動によるティピシテの消失危機である。
ティピシテとは、分かりやすく表現すると、伝統的な「らしさ」となる。
つまり、ブルゴーニュのシャンボール=ミュジニー村で造られるピノ・ノワールに、多くの人が求める「シャンボールらしさ」こそが、ティピシテということだ。
人為的介入の範囲が(製法の特性上)元々広いシャンパーニュこそ、まだマシな方だが、ブルゴーニュにしても、ボルドーにしても、ローヌにしてもアルザスにしても、気候変動の影響が激化した今、現在進行形でティピシテの維持が非常に困難な状況にある。
少々厳しい表現にはなるが、ブルゴーニュのピノ・ノワールは、ティピシテを感じられてこそ、真に価値があるのでないだろうか。そして、カリフォルニアのピノ・ノワールと似たような味わいのワインになってしまうのなら、もはや現在の超高価格を肯定してまで、是非とも「体験すべき」ワインとは、どうにも私には思えないのだ。
このままの状況が続けば、一世代進むより早く、フランスの銘醸地が誇ってきた「基準」としての価値は、失墜してしまうだろう。
しかし、それでも、私はワイン王国フランスへの敬意を失いたくも、忘れたくもない。
そう強く思うからこそ、私は懸命に探ってきた。
フランスが、世界の基準としての地位を取り戻すための道筋を。
フランスには、深い歴史と確かな品質があるにも関わらず、銘醸地として語られることが少ない産地がいくつもある。
それらの中で、筆者が今、「フランス復活」の旗振り役として大いに期待を寄せている産地が、ラングドックだ。(本稿ではカタラン文化の影響が非常に強いルーションとは切り離し、単体として取り上げていく。)
しかし、そもそも、ラングドックという産地に関して、それなりの深度で理解している人は極少数なのではないだろうか。
ラングドックは、フランスワイン全生産量の約25~33%を担う、フランス最大の巨大産地であるにも関わらず、だ。
さらに、ラングドックは世界で最も生産量の多い単一産地としても知られる。
例えば、2020年ヴィンテージの生産量である約1,110万hlという数量は、ラングドック単体で、(2020年度生産量統計に基づくと)世界第5~8位を争う、オーストラリア、チリ、アルゼンチン、南アフリカを凌駕するほどのものだ。
もちろん、不作などによって大きく生産量が落ちる年(近年では2021年ヴィンテージなど)もあるが、単一産地として驚異的な規模であることには変わりない。
また、ラングドックは、お隣のプロヴァンス(記録上は、プロヴァンスの方が約100年古いとされている。)と並んで、「フランス最古のワイン産地」であるともされている。
少し、ワイン産地としてのラングドックの歴史にも触れておこう。
ラングドックの中心地であるナルボンヌ周辺に、ギリシャ人(フェニキア人)によって「葡萄畑での栽培」という手法がもたらされたのは、紀元前5世紀頃。
紀元前2世紀末頃から、南仏に古代ローマの支配領域が及ぶと、葡萄畑はより本格的なものへと発展していった。
紀元前58年~51年にかけて行われた、ガイウス・ユリウス・カエサルによるガリア遠征は、結果的にワインの安全な交易路を確保することに繋がり、紀元前1世紀末には、ガリア(現在のフランス、ベルギー、スイスを中心とした古代ローマ帝国の属州)庶民の間で、広くワインが親しまれるようになった。この頃、競合していたエール(ビールの原型で、フランス語ではセルヴォワーズと呼ばれていた。)をワインが上回ったとされている。
そして、この頃に最も良く飲まれていたとされるワインの一つこそが、ガリア・ナルボネンシス(現在のラングドックやプロヴァンス地方)産のワインだった。
さらにラングドックは、紀元後4世紀から18世紀末までという非常に長い期間、高品質ワインの産地としても知られるようになっていた。
しかし、他産地の品質が向上を続ける中、ラングドック産ワインの需要は下落し、19世紀初頭には、蒸留用のワイン生産が主力(フランス全体の約40%を担っていたとされる。)となった。
さらに、1845年にラングドック地方東部のモンペリエとパリを結ぶ鉄道ができてからは、大都市での消費を狙った安価なワインを大量生産する体制へと移行。
フィロキセラ禍でも甚大なダメージを受けたが、薄く無個性なワインをアルジェリア産(1962年までフランスの属国だった)の濃厚なワインで補うという手段も用いながら、バルクワインの大量生産を続けた。
二度の世界大戦中、ラングドック産ワインがフランス兵に支給されていたのは、良く知られた話である。
1970年頃には、約450,000haもの葡萄畑を有する最盛期に到達するが、アルジェリアの独立によって、薄いワインの「補強」ができなくなったこと、大都市の消費者が安価で低品質なワインから離れ始めたこと、EUからの減産に対する度重なる補助金といった要因が重なった結果、「量より質」という現代にも繋がる極めて重要な変化が生じた。
実際に、過去40年間で生産量は半減し、葡萄畑も約220,000ha程度にまで縮小した。
これは、長らくの間、ラングドックで最も安定した仕事の一つは、「葡萄樹を抜く仕事」だとすら言われてきたほど、大規模な変化だった。
そう、今でも世界最大の生産量を誇るラングドックは、これでも随分と「小さくなった」のだ。
かつては高収量の葡萄品種から、個性に欠けたワインを超大量生産していたラングドックだが、今は違う。
ただし、大量生産という意味を生産者単位に当てはめると、ラングドックの実像がよりはっきりと見えてくるだろう。
1970年代の転換期以降、自家醸造及び瓶詰めを行う小規模生産者も増えたが、ラングドックは今までも、協同組合が最大の勢力を誇る地域でもある。
フランス国内にある約700の協同組合のうち、約500がラングドックにあるとされ、協同組合はラングドック地方全生産量の約70%強を担っている。
この事実だけを見ると、「ラングドックは変わっていない」と思うかも知れないが、それもまた違う。
1970年代以降に生じた消費者の「高品質嗜好」は変わっておらず、当然生産者もその嗜好への対応が求められ続けている。
ワイン産地としてのラングドックは確かに大幅に縮小してきたが、この変化は単純な生産量減ということではなく、「量より質」を高次元で実現しつつ、高いコストパフォーマンスも維持していくための、緩やかで着実な、そして実にしたたかな変化だったのだ。
1980年代に入ると、AOCの制定も進み始める。
1982年にはFaugèresやSt-Chinianが、1985年には CorbièresやMinervoisが独立した原産地呼称を獲得。その後しばらくはややマイナーなアップデートが続いたが、2014年にはTerrases du Larzac、2015年にはLa Clape、2017年にはPic Saint-Loupなど、兼ねてからその高いポテンシャルが認められてきたエリアが新たなAOC(AOP)として認定されたことにより、ラングドックがテロワールの多様性を体現した銘醸地として、過去の汚名を払拭し、世界へと力強く羽ばたく準備が、いよいよ整ってきたと言えるだろう。
さらに、気候変動の時代がラングドックの躍進を後押ししている側面もある。
そう、ラングドックの細かなエリアの伝統的ティピシテは、そもそもほとんど消費者に知られていないのだ。
これはつまり、ティピシテに縛られてないラングドックが、フランスのどの産地よりも「自由」であることを意味している。
ティピシテが求められないのであれば、ラングドックはシンプルに美味しければそれで良い。
その美味しさが積み重なって、やがて新たなティピシテが形成されていくことにはなるのだが、1を0方向に戻しながら再スタートするのと、限りなく0に近い状態から一直線に走るのとでは、初速にあまりにも大きな違いがある。
ラングドックの成功を通じて、新たなティピシテが認められれば、周り回って、変容した他の歴史的銘醸地のティピシテもまた、ゆっくりと受け入れられていくのではないだろうか。
この道筋こそが、私がラングドックに大きな期待を寄せる理由でもある。
随分と勝手な意見であるのは承知しているが、あえて言おう。
フランスワインの未来を背負っているのは、ラングドックである、と。
ラングドックは、フランスで最も多くIGPワインを生産している。IGPは、Indication Géograghique Protégéeの略号で、日本語では地理的表示保護となる。
IGPはAOPの下位に当たる格付けだが、その実態はAOP規定から外れたワインが全てVin de Table(テーブルワイン)やVin de France(フランス産の葡萄であれば、複数地域のブレンドすらもできる格付け)となることを防ぐために、葡萄の産地を限定することを条件に、その他の規定は非常に緩く定められたものだ。
1970年代までラングドックの主力だったVdT格付けのワインは、現在では最盛期の10%以下に減ったが、その代わりに増えたのがIGPとなる。
そして、ラングドックにおけるIGPワインの大部分を担っているのは、かつてVdTワインの原料となっていた、超大量生産型の葡萄を栽培していた畑だ。
もちろん、アルジェリア産のワインを公然とブレンドしていた時代とは、その品質も地域個性の明確さも比較にすらならないものではあるが、高品質ワインを簡単に生み出せる畑ではないことが多いのも事実。
一方で、現在ラングドックにあるAOPは、赤ワインに限っては単一品種を容認していないため、AOPのエリア内で栽培されていたとしても、造り手が単一品種を望んだ結果として、IGPやVdFに格下げされるというケースなども多々ある。
全体論では、ラングドックのIGPワインはAOPに劣ると考えて差し支えないが、例外も数多く存在していることは、重々理解しておくべきだろう。
ラングドックには現在、下記のIGPゾーンが定められている。
IGP Pays d’Oc
IGP de Gard
IGP Pays d’Hérault
IGP d’Aude
このうち、IGP Pays d’Ocが全体の75%を担う大産地となっている。
長年の間、ラングドック産IGPワインの2/3は赤ワインが占めていたが、現在はロゼの生産量が増えた(プロヴァンス地方を上回る生産量)ことによって、全体の半数程度に落ち着いている。
また、葡萄品種名(ブレンドの85%以上)をラベルに記載できる、というIGPならではのルールを活かして、IGPワインは販売が容易な国際品種(主にボルドー系品種やシャルドネ)が主体となっているが、IGP Pays d’Ocでは58種類もの品種が認可されるなど、受け皿自体は非常に広い。
生産量の多いIGPワインは、国外市場を重視すべきであるため、ラングドックにとってIGPのルールは実に理に適っている。
「量より質」の変化によって、ある程度の品質は保たれつつ、価格は安く、使用葡萄は国際品種を中心に多岐に渡り、一般的にはAOPよりも劣るが、例外もある、というのがラングドック産IGPワインの総評となるだろう。
ラングドックにある葡萄畑(合計約220,000ha)の中で、AOPの対象となっているのは僅か10,000ha程度。
その生産量はIGPに遥か遠く及ばないが、高品質ワインとしての重要度は格段に高い。
ラングドック委員会(CIVL)は、現時点では法的効力は無いものの、ラングドック内のAOPを3階層に別けるという試みも行なっている。
最下層には『Languedoc』、中位層には『Grand Vin du Languedoc』、最上層には『Cru du Languedoc』という名称が用いられている。
歴史的価値や伝統に縛られずに定められたこの階層には、プロモーション的性質も強く反映されているため、私自身は賛成しきれない部分がそれなりにある。
©️CIVL
まずは、CIVLによって各階層に振り分けられたAOP(酒精強化酒は除外)をリストアップしておこう。
『Languedoc』(AOP数:1)
広域Languedoc AOPのみ
『Grand Vin du Languedoc』(AOP数:14)
Languedoc + Commune
Clairette du Languedoc
Picpoul-de-Pinet
Saint-Chinian
Minervois
Cabardès
Malepère
Limoux
Limoux Blanquette de Limoux
Limoux méthode ancestrale
Crémant de Limoux
Corbières
Fitou
Faugères
『Cru du Languedoc』(AOP数7)
Saint-Chinian Berlou
Sanit-Chinian Roquebrun
Minervois-La Livinière
Corbières-Boutenac
Terrasses du Larzac
La Clape
Pic-Saint-Loup
さて、個人的な実体験をもとに、この格付けを組み替えるなら、私は最上位の『Cru du Languedoc』を、更に2階層(便宜的にボルドーのサン=テミリオン方式で、AとBにしておく)に別けた上で、G.V格の中から1つのAOPを昇格させる。
改変したリストを作成すると以下のようになる。
*Cruに関するリストは、ソースによって異なっており、CIVLによる公式なデータも見当たらない。ソースによっては、FaugèresがCru扱いとなっていることをご了承いただきたい。
『Languedoc』(AOP数:1)
広域Languedoc AOPのみ
『Grand Vin du Languedoc』(AOP数:13)
Languedoc + Commune
Clairette du Languedoc
Picpoul-de-Pinet
Saint-Chinian
Minervois
Cabardès
Malepère
Limoux
Limoux Blanquette de Limoux
Limoux méthode ancestrale
Crémant de Limoux
Corbières
Fitou
『Cru du Languedoc “B”』(AOP数6)
Faugères (G.Vより昇格)
Saint-Chinian Berlou
Sanit-Chinian Roquebrun
La Clape
Pic-Saint-Loup
Terrasses du Larzac
『Cru du Languedoc “A”』(AOP数2)
Minervois-La Livinière
Corbières-Boutenac
私がこの極めて私的な格付け改変を通じて、伝えたいことは単純そのもの。
高品質ワイン産地としてのラングドックを理解するために、真っ先に知り、体験すべき産地は、『Cru du Languedoc』のAとB、ということなのだ。
もちろん、よりカジュアルな局面での消費ということなら、G.V格の中にも、注目すべきAOPは複数ある。
広大なラングドックに宿る凄まじい多様性を、AOPという枠組みの中では到底カヴァーしきれないことも重々承知している。
しかし、そこにテロワールという絶対的な真理がある以上、「良いものは理由がある」となるのもまた、必然。
そして、『Cru de Languedoc』がラングドックにおける最上品質の「記号」として確かに機能するのであれば、わざわざ避けて通る理由もまた無いのだ。
後編では、筆者が重要と考えるAOPの詳説に入っていく。