2022年11月22日5 分

英語でワイン <1>

本稿より数回に渡って、英語でのワインコミュニケーションに関して新たな「Study」を開始する。

第一回となる本編は、何よりも重要な「心構え」から。

なお、本内容はよりワイン業界関係者に向けた内容となるが、海外旅行の際などプライヴェートでも役に立つ部分も大きいため、あらかじめご了承いただきたい。

0. 筆者の経験

筆者は19歳で単身渡米し、それから10年間をアメリカの東海岸(そのほとんどはニューヨーク)で過ごした。帰国子女の多い特殊な高校に通っていたとはいえ、私の英語力が最初から高かったわけでは全くない。当然、最初の数年は思い出したくもないような苦労をたくさんしたものだ。

今当時を振り返ってみると、若かりし頃の筆者に何よりも足りていなかったのは、英語力そのものではなかったのだと、確信している。

ニューヨークのレストランには、(今は厳しくなったので、そうでも無くなったようだが)必ずと言って良いほど、バックヤードで不法移民が働いていた。

その多くはメキシコ系移民で、英語力なんてものは皆無に等しい。日本で生まれ育った我々には想像もつかないほどの貧困の中で、彼らは皆、まともな教育も与えられてこなかった。

文字通り「決死の覚悟」で越境してきた彼らは、小さなアパートに数人で住み、朝から晩まで働き、時折メキシカンバーでコロナビールとタコスを片手に踊り、その収入のほとんどを母国にいる家族の元へと送金していた。

同じ職場で働いていたそんな「アミーゴ」たちの中には、立身出世したものもいれば、レストランで最も重要な裏方を任される存在になったものもいれば、ストレスで心が壊れてアルコール中毒から抜け出せなくなったもの、さらには(不法移民であったことから保険がなかったため)闇医者にかかって重大な医療過誤になり、感染症で若い命を落としたものもいた。

私はそんなアミーゴたちから、かけがえのないレッスンを多く受けたと思っている。

中でも何よりも驚嘆すべきは、英語力などゼロに限りなく近い彼らが、我々とコミュニケーションをとっていたことだ。

スペイン語なまりの超初歩的な英単語と、スペイン語そのものを(なぜか)駆使して、アミーゴたちは懸命にコミュニケーションをとり、レストラン・オペレーションの土台をしっかりと支えていた。

世界的にみても非常に高度な英語教育を受けているはずの日本人にはできないことが、アミーゴにはできていたのだ。

その違いがどこにあるのか。答えは明白だ。

彼らは全力でコミュニケーションを取ろうとしていた。ただそれだけのことなのだ。

我々日本人に特有の「完璧主義」的精神は、このアプローチを著しく阻害してしまう。

そのことを理解し、自らの殻を強引に破ることが、ワイン・コミュニケーションを英語で行うための、第一歩なのだ。

1. 文化の違い

年齢、立場の違いによって生じる「隔たり」への認識は、アジアの中でも特に儒教の影響の強い日本を含む東アジア文化圏と西洋文化圏では明確に異なる。 英語を用いて、西洋文化圏の相手とコミュニケーションを取る為には、その「隔たり」への認識の違いを理解し、西洋文化圏のスタンダードに合わせる事が、円滑なコミュニケーションの第一歩となる。

東アジア文化圏では、明確に「上下」の関係性が構築される状況に於いても、西洋文化圏に於いてはより「横並び」に近い関係性となる事が多い。しかし、決して誤解してはならないのは、この関係性の違いは、「敬意」の有無とは同意では無いという点。

また相手との距離感のもち方も、日本と西洋文化圏では大きく異なる。日本に於いては、初見という状況で遠い距離感を保って接する様な状況でも、西洋文化圏に於いては、初見であっても近い距離感で接する事が多い。西洋文化圏の人々にとっては距離を取られる方が、かえって不快に感じるケースも多い事に留意したい。

隔たりへの認識の違いを理解し、変わらない敬意の心を忘れず、相手のニーズを理解する事が重要。

2. サーヴィスとホスピタリティー

相手の要望を受領して応対する接し方を「サーヴィス」、相手の要望を自らの要望の様に察知し、受領するだけでない提案型の応対を「ホスピタリティ」とここでは簡易的に定義する。

図が示す様に、東洋文化圏はサーヴィス寄りのコミュニケーションが主体、西洋文化圏はホスピタリティ寄りのコミュニケーションが主体となる。コミュニケーションにおけるホスピタリティとは、サーヴィスのように一方通行の関係性ではなく、相手側に対して行う行動に対して、相手側も感謝の意を示し、こちら側も相手側の感謝の思いを共有する事によって成立する「相互に満足した関係」である。

また、ホスピタリティの成立した関係を構築する為には、重要な心構えがある。それは、相手の要望を自らの要望と同じように察知し、相手に求められる前に行動を起こす、という事。しかし注意すべき点は、図にも示されている様に、西洋文化圏であっても、サーヴィス的な要素は必要であるという点であり、あくまでもTPOに応じて、サーヴィスとホスピタリティの配分バランスに留意しなければならない。

3. チャレンジ精神

実際に、英語で相応のワインコミュニケーションを取るのに必要な語彙力、文法力とはどの程度なのだろうか?

答えは、文法では中学校の教科書レベル、単語もそれほど特殊なものは多くない。

重々理解しておくべきなのは、英語が母国語ではない国の人々とのコミュニケーションに関して、英語圏の人々は非常に寛容であり、また慣れているという点だ。

ホスピタリティーが重要である西洋文化圏の人々とのコミュニケーションにおいては、遠慮は致命的なコミュニケーションミスに繋がる事も多い。

臆する事なくコミュニケーションにチャレンジし、恥も失敗もかき捨てる心構え、が上達の最大の秘訣である。

次回に続く。