2021年3月21日17 分

天と地と人と <コンテンポラリー・アメリカ 最終章>

最終更新: 2021年3月23日

信念と勇気。コンテンポラリー・アメリカに感銘を受けるたびに、ワインの向こう側にある造り手の強靭な意志に、手放しの称賛を贈りたくなる。精緻に彫琢され、華々しくラグジュアリーな魅力に満ちた至高のビッグワインは、確かに敬服の念に堪えない存在であるが、筆者の心が強く揺さぶれるワインは、優れた審美眼と観察眼によって最適解を導き出した先に現出する、テロワールの最も輝かしい姿を表現したものである

コンテンポラリー・アメリカは、人と自然の友愛を讃えたワインだ。農薬と灌漑に頼り切った栽培は、言い換えれば人が自然に対して従順さを強制しているようなものである。多くの添加物に頼った醸造は、テロワールの湾曲解釈とすら言える。そのようなワインには賛否両論あれど、少なくともそこに、人と自然の真摯な対話は存在しないのだ。しかし、コンテンポラリー・アメリカが目指す、ワイン造りの全局面におけるサスティナブルな在り方は、人と自然の間に恒常的交感を厳しく要求する

自然農法の大家、福岡正信の名著「わら一本の革命」には、こう書き記されていた。

人は 本当の意味で自然を完全に知ることは出来ないから

余計なことはしない

しかし 放任することは違う

自然は 怠惰な百姓に甘くない

筆者にはこの言葉が、コンテンポラリー・アメリカの真髄を捉えているように思えてならない

テロワールの再構築と再評価

1861年にアゴストン・ハラズィーが約300品種のヴィニフェラ種をカリフォルニアにもたらして以降、アメリカでは数多くの葡萄が淘汰されてきた。その結果、カリフォルニア州のナパ・ヴァレーではボルドー品種が、ソノマ・カウンティではブルゴーニュ品種が、オレゴン州ではピノ・ノワールが、ワシントン州ではカベルネ・ソーヴィニヨンが、ニューヨーク州のフィンガー・レイクスではリースリングが、主要品種として確立した。

1976年のパリの審判以前は、これら主要品種の「可能性を期待していた時代」。1976年以降のインターナショナル派からビッグワイン派へと続く時期は「可能性を確信した時代」。そして2011年のコンテンポラリー・アメリカ以降は、「可能性を押し広げる時代」である。

既に確信した可能性をさらに押し広げる、とはどういうことなのだろうか。

それは、人間本位な思惑によって定められた歪な理想像を、盲目的に追従することに重きを置くのではなく、自然との対話を通じて、より柔軟で自由な発想から新たな個性を発見し、固定された価値観(テロワール)を分解して再構築するということだ。

本シリーズでは繰り返し述べてきたが、テロワールの形成において、人的要素は必要不可欠なものである。人には、その場所と気候の条件から、最適な品種と栽培方法を導き出す役割があるからだ。そして、テロワールの再構築においては、人の役割こそが最も重要となる。

既に適品種が確立された場所の場合、適熟のタイミングを見直し、その土地のエッセンスが最大限に調和する凝縮度と収量のバランス、そして適熟のタイミングを見直すことが、再構築のための最重要条件となる。つまり、醸造所での補正を前提とするのではなく、葡萄畑で全てを完結させるための徹底的な再考が必要となるのだ。筆者はこの変化を、ビッグワインの隆盛に多大なる貢献を果たしてきたスターワインメーカー達の時代が、緩やかに終焉へと向かっている兆候とも捉えている。

また、コンテンポラリー・アメリカの非常に興味深い流れとして、「テロワールの再評価」も挙げられる。この再評価は、基本的にその地の主要品種が栽培されている場所に適用される。ビッグワインを造るためのテロワールとしては不十分と、切り捨てられてきた葡萄畑(多くの場合は、局地的に冷涼で痩せた土壌が原因で、葡萄が高い糖度に到達しない畑)が、多様性を尊重し、その土地の特性がパワー型であっても、エレガント型であっても、公平公正に評価して、尊ぶべき個性として受け入れる新時代の在り方によって、次々と再評価されているのだ。

変革の狼煙

テロワールの再構築と再評価が生み出した、類稀なるコンテンポラリー・アメリカの例を、紹介していこう。

Littorai, Pinot Noir “Les Larmes” 2018, Anderson Valley, California.

フランスのディジョン大学で醸造学を修めたテッド・レモンは、ジョルジュ・ルーミエやデュジャックといったブルゴーニュのトップ・ドメーヌで経験を重ねた後、ムルソー三大生産者の一角であるドメーヌ・ルーロにて栽培と醸造の責任者を務めた。アメリカ帰国後にコンサルタントとして活躍しつつ、自らのワイナリーを設立するために広く西海岸を探索し、最終的にカリフォルニアのノース・コーストの中でも、海に近い冷涼なエリアに拠を構えたのが1993年。当時はビッグワインが全盛期へと向かっていた時代。その中で、調和とエレガンス、そしてテロワールの緻密な表現を目指した彼のワイナリー「リトライ」の評価は決して高くはなかった。しかし、勇気をもってその信念を貫き続けたテッド・レモンは、時代がコンテンポラリーへと向かっていく中で、その象徴的存在として極めて高く評価されるようになった。オー・ボン・クリマのジム・クレンデネンがカリフォルニアにおけるブルゴーニュ品種の開拓者であるとしたら、テッド・レモンはまさに求道者である。このPinot Noir “Les Larmes” は冷涼なアンダーソン・ヴァレーのテロワールを、再評価しつつ再構築した、傑作ワイン。12.8%というアルコール濃度の液体には、繊細な調和がもたらす、儚くも美しい世界観が、見事に表現されている。また、リトライは非常に厳格なビオディナミ農法も採用しており、海岸線から僅か11kmに位置する自社畑のPivot Vineyardでは、ブルゴーニュ伝統のマッサル・セレクションと合わせて、極めて多層的で奥深い、新世界ピノ・ノワール最高傑作の一つを生み出している。

Domaine de la Côte, Pinot Noir “Siren”s Call” 2013, Sta. Rita Hills, California.

米国のトップ・ソムリエであるラジャ・パーと、コンテンポラリー・アメリカを代表する新進気鋭のワインメーカーであるサシ・ムーアマンは、数々の革新を成し遂げてきた最強タッグ。ピノ・ノワールの限界的生育条件を求めて辿り着いたのが、カリフォルニア屈指の冷涼エリアであるサンタ・リタ・ヒルズ。痩せた土壌の斜面、密植、冷涼気候、そしてピノ・ノワールという組み合わせが創出したテロワールは、サシ・ムーアマンが「多くの年で補糖が必要なレベルまでしか糖度が上がらない」と語るほど、一筋縄ではいかない。しかし、長い生育期間の間にゆっくりと着実に熟したフェノール、冷涼地ならではの緻密な酸、痩せた土壌での高密植がもたらす強靭なミネラルは、圧巻の複雑性となってワインに宿っている。第ニ章で筆者が述べた、「補糖が前提となる場所にこそ、真のグランクリュとなる可能性」が、現実味を帯びてくるようなワインだ。冷涼なサンタ・リタ・ヒルズでも、灌漑や化学肥料の力を頼れば、糖度を上げることは不可能ではない。しかし、ドメーヌ・ド・ラ・コートが行ったテロワール再構築のプロセスが、この様な強引な栽培を否定し、糖度よりも葡萄の複雑性を優先していったのは明白だ。補糖をあえて肯定することによって見えた偉大な可能性には、ワインという飲み物が、善悪二元論で語りきれるものでは決してないことを、改めて実感させられる。

Illahe, Pinot Noir “Percheron Vineyard” 2017, Willamette Valley, Oregon.

オレゴンの生産者は仲が良すぎる。これはオレゴンの進化を妨げている要因として、筆者が度々述べてきたことだ。極めて強い団結力は、産地の発展と成功には大きく貢献してきたが、ワインはどんどん画一的な性質をもつようになっていってしまった。皆が皆同じレシピでワイン造りをすれば、そうなるのは必然。オレゴンのテロワールの声は、すっかりかすれてしまっていた。しかし、そんなオレゴンでも世代が変わり始めた影響が大きく、近年はテロワールを如実に反映したワインが急激に増えてきた。このイルヒーも、オレゴンのイメージが一新されるような造り手だ。オーガニックで丹念に栽培した葡萄は灌漑もされておらず、豊かなミネラルを含んだまろやかで滋味深いワインとなる。亜硫酸添加量も低く、おおらかな果実味がじわりと染み込んでくる。畑仕事では馬が活躍し、醸造所に近代的設備は無い。イルヒーはオレゴンについに登場した真に農民的なワインだ。薄く痩せた粘土質の土壌、ウィラメット・ヴァレーの程よい温暖さと程よい冷涼さが同居した気候がワインにしっかりと映し出されている様には、ウィラメット・ヴァレーのテロワールもまた様々な角度から再構築されつつあることを感じさせられる。

Arnot-Roberts, Cabernet Sauvignon “Montecillo Vineyard” 2014, Sonoma Valley, California.

ネイサン・ロバーツとダンカン・アルノーが率いるアルノー・ロバーツは、様々な角度からテロワールの再構築と再評価を進める、コンテンポラリー・アメリカのトップランナーだ。ピノ・ノワールやシャルドネ、カベルネ・ソーヴィニヨン、シラーといった品種では、限界的成熟条件に近い冷涼なエリアでテロワールの再評価をし、ガメイ、トゥルソー、トゥリガ・ナシオナルといったマイナー品種に適した新たなテロワールの構築にも余念が無い。醸造においては、緻密に計算された引きの美学が光り、野生酵母での発酵、旧樽での熟成を経て、極めて素に近い姿でテロワールを描写する。アルノー・ロバーツの一連のワインは、まさにビッグワインとは真逆のタイプであり、滲み出てくるようなテロワールの力強い声に、圧倒される。ソノマ・ヴァレーという、カベルネ・ソーヴィニヨンの産地としては完全にノーマークな存在ともいえる場所にあるモンテシーロ・ヴィンヤードには、1969年に植樹された、自根で無感慨の葡萄が健在。岩だらけの極度に痩せた土壌は、葡萄の凝縮度を自然に高め、強靭なミネラルと驚異的な長期熟成能力をもたらす。テロワールの再評価が、新たなグランクリュを発見するというケースの好例だ。

Keuka Lake Vineyards, Cabernet Franc 2018, Finger Lakes, New York.

ニューヨーク州フィンガー・レイクスでは、カベルネ・フランが黒葡萄の適品種として考えられてきたが、ビッグワインを造れるテロワールでは決して無いため、長年に渡ってその評価は芳しくなかった。無理に補糖をしたり、成熟点のピークを大幅に過ぎたタイミングで収穫したりと、様々な方策も試されてきたが、軽くて薄いワインというマイナスイメージを覆すには至らなかった。しかし、低アルコールのワインがトレンドとなり、冷涼気候ならではの個性が確かな価値として認められるようになった現代では、かつての不利点が転じて明らかな利点となり、アルコール濃度11.2%という、この驚異的にライトなカベルネ・フランが脚光を浴び始めている。重要なのは、このワインが薄く軽いだけのワインでは全く無いという点だ。冷涼気候ならではの、非常に長い成熟期間の影響で、フェノールは十分に熟し、酸もしっかりと乗っており、味わいの密度と集中力は申し分ない。むしろ、低いアルコール濃度のおかげで、ともすれば埋もれがちな要素を、明確に感じ取ることすらできる。ニューヨークのフィンガー・レイクスだからこそ実現できた唯一無二の個性が、その小振りなボディから圧倒的な輝きを放つ大傑作ワイン。

Pax Mahle Wines, Syrah 2018, North Coast, California.

パックスとパムのマーリー夫妻は、冷涼気候のシラーに情熱を注ぎつつも、ヴァルディギエ、シュナン・ブラン、ミッション、トゥルソー・グリといった品種からも驚くべきワインを生み出してきた、コンテンポラリー・アメリカを代表するスーパーカップルだ。特に旗艦品種であるシラーの完成度は凄まじく、長きに渡って温暖気候に向いた品種だと誤解されてきたシラーが、冷涼気候でこそ、その真価を最大限に発揮することを見事に証明している。このキュヴェは、ノース・コーストAVAの冷涼な気候で育つシラーを総体として表現するために選りすぐられた葡萄畑のワインを、一部はカルボニック・マセレーションも採用した上で、緻密にブレンド。ラズベリーやスミレのアロマが心地良く、隙のない滑らかな質感の上で、心地良い酸が軽やかに踊る。アルコール濃度は12.6%だが、密度の高い味わいとなっており、その絶妙な適熟判断能力には、驚きを隠し得ない。そして、上級キュヴェのソノマ・ヒルサイズやカステッリ・ナイト・ランチは、世界的に見ても最上級の大傑作シラーである。

Gramercy Cellars, Syrah “Les Collines Vineyard” 2016, Walla Walla Valley, Washington.

コストパフォーマンスの高いカベルネ・ソーヴィニヨンの産地。そんなイメージからなかなか脱却できずにいたワシントンは、マスター・ソムリエでもあるグレック・ハリントンの生み出す驚異的なワインによって、ついに生まれ変わろうとしている。ソムリエとしてペアリングを極めたグレックが「食卓と共にあるワイン」を目指したのは、自然な流れであったのだろう。彼のワインはいつも、テロワールが香り、果実と酸の繊細さが際立っている。端正なカベルネ・ソーヴィニヨンも素晴らしいが、やはりシラーが放つエキゾチックなエレガンスこそが真骨頂。冷涼なワラ・ワラ・ヴァレーにある標高400m近辺の単一畑で育てられたシラーは、全房100%で発酵され、熟成は旧樽のみ。冷涼産地のシラーらしいスパイスの風味がワイルドな表情を覗かせつつも、抑制の効いたエレガンスがじわりじわりと湧き上がってくる。コンテンポラリー・アメリカの品種的多様性と新たなテロワールの組み合わせの発見が結実した、圧巻のワインである。

Element Winery, Syrah 2012, Finger Lakes, New York.

マスター・ソムリエであるクリストファー・ベイツは、新世代のリーダーとして、ニューヨークワイン大躍進の中心にいる。リースリング、カベルネ・フランといったフィンガー・レイクスでは既に確立した品種も手がける一方で、ピノ・ノワールやシラーにも挑戦。冷涼気候の特性を最大限に生かしつつ、人為的介入をなるべく抑えたワインは、極めて高く評価されている。彼の最大の功績ともいえるフィンガー・レイクスにおけるシラーの大成功は、フィンガー・レイクスが世界の銘醸地の一つとして名を連ねていく道のりを、大胆に切り開いている。ハーブとスパイスのアロマが同居し、鮮烈な酸としなやかな果実味が、縦横無尽に駆け回る圧倒的な個性は、コンテンポラリー・アメリカが次々と開拓している新たな可能性が如何に素晴らしいものであるかを、雄弁に物語っている。

Bedrock, Oakville Farmhouse 2018, Napa Valley, California.

テロワールの再評価と伝統の継承という意味で、モーガン・トゥウェイン・ピーターソンMWが率いるベッドロックほど、先進的な活動をしているワイナリーは無いだろう。カリフォルニア中に細々と残る、黒葡萄と白葡萄が混植された非常に古い葡萄畑の価値を再評価し、現代的センスを反映させた極めてライトなタッチで、その真価を再構築しながら精密に描き出す手腕は、まさしく天才の呼び名にふさわしいものだ。ベッドロックが手がける数々の極上ワインの中でも、一際異彩を放つワインが、このオークヴィル・ファームハウス。葡萄畑はナパ・ヴァレーのグラン・クリュとして名高い、オリジナル・ト・カロンの南端に位置する小区画。植樹は1930年代という古樹は、ジンファンデル、プティ・シラー、カリニャン、モンドゥース等の黒葡萄に加えて、シュナン・ブランも含まれている。このような区画が、ナパ・ヴァレーの高名な畑に残っていたこと自体も奇跡的なことだが、ワインも圧倒的に素晴らしい。偉大なテロワールが宿った、正真正銘のカリフォルニアを代表する偉大なワインである。

Dashe, Zinfandel “Les Enfants Terribles” 2017, Mendocino County, California.

ビッグワインの代名詞的葡萄品種の一つでもあるジンファンデルを、適熟と控えめな醸造でエレガントに仕上げるマイケル・ダッシュもまた、コンテンポラリー・アメリカのキーパーソンの一人だ。古い大樽へのこだわりや、野生酵母による発酵、濾過と清澄を拒絶する哲学からは、伝統への頑なな想いが感じられる。彼が手がけるワインの中でも、やや特殊な立ち位置にあるのが、このレ・ザンファン・テリブル。あえて高標高の畑に植るジンファンデルを選別し、一部を全房発酵した上で、スパイシーな風味と鮮明な酸を加えながら、ヴィヴィッドな味わいを表現している。高標高エリアとジンファンデルというテロワールの組み合わせに新たな解釈をもたらした、意欲的なワイン。

Evening Land, Chardonnay “Seven Springs”2017, Eola-Amity Hills, Oregon.

オレゴンの主要品種といえば、ピノ・ノワールが筆頭であり、次点でピノ・グリ。しかし今、その常識が覆されようとしている。シャルドネの品質が、劇的に向上しているからだ。カリフォルニアでは、ビッグワインの一種として濃厚に樽を効かせたスタイルが主流となってきたが、オレゴンのシャルドネにはそういったステレオタイプなイメージが発生していない。このことは、オレゴン産シャルドネが今後定着していくための、大きな利点となっていくだろう。つまり、最初から新時代的なエレガンスを備えたワインとして、イメージを作っていけるということだ。ウィラメット・ヴァレーの冷涼なサブエリアであるエオラ・アミティ・ヒルズで、見事なシャルドネを手がけるのは、ドメーヌ・ド・ラ・コートを率いる、ラジャ・パーとサシ・ムーアマンの最強タッグ。このテロワールとチームだからこそ実現できた、豊かな果実味と緻密な酸、エレガントな質感が複雑に調和したワインは、アメリカ産シャルドネの新たな金字塔として、極めて重要な存在となっていくだろう。

Ferdinand, Garnacha Blanca 2018, Lodi, California.

コンテンポラリー・アメリカが開拓する品種的多様性は、時に驚くような葡萄にまで範囲を広げている。いや、そもそもフランス系国際品種に独占されてきたこと自体がおかしかったのだから、このワインに使用されたガルナッチャ・ブランカのような品種も、新たな多様性の一部としては、本来は違和感が無いはずのものなのだろう。ファーディナンドは、アルバリーニョ、テンプラニーリョ、グラシアーノといったスペイン系品種にフォーカスした造り手で、テロワールと品種の新たな組み合わせの発見において、今後も継続的に注目すべき存在だ。このガルナッチャ・ブランカは、爽やかなアロマと、端正な果実味、溌剌とした酸、12.0%のアルコール濃度という、新時代の象徴的要素を詰め込んだようなワインとして仕上がっており、非常にフードフレンドリーな性質をもった素晴らしいカジュアルワイン。

Hermann J. Wiemer Vineyard, Riesling “Dry” 2018, Finger Lakes, New York.

フィンガー・レイクスの特徴的な土壌である頁岩(けつがん)は、スレートにも似た性質の粘板岩だ。つまり、スレートと冷涼な気候によってリースリングのポテンシャルを最大限に発揮させているドイツの銘醸地と類似性のある特徴を、フィンガー・レイクスのテロワールはもっているのだ。リースリングのためにあるとすら思えるような、この恵まれたテロワールは、新世代の台頭と共に、ついにその真価を発揮しつつある。現在、フィンガー・レイクス最上の造り手として、この産地を牽引しているのがハーマン・J・ウィーマー。オーナーのオスカー・ビンケは葡萄畑のオーガニック転化にも強い意欲を注いでおり、ますますその品質に磨きがかかっている。この地のリースリングは、テロワールの再構築における模範的な例の一つ。ドイツに倣って、辛口から極甘口まで幅広く造るスタイルは、テロワールの特性とも絶妙にマッチしている。

自然と人の交感

本シリーズでは、コンテンポラリー・アメリカという新潮流が内包する多種多様な要素を紐解いてきた。一定周期で変革を繰り返してきたアメリカワインが、また新たな変革の時期に突入したという側面。ビッグワインへのアンチカルチャー的側面。ミレニアル世代の思想(サスティナビリティ、多様性と個性の尊重)やライト化した食嗜好への適応という側面。テロワールの再構築と再発見という側面。新たなテロワールと葡萄品種の組み合わせを探求するという側面。あらゆる側面が複雑に絡む潮流であるため、単純な理解は困難であるが、筆者はその真髄は「自然と人の交感」にこそあると考える。改めて、本章の冒頭で述べた福岡正信の言葉を引用しよう。

人は 本当の意味で自然を完全に知ることは出来ないから

余計なことはしない

しかし 放任することは違う

自然は 怠惰な百姓に甘くない

だからこそ、造り手は自然と交感し続ける必要がある。

そしてその先に生み出されるワインこそが、人の心を深く感動させる真の銘酒であると、私は信じて止まない。

謝辞

本シリーズの執筆にあたって、惜しみないご協力をしてくださった、布袋ワインズ、中川ワイン、ワイン・イン・スタイル、GO-TO WINEの4社に、心から感謝の意を表します。

厚いヴェールに覆われた醸造所の真実を、包み隠さずに語ってくれたサシ・ムーアマンの、鋼の意志に、心から敬意を表します。

最後に、2021年3月9日に、惜しまれつつもその輝かしい生涯に幕を閉じた、長いワイン史の中でも最も偉大なワインパーソンの一人であるスティーヴン・スパリュア氏に、心からの敬愛と共に、本稿を捧げます。