3月2日12 分

目覚めたトスカーナ最後の巨人 <Chianti Rufina特集>

興味は常にもっていた。

 

テイスティングも定期的に行ってきた。

 

だが、歴史的銘醸地とされているChianti Rufina(正確な表記はChianti Rùfinaだが、以降Rufinaと表記)のワインが、私に最高の満足感を与えてくれることは、これまで一度もなかった。

 

15世紀初頭には既にその名が知られ、コジモ三世による世界初の「原産地認定」(1716年)においては、現在のChianti ClassicoCarmignanoValdarno di Sopraと並び、Rufinaが内包するPominoがその栄光を掴んだ。

 

19世紀に入る頃には、ずんぐりとしたフィアスコ・ボトルに詰められ、藁の腹巻きで飾られたRufinaが、良くも悪くもキアンティの代名詞となった。

 

歴史の重みはあれど、少なくとも現代のRufinaは、Chianti Classico、Brunello di Montalcino、Vino Nobile di Montepulcianoといった真の銘醸と並び得るワインでは到底ない。

 

それが私の中で、Rufinaに対して固まりつつあった評価だった。

 

Chiantiと名のつくDOCG群の中でも、最も標高が高く冷涼で、エレガントなワインが生まれる。

 

垢抜けないRufinaを好意的に表現するために度々用いられるこれらの言葉は、部分的にしかその実態を捉えていない。

 

最高地点の葡萄畑は確かに標高700mに到達するが、葡萄畑のほとんどが200~500mの範囲に集中しているため、高標高産地と一括りにするには流石に無理がある。平均的な標高でいえば、ClassicoのサブゾーンであるRaddaやLamoleの方が高い。

 

トスコ=エミリアーノ・アペニン山脈から冷風が降りてくるこの谷が冷涼なのは間違いないが、エレガントという言葉は、物足りなさを誤魔化すための都合の良い隠れ蓑になってきた感が否めない。

 

例えばブルゴーニュでは、Chambolle-MusignyやVolnayはエレガントなワインだが、確かな芯の強さがあり、偉大なワインと呼ぶに相応しい酒質となるが、同じエレガント系でもMonthelieにはそれが無い。

 

そう、RufinaはむしろMonthelie的な性質であり、エレガンスという耳障りの良い言葉で過美に飾られた、薄く、軽く、充実感の無い味わいがその実態だ。

 

そして、その性質は高収量によって更に薄められた上で、国際品種の助けを不用意に借りたイビツな味わいのワインと成り果てる。

 

いや、「そうだった」と過去形にすべきだろう。

 

Rufinaに誕生した最高位格付けであるTerra Electae(テッラ・エレクテ)は、Rufinaのイメージを根底から覆すほどの、革新的なゲームチェンジャーなのだから。

 

 

Terra Electae

厳しい規定は、品質を強固に底上げする。

 

そのことを証明している最たるワインは、シャンパーニュだ。

 

一方で、中途半端に厳しい規定は、品質を乱高下させる。

 

Chianti Classicoに導入された最高位格付けのGran Selezioneは、その悪しき例だろう。 

 

そして、キアンティ・ルフィナ協会が導入したTerra Electaeの規定(Rufinaにある20のワイナリー中2/3がすでに参画)は、これまでトスカーナ州で定められたいかなる規定よりも、厳しいものだ。

 

以下、Terra Electaeの規定の中で、重要な部分を抜粋して記載しておく。

 

・サンジョヴェーゼ100%であること

・単一畑であること

・自社畑、もしくは自社管理畑であること

・ラベルに畑名を記載すること

・最大収量は70quintals/ha(=7t/ha)とする

・最大搾汁率は70%とし、49hl/haを超えない

・最低アルコール濃度12.5%とする

・最低30ヶ月間の熟成期間中、18ヶ月間の樽熟成、6ヶ月間の瓶熟成とそれぞれ最低期間とする

 

なお、中位の格付けとなったRiservaに関する規定で、Terra Electaeとは異なる部分は以下の通りだ。

 

・サンジョヴェーゼを70~100%含み、国際品種と白葡萄も補助品種として認可

・自社畑かどうかは問わず、複数の葡萄畑をブレンドすることも可能

・最大収量は95quintals/ha(=9.5t/ha)とする

・最大搾汁率は70%とし、66.5hl/haを超えない

・最低熟成期間は2年、内6ヶ月間は樽熟成とする

 

どちらの階層でも、熟成を行う樽の種類や容量に関しては制限されていない

 

Chianti ClassicoにおけるGran Selezioneの規定があくまでもRiservaの延長線上にあったのとは異なり、RufinaにおけるTerra Electaeは規定を全て満たすためRiservaと表記されはするものの、もはや単純なRiservaとは完全に「別物」とすら言える領域にある。

 

Terra Electaeの認可そのものは2022年に発表(2018年ヴィンテージからスタート)されていたが、その長い熟成期間規定もあり、比較検証できるほどのワインが揃うには時間がかかった。

 

そしてそのデビューはまさに、衝撃そのものであった。

 

 

Chianti Rufinaのテロワール

今回テイスティングしたTerra Electaeのレヴューに入る前に、簡単にRufinaのテロワールを解説しておこうと思う。

 

標高は200~700mと幅広く、アペレーションを縦断するシエヴェ川を中心に狭い渓谷が形成されている。

 

土壌は主に砂岩と泥灰土(石灰質を含む)で、シリカやマイカなどの鉱物を豊富に含む。標高が上がると小石が多い砂礫質土壌が主体となり、粘土の含有率が下がる。

 

rufinaの典型的な鉱物を含む泥灰土

しかし、Terra Electaeに関しては単一畑となるため、より狭範囲での土壌組成に注目しておくべきだろう。

 

アペラシオンの北西から北東を山脈が走り、北東方向の谷間から湿った冷風が吹き抜けてくる。

 

この風の通り道がRufinaにおける重要なテロワール要素となっている。基本的には山脈によって風が遮られるシエヴェ川の東側(左岸)やや暖かく乾燥しており、冷風が通る西側(右岸)降雨量が多く湿気が高い

 

また、アペラシオン全体がうねるような丘陵地となっているため、葡萄畑は様々な方角を向いた斜面となっている

 

特にTerra Electaeでは、この斜面の角度もテロワールの重要な要素としてカウントしておくべきだ。

 

まとめると、土壌(粘土が多いほど重心が低く、力強い味わいに)、標高と斜角(酸とタンニン、熟度に影響を与える)、そして風上か風下(酸と凝縮度に主に影響)を主な考慮要素としながら、各Terra Electaeのテロワールを検証していくと良いだろう。

 

 

Terra Electaeワインレヴュー

今回レヴューするTerra Electaeは12種。

なるべく詳細なテロワールデータと共に、北から南へと順に解説していく。なお、添付の地図は公式のものだが、一部の情報に誤りが見られるため、本稿で記載したデータはワイナリーが公表しているものをベースにしている。

 

解説はテロワール条件が、実際のワインと一致しているかどうかを中心に行っていく。アルコール濃度に関しては、収穫時期とも密接に関係しているため、参考程度にしておいていただきたい。

 

Frascole, Chianti Rufina Terra Electae “Vigna alla Stele” Riserva 2020.

土壌:粘土の多い泥灰土

標高:360m

斜角:南西

立地:左岸(シエヴェ川東側)

面積:0.7ha

植樹年:1996年

アルコール濃度:14%

認証未取得だがビオディナミ農法を実践。Vigna alla Steleは、北部の山にプロテクトされたシエヴェ川東側、中程度の標高と日当たりに劣る南西向きの粘土質斜面というテロワールになる。

全体的に抑制の効いたしなやかなテクスチャー、やや低い重心と適度な凝縮感、高めの酸という構成は、まさにテロワール通りの酒質となる。

 

 

Colognole, Chianti Rufina Terra Electae “Vigneto Le Rogaie” Riserva 2020.

土壌:ガレストロを含む泥灰土

標高:420m

斜角:南西

立地:右岸(シエヴェ川西側)

面積:2.14ha

植樹年:2003年

アルコール濃度:14.5%

ビオロジック農法。Vigneto Le Rogaieは、風が吹き抜けるシエヴェ川西側、高い標高、南西を向いたガレストロ(破砕しやすい粘土質の片岩)土壌の斜面というテロワールになる。

明るくリフト感の強いアロマ、明るい果実味、ミネラリーなテクスチャー、高い酸、引き締まったタンニンといった特徴は、テロワールがもたらす特性をはっきりと示している。共にアペラシオン北部のワインだが、シエヴェ側東側のVigna alla Steleに比べると、明らかに冷涼感が強い。

 

 

Il Pozzo, Chianti Rufina Terra Electae “Vigna Il Fiorino” Riserva 2020.

土壌:粘土の多い泥灰土

標高:330m

斜角:南東

立地:右岸(シエヴェ川西側)

面積:0.25ha

植樹年:2009年

アルコール濃度:14%

ビオロジック農法。Vigna Il Fiorinoは、風が吹き抜けるシエヴェ川西側、中程度の標高、南東を向いた泥灰土土壌の斜面というテロワールになる。

やや凝縮感が強く重心が低めの果実味は、風がもたらすフレッシュな酸によって、パワーが暴走することなく、見事な調和に至っている。

 

 

Castello del Trebbio, Chianti Rufina Terra Electae “Vingneto Lastricato” Riserva 2020.

土壌:粘土の多い泥灰土

標高:230m

斜角:北〜南

立地:右岸(シエヴェ川西側)

面積:2.5ha

植樹年:2001年

アルコール濃度:13.5%

ビオロジック農法。Vigneto Lastricatoは、風が吹き抜けるシエヴェ川西側、低い標高、葡萄畑の中心から北向きと南向き斜面に分かれる泥灰土土壌というテロワールになる。

高めの凝縮感と低い重心は、標高の低さと粘土質土壌が要因と考えられるが、風と北向き斜面側の葡萄がしっかりとした酸をもたらし、確かなフィネスを感じさせる非常に端正な味わいとなっている。その酒質から、収穫時期をやや早めにしていると推察される。

 

 

Vinae Montae, Chianti Rufina Terra Electae “Vingneto Il Monte” Riserva 2020.

土壌:粘土の多い泥灰土

標高:350m

斜角:南西

立地:右岸(シエヴェ川西側)

面積:1.2ha

植樹年:1990年

アルコール濃度:14%

ビオロジック農法。Vigneto Il Monteは、風が吹き抜けるシエヴェ川西側、中程度の標高、南西向きの泥灰土土壌斜面というテロワールになる。

赤ベリー系の明るいアロマと僅かな土のニュアンス。程よい凝縮感、滑らかなタンニン、バランスの良い酸が特徴的で、その典型的なバランス型の性質は、葡萄畑の条件が極めて近しいIl PozzoのVigna Il Fiorinoと共通点も多い。

 

 

Lavacchio, Chianti Rufina Terra Electae “Vigna Casanova” Riserva 2020.

土壌:石灰を多く含む泥灰土

標高:450m

斜角:南西

立地:右岸(シエヴェ川西側)

面積:1.8ha

植樹年:1963年

アルコール濃度:14%

認証未取得だがビオディナミ農法を実践。風が吹き抜けるシエヴェ川西側、高い標高、南西向きで石灰質を多く含む泥灰土土壌斜面というテロワールになる。

Vigna Casanova は1963年植樹の古樹であるため、Terra Electaeの中でも頭一つ抜きん出た複雑性が光る。明るいアロマと調和する集中力の高い果実味、洗練された酸、しなやかでバランスに長けたテクスチャーといった特徴は全て、いかにこのワインがテロワールに正直かを物語っている。

 

 

Bossi, Chianti Rufina Terra Electae “Vigna Poggio Diamante” Riserva 2020.

土壌:ガレストロを含む泥灰土

標高:250m

斜角:南西

立地:右岸(シエヴェ川西側)

面積:2.6ha

植樹年:2000年

アルコール濃度:14.5%

ビオロジック農法。Vigna Poggio Diamanteは、風が吹き抜けるシエヴェ川西側、低い標高と日当たりに劣る南西向きの泥灰土斜面というテロワールになる。

ややウェットでアーシーなニュアンスと赤系ベリーのアロマ。高い凝縮感だが重心は中央にあり、酸、タンニンのバランスも良い。やや樽のニュアンスが強いためわかりにくいが、Rufinaの西側らしいフレッシュ感は、低標高の葡萄畑でも健在。

 

 

Grignano, Chianti Rufina Terra Electae “Vigna Montefiesole” Riserva 2020.

土壌:石灰を多く含む泥灰土

標高:330m

斜角:南東

立地:右岸(シエヴェ川西側)

面積:1.77ha

植樹年:1999年

アルコール濃度:14.5%

ビオロジック農法。以前からリリースしていたRiserva用の区画Poggio Gualtieri(データはPoggio Gualtieriのもの)から、高樹齢の小区画のみに限定して造られるのがVigna Montefiesole。風が吹き抜けるシエヴェ川西側、中程度の標高、南東向きで石灰質を多く含む泥灰土土壌斜面というテロワールになる。

テロワールの端的な情報からだと、LavacchioのVigna Casanovaよりも重厚感のあるワインになっていてもおかしくはないはずだが、実際にそうなっているのはアルコール濃度だけ。非常に淡い色合い、リフト感が極めて強い赤ベリー系の軽やかなアロマ、驚くほど滑らかでエレガントなテクスチャー、シルクのようなタンニン、軽快な酸が特徴となっていることから、おそらく石灰質の含有率がかなり高いことが予想される。今回テイスティングしたTerra Electaeの中でも白眉の一本であり、極めて上質なChambolle-Musignyを思わせるワインだ。

 

 

Selvapiana, Chianti Rufina Terra Electae “Vigneto Erchi” Riserva 2020.

土壌:泥灰土

標高:200m

斜角:南東

立地:左岸(シエヴェ川東側)

面積:6ha

植樹年:1999年

アルコール濃度:不明

ビオロジック農法。Vigna alla Steleは、シエヴェ川東側、低い標高と日当たりの良い南東向きの泥灰土斜面というテロワールになる。

赤系と青系ベリーが混在する凝縮したアロマ。分厚いタンニンだが厳しさは無く、果実味も程よく抑制されている。重心は際立って低いがバランスは良く、洗練された印象が強い。

シエヴェ川の東側にあるが、山脈からの距離が遠いため、暑さを感じさせない酒質になっていると考えられる。

 

 

I Veroni, Chianti Rufina Terra Electae “Vigneto Quona” Riserva 2020.

土壌:粘土の多い泥灰土

標高:300m

斜角:南西

立地:右岸(シエヴェ川西側)

面積:5.5ha

植樹年:1997年

アルコール濃度:15%

ビオロジック農法。Vigneto Quanaは、風が吹き抜けるシエヴェ川西側、やや低い標高、南西向きの泥灰土土壌斜面というテロワールになる。

濃い色調、ジャミーな赤ベリー系のアロマ、密度の高い大柄な果実味、滑らかなタンニンというパワー型の性質となっているが、フレッシュ感の強い酸がワインから重さを取り除いている。Rufinaの西側における風の影響がいかに強いかを物語るワイン。

 

 

Il Capitano, Chianti Rufina Terra Electae “Vigneto Poggio” Riserva 2020.

土壌:泥灰土

標高:150m

斜角:北西〜南東

立地:左岸(シエヴェ川東側)

面積:1.3ha

植樹年:1996年

アルコール濃度:14.5%

ビオロジック農法。Vigneto Poggioは、風が吹き抜けるシエヴェ川西側、かなり低い標高、北西及び南東向きの泥灰土土壌斜面というテロワールになる。

やや還元的な黒系ベリーのアロマに土のニュアンスが加わる。凝縮感こそ程よいが、分厚くタイトのタンニンには少々厳しさも感じる。酸は緩くはないものの、Rufinaの中では穏やかな部類に入る。低標高故の特徴がより強く出ていると考えるのが妥当だろう。

 

 

Trevignoli, Chianti Rufina Terra Electae “Vigna Colonneto” Riserva 2020.

土壌:泥灰土

標高:320m

斜角:南

立地:左岸(シエヴェ川東側)

面積:3.07ha

植樹年:2014年

アルコール濃度:14%

Vigna Colonnetoは、シエヴェ川東側、中程度の標高、南向きの泥灰土土壌斜面というテロワールになる。

フルーツ感が非常に強い若々しいアロマ、やや平坦で硬いテクスチャー、ミッドパレットと複雑性の欠如という特徴は、ほぼ間違いなく2014年植樹の若木と慣行農法の影響と考えられるが、単一クリュとしての高いポテンシャルを感じるフィネスがあるため、将来に期待したいワインと言える。

Vino Nobile di Montepulcianoが新たな最高位格付けとなるPieve(詳しくは別途、Montepulciano特集記事にて)の規定に、「樹齢は最低15年」という項目を入れたことが、どれほど正しい判断だったのかを、このワインのテイスティングを通じて痛感したものだ。

 

 

 

総評

品質面に関しては、一部を除いて詳しくは述べなかったが、ほぼ総じてChianti ClassicoのGran Selezioneに比肩するクオリティが貫かれていたことには正直驚いた。

 

これまで最高品質となるキアンティが、Classico以外では極めて珍しかったことを考えれば、Terra Electaeがもつポテンシャルとインパクトには脱帽せざるをえない。

 

間違いなく、RufinaはTerra Electaeでもって、トスカーナ産サンジョヴェーゼの最前線に躍り出たと言えるだろう。

 

また、一軒を除いてビオロジック/ビオディナミ農法を実践している点にも注目していただきたい。

 

最後に一つ、個人的に少々不安を覚えることを書き残しておこう。

 

今回レヴューすることは避けたが、大ワイナリーであるFrescobaldi社が手掛けるTerra Electaeには疑問が拭えない。葡萄畑の面積は20haもあり、地図で確認したところ、どう考えても「単一畑」と呼ぶには無理があるようにしか見えない葡萄畑になっている。ボルドーやボルゲリでは50ha以上の葡萄畑でも「単一」と呼ぶのだから、とでも言うのだろうか。そうであれば、なんとも大メーカーらしい理論だ。品質は流石に高いが、ルールはルールである。

 

Rufinaの威信をかけたTerra Electaeが、大ワイナリーによって単なる「新たなマーケティングツール」と化してしまわないことを、切に願うばかりだ。