2022年7月19日6 分

シャンパーニュ・オルタナティブに光を

2022年、実はシャンパーニュ市場に大きな異変が起こっている。

その異変とは、端的にいうと、「極端な品薄」だ。

シャンパーニュは基本的に大量生産型のワインであるにも関わらず、品薄という状況が起こったと考えられる理由は、大変複雑に入り組んでいる

全ての要因をカバーすると混乱するだけなので、要点を絞ってなるべく簡潔に説明しよう。

まずは収量に関して。

シャンパーニュでは、基準となる収量上限を10.8t/haと定めているが、最終的にはそのヴィンテージの収量上限は、その年の売上状況をベースに決定される。

この仕組みは、シャンパーニュが市場に溢れることによって価値を失うという事態を防ぐためのものであり、平常時であれば実に上手く機能している。

しかし、2020年前半は世界中が新型コロナ禍による大混乱に陥り、シャンパーニュの売上が30%弱減少してしまったため、2020年ヴィンテージの収量上限も2019年ヴィンテージ(10.2t/ha)から8t/haへと約22%減となった。これはボトルに換算すると、約7,000万本分の減少ということになる。

2021年に入ると売上がV字回復したため、2021年の収量上限は10t/haへと上がった。

さて、ここまでの情報を整理すると、「シャンパーニュの価値」と、「収量制限」というキーワードが浮かび上がってくる。

そして、この二つのキーワードを一つの言葉にすると、「売れ残らせない」というシャンパーニュ・マーケティングが最重要視している要素が見えてくる。

要するにシャンパーニュは、供給過多によるデフレを非常に恐れているのだ。
 
(例えば、デフレによって葡萄の買取り価格が大幅に下がった場合、農家は様々な税の問題に直面することになる。)

一方で、別の興味深い側面もある。

在庫だ。

2019年度の調査では、シャンパーニュ全体の総ストック数は13.5億本とレポートされている。近年のシャンパーニュ出荷本数は、3億本を平均的に超えているため、在庫量としては約4年半分の在庫を抱えているということになる。

これだけの膨大な在庫を抱え、2020年は大幅な収量制限までして在庫量の調整を図ったにも関わらず、2022年現在、「品薄」減少が起きているのは、なぜなのだろうか。

状況を簡潔にまとめると、実際には出す物が無いというよりも、出し渋りの方がより近いというのは理解できるかと思う。

つまり、「デフレを防ぐ」ための出し渋りに、長引く新型コロナ禍や、ロシアによるウクライナ侵攻など、世界的な流通インフラの乱れ(就航便数、輸送量等に多大なる影響)を生じさせている要因や、世界的なキャッシュフローの乱れ(2020年度の売上大幅減少により、買い手側の資金不足も部分的に生じている)、楽観的観測をもつにはまだリスクが高い不安定な市場、といった要素が加わった結果として、現在の「品薄」に繋がったと考えるのが妥当だろう。

品薄の原因は、シャンパーニュハウスが使用するボトルのかなりの割合が、ウクライナで製造されていたから、などという不確定な話も聞いたが、仮に多くのボトルがウクライナ製だったとしても、シャンパーニュは二次発酵のための瓶詰めを行なってからワインをリリースするまで、かなりの時間がかかるということを忘れるべきではないと思う。

シャンパーニュ・オルタナティヴ

さて、実はここまでは前置き。

筆者は現状を、シャンパーニュ方式のスパークリング・ワインだが、シャンパーニュでは無いもの(以降、シャンパーニュ・オルタナティヴと表記)にとって、千載一遇のチャンスと見ている。

もちろん、シャンパーニュがその品質においても頂点であることに異論はないが、「その他」に目を向けるには、良いきっかけだ。

ブルゴーニュの爆発的な高騰によって、世界各地のピノ・ノワールやシャルドネの注目が結果的に高まったのと同じようなことが、シャンパーニュ・オルタナティヴにも起こり得るはずなのだ。

今回は、そんなシャンパーニュ・オルタナティヴの中でも、選りすぐりのものを紹介していこうと思う。

とはいえ、生産者単位で見るとキリが無いので、いくつか例外はあるが、今回は産地単位での紹介となることをご理解いただきたい。

ではまずはフランスから。

筆頭候補として挙がるのは、クレマン・ダルザス

シャルドネの品質向上によって、次のステージに進んだクレマン・ダルザスは、アルザスの生産者にとっても、期待の星。ますます気合の入ったワインが続々と誕生してくるのは、間違い無いだろう。

次点はクレマン・デュ・ジュラ。こちらも、品質が年々高まっており、ジュラらしい冷涼気候も、品質に確実な貢献を果たしている。生産量が総じて少ないのが難点か。

次はイタリア

生産者単位では各州で優れた例が見られるが、ロンバルディア州のフランチャコルタが、産地としてはやはり最有力候補。

イタリアらしいプレゼンテーションの洗練も魅力的で、シャンパーニュが担ってきた「ラグジュアリー」な性質を、シャンパーニュ・オルタナティヴの中では最も強く発揮できるだろう。

次はスペイン

原産地呼称制度をめぐって、壮絶な内輪もめが続いているカヴァだが、カヴァから離脱したワイナリーも含め、非常に高いコストパフォーマンスを維持している。特に、熟成の効いた

ものは、極めて高い品質に到達することがある。

次はドイツ

ドイチャー・ゼクトに関しては、産地を絞るのが実質的に不可能なので、特別枠で選出。全体的にかっちりとした真面目な造りが特徴で、派手さの代わりに、確かな堅実さがある。品質も総じて非常に高い。

次はアメリカ

特にカリフォルニアで、驚異的なシャンパーニュ・オルタナティヴの数々が生産されている。冷涼な地域に畑があるものの、カリフォルニアらしい「明るい果実感」は健在。シャンパーニュとも明確に使い分けることができる。

次はイギリス

イギリス南部で生産されるブリット・フィズは急速にその地位を固めたが、まだまだポテンシャルは未知数。世界で最もドライなスパークリングとして、今後も異彩を放ち続けるのは間違いない。

次はカナダ

規模的に、ほぼ特定の生産者になってはしまうが、ノヴァ・スコシア州で素晴らしいシャンパーニュ・オルタナティヴが生産されている。

次はオーストラリア

各地で優れた例が見られるが、タスマニアが頭一つ抜けた品質のシャンパーニュ・オルタナティヴを生産している。熟成期間を長くとったものも多く、飲みごたえも抜群。

次は南アフリカ

南アフリカも産地という括りが難しいので、例外として選出。Cap Classiqueと呼ばれるシャンパーニュ・オルタナティヴは、実はカヴァと並ぶほどのコストパフォーマンスを誇る。すっきりとした端正な味わいは、実に魅力的。

最後はチリ

大メーカーを中心に、シャンパーニュ製法が増えてきたのがチリ。コストパフォーマンスは流石の一言で、生産量が上がれば、このムーヴメントの中心的存在とすらなり得る。

さて、世界各地の注目すべきシャンパーニュ・オルタナティヴをざっと紹介してみたが、改めてそのヴァリエーションの豊かさに私自身も驚いた。

私自身、シャンパーニュの無い人生を送るなんてのはまっぴらごめんだが、別に常にシャンパーニュでなくても良いと思っている。

ワインの世界は、広いから面白いのだ。