2022年3月27日10 分

曇り空の向こうへ <シャブリ特集:後編>

変わらないための努力をしていくのか。変わっていくための努力をしていくのか。たった2つしかない選択肢が示されたとき、そしてその両方が茨の道であると知ったとき、人はどちらを選ぶのだろうか。

混迷の中にある銘醸地シャブリは、まさに今、岐路に立たされている。

選択をするのは、この問題の当事者である造り手であり、あくまでも傍観者である我々飲み手では決してない。

しかしその選択は、否応なしに、飲み手の審判を受けることにもなる。

造り手と飲み手は、本質的に並列の関係にあるのだ。

造り手がいるからこそ、飲み手はワインを味わうことができる一方で、そのワインに対価を支払う飲み手がいてこそ、造り手はワイン造りを続けることができる。

だからこそ、飲み手に見限られるという最悪の結末を、世界に名だたる銘醸地シャブリが迎えるようなことは、決してあってはならない。

どちらの選択が正しいのか、筆者にも全くわからない。

ただ、選んだ道が、歩んでいく道が、シャブリの一人旅になってしまわないことだけを、心から願っている。

変わらない努力

シャブリが変わらないままでいるとはつまり、冷涼感に溢れ、緻密な酸とミネラルを讃え、様々なクリマのテロワールを精緻に反映するワインであり続ける、ということだ。

そして、そのための中心的な役割を担うのが、であることは言うまでもない。

葡萄栽培とワイン造りを取り巻く様々な要素と、ワインに宿る酸の関連性に関しては、かなり研究が進んではいるものの、現状の研究のほとんどはあくまでも、要因と結果の因果関係に関するものであり、そのメカニズムまでは完全に解明されていない。

つまり、これからお話しする酸に関する考察は、あくまでも仮説ベースであり、予測に近いものであるとご理解いただきたい。

コントロール不可能な要素

・気候

平均気温や昼夜の寒暖差は、酸の生成に深く関係していると考えられている。単純化すると、平均気温が低い方が、昼夜の寒暖差が大きい方が、酸が多く蓄えられるのだが、気候を人がコントロールすることはできないため、こればかりはどうしょうもない。

コントロール可能な要素

・収量

葡萄の収量を落とせば、酸がより多く保持される可能性があるとする研究は多いが、収量と酸の間には因果関係が無いと反証する研究もある。真偽は不明だが、可能性がある以上、考慮はすべきだろう。そして、ここは人がコントロールできる部分である。しかし、収量制限は、価格の上昇にも繋がる。すでに高騰しているシャブリにとって、容易な選択とはならない。

・収穫

機械収穫をした場合、葡萄がカリウムを多く生成し、結果的にワインの酸度が下がる、とする研究がある。これも仮説の域を出ないが、可能性は十分に残されている。シャブリは機械収穫が大部分を占めるが、高品質なワインの造り手の多くが手摘みをしていることからも、実例ベースで見れば信憑性は高い。ただし、手摘み主体に移行することで、特にカジュアルレンジのワイン価格の上昇は避けられない。これもまた、簡単な選択ではない。

・窒素

土壌に含まれる窒素が増えれば(増えすぎは良くないが)、葡萄がより多くの酸を蓄えるという研究結果がある。環境問題やその他のマイナス面を鑑みれば、安易に窒素系化学肥料を使えば良いという話でもない。なお、ビオディナミ農法は、オーガニック(ビオロジック)農法よりも土壌の窒素含有量を増やすという研究結果も報告されている。ビオディナミを実践する造り手から、pH値の降下という減少は良く聞く話であるし、アルザスのように、ビオディナミの広がりが、酸の復活に寄与したと考えられなくもない例も実際にある。しかし、ビオディナミの導入は、コスト増となることも多いことを、忘れるべきではない。

・光合成

光合成が盛んに行われると、二酸化炭素が消費されることによってpH値が上がる。収穫が夜間や明け方に行われることがあるのは、光合成活動が停滞している時間帯の方が、pH値が低くなるからだ。光合成量は、キャノピーマネージメントによってある程度調節することが可能だ。変動する気候に合わせて、より酸が保持できるキャノピーマネージメントに変えていく取り組みは、世界各地で行われており、シャブリも例外ではない。現在はまだ模索の段階だが、いずれ最適な方法が導き出されるだろう。

・樽

酸と直接的な関連があるものではないが、新樽比率が高いと、熟成が早まることが多い。かつてのシャブリには頑強な酸があったため、多少の新樽は問題にはならなかったが、温暖化によって酸の落ちた現在のシャブリにとっては、重要な要素となり得る。新樽から古樽への回帰は、多少のコスト減にもなる上に、サスティナブルでもある。

まとめると、クラシックなシャブリであり続けられる可能性を高めるために人ができることは、気候変動に対応したキャノピーマネージメントを模索し、ビオディナミで栽培し、収量を落とし、手で収穫し、新樽比率を大きく落とす、といったところだ。

これらの全てを実践しているワイナリーは実際に存在し、その最たる例こそが、シャブリ最上のドメーヌでもある、Vincent Dauvissat(ヴァンサン・ドーヴィサ)だ。

もちろん、これらの手法はコスト増へと容易に繋がるものであるし、いくら努力したところで、気候変動が今以上に激化してしまえば、ほとんどが無駄に終わってしまう可能性もある。

まさに茨の道だ。

急斜面の丘には機械が入れないが、平地は機械が入りやすい畑が多い。

変わっていく努力

もう一つの選択肢は、積極的に変化していくという道だ。これは、わかりやすく表現するなら、シャブリがクラシックな姿を捨て去り、コート・ド・ボーヌ、あるいはマコネ的なワインへと変化していくということでもある。

選択するのは飲み手ではない、ということを再度強調しておくが、クラシックなシャブリが好きだった筆者にとっては、寂しい選択ではあるのは間違いない。

シャブリが全体として、より濃密なスタイルへと変化していった場合、メリットは2つ

ある。一つは気候変動の流れに無理をして逆らわないことで、造り手の負担が下がること。もう一つは、長期的に見れば、高騰する価格を肯定しやすくなることだ。

負担が減る、ということはコスト増の抑制にも繋がる。シャブリの価格が高騰してきた理由は多岐に渡るが、そのうちのいくつかを抑えやすくなるというは、確かなメリットだ。

価格そのものに関しても、道筋はすでに出来上がっているフランソワ・ラヴノーヴァンサン・ドーヴィサというシャブリ最高の造り手たちのワインは、すでにコート・ド・ボーヌにあるトップクラスの造り手の水準にまで市場価格が高騰している。ラヴノーに至っては、特級畑が一本10万円をすでに突破しているのだ。

生産量が少ないブルゴーニュは、ボルドーと違って一度上がった価格が、そう簡単には崩れない。高品質なカジュアルワインとしてその地位を築いてきたシャブリでも、ラヴノー、ドーヴィサという先例ができた以上、飲み手が納得する酒質であるならば、さらなる高騰もある程度までは問題とならないだろう。

しかし注意すべきは、「納得する酒質」という部分だ。コート・ド・ボーヌを筆頭に、世界各地の超高級な白ワインは、その酒質のあらゆる面で、クラシックなシャブリとは異なっている。シャブリで造られるすべてのワインが、ラヴノーやドーヴィサのように、シャブリらしさを体現しながら高価格が肯定されるほど、甘くは無いはずだ。

つまり、全体としての高価格路線を突き進むのであれば、やはりスタイルの変化は避けて通れない可能性が高い。

見直される、古樽の意義。

シャブリの生産者評価

あくまでも筆者の個人的な評価にはなるが、シャブリの造り手を格付けしていこうと思う。個人的な、としているのは、この評価には、筆者の願いでもある「シャブリらしさの保存」を体現しているかどうかが、大きく含まれているからだ。なお、格付けは、シャブリに葡萄畑を所有するワイナリーと、シャブリに特化したネゴシアンに限定している。

三つ星

François Raveneaux(フランソワ・ラヴノー)

Vincent Dauvissat(ヴァンサン・ドーヴィサ)

Moreau-Naudet(モロー・ノーデ)

ラヴノーとドーヴィサにモロー・ノーデを加えて、三大生産者とする。個人的には、シャブリの筆頭生産者は厳格なビオディナミを取り入れているドーヴィサである。現状では、モロー・ノーデの価格は、他の二者に比べて圧倒的に安いが、入手の困難さは変わらない。頑なにリュット・レゾネ農法だったラヴノーも、置かれた立場を鑑みれば、ビオロジックかビオディナミへの完全転換が期待される。また、三者共に古樽を中核にした古典的シャブリである。

極まった品質に到達したモロー・ノーデ

二つ星

Louis Michel(ルイ・ミシェル)

Samuel Billaud(サミュエル・ビヨー)or Billaud-Simon(ビヨー=シモン)

Joseph Drouhin(ジョセフ・ドルーアン)or Drouhin-Baudon(ドルーアン=ボードン)

William Fèvre(ウィリアム・フェーヴル)

Christian Moreau(クリスチャン・モロー)

Jean-Claude Bessin(ジャン=クロード・ベッサン)

Patrick Piuze(パトリック・ピューズ)

Benoît Droin(ブノワ・ドロアン)

Alice et Olivier de Moor(アリス・エ・オリヴィエ・ド・ムール)

Laroche(ラロッシュ)

ステンレス・タンク派の筆頭であるルイ・ミシェル、新樽派の筆頭であるジョセフ・ドルーアン(近年は控えめに)、バランス派のウィリアム・フェーヴル(昔は樽が強かった)、ナチュラル派のアリス・エ・オリヴィエ・ド・ムール、ネゴシアンであるパトリック・ピューズなど、多種多様なスタイルがランクインする結果となった。三つ星との品質差は大きいが、どの生産者もシャブリを代表する秀逸な造り手たちだ。

シャブリにおけるナチュラルなワイン造りを切り開いてきたパイオニア

一つ星

Patte-Loup(パット=ルー)

Jean Collet(ジャン・コレ)

Bernard Defaix(ベルナール・ドゥフェ)

Launrent-Tribut(ローラン・トリビュ)

Gilbert Picq(ジルベール・ピック)

Alain Mathias(アラン・マティアス)

Christophe(クリストフ)

Servin(セルヴァン)

一つ星はかなり厳しい基準で選出をした結果、品質的には二つ星に肉薄する生産者が出揃う形となった。全体的にはクラシックな造り手が多いが、パット=ルーなどはかなりナチュラル感が強い。

名門の凋落

格付け生産者選出の際に、改めて気付かされたのは、かつては一つ星〜二つ星相当の実力を有していた名門の凋落が非常に目立った点だ。長年のシャブリファンであれば、慣れ親しんだ生産者の名がリストアップされていないことに気付いた人もいるだろう。なるべく最新の状況を反映させるために、テイスティングの記録と記憶から、過去5~7年程度の範囲に限定して選出したところ、このような結果になった。

これが、気候変動の現実だと、受け止めていただいて構わない。

対応できなければ、落ちていく。然るべき努力を怠れば、落ちていく。厳しいが、仕方のないことだ。

とはいえ、名門と呼ばれていたということは、それだけ優れた畑を有しているということでもある。復活のチャンスはまだまだ残されているし、筆者としては、5年後にまた格付けをしたら異なる結果になることを、大いに期待している。

未来へ

シャブリの現状を見ると、変わらないための努力という選択をとっている造り手の方が多いだろう。しかし、シャブリから酸が消え始めているのもまた、揺るぎない事実だ。全体的には、現時点では、その努力が実を結んでいるとは、言い難い。

気候変動に抗う手段のほとんどがコスト増に繋がる上、不安定な気候で収量も安定しない。必然的に価格は上昇傾向となるが、クラシックなスタイルのまま、いつまでも高騰が許されるとも思えない。

一方で、スタイルの変化を世界各地のワインファンに納得させるのもまた、困難な道のりとなるだろうし、時間もかなりかかる。ドイツが辛口リースリング重視に向かってから、何年経つだろうか。かつての甘口のイメージは、今でもドイツにまとわりついている。淡麗辛口白ワインの代名詞であり続け、世界で最も有名な白ワインとして名を馳せてきたシャブリにとっては、ドイツ以上の試練が間違いなく待ち受けていることだろう。こびりついたイメージを塗り替えるのには、一世代という長い時間がかかっても不思議ではないのだ。それこそ、ワインファンの大多数が、かつてのシャブリの姿を忘れてしまうか、全く知らない状況になるほどの時間の経過が、必要になるだろう。

シャブリの未来がどこへ向かっているのか、その未来は明るいのか、暗いのか。私には結局、答えが出せない。

私は、過去に(酸を失った)アルザスを見捨てたことを、強く後悔している。だからこそ、シャブリは、ちゃんと追いかけ続けようと思う。それは、気候変動の時代と共に生きるワインびととしての、私の使命でもあるのだ。